第54話 友達になりたいだけなんです
窓の隙間から日が差し、ライチは目を覚ます。
散らかった布団を綺麗に畳み、身の回りを整理する。鏡台に座り軽く化粧をする。
パジャマから制服へ着替えている途中、隣からくぐもった声が聞こえる。カーテンを開けて、微笑を携え声の主にライチは声をかける。
「おはようございます。ミント様」
ライチからそう声をかけられ、ミントは上体を起こし言葉を返す。セーラー服と丈の長いセーラー服に身を包んだその姿に、ミントは心の中でこう思う。
「今日は学校なのか」と。
学校というものをミントはあまり知らない。アンナやチロルも学校に行ってると言っていたが、具体的にどんなことをしているのかは聞いたことはない。
わからないことだらけだ。だからこそ、ミントはライチに思い切って聞いてみることにした。
「学校ってどんなとこなの?」
こんな質問。普通ならば馬鹿にされて笑われるだけだ。だがライチは表情ひとつも変えずに返答をする。
「学校というものは、私たちがいろいろなことを学び、社会でうまくやっていけるための環境を作る場所のことです。勉強や運動、そして友人同士との関わり合いを通じて、より良い人生を送るための一つの線路だと思います」
ライチ自身もこの返答が正しいかどうかわからなかった。自分は勉強も運動もできるほうだが友達作りは上手くいってるかどうか微妙だった。友達が少ない自分が学校のことなんて教えることができるのか疑問だったが、ミントが少しでも納得してくれればそれで良かった。
「ライチは学校でどんなことをしてるの?」
ミントはこんな質問をした。自分の学校は魔法やライフウェポンを扱う超がつくほどのマンモス校ルミナス魔法学園。
小中高一貫で若い魔女の芽が、この場所で育っている。ライチは中等部の能力科に属しているが、その中でも上位の成績を持つ誰もが羨む“天才”だ。
「どんなこと………ですか」
返答に困った。ルミナス学園ではやることが多い。ひとえに能力科と言っても、全ての能力に応じたカリキュラムを学ぶ必要があるし、ライチの能力の場合その能力を中学の3年で学び、応用できるまでは卒業できないのだ。
「それぞれの生徒の持っているライフウェポンについて学び、それを活かすための授業を毎日しています。3年それを行い、卒業する際に実務試験を受けた者が晴れて後頭部に進学できるのです。自分で言うのは恥ずかしいですが、私は勉学も実務も両方できるので余程のことがなければ躓くことはないかと」
そう言ってふふんと鼻を鳴らすライチ。こう言う一面もあるのかとミントは思いながらも、そんなライチの姿を誇らしく思った。
「ライチはすごい人なんですね」
率直な感想を述べるミントを見てライチは調子に乗ってはならないと襟を正す。
「そんなことないですよ。私以外にもすごい人はたくさんいます。浮かれるわけにはいきませんよ」
「でも」とライチは続けて言葉を放つ。
「そう言ってくれたことは嬉しいです。ありがとうございます。ミント様」
そっぽを向き感謝を口にする。いつもは面と向かって口にできるのにこう言う時は何かむず痒さを感じた。
「そういえばライチ、頼みがあるんだけど」
真剣な目つきでミントは話を切り出す。
「何でしょうか?」
「ライチが忙しくなければ、僕の稽古にまた付き合ってほしい」
ライチは顎に手を当て考える。あの日以来、ミントはずっと伸び悩んでいる。元々実力は高いが、その上を突き抜けるには至っていない。ライフウェポンも魔法も使えない中で今まで刀だけで闘ってきたセンス、そしてそれを補完するほどの身体能力を兼ね備えたその力は、優秀な指導者がいれば間違いなく自分すら圧倒するだろう。
それにデルフィニウムの情報によれば、彼の使う剣技は伝説の流派「八花流」の流れを汲む者らしい。指導者であればランタナなどが適任だろうがミントが自分を慕って、自分に教えを乞いたいのであればその願いを無碍にはできない。
「わかりました。学校前ですので少しだけ付き合ってあげます。その代わり絶対に強くなってください。私に教えを乞うならば、誰にも負けることは許しません」
「うん、ありがとう」
そういうとミントはそそくさとパジャマからいつものローブに着替える。
ライチはミントを連れ村のハズレにある小さな洞窟に向かう。シーンと静まり返った蝙蝠の魔獣がなく洞窟にあるのはひんやりとした冷たい苔の生えた石。そしてその上にいる蝙蝠を指差し、ライチは告げる。
「あの高い鍾乳洞を触ってみてください」
「え、あの高さを、どうやって…………?」
ミント達のいる位置と鍾乳洞のぶら下がっている位置は七メートルほど。普通なら絶対に届くことなどできない。
「まずはやってみてください」
