第53話 灰爆の魔女
『全市民に告ぐ。逃げるのをやめて、直ちに死になさい。我々はもう助からない。このまま奴らに殺されるよりは、自分の手で死んだほうがマシだ』
真夜中の街に、サイレンがこだまする。無線信号が各地に響き渡り、火の海に包まれ、混乱の街の中で、ボロボロになりながらも視聴は通信石をとって市民たちに自殺を促す。
『繰り返す!我々はもう助からない!直ちに全員死んで、肺の魔女の魔の手からのが…………』
最期の願いは言わせてもらえなかった。その瞬間、市長は爆散し、ただの肉の塊となったのだから。
「かってにしのうとしないで!スーのことをばかにしたんだからみんなスーにころされてとうぜんなんだよ!」
子供のような明るい声だった。火の海に包まれたこの惨状に似合わない、無垢な声が市長室に響き渡る。
「スーのことをばかっていったやつはみんなわるものなの!はんせいしてね!スーはばかっていわれるのきらいなの!」
少女はそう言って頬を膨らませる。色の抜けたような白髪に雑に結ばれたハーフツイン、度の強いメガネ、そして発達してない尖った前歯、整ってない身だしなみは嫌でも少女の異質な存在へと際立たせる。
少女は窓越しに惨状を見つめる。混乱と怒号が飛び交う群衆を見て、少女は無邪気に笑う。
「スーのつよさにびっくりしてるみたい!」
少女は血に塗れた市長の遺書をクシャクシャに丸める。
「ぽい!」
その掛け声と共に紙を窓から捨てる。
「すいっちおーん!」
その掛け声と共に少女は指を弾く。すると街に一気に爆炎に包まれる。家という家を吹き飛ばし、凄まじい轟音をあげて、その街を更地にする。大きなキノコ雲が、空へ天高く昇っていく。
辺りは残骸となり、死体の山が気づかれ、平和な一つの街は人一人いないロストタウンと化してしまった。
「ぷはー!」
瓦礫の中で少女は顔を出す。顔がこげていた。だがそれ以外は無事だった。メガネを掛け直し、瓦礫をどかして少女は地面に腰掛ける。
「たのしかったー」
少女はそう言って、屈託なく笑った。
「また…………派手にやってるな……………灰爆の魔女……………スナバコ…………」
どこからか声がする。掠れた女の声だ。
少女──灰の魔女スナバコは振り返る。そこにいたのは、右目を髪で隠した着物姿の女だ。
「アイちゃん!」
スナバコは瓦礫の上を渡りながら駆け寄る。
「アイちゃんきいてよ!ここのくにのしちょーってひとがね!スーのことをばかっていったんだよ!」
「市長は…………名前じゃないぞ……………」
着物姿の女──────灰の魔女絶体の使徒ドールズアイは、スナバコの言葉を静かに訂正する。
「こまかいことはいーの!それでね!スーとちゃんとはなしてくれないの!だからむかついてみーんなころしちゃった!ねえねえ!スーってすごい!?」
「すごいぞ…………気に入らないやつはどんどん殺せ…………お前は特別な人間なんだからな……………」
ドールズアイはスナバコの頭を撫でて褒め称える。
「えへへ、スーなでられるのすきー!」
「そうか……………そうか……………」
ドールズアイは少女の隣に座る。
「アイちゃんきょうはどうしたの?どくえんのじゅっかはさんかげつかんおやすみするっていってたじゃん」
スナバコは不思議そうな顔でドールズアイへ疑問を口にする。
「あぁ…………休むさ……………我々の同志が死んでしまったからな……………私たちの戒律上…………同志が死んだら3ヶ月間弔わなければならないのだ……………」
ドールズアイはスナバコにわかりやすく説明する。
「へーそうなんだー!そういえばだれがしんだんだっけ?」
「慈愛の使徒……………灰酔の魔女……………ブルグマンシアだ……………」
ドールズアイは訥々とその名前を語る。
リーカス共和国、ハルトゥー諸島を滅ぼした凶悪な魔女、ブルグマンシア。少女に性的嗜好を持つ異常者であり、今まで何人もの少女を毒牙にかけ、そして多数の国を滅ぼしてきた灰の魔女。最期は自身の油断によりその少女の策にハマり死亡したと言われている。その死をドールズアイは深く悲しみ、3ヶ月間断食をし、その死を悼み続けていた。尤も、スナバコはブルグマンシアの死など心底興味がないようだが。
