第一話「あの頃は良かった」
「あの頃は良かった」
近ごろ歳をとったせいか、こう思うことがよくある。
例えばこのような事である。
「高校生活は友達と何も考えずに遊べて楽しかったな」
「あの頃は人のつながりがあったな」
「あの川で家族でバーベキューして楽しかったな」
記憶のメカニズムで言うと、ポジティブバイアスやノスタルジア効果といった、科学的にも人は「あの頃はよかった」と思いやすいらしい。
学生時代を経て、すっかり社会人として歯車になって忙しく働き出して早10年。
もちろん今でも楽しいことはあるが、昔話を思い出す時には胸の中が熱い想いで溢れかえりそうになる。
そんなモヤモヤも感じながらも、時刻は24時を回ろうとしている。
最強寒波が先週から襲来しており、外は雪がしんしんと降り続いている。
(明日からまた仕事か…)
そんな嫌なことを考えながら、仕事に備えて寝ることにする。
どうも夕方過ぎから頭痛はするわ、熱を測ったら微熱はあるわで早めに寝ていたのだが、変な時間に寝たせいで夜中に起きてしまったわけだ。
まだ頭がガンガンする。
「まあ、明日熱がありゃ会社休めるわな」
そんなしょうもない事を考えて再び目を閉じてみる。
なかなか寝付けずにいると
ズキンッ…!
(なんだこの痛みは!?)
再び
ズキンッ…!
経験したことのない、血管でも切れたんじゃないかと錯覚するぐらいの痛みを感じた。
視界がホワイトアウトしていき、「キーン」という耳鳴りもしている。
だんだんと意識が遠のいていく
…
…
…
どれくらい時間が経ったのか分からないが、耳鳴りが消え、視界が開けてくる。
すると、見たことがある光景が浮かんできた。
(走馬灯か、これは?)
「そうだ、これは俺が小学6年生の頃だ。
たしか風邪をひいて2.3日寝込んでいた時に、母親がよく雑炊を作ってくれたんだ。」
実際に目の前には雑炊が入った茶碗が置いてある。うちはレンゲではなくスプーンだったな。懐かしさを感じる。
この雑炊がたまらなく美味しくて、ご飯と卵とシンプルながら大好きな料理だった。
視界の隅に人影がある事に気付く。
すると人影が近づいてくるようだ。
「かあ…さん?なのか」
たしかに記憶にあった母親だ。
(この頃の母親は若いな…)
とか苦笑していると、声が聞こえてきた。
「タクミ、何ニヤついてるんだい。熱また上がったんじゃない?」
俺は耳を疑った。
たしかに母親の声だし、いやにリアリティがある。
するとおでこに手が触れる感覚を覚える。
「やっぱり。ご飯食べたら薬飲んで、しっかり寝なさい」
俺は何も答える事は出来ず、部屋を出ていく母親の背中を目で追った。
そして猛烈な眠気に襲われて、再び眠りについた。
また視界がホワイトアウトしていく…
(なんなんだ、これは…)
…
…
…
再び目を覚ますと、同じような光景が見える。
「タクミ、何ニヤついてるんだい。熱また上がったんじゃない?」
母さんだ。あの頃の。
しかもなんか同じようなセリフな気がしてならないのだが、なんなんだこれは?
俺は混乱しながらも頭の中で整理してみる。
・激しい頭痛がして、ホワイトアウトした
・気がついたら、昔の母さんがいる
・再び眠りについたが、元に戻っていない
「タイム…ループ?もしくはタイムマシン?」
そんなありふれたSF設定しか思いつかなかったが、考えてもそれ以上は分からなかった。
「やっぱり。ご飯食べたら薬飲んで、しっかり寝なさい」
母さんはそう言うと、部屋を出て行った。
俺は何とも言えない気持ちになっていた。
なぜなら母親、いや、母さんについての記憶がこの頃までのものしかない。
俺は母さんについて思い出してみる事にした。
つづく…