第49話 教え【挿絵あり】
休日、今日は非番なので日中からミントは修行はしていた。
ダミー人形に木刀を打ち込み、ミントは汗を垂らしながら精を出す。
コンパクトに、そして素早く頭部に打ち込む。日頃から心がけているものでも本番になると忘れてしまう。体に染み渡るレベルで学んだことを実践する。そうすれば灰の魔女相手でも勝負はできるだろう。
だが以前ライチはこう言った。あくまで「いい勝負ができるだけ」であって「勝ち」を得ることは難しいと。
なぜ難しいのか。それを問うてもライチは答えなかった。
100発を越える打ち込みを終え、一息つく。
石段に座り、物思いに耽っていると執事のランタナが縁側から現れる。
「精が出ますな」
ランタナはミントにお茶を渡す。
程よい温かさを保ったお茶を手に取り、ミントはお礼を言い、緑色に染まったそれを啜る。
「美味しい」
ふぅーっと息を吐き、ランタナを見つめる。
目や口に刻まれた皺が彼の長い人生をこれでもかと主張する。齢70。かつては歴戦の猛者だった彼も今はスイレンの執事、4人もの世話人を束ねる存在となった。
「稽古の調子はいかがですかな?」
掠れた声でランタナはたずねる。
「わかんない。強くなってるのか、弱くなってるのか。本当にこれでいいのかわかんないんだよ」
素直にミントは悩みを吐露する。この老人は訳ありなミント相手でも対等に接してくれる。ライチみたいに壁があるわけでも他の世話人みたいに冷たい目で見ているわけでも無い。ただ1人の人間として彼はミントを見ている。
「武術は魂を乗せるものですから。ただ強くなりたいだけならやっている意味はない。己の技術と想いをのせて初めて人は強くなれるのです」
「技術…………」
あるのだろうか?想い。確かに守りたい存在はある。だがその存在はミント以外に守れるかもしれない。この国は強大だ。強い魔女がひしめく。この屋敷にはランタナ、ライチ、そしてスイレンにシオン。自分より強い存在がたくさんいる。自分がたとえ負けても誰かが守ってくれるかもしれない。
そんな甘い考えが心のどこかにあった。
「誰かに頼るだけじゃダメってこと?」
「時と場合ですな」
頭を抱える。難しく考えるのは苦手だ。どういうのが最善なのか最適解なのか、いつも他人が考えてくれてる気がする。
「簡単なことです。自分ができる時は自分で行動する。人と協力しないとできないことは協力して行動する。そうやって切り替えていって人は生きていくのです」
ランタナはそう言った。そしてその険しい表情を崩さず付け加える。
「ミント殿もいつかわかる日が来ます」
結局は丸投げだ。他人でも匙を投げるのに自分にわかるはずもない。
結局今日の稽古でも得られた経験はなかった。
─────────
ミントが稽古をしていた同時刻、スイレンはライチを呼び出し、ミントの近況についてたずねた。
「彼、あれからどう?強くなったかしら」
ライチは理路整然と、問われた言葉に対して答えを紡ぎ出す。
「強くはなっているかと。ですがその強さを彼はまだ活かすことができていません」
「ただ強くなった力と才能を無作為に使っているだけ。そういうことかしら?」
「おっしゃる通りです」
スイレンは椅子を浮かせ、背もたれに身を預ける。日々鍛えるのは大事だが、まだ力の使い方がわかっていないということ。偶然の産物は常に生み出せるものではない。ただ直感で闘うのは意味がないのだ。
「それで、ライチは彼に闘い方を教えてるの?」
「いえ、教えていません」
「それはどうして?」
少し目を逸らす。だが自分の主人は自分の心を読める。
変に言い訳をしようものならすぐに見破られる。沈黙を破り、ライチは口を開く。
「大事なことは彼が自分で気づくべきです。私はそれを手伝うだけです」
その言葉を聞いてスイレンは椅子から立ち上がる。散らかった机の小物を一つずつ元の位置に戻す。
「ランタナが言っていたわ。あなたが世話役の中で一番優れていると。才能もあるし、それを補う実力もある。ルミナス学園一の秀才であることも納得だわ」
机に置かれた本を手に取る。タイトルはわかるが内容は覚えていない。そんな影の薄い一つの本。
