第50話 アンノーン・サハクイエル
風が吹き、静寂の空間が流れる。
小さく息を吸い、ミントは刀を抜き、前方に大きく構える。
ライチは目を逸らさず、ジッとミントを見据える。薙刀を構え、地面を蹴って突進する。
その刃がミントの首筋を捉える。かわしきれない。ミントはその刃を刀で受け止める。
金属音が屋敷中に響き渡る。火花を散らしお互いの得物が交錯する。
斬り合いではミントの方が上か、ライチは徐々に後ずさる。
「ッッ!!」
後ろに退き、ライチは距離を取る。近接ではミントの右に出るものはいないだろう。
逆を言えば、“今のミントにはそれしか取り柄がない”と言うことだ。
「……………」
無駄口は叩かない。ライチは袖からクナイを取り出す。それに風属性の魔法を付与する。より殺傷力をあげ、確実に仕留められるように。
小さく手を動かし、クナイを投げる。直線的にクナイがミントの喉元へと迫る。
「───ッッ!!」
風の力を纏い向かってくるそれをミントは横にかわす。速いだけだ。自分の動体視力であれば、対処できる。そうたかを括った。
だが─────。
「!?」
ミントがかわした方向にクナイが逸れる。まるで追跡するかのように不規則に額を狙っていく。
「くっ!」
慌てて刀を振い、クナイを落とす。地面に突き刺さり、纏ってた魔術が消える。
地面に刺さったクナイを見てミントは冷や汗を垂らす。
「…………殺す気だった?」
「はい。戦闘なので」
顔を引き攣らせるミントに対してライチは涼しい顔で答える。模擬戦闘なんて意味がない。殺す気で追い詰めないと力を引き出せない。
────それに今わかった。ミントの弱点を。
ライチは頭上に薙刀を回し、刃先を向け臨戦態勢を取る。緑の双眸が冷徹にその顔を捉える。そして再びスタートを切る。
残像すら見える素早さで大きく回転し薙刀を振るう。
間一髪でかわし、ミントは横へ跳ぶ。
背後にある木が両断され、ライチに向かって倒れる。
「おやおや」
審判を務める執事のランタナが思わず声を漏らす。その声をよそにライチはその木をさらに細かく伐採する。
サイコロステーキ状になって木の破片が散らばる中、奇襲をかけるため、ミントは飛び出す。
横目でミントを捉え、ライチは木の破片を掴みそれを投擲。牽制の一撃をミントは首を捻ってかわす。
瞬間、木は進路を変え、ミントの後頭部へとUターンする。
「なに!?」
振り向いたミントがその木を切断する。先程のクナイといい、この木といい、ライチの投げたものは必ず自分を追う。
斬撃だってそう。自分の急所を的確に狙う。回避が困難で、皮一枚でかわすのすらやっと。防御で防ぐしか手段がないのだ。
狼狽えるミントを前にライチは小さく深呼吸をする。
大木の残骸が刃物へと姿を変える。ライチの纏った緑のオーラと共に木のナイフは宙に浮き、ライチを囲い込む。
その切先をミントへ向け、殺傷力をあげていく。
答え合わせをするかのように、ライチは口を開く。
「これが私のライフウェポン「アンノーン・サハクイエル」です。私の放ついかなる攻撃は回避は不可能。血を垂らすまでミント様の方へ追尾します。斬撃も投擲も、全てが被弾する領域。ここの空間全てが、私の世界です」
天を貫くような緑のオーラが空気を圧縮する。痺れるような感覚がミントの身体を伝う。
回避不能の斬撃が、一斉にミントに襲いかかる。
いつの間にか騒ぎを聞きつけ、他の召使いたちも観戦していた。
そんなことには目もくれず、ミントは襲いかかる木の破片を一つ残らず弾いていった。
汗が頬を伝い、腕がだらんと垂れ下がる。木の刃の中にクナイも混ぜ、ライチは刃物の弾幕を張っていく。
