第51話 理解しようよ!楽しい楽しいライフウェポン講座
負けた。この事実がまだ心に重くのしかかる。
相手は自分より年下のまだ中学生の少女なのに。気が進まなかった。でも自分の足りないところがわかると思っていた。魔女警察とも互角に渡り合えたという自信がミントの足を突き動かした。
だが結果は惨敗だった。ライチのライフウェポンの前に手も足も出なかった。
たかを括った油断が招いた失態だ。ミントは俯き、負の感情を増幅させる。
中庭を荒らしたことはランタナがスイレンに説明しているとライチは言っていた。
彼女はただ1人、黙ってミントの傍にいた。
「…………」
ライチは自分が負けるなんて思っていなかった。ただこの闘いを通してミントに知ってもらいたかったのだ。
自分の得意なこと、自分の苦手なことを知り、それを克服することが戦闘の秘訣だ。敵の情報ばかり知っていても、実戦の時に自分の力を活かせねば勝つなど夢のまた夢。今回のは命のやり取りなどではない。だから命までは奪わなかった。
だがこれが殺し合いならば、落ち込んでる猶予すら与えられずあの世行きだ。
彼は何か得られたのだろうか。それはまだわからない。だがいつまで項垂れているのか。しびれを切らしてライチはミントに話しかける。
「ミント様、今回の闘いで何かわかったことはありましたか?」
なんでもいい、改善点などをミントの口から聞きたかった。ミントの隣に座り、紡がれる言葉を待つ。
「…………なにもできなかった」
沈黙の末、ようやくミントは言葉を発した。
「ライチの能力にびっくりしちゃって、なにも対応できなかった。自分の闘いをすることができなかった。勝負が決まった時、なにが起きたかわからなかったんだ。自分より年下の女の子に負けちゃったのが、何よりショックだった」
自分の胸中を訥々と語り始める。驕りがあったことは事実なのだろう。あの能力を初見で対応しろというのも無理な話だ。
だが誤りがある。根本的に彼が理解していない部分がひとつある。
「ミント様。勝負の世界に年齢は関係ございません。私より年上で私より劣る存在もいれば、ミント様より年下でミント様より強い存在もいる。大事なのはその人達がなにをやってきたかです。20年以上生きて惰眠を貪ってる人間は成功できなくて当然ですが、10年間修行を続けてきた人間は成功して当然です」
机に置かれたペンを取る。紙切れに文字を書き、ミントにそれを見せる。
「戦闘における基本は近接、遠距離、防御の3つ。一流の戦闘者は必ずどれかに秀でています。ミント様の場合は近接戦闘。その分野に関してはここにいる誰よりも突出しています。デルフィニウム様が認めるだけはありますね」
ミントの得意とする土俵を説明し、ライチは言葉を続ける。
「では他の分野ではどうか。と問われると防御でも良いものを持っています。私の能力は回避不可能。その一撃に対し掠りすら与えない防御性能。そして戦闘IQの高さ。素早さも突出しており、全てにおいての才能が秀でております。ですが」
ライチは言葉を止め、ミントの不得意な部分を書き起こす。
「自分の力を過信しすぎていること、そして搦手に対応できるまでに時間がかかることです。この世界において能力者というのは一般的な存在。戦闘に出くわす時、相手はほぼ確実に能力者だと思ってください。ミント様の常識は通じません。ミント様が近接が得意だったとしても、相手が正直に近接に挑むわけがありません」
「相手の土俵に立つために、どんな分野でも戦えるように実力を磨くってこと?」
「いいえ、自分のことを理解しろということです」
バッサリと切り捨て、ライチはさらに説明を続ける。
「ミント様のおっしゃっていることも理解できます。ですが器用貧乏は戦場においては効力を発揮しません。土俵に立つのではなく、相手に土俵を“立たせる”ことが重要です。相手がスナイパーならミント様はいかがなさいますか?」
そう問われた時、ミントは腕を組む。
「間合いを徐々に詰めながら背後に回り込む………かな」
「相手がそれを想定して第二手の攻撃を持っていたら?」
「…………」
「全てを想定して闘うのです。ミント様ならそれができます」
ライチは立ち上がると棚の中から小さな黒い石を取り出す。それを机に乗せると、ミントの方を向き説明を始める。
「ライフウェポンというのは鍛えれば初見で見抜くことができます。そしてこの石は握るとライフウェポンの性質がわかるものです」
そう言ってライチは石を握る。その石はライチの手の中で変幻自在に色を変える
「このように、その人のライフウェポンの性質がわかるのです。これは発現しているものの適性が高ければ高いほど変化していく仕組みになっています。最も、発現していないとわからないものではありますが」
ライチは石を置くとミントに向き直る。そして紙に文字を書いて、ライフウェポンの種類について語り始める。
