第9話 勇者の信念
「僕が勝ったら君は勇者をやめろ」
その男の言葉にルドは苛立ちを押さえながら鼻で笑う。
「何を言うかと思えば、なぜ俺が勇者をやめなければならな......」
「負けるのが怖いの?」
ルドの言葉を男は遮り、男はさらにルドを煽った。
負けじとルドは言い返す。
「俺が負けるわけが無い。お前と違って優秀な能力、そして功績がある。お前はたかが盗賊1匹に手こずったが、俺は100体の魔物を倒したことがあるんだ!」
「数じゃないよ功績は。誰を救ったかじゃなくて誰を倒したかで競ってるのがそもそも馬鹿みたいだ」
男はルドに背を向ける。
「敵の数や種類じゃなくて、大切な人を守れてるか守れてないか。それが大事なんだよ。物欲で僕に勝負を挑んでなんの価値もない功績を語る君なんか僕に100回挑んでも勝てない。本質がわかってない。それだけだよ」
そう言って男は立ち去った。集合場所や時間。何も聞かずに。
ルドは拳を震わせ、男の背中を眺めることしかできなかった。
自分が19年間積み上げてきた物をあんな奴に全て見透かされたような言葉で愚弄されることがルドには許せなかった。
「ルド、少し落ち着きましょう?」
スミレが心配そうに声をかける。
「あぁ.....」
2人はほとぼりが冷めるまで公園のベンチで休むことにした。
ベンチに座るとスミレはルドに水筒を差し出す。
「とりあえずこれ飲んで落ち着きなさい」
ルドはその水筒を受け取り、水を飲む。
「少しは落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
ルドは半分ほど飲むと蓋を閉めてスミレに返した。
「あの人の言葉なんか真に受けなくていいわ。ルドは勇者として人を救えてる。それを誇ればいいじゃない?」
ルドはうなだれる。確かにそうかもしれないがあの男の言葉は錘のように重く感じたのは確かだ。
自分を否定されることはルドにとってはいちばん許せないことでもあり、闘争心の源でもあった。
「俺の今までの人生を否定したあいつは許さない。俺に生意気な口を聞いたことを後悔させてやる」
ルドは目に炎を宿し、そう決意する。
「...」
スミレはルドを見つめていた。彼との付き合いは決して短くはない。だからこそ彼の美点と欠点がわかる。ルドは確かにこのバラッド王国では三本の指に入る強さだろう。
だがルドは人格面に問題があった。他者を見下し己を誇示する悪癖があるのだ。
確かに自分に自信を持つことは大切ではあるのだが、それ以上に大切なことは他人との関わりと誰に対しても一定のリスペクトを持つこと。ルドはプライドが高く他人とは関わらない。しかも妙に鼻のつく発言ばかりしていたせいで民衆はともかく騎士や魔女からは嫌われていた。
同時にルドは繊細でもあった。
自分の勇者としての自覚、そして信念が揺らいでいないか、それを異常に気にしてしまうのだ。
傲慢故に心の奥底では自信が無い。だから他者を見下すことで理性を保っている。ルドの精神は常に不安定な状態だった。
「ルド、今日はもう帰りましょう?沢山話し聞いてあげるから」
スミレはルドの背中をさすってあげる。
「あまり気に病んでると明後日が不安だから、ね?今日は休みましょう?」
スミレはルドの手を取る。ルドはスミレの手をぎゅっと握った。その姿はまるで母親から離れまいと必死にしがみつく子供のようだった。
────
スミレは元々は魔女警察の人間だった。元は現場で活動していたが第一線を引き、その後は孤児院を運営し、身寄りのない子供を拾って生活の場を用意させてあげていた。ルドとはその時出会った。
ルドも今も続く灰の魔女との戦争の犠牲者だった。幼き頃に両親を亡くし、天涯孤独となった彼を放っておけなくなったのだ。
子供の頃のルドは笑わない子だった。協調性もなく、シスターの言葉にうんともすんとも言わない。それ自体は珍しくもなかったが彼には他の孤児とは違うところがあった。
それは人助けを率先して行うところだ。
いつもくらい彼だったが、同じ院の仲間が喧嘩したり、魔獣に襲われたりすると必死になって助けていたのだ。
「(今思うと、あの時点で特殊能力に目覚めていたし、親を失ったことで彼の才能は開花していたかもしれないわね)」
当時を振り返ってみると、スミレはとんでもない才能の原石を拾ったとつくづく思った。
そして12歳頃になると彼にはある思いが宿る。
「勇者になりたい」
かつて破壊の王と言われた魔獣を単独で討伐した勇者がいた。
水色の瞳に青い髪、その人物は【青藍の勇者】と呼ばれていた。
御伽噺のような話でも、ルド少年の心をつかむのには充分だった。
スミレに子供の夢を否定する権利などない。本人がそれになりたければそうなれるようにアシストするのが自分の役目だからだ。
スミレは信頼出来るシスターに孤児院の経営を任せると、自らはルドの従者になることに決めた。
ルドの持っている特殊能力が暴走しないように見守る必要があるからだ。
「ルド、勇者になるなら私は貴方が本物の勇者になれるようにサポートするわ。そのかわり、今から言う約束は絶対に守ること」
スミレはルドの手を握り7個の誓いを立てた。
1 勇者たるもの、みだらに力を誇示してはならない。
2 勇者たるもの、困ってる人は絶対助けなければならない。
3 勇者たるもの、驕り高ぶってはならない。常に清廉潔白であること。
4 勇者たるもの、常に強くなければならない。
5 勇者たるもの、怒りに支配されてはならない
6 勇者たるもの どんな時でも涙を見せてはならない。
7 勇者たるもの、命をかけてでも目の前の敵を倒さなければならない
「以上の約束を守ってくれたら、貴方の勇者としての活動を許可するわ。守れる?」
スミレの問いにルドは笑顔で答えた。
「うん!絶対守る!」
スミレは屈託なく笑うルドに安心した。
「(この子なら、きっと何かを変えてくれるかもしれない)」
自分の希望をルドにさずけることにした。
────
「スミレ、俺はあくまで物欲で勝負を挑んだんじゃない。」
帰り道、ルドがスミレに自らの想いを話す。
「あの男の目の奥、それを見てただ者じゃない気がしたんだ。さっきは見栄を張りたくてああ言ってしまったが、あいつは普通の人間じゃない気がするんだ」
「...」
「俺もあいつも同じ志を持っているのかもしれん。だからあの勝負を持ちかけた。昔から俺は負けず嫌いで、こういう勝負になったら立ち止まれんのだ」
気持ちを落ち着かせたらこうやって胸の内を話してくれる。どんなにデタラメな理由でもこうやって素直に話してくれるのがルドのいい所でありその部分も尊重してあげたいっていうのがスミレの本音だ。
「応援してるわ。がんばってね」
「ああ」
2人はお互いの手をぎゅっと握りしめ、3日後の決戦に向けて闘志を燃やした。