第63話 破れなかった殻
ボロボロの車内、破れたガラス、止まる汽車。惨状だった。日常が地獄に変わったこの光景の中で、ライチは静かに、目の前の相手をジッと見据える。
光のない血溜まりのような眼に目線を合わせ、憎悪を向ける。
奴は───スナバコはその憎悪に気づいてないのか口をポカーンと開けて頭を掻いていた。
「おねえちゃんだれー?よわむしおにいさんのかのじょ?かわいいね!でもいきなりおそうからスーはもうおねえちゃんのこときらいだよ!」
「あぁそう?私もあなたみたいな知性のかけらも無い女の子は嫌いよ」
相手に言葉を返しながらもライチは傷だらけのミントをチラリと見る。
「ライチ…………」
うめきながらミントは臨戦態勢のライチの白い手にそっと触れる。
「ライチダメだ………。相手は灰の魔女だ。君が勝てるような相手じゃない………」
必死に忠告する。まだ15歳の女の子だ。そんな未来も希望もある人間が、自分のために命を散らしてほしくない。ミントはそう思った。
「そのよわむしのいうとおりだよー。スーにはだれもかなわない。つよくてかっこいいから、みんなスーにはさからえないんだ。おねえさんもこうさんすれば、いまならゆるしてあげるよ!」
ミントを嘲笑い、スナバコはライチに降参をすすめる。この女は自分が敗北するなんて微塵も考えていない。今までの経験の数からなる圧倒的自信と、強者ゆえの余裕が、言動の節々に表れてる。そんな姿に、ミントの苛立ちは募る。
何かを言おうとした。負け犬の遠吠えでもいい、言われっぱなしじゃ納得できないから。だがその口はライチの声によって遮られた。
「強さというのは、肉体だけに使う言葉じゃない。その人の想い、感情、精神によって強さというのは形どられていくのよ」
首を捻るスナバコに続けてライチはこう言う。
「この人は弱虫なんかじゃない。力を誇示し、己の私利私欲のために動く。あなたこそが真の弱者なんじゃない?」
凛とした目つきで、ライチはスナバコにそう言った。
「スーが、よわい………?」
弱者という言葉。それがスナバコの逆鱗に震えた。身体が震え出して唇を噛み締める。
「スーはよわくない………!」
思わずナイフを落とす。涙が溢れ出す。自分を侮辱された屈辱を言葉に乗せて、スナバコは怒鳴り出す。
「スーのことをばかにするな!スーはてんさいなんだもん!えらいんだもん!おまえなんかころしてやる!」
落としたナイフを拾って、全速力でライチへ襲いかかる。ダブルナイフの一撃をライチはバックジャンプでかわし、ミントの元へ着地する。
「ミント様、動けますか?」
治癒魔法で足首の応急処置をし、包帯で縛るとライチはミントにこう告げる。
「今いる乗客の皆さんを連れてここから逃げてください。この汽車はすでに止まっていて、魔女警察に囲まれています。彼女たちが必ず救出してくれると思いますのでミント様は怪我した乗客の方々の応急処置をしてください」
「ライチはどうするの?」
「ここで奴を倒します」
緑の双眸を光らせ、ライチは横目で目の前の敵を見る。
「無理だ。一緒に逃げよう。奴は厄介だ。ここで逃げて体勢を立て直すんだ」
「今逃げても死ぬ時間が長引くだけです。それに、ミント様を弱虫だと罵ったあいつを、私は絶対に許しません」
立ち上がり、スナバコを見る。腫れた目でスナバコはなおもライチに罵詈雑言を飛ばす。聞くに耐えない罵詈雑言の数々。それを無視し、ライチはミントに言う。
「どんなに戦力差があっても、それを経験と魂で補うのが戦闘者の役目です。守りたいもののために戦い、守るべき存在を守り抜く。真に強い人間の任務です。私はデルフィニウム様から聞きました。ミント様が女の子のために死を覚悟してブルグマンシアと戦ったことを。たとえ負けたとしても、それはカッコ悪くありません。勇気と無謀は違うと言いますが、無謀な戦いでも命を賭けて戦う姿は紛れもなく勇者です」
緑のオーラがライチから立ち込める。緑の双眸が血走る。臨戦態勢だ。ここが地獄絵図と化すのも時間の問題だ。ミントは椅子にもたれながらも立ち上がり、ライチの背中に語りかける。
「ライチ、死なないで」
ライチは振り向かず一言だけ口にした。
「帰ったら、デートの続きをしましょう」
戦場を後にする。ミントをスナバコは追おうとする。だがライチがそれを阻む。
「ここから先は通さないわ。もし通りたいなら私を殺してからにしなさい!」
その瞬間、薙刀とナイフが交錯する。壮絶な斬り合いは、ライチのライフウェポンによりスナバコが一方的にダメージを受ける。
「いたいいたいいたい!いったいなにがおきてるの!」
ライチがスナバコの腹を蹴り、強制的に距離を取らせる。吹っ飛ぶスナバコにクナイを投げつけ、腕と足に命中させる。
思わずスナバコが手をつく。その好きをライチは見逃さない。薙刀で袈裟に斬り落としにかかる。そのカウンターで、スナバコのナイフがわずかにライチの頬を掠める。同時にスナバコも袈裟に切られ、汚い血が吹き出す。
「くぅ!スーいたいのきらい!」
距離をとったスナバコは肘でガラスを叩き割り、汽車の上に乗る。
「(奴は触れたものを爆弾に変化させる………。まさか!)」