「だからこそ彼の世話と監視を任せた。彼が良からぬことを考えれば。あなたが一番の抑止力になる。私はそう読んでいるわ」
本を開き、ページをパラパラとめくる。そうだった。これは自分の思い出の一冊だった。口と脳内で喋ってること考えていることが交互にまわる。
プロットで言えば承のライン。そこで自分は読むのをやめたのだ。
「彼が壁に当たった時、あなたが励ましなさい。彼が悩んでいる時、あなたが支えなさい。彼が間違えた時、あなたが正しなさい。この屋敷にで働いている以上。主人の命令は絶対よ。あなたはあなたの課せられた責務。それを全うしなさい」
ライチの澄んだ緑の瞳を見つめ、スイレンはそう言った。
「…………」
ライチはスカートの裾をつまんで深々とお辞儀をする。
「承知いたしました」
そして用が済み、ライチはスイレンの部屋を出る。
「………………」
与えられた任務はこなしているつもりだ。だが人に教えたことは今までなかった。
“血”のせいだろうか?自分には友達はあまりいない。迫害されてる。いじめられているかと言えばそうでもない。ルミナス学園は多種多様な種族の生徒がいるがいじめや迫害をした生徒はそれがバレた時点で退学となる。そんな校則だ。
実力主義の世界だ。だから力を磨いた。尊敬と畏怖は両方されている。だが自分に教えをこう人間はいなかった。
『ライチは天才だから』
だから凡人では背伸びできないと周りの同級生は距離をとっているのだろう。
目を閉じて思案する。
ミントは周りとは違い困ったことはすぐ聞いてくれる。仕事を覚えるのは苦手みたいだが、戦闘のスキルは日々上がっていっている。
一つの分野に集中できるタイプなのだろう。
そんなミントを見て羨ましく感じる。なんでもできる自分は人に聞く必要なんてなかったのだから。
窓の外から景色を見る。ミントは休憩を終え、上司であるランタナと話していた。
窓越しでもわかる。また彼は悩んでいる。
顔をしかめ頭を抱えている。
そんな姿に愛おしさを感じる。
1人では何もできないミントを見ると助けてあげたくなる。
「ちょうど休憩だし、付き合ってあげるか」
そう呟き、ライチは中庭に向かう。
────────
「ミント様、お疲れ様です」
ライチはペコリと頭を下げミント、ランタナに挨拶をする。
「ライチ、今から休憩ですかな?」
ランタナの問いに頷くとミントの方を見る。
「修行の成果はいかがですか?」
たずねられてもわからない。ミントは沈黙する。
「わからない。そう捉えてもよろしいでしょうか」
静かに話す。この沈黙は肯定と捉えた。
「ランタナ様。少し頼みたいことがあります。よろしいでしょうか」
「私でよければ、なんなりと」
「今からミント様と手合わせをしたいと思いますので、その審判だけお願いいたします」
その言葉にミントは驚く。
「え、手合わせ?どうして急に」
「足りないところをわかっていただきたくて。やりたくなければいいですよ」
ミントは困惑する。唐突だ。ライチは普段直接ミントにアドバイスをしたり、修行相手になったりしてくれることはない。それらはあくまで自分1人でやること。あくまで手ほどきをしているだけだと。その一点張りだった。
たまにやるにしてもその役割はランタナが担った。ライチは勉強や仕事なのは教えても戦闘は必要最低限しか教えてくれなかった。
「お互いがお互いの得物を使って闘いましょう。5分の間で相手にダメージを与えるか、相手をダウンさせるか。勝利方法はそれだけです」
淡々とルールを説明する。メイド服の襟を正すと、自らの得物を召喚し、戦闘態勢を取る。
「ミント様。闘いますか?どちらでもよろしいですよ?」
薙刀を構え、ミントを視界に捉える。冷徹な眼差しがミントの心を突き刺す。
「……………」
しばしの沈黙の末、ミントは口を開いた。
「やるよ。ライチが僕と稽古してくれる機会なんて、滅多にないから」
刀と薙刀。お互いの得物を構え、真ん中に陣取るランタナが声を上げる。
「それでは────はじめ!!」
ライチ・フロラルド
15歳
ルミナス魔法学園中等部所属(クラスは3年A組)
身長151センチ
体重45キロ
好きなこと 本を読むこと
嫌いなこと 戦争