「奴のことを……………私は気に入っていた……………上昇志向のある駒はよく動くからな…………だがやつはたかが少女だからと油断をして……………一介の旅人風情と下級の魔女に負けた……………しかも奴の油断が……………小娘の一人に能力を開花させてしまった……………」
「ふーん」
スナバコは下品にも鼻をほじりながら退屈そうにドールズアイの話を聞く。
「今すぐ殺害に関わった四人を……………地獄に落とさねばならん……………そうしないとブルグマンシアの……………無念を晴らせん…………だが我々は今………………手が空いていない………………そこでだ………………」
ドールズアイは少女を指差す。
「お前に……………その4人の殺害を……………頼みたい……………」
その言葉にスナバコは大きくため息をついた。
「なんでスーがそんなことやんなきゃいけないのー?かってにしんだんだからかたきうちなんてしなくていいじゃーん」
「そうか……………」
ドールズアイは静かに立ち上がる。そして振り返らずにスナバコに向けて言い放つ。
「お前には……………期待して……………いたんだが………………残念だ」
どこか寂しそうに、ドールズアイは去っていく。その時だった。
「うう、ひぐ…………なんでそんなこというのぉ」
スナバコは突如泣き出した。鼻水を垂らし、目に涙を浮かべて、ドールズアイに訴える。
「スーだってマンシアちゃんのかたきとりたいよぉ。ちょっとじょうだんいっただけじゃん。かえらないでよぉアイちゃん」
涙を拭きながらそう訴えるスナバコにドールズアイはわざとらしく振り返る。
「引き受けて………………くれるか?」
「うん………アイちゃんのいうことだったらなんでもきくよぉ」
再びスナバコの元へと歩き出し、ドールズアイは少女の手を取る。
「なんでも…………聞くんだな…………じゃあ聞いてくれ…………お前にしかできない頼みだ……………」
片方しかない目に羨望を乗せて、ドールズアイは説明を始める。
「旅人であり指名手配犯のミント……………魔女警察のデルフィニウム……………村娘のアンナ……………そして解術師のロストマンだ…………」
ドールズアイは四人の顔写真をスナバコに見せる。
「みんとってひとかおかわいい〜あとねこちゃんもいる。かわいい〜」
そんな感想を呟きながらスナバコは写真を懐に入れる。
「ミントは手練れだが……………お前ならやれるはずだ…………そしてアンナ…………やつはデルタ地区の小さな村に住んでいる……………特定は容易だ……………他の奴らも殺していい……………気に入らないやつは全員殺せ……………」
ドールズアイはギザ歯を見せてそう笑った。
「このこたちころしたら、あたまなでなでしてくれる?」
「あぁ…………構わないぞ……………」
その言葉にスナバコは大きく飛び上がる。
「やったぁ!じゃあスーがんばる!アイちゃんのためにがんばるんだー!」
無邪気に瓦礫の上を走り回り、感情を身体で表現するその姿を見て、ドールズアイはしたり顔を浮かべる。馬鹿は乗せられやすい。そう思ったからだ。
「血の儀式を…………しよう……………私とお前の…………大切な儀式だ……………小指を出せ……………」
言われた通りにスナバコはドールズアイに小指を見せる。ドールズアイは小指の皮膚を噛みちぎり、その指をスナバコの指に絡める。
血がべっとりとつき、地面に滴る。だがスナバコは不快感を見せず、満面の笑みで指を絡ませる。
「誓え…………私の命令には……………何があっても従うと……………その命が潰えるまで……………闘うと……………」
「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます!」
指と指が離れ、ドールズアイが血を拭き取る。
「今度こそ……………帰る……………」
「えー?」
立ち上がり、背を向けるドールズアイにスナバコは残念そうな表情を浮かべる。
「そんな顔をするな……………その四人を殺したあと…………改めてお前の元へ来るさ……………」
そう言ってドールズアイは静かに消える。一人取り残されたスナバコは、静かに瓦礫の上へと立ち上がる。
「つれないなー」
石を蹴飛ばしそうぼやく。だけど楽しみだ。四人殺すだけで自分の主君にまた会うことができる。そう思うと、ワクワクで胸がいっぱいになった。
「アイさまのために、スーがんばるもんねー!」
夜空の月を見上げながら、スナバコは高らかに宣言した。