「ライフウェポンは全部で六つの型があります。これらは基本1人の一つ振り当てられ、任意で発動させることができます。魔力の有無もなく、必要な時にその人の思考、能力を脳が汲み取り発言させる。だからライフウェポンという名前がつきました。戦闘に役立つものや日常生活に必要なもの。果ては未来を変えるものまで、ライフウェポンはこの世界の歴史に大きく関わりました」
「前置きはここまでにして」と、ライチはミントに六つの型が書かれた紙を見せる。
「まずは物体に魔力を付与する『付与型』、五感の意識を拡大させる『知覚型』、肉体及び魔力を拡大させる『強化型』、物質を変化させる『変化型』、一定の条件を満たすと発言する『発生型』、これら全てに分類されない『特権型』の六つがあります」
わかりやすいように丁寧に解説する。少し頭が痛くなる。ミントは勉強が苦手だ。活字や聞き取りなどをすると頭が疲れてしまう。だが自分のためだ。ミントは目をぱちくりさせ、ライチの言葉を聞く。
「先ほどの石がライフウェポンの種類を判別するものという説明はしましたが、これが知覚型だと石が壊れ、強化型だと大きくなり、変化型だと歪み、発生型だと宙に浮きます。特権型だと石が消える。だがひとつ例外があり、灰の魔女がこの石に触れると黒く染まり灰となります。なので灰の魔女の判別用としても使われているのです」
「もう少し詳細に説明します」と、ライチはひとつひとつの方についての細かな解説を始める。
「まずは付与型、これはひとつの物体に属性を“付与する”つまり性質を変化させるものです。刀に炎を纏わせる。地面に花を咲かせる。これらの魔力を使った性質変化を使えるのが付与型です。付与型の強みは奇襲性、相手に発現を悟られにくい分奇襲をし、不意をつくことが可能なのです」
“付与する”という言葉でミントはピンとくるものがあった。あの時のライチの投げたクナイ、あれは風の力を纏って追尾した。最初は風の魔力の特性だと思っていたが、どうやら違う。あれはライチが追尾機能を“付与“した。つまり───。
「ライチのライフウェポンは、付与型ってこと?」
「そういうことです」
ミントはなるほどと呟く。またひとつ賢くなれて得した気分だった。笑顔で頷くミントにライチは話を続ける。
「付与型は生物には付与できません。あくまで無生物のみです。生物の中にある血液などに付与などは可能ですが難易度は高いでしょう。この特性からか、付与型の能力者は武器を所持している場合が多いです。ですが、逆にそれが弱みで、武器を奪われたらひとたまりもありません。先ほどミント様と手合わせした時も、薙刀が地面に突き刺さった時は冷や汗が止まりませんでした」
そう言ってライチは苦笑いを浮かべる。だがすぐにまた表情を引き締め、話を続ける。
「付与型と闘う時はまずは環境を見ることです。相手の手持ちに武器はないか、相手の土俵に立っていないか。隠し武器はないか。隅々まで見るのです。魔法を持っていれば、彼らの能力にある程度は対応できます」
「魔法」ライフウェポンと同じく、この世界に密接に関わっているもの。ミントは以前、デルフィニウムと手合わせをしたことがあったが、魔法による力は強力なものだった。そしてふと、疑問に思う。
「ライチ、魔法とライフウェポンの違いってなんなの?」
「良い質問ですね」
話が脱線しても構わず、ライチは魔法についても説明を始める。
「魔法というのはこの星の大気と、私たちの体内に微細にある魔力を融合させて作り出すものです。大地の恵みは五つの属性の力を引き出し、毒にもなれば薬にもなる。ある程度の適性は必要ですが、五つの属性はコントロールさえできれば誰でも使用可能です。ライフウェポンはその人のライフスタイルから作られるその人だけの能力なのに対し、魔法はこの星から生成される大気そのもの。それを取り込んで初めて魔術が出来上がるのです」
ライチは魔法とライフウェポンの間に矢印を引く。
「能力者は攻撃の決め手に欠ける場合が多く、その補助として魔術や武術などを習います。付与型と強化型は攻撃に特化したものが多いのですが、知覚型は五感を拡大させる性質上、どうしても攻撃技が少なくなる。だから知覚型の能力者は魔法をセットで覚えることが多いのです。魔力を探知することはもちろん、少し先の未来を読んだり、遠い物体を凝視できたり、果ては能力の判別すらもこの知覚型はできます。故に狙われることも多く、決め手にかける性質上、戦場で最も命を落とすのはこの知覚型と言われています」
ミントは紙切れにメモを取る。今のうちに覚えておかないといけない。実戦では読む暇などないのだから頭に叩き込まねばなるまいと必死に復唱する。だが一つ思い当たることがある。