上空を大きく飛んだそれらは飛散し雨のように降り注ぐ。
顔の色を失い、ミントはただそれを呆然と見上げる。どうすればいいのか。回り続ける脳は幾つもの対策案を練る。
地面を見た。大量に破片が飛び散り、荒れ果てた中庭。ライチは屋敷の屋根の上にいつの間にか移動していた。
ここから、屋根の上まで、そこに辿り着ければ勝てるはず。ミントはそう読んだ。
降り注ぐ7秒の間、ミントは素手で土を掘り進める。自分の身体がすっぽり入るくらいの穴を手際よく作り出すとその中に入り、掘り進めていく。
「(土の中でやり過ごす。考えましたね)」
ライチは興味深そうにその様子を見つめる。木の破片がミントのいる土の中めがけて一斉に降り注がれる。
パラパラと言う轟音が鳴り響き、召使い達が耳をおさえる。
その弾幕を掻い潜り、ライチは薙刀を持って、屋根から飛び出す。
土が盛り上がっている場所、そこに隠れている。そう踏んだのだ。
一直線に向かい、ライチは大きく振りかぶり、地面めがけて薙刀を突き刺す。
────だが。
そこにミントはいなかった。薙刀は深々と突き刺さる。
「くっ!」
薙刀は抜けなかった。なんとかして引き抜こうとするライチ。どこに隠れたのかと辺りを見渡す。
この勝負はどちらかが相手にダメージを与えれば勝ち。髪の毛を少し切る、頬をかすめる。そんなことでも勝利となる。このままでは負けるだろう。諦めてはならない。ライチは瞼を閉じ思案する。
「…………!!」
その瞬間、背後からミントが地面を突き破り、現れる。
ライチは慌てて振り向く。ミントは泥だらけの中、刀を振りかぶり、縦一線、ライチに向かって振り下ろす。
「もらった!」
勝利を確信したかのような雄叫びだった。だがライチは突き刺さった薙刀の柄の部分を蹴り上げ、無理やり引っこ抜くと刀の一撃を切先で受け止める。
「これが、最後のクナイですね………」
ライチはそう呟くと、最後の一つであるクナイを取り出し、頭上に放り投げる。クナイは意思を持ったかのように弧を描き、ミントに向かって襲いかかる。
「逃しませんよ………」
ライチはミントの片足を踏んづけ、素早い動きを封印する。ミントの意識が完全にクナイにいく。どうすればいいのかとまたも思考を巡らせる。
クナイはミントの眼前へと迫っていく、そして───。
不意にライチが消え、身体が自由になる。眼前にあるクナイはコンマ1秒ももたずミントを突き刺すだろう。だが、己の動体視力を信じれば、このクナイは撃ち落とすことができる。刀の柄を反射的に持ち、クナイめがけてフルスイングする。
鈍い金属音と共にクナイは大きく吹っ飛ぶ。
これでもう搦手はなくなった。振り終わり、思わず膝をつく。
「うっ!」
首に衝撃が走る。膝をつき、うつ伏せに倒れる。
「え、なにが………」
問おうとする。一瞬の出来事に頭が回らない。
「それまで!」
理解しきれていないミントをよそに、試合終了の合図が聞こえる。
「大丈夫ですか?ミント様?」
倒れているミントに手を差し伸べ、ライチはそうたずねる。
「え、え?なにがおきたの?」
「私が勝ちました。油断したミント様の首筋を手刀で打ってダウンさせたんです。少し強く打ちすぎてしまったので、脳が混乱しているのでしょう」
冷静に状況を解説され、ようやく事態が飲み込めた。
「僕は、負けたんだね………」
噛みしめるようにそう呟くと、ライチは静かに頷く。
「ミント様の実力はだいたいわかりました。少し休憩した後、反省会をしましょう」
そう言ってライチはミントの手を取り、立ち上がらせる。
「敗北」という事実が重くのしかかる。そんなミントをよそに、無情にも午後を告げるチャイムは鳴り響くのだった。




