第6話 清風明月
キャロルは争いが好きではなかった。人が怒鳴ったり喧嘩している姿を見ると胸がきゅうと締め付けられるから。本当は仲良くしたいはずなのにその気持ちを隠して人の陰口を言ったりするのはもったいないと思うから。怒ってる顔や悲しんでいる顔より笑顔が見たかった。だから自分で花屋を作った。
キャロルは兄によくこう言われていた。
「キャロルは優しくて心の綺麗な子」だと。
目上にも目下にも平等に接して、弱い人に寄り添う。そんなキャロルだからこそみんなが好きなんだと。
でも今日は違った。キャロルの性格がこの事態をまねいてしまった。キャロルが足でまといだったせいで、ミントとデルフィニウムは窮地に陥ってしまった。
「(全部、私のせいなんだ)」
毎週村を荒らす盗賊たちが許せなかった。物だけじゃない。この村に暮らす人々の希望や笑顔も奴らは奪っているのだ。その様子を周りの人間は眺めているだけ。気持ちはわかる。だがその蛮行を指をくわえてみることなんてできなかった。
だがその行為のせいで、目の前のキャロルの常連は今大木の下敷きになってしまっている。魔女警察の人間も自分のせいで手を出せない。
「(私がこの人たちに何も言わなかったら終わってただろうな......。またみんなと、笑顔で笑いあってたんだろうな......)」
涙がこぼれてきた。自分の力は誰かのためになっていなかった。自分の優しさはただの自己満足だった。そう思うと涙が止まらなくなった。
大粒の涙が頬をつたって地面に落ちる。
キャロルは気づいていなかった。自身の涙が新たな命を生み出していると。
地底に眠る命の結晶が芽を出す。
頭領はミントの首に大刀を振るおうとした。キャロルの様子に気づくことなどなかった。
地中に伸びていくそのツルは急速に伸びていき、ミントを押し潰してる大木の下へ芽を伸ばす。
蔦は木を押し上げる。その蔦が、ミントが抜け出す僅かな隙間を作り出したのだ。ミントは大木から脱出する。
「(どこから蔦が生えてきやがった?)」
頭領は驚きつつも臨戦態勢に入った。
その瞬間、頭領は既に動き出していた。頭領の振るう刀をミントは一回転でかわし、倒れた木の上に乗る。
そしてデルフィニウムの周りにいた盗賊達を蹴飛ばしその武器を奪う。
「ちょっとこれかしてもらうよ?」
ミントは鉄剣を振るう。しかし結果は木刀と同じであった。
ならばと次から次に盗賊の武器を拝借し、それで何度も斬り掛かる。だが全ての武器は頭領の肉を切る事ができず、全て折れてしまった。
「どんな斬撃も俺には効かねえんだよ!」
頭領が大刀を振るう。その攻撃はミントの仮面の一部を削り取ってしまった。
ミントの額から血が流れる。
「(どうすればいいんだろう)」
脱出できたのにこれじゃあどうしようもできない、その瞬間だった。
ミントの眼前に刀が投げ込まれたのだ。
その刀はミントがよく知っているものだった。鞘には花の模様が描かれていて、唾は花を模したもの。その刀は預けられたはずだった。でも、何故ここに?
考える暇なくミントはその刀を握る。
何故かわからないけれど、この刀なら勝てる気がした。
「この勝負、僕の勝ちだ!」
ミントは刀を抜いて、そう言い放った。
「無駄だ、何度やっても絶対に勝てない」
頭領は不敵に笑った。
「今まで数多の強者が俺に挑んできたが、誰も俺に傷一つつけることなどできなかった。誰一人として俺を流血させることなんてできなかった。てめえも一緒かもな?」
ミントは自信満々に言い放つ頭領に言葉を返さず、ただ刀を斜め上に構えるだけだった。
「(この一撃で終わりにする。やつの大刀をギリギリまで引きつける...)」
軽く息を吸う。先に動いたのは頭領だった。奴も同じことを思っていたのか、先程とは違うパワーを秘めた斬撃を繰り出そうとしていた。
頭領が脳天目掛けて振り下ろす。ミントは限界まで引きつける。
そして
「ここだ!」
ミントは身体を旋回させ疾風のごとき速さで刀を斜めに振るった。
ミントの仮面が真っ二つに割れ姿が露になる。
頭領はまだ立っていた。
「見事な一撃だったな、だが俺様には効いていな...う!!」
次の瞬間、頭領の体から血が吹き出した。その斬撃は内臓まで届き、頭領は大の字に倒れてしまった。
倒れた頭領にミントは先程の言葉を返した。
「どう、初めて傷をつけられた気分は」
冷酷とも言える水色の瞳で、ミントは頭領を見下ろした。
周りの盗賊は動揺した。まさか自分たちのボスが負けるとは思っていなかったから。キャロルを人質にとっていた透明人間はキャロルを捨てて我先にと逃げ出した。
ミントは逃がすまいと追撃をかけようとしたが、その瞬間透明人間の頭上に雷が落ちた。
その雷の正体はデルフィニウムだった。
「ようやく動けるようになったです。その豚とさっきの透明人間、残りの残党は全員捕まえるです。だから殺しちゃダメです」
デルフィニウムはミントを見つめる。ミントはフードを被り、俯く。
「こいつらはきっと灰の魔女と関連があるです。ただの盗賊がここまで大きな力を持ってるわけないですから」
デルフィニウムは倒れている頭領と気絶している透明人間をかつぎ上げ現場を後にする。
「......盗賊退治に協力してくれてありがとうです。この恩はいつか必ず返すです」
デルフィニウムはミントを見ずにそう言った。
「(あれは古代の剣術八花流奥義清風明月...。あまりにも速く斬られたものすら気づかないほどの華麗な袈裟斬りとあらゆる物質すら破壊するその威力、一介の旅人がやっていい技じゃないです。あの人は一体何者です......)」
デルフィニウムは脳裏に疑問を浮かべたまま、救援を呼び盗賊たちを連行した。
騒動が終わるとミントはその場で腰をついた。
「お、終わったぁ」
背中を擦りながらリラックスするミントをキャロルは見つめていた。
「ジョ、ジョニーさん...」
「キャロル、こっちにおいで?」
ミントの呼びかけにキャロルは小走りで駆け寄る。
「ありがとうキャロル。君があの時蔦を出したおかげであいつらを倒すことが出来た。君は優しくて強い子だ」
そう言ってミントはキャロルの頭を撫でる。
「私、怖かった...。何されるかわかんなくて、ジョニーさんと魔女さんの足も引っ張って、もうどうしたらいいかわかんなくて...」
そう言ってキャロルはミントの胸の中で泣きじゃくる。
「今日はたくさん泣いていいよ。大丈夫だからね。また何かあった時、僕が守ってあげるから」
ミントはキャロルを優しく抱きしめた。
「ジョニーさんありがとう...。本当にありがとう」
気がついたら2人の周りには美しいネモフィラの花がたくさん咲いてた。
ミントは優しくて強い子を守ることができて幸せだった。