ライチにそう言われるならと、ミントは後ろに大きく下がる。そして助走をつけ走り込む。
「ッッ!!」
石に手をつき前転、大きく飛び上がり鍾乳洞めがけて手を伸ばす。腕を伸ばすことができれば届く範囲だった。だが、鍾乳洞をミントの手は触れることができなかった。
「くっ!」
そのまま力を失い降下していく。くるりと一回転して着地すると、ミントは首を振ってライチを見る。
「普通ならそうなると思います。ですが見ていてください」
ライチはそういうと石から大きく距離を取る。そしてミントと同じように大きく助走をつけて走り出し、石を蹴って飛び上がる。距離はわずか3メートル。手を伸ばそうとしても届かない。ならばとライチは空中に滞在したまま一回転し、さらにジャンプへ繋げた。
二回のジャンプでライチは鍾乳洞を掴み、その下へぶら下がる。
「しっかりと見ました?」
驚愕するミントに向かってライチはぶら下りながらたずねる。
「う、うん。一回ジャンプして空中でもう一回ジャンプしたようね」
「そうです」
ライチはスカートを抑えてゆっくりと鍾乳洞から降りると誇りを払いミントへ説明する。
「二回ジャンプすることで不意の攻撃も交わすことのできる応用技です。魔力コントロールの基礎を固めた技で、コントロールができれば誰でも使用は可能です。これを見た上で、もう一度やってみてください」
ミントはもう一度助走をつけ大きく飛び上がる。そして空中で一回転を、しようとしたものの身体は降下し徐々に落ちていく。
「くっ!」
手を伸ばそうとしても届かない距離のままあっさりと落ち、ミントは背中を殴打する。
「いてて………」
背中をさすりながら起きあがろうとするミントの手を取り、ライチは説明する。
「やみくもにやっても意味がありません。自分の中にある魔力をコントロールして呼吸を整えていけば上手くいくはずです」
「どうやってコントロールすればいいかわかんないよ」
ならばと、ライチはふぅーと息を整え目を閉じる。そして石の先にあるツルッとした光り輝く壁に向かって歩く。
そしてその壁に足をつけるとそのまま壁を歩き続ける。環境の干渉を受けずに平行を保ったまま壁を一通り歩くと、ライチは壁から離れる。
「今私は魔力をコントロールして壁を歩きました。足に魔力を込めて尚且つ平常心で心を落ち着かせる。魔力のコントロールにおいて平常心は1番のポイントです。結局心に乱れがあると、こういう基礎の技もできないですし、力に任せた攻撃では相手に読まれてしまいます。それは分かりますね?」
「うん」
ミントは小さく相槌を打つ。魔力の概念を知らなかった自分にとって、コントロールなどはまだわからない。だが魔力というのは誰もが持っている秘めたる力。フィジカルや運動能力だけでは到底できないことを魔力は補ってくれるのだ。
だがミントの魔力は微々たるもの。デルフィニウムのように魔法を自在に使えなければライチのように基礎がしっかりした上で強力なライフウェポンを持っているわけでもない。
ミントには刀しかない。きっと、その上でライチは基礎から教えているのだろう。
「あとは、そうですね。これは最終試験になるのですが」
ライチは中央にあるひんやりとした石の元に戻るとそれを触りながらミントにこう言う。
「私ともう一度闘って勝てたら、ミント様のことを認めます」
以前ミントはライチに手痛い敗北を喫した。ミントの心に大きく影を落とした。それ以降あれやこれやと試行錯誤を重ねたものの、上手くいくことはなかった。自分の強さを過信していたわけじゃない。驕っていたわけでもない。だがブルグマンシアと闘った時、上には上を見せつけられた。守れるものも守れやしなかった。だからこの誘いは、ミントにとってありがたいものだった。
「僕にはやるべきことがある。だから灰の魔女もライチも超えてみせる」
「その調子です」
「僕が勝ったら僕のお願いも聞いてほしい」
「なんですか?」
ミントはふぅーっと息を整えると、ライチの目を見てこう言った。
「僕が勝ったら、ライチと友達になりたい」
「友達…‥…ですか」
「うん」
深く悩んだ。勝者の求める条件がそれでいいのか?ミントが常々自分を気にしているのはわかっていた。最初は突発的な恋心かと思っていた。だがどうやら、自分と仲良くしたくて近づこうとしているだけのようだ。とことん不器用だ。そんな賭けにしなくても、友達にならなってあげられるのに。この屋敷で知り合って、お互い仕事を分け合いながらやって、一緒の部屋で眠る。すでに友達のようなものではないか。
だがミントの顔を見ていたら、いつにもなく真剣な眼差しでこちらを見ていた。ならばその誘いに乗るしかない。
「わかりました。その条件、受けましょう」
3ヶ月後、またあの庭で闘おうと、ライチはミントにそう告げた。