”知覚型“ならばあの灰の魔女、ブルグマンシアもこれにあたるのではないだろうか。五感を拡大させる。あの能力を食らった時、脳ににダメージをくらいしばらくの入院を余儀なくされた。だがあの能力には発動までの隙があった。合点がいった。だから奴は魔法を使っていたのだ。
「ミント様?」
「え?ああ、なんでもないよ。ライチの話聞くの楽しいからもっと続けてほしいな」
「光栄なお言葉です。では続けますが、ミント様はホタテ山にて、勇者であるルドという青年と共にドラゴンを討伐したとデルフィニウム様からお聞きしましたが、彼はどのような能力をお持ちでしたか?」
ライチはミントに質問をぶつける。
顎に指をあて考える。あの件はしっかり覚えている。ルドは二つもライフウェポンを持っていて一つは防御無効の斬撃、もう一つは五属性全てを使える攻撃だった。とミントは説明する。
「なるほど。ひとつは付与型で、もう一つは強化型です。自分の肉体と魔力を強化できる、もっとも戦闘に役に立つ能力です。彼は魔力を強化することにより、通常では扱いきれない五つの属性を全て使えるようにしたのでしょう。ダブルウェポンですら希少な存在なのに能力も優秀です」
ライチは手放しで絶賛する。ルドの噂は知ってはいたが能力までは把握していなかった。なるほど。ミントが負けたと言わしめるだけの才能があるようだ。
「強みとしては六つのライフウェポンの中で最も魔法と相性が良いこと。弱みは自身以外は強化できないことと、搦手に弱いこと。付与型との相性は悪いと言って良いでしょう」
淡々と解説していく中でひと段落つく。長々と説明して喉が渇いたのか、ライチは水分をとり始める。
説明を聞いていく中で、ミントはある疑問が思い浮かぶ。
「ねえライチ、変化型は物質を変化させる能力なんだよね?同じ変化でも付与型とはどう違うの?」
ライチは水を飲み込み、蓋を閉めると質問に答える。
「物質そのものは変わらず性質が変化するのが付与型、物質そのものが変化するものが変化型です」
ミントは首を捻る。わかりやすく伝えられるようにライチは木の枝を取って実践する。
「この木の枝が風属性を纏ったら付与型。消えてなくなったら変化型ということです。つまり見た目で変化したとわかればそれは変化型です」
ずいぶん投げやりな言い方になってしまったが伝わっただろう。ミントもわかってくれたようで「なるほどぉ」と息を漏らしている。
ミントがあの時闘った盗賊団の頭領もおそらくは変化型だ。身体を鋼鉄に“変化”させ、あらゆる攻撃を寄せ付けなかった。あの部下の透明人間も同じ原理ならおそらく変化型だろう。
「その性質上、自分も相手も変化させることができる能力ですが弱みとしては1発の強力な攻撃に脆いことです。特に魔法の一撃を彼らは苦手とします。大地の恵みを動力源とする魔術は変化などをものともしませんから」
あの時頭領の鋼鉄の身体を粉砕できた理由もわかった。わかったところでまた新たな疑問が生じた。ミントの持っているあの刀は変化型のライフウェポンすら寄せ付けないのか。いつどこで作られたのかもわからない謎の刀だ。今までろくに考えたこともなかったが不思議なことだ。ルドが欲しがっていた理由もなんとなくわかった気がした。
「まだまだ知らないことってたくさんあるんだね」
ボソッと、ミントはつぶやいた。
「そうですね。でも知らないことを知れたらすごく楽しいですよ」
ライチの言葉にミントは頷く。そして残り二つについての言及を求める。
「発生型と特権型についても教えてほしいな」
「いいですが、ミント様は少し脳を休めなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「ではお言葉に甘えて…………。発生型は特定の条件下で発動するライフウェポンです。弱みは発動までに時間がかかることですが強みは逆に発動してしまえば1発で戦闘を終えることができてしまうこと。発生型と戦闘する時は絶対に相手に主導権を渡さないことが大切です」
「そして特権型………」と言いかけたところでライチは言葉に詰まる。
「どうしたの?」
「…………特権型はその特異さ故に謎が多く、1000人に1人しか発現しないと言われております。他の能力と比べて一発使い切りのものが多く、再使用にかなりの年月がかかります。ですがそれを加味しても非常に強力かつ誰も止めることができない。どの型にも当てはまらないタイプを特権型に分類する場合も多いです。そして現在確認されている特権型を持つ人間はたった1人。ミント様の望んでいる情報全てを持っている女であり、私にとっての最大の敵です」
「…………その女の名前は?」
ライチは唾を飲み込む。いつも穏やかなライチの空気が一変し、憎悪が込められた口がゆっくりと開かれる。
「─────」
その名前と、その能力が語られた時、ミントは絶望を隠しきれなかった。
自分が闘ったブルグマンシアが氷山の一角に過ぎないことを、いやでも痛感させられた。