止まった汽車の周りには魔女警察がいる。そして汽車には石炭が積まれている。地形を利用した戦術に方向転換するようだ。そうはさせまいと後を追う。汽車の上に乗った。ライチは大声で取り囲んでる魔女警察に向けて叫ぶ。
「灰の魔女に攻撃を加えないでください!奴は触れたものを爆弾に変えます。私の指示が来るまで動かないでください!」
眼前のスナバコはすでに殺害した魔女警察の箒を持っている。
「ちょっとおそかったね!」
スナバコはその箒を折って、二つとも投げつける。それを細切れに分解し、破片が細かく爆発する。さらに石炭を投げつける。それをクナイで相殺し、爆発で辺りが揺れる。
「この汽車もこれ以上持たない。勝負を決めさせてもらうわ!」
ふらつきながらも、ライチは30本以上のクナイを取り出し、それをスナバコに向けて放っていく。上空に降り注ぐクナイの雨霰を、スナバコは一つもかわせず、全弾命中する。
「うぅ、ぐぅ…………」
全身にクナイが生えたハリネズミのようになって、スナバコはその場に跪く。
「アンノーン・サハクイエル、一度放ったら最後、命中するまで追跡するライフウェポン……………。勝負あったようね」
薙刀でとどめを刺しにいく。こいつがいなくなればまた好きな人と笑い合えるあの時間が来る。またデートしあって、幸せを満喫できる。そう思い仕留めようとした瞬間。
──────突然視界が揺らいだ。
スナバコの輪郭を視認できない。強烈な吐き気と高熱に襲われる。まさか、あのナイフには毒が塗ってあったのか?そんなことを考える暇すら与えない。
薙刀を落とし、膝をつくライチを見てスナバコは大笑いする。
「あはははははははははは!!やっとどくがまわったみたいだね!スーにかてるとかおもった?あのおにーさんにくらべたらそりゃあつよいけど、スーにくらべたらぜんいんしたなんだよ!」
ライチは薙刀を手に取り、動かない膝をなんとか動かして立ちあがる。
「こんな…………毒。苦しくもなんともない……………」
そう言ってライチは薙刀を振りあげようとした。が腕に力が入らず落としてしまう。その隙をスナバコは見逃さなかった。
「かっこいいかかとおとしくらわせちゃお!」
すぐに距離を詰め、ライチの腹に拳を入れる。そして腹を抑えた隙に頭に踵落としを叩き込む。その一撃は地面を粉砕し、強制的に汽車の中へ戻され、そして大爆発を起こす。煙を起こし、魔女警察のどよめきと客のざわざわとした声があたりに響く。
「うぅ、あぁ………」
頭を割られ、毒に侵され、右脚が消し飛んでもライチはまだ息をしていた。
薙刀を杖代わりに、左脚を引き摺りながら立ち上がる。
「あれくらってもまだたちあがれるんだね!すごいじゃん!」
「だまれ…………」
「おねーさんはころすたいしょうにははいってないから、それくらいのけがでいかしてあげるよ。スーはやさしいからね!」
薙刀を握る力が強くなる。血反吐を吐きながらも精神は死んでいない。目の前の敵に勝たなければ、こいつが屋敷の人間やミントを傷つけるのだ。自分は優れた人間として生まれてきた。自分が守らなければ誰が守ると言うのだ。
自分を拾ってくれたスイレン。自分と友達でいてくれたピタヤ。そして自分が大好きなミント。全てがこいつによって破壊される。灰の魔女によって破壊される。こんなダメージが何だ。これで逃げるほど甘くはない。ライチは潰れた喉を開き、精一杯の啖呵を切った。
「私は逃げない!私はこの国の人たちを守る!!誰も死なせはしない!!!!」
そしてスナバコの脳天目掛け薙刀を投げつける。
「おお」
思わずスナバコは驚きの声を上げる。脳天目掛けて飛んでくる薙刀を掴む。だがこのライフウェポンは相手に当たるまで絶対に止まらない。スナバコはジリジリと後退する。
「もう、こうしちゃえ!」
スナバコは薙刀の刃でわざと指を切らせると効力をなくした薙刀を持って突っ込む。
その薙刀でライチの両腕を斬り落とすと、自分に突き刺さってたくない全てを引き抜き、代わりにライチに突き刺す。30本以上のクナイが突き刺さり、ライチの意識は混濁する。
「はりねずみのかんせいだー」
膝をつき、虚な表情を浮かべるライチを見てスナバコは手を叩いて喜ぶ。
「まもるとか、たおすとかいってるけど、スーたちはいのまじょをたおすのなんてむりなんだよ!みんなじゅうりんして、みんなしはいして、このほしをはいのまじょのものにするんだ!おねーさんなんかじゃかてないってわかった?」
ライチの薙刀で遊びながらスナバコはそう言った。そして割れた破片を手に取り、ライチに見せる。
「さいごのことばきいてあげる!」
もう意識は定まってなかった。楽しかった日の思い出が反芻する。デートしたあの日、様呼びをやめたかった。少しほろ苦い結果で終わった。でも楽しかったからまた行きたい。いや絶対に行く。そう決心したあの時、もう叶うことのない約束。好きだってわかったのに。愛を伝えたかったのに。また稽古をしたかったのに。そう思うと、ライチの瞳から自然と涙が溢れた。
「もっと、いっしょにくらしたかったな…………」
「あっそ!」
うわごとのように呟いたその言葉は、爆発音と共にかき消され、あたりに肉片が飛び散る。血溜まりができ、肉塊と化したそれを見てスナバコは嘲笑う。
「こんなことでしぬなんて、ばっかみたい!」




