第五話「あの頃へ戻る」
意識が戻ってくる
「部屋の空気が違う。——いや、それだけじゃない。懐かしい匂いがする…!」
俺は嬉しさと期待で、目を開けた。
「タクミ、何ニヤついてるんだい。熱また上がったんじゃない?」
…やはり戻ってこれた!?
俺は今度こそはと母さんを呼ぶ。
「母さん!」
すると母さんは目を大きく開けて心底驚いた。
「ビックリした〜。タクミ、何急にそんな声出して。安静にしてなきゃダメじゃないか」
俺は言葉が出てこず口をパクパクさせている。
あんな母さんを見てしまった後だ、少し不安になる。
「あの…その…」
なんとか言葉を発してみる
「本当に母さん…なんだよね?」
「あら嫌だ、ホントに熱でおかしくなったのかしら」
「間違いなく母さんの声だ。
目の前にいるのは、俺が知っている母さんだ——そうだよな?
でも、心のどこかで叫んでいた。
『これも夢だったらどうする?』
——違う、違うんだ。
母さんの手が、俺の額に触れる。その冷たくて、でも優しい手の感触が、俺の不安を溶かしていく。
気づいた時には、涙が頬を伝っていた。
泣くつもりなんてなかったのに、涙が止まらなかった。」
母さんが涙を指先ですくってくれる
間違いない、過去に戻ってこれたんだ
そして今目の前にいる母さんは、間違いなく母さんだ
理由なんてどうでもいい
とにかく戻って来れたことが何より嬉しい
しばらく会話はなかった
なかったが、幸せな時間だった
しかしそんなまったりはしていられない
なぜならいつ頭痛が来て何が起こるのか分からないのだ
「母さん、今日って何年の何月何日?」
「あんた…2000年の7月15日じゃないか。あんたの誕生日だよ」
思い出した…!
たしかに俺は誕生日の時に熱を出したことがあった。
冷静になれ。
やっぱり俺は過去に来ているに違いない。しかも母さんと会話が出来ているという事は、つまり
母さんを助けられるかもしれない!
俺には対処案がある
なぜなら今、いや未来の母さんは解離性同一障害が原因で人格がめちゃくちゃになってしまったんだ。間違いない。
そしてその発症には何かしらのトラウマやトリガーとなった出来事があるはずなんだ。
だから、母さんが変わってしまったあの日、7月の20日までに何とかしたら、未来を変えることが出来るかもしれない。
映画やアニメの見過ぎだと笑われても構わない。
だって現実的に、俺は過去に来ている。
過去に来れているなら、未来だって変えれるはずだ。
運命の日まであと5日
たったの5日しかない
なんといっても未来を変えるためにはやらなければいけない事が沢山ある
おまけにいつ頭痛が来るかも分からないし、やれることは全てやらなければならない
失敗したら——
もう母さんは戻らないかもしれない。
あの無機質な施設の部屋で、母さんは『無』を探し続ける。
俺のことを忘れたまま、永遠に…。
そんな未来は絶対に——嫌だ。
覚悟を決めて歯を噛み締める。
しかし熱もあってか、一瞬気が抜けた。
ふう。
と息を吐き出す。
なぜなら普通に風邪をひいているのだ。
時間が無いとはいえ、まずは体力を戻さなければ。
母さんは雑炊を食べてゆっくり休みなさい。
と部屋を出て行った。
俺は大好きだった雑炊をスプーンいっぱい掬うと口の中に放り込んだ。
「おいしい」
俺は感激しながらやらなければいけない事を整理した
ポイントはこの3つ
・解離性同一障害の原因を突き止める
・トリガーとなった出来事は何か
・頭痛の原因と条件
無理難題だと思ってしまう
解離性同一障害の原因なんて、どうやったら調べられるんだ…本人に聞くわけにもいくまい。
まずは明日、頭痛が起きた時のことを整理しよう。と決めた。それから母さんの対策を練るとする。
頭痛が無く眠りに付けるのは久しぶりだな。
そんな事を思いながら目を閉じた。