番外編 第47話 悪魔の企み
照明のひとつもない暗い洞窟を抜け、漆黒の空を一つの白い影が走る。
蝙蝠が飛び立ち、木々がざわめく、冷たく吹く風が肌を撫でる。
「………………」
花が咲き誇る中庭は荒れ果て、血がところどころに散らばっていた。
女は縁側に座り込み、煙草が入ったパイプを吹かす。
「………もう連れ去られたかぁ………」
辿々しく紡がれる言葉を放ち、その真っ黒の隻眼で作り物の空を見上げる。
「め、命令する………」
どもりながら鏡のような通信石を取り出し集合をかける。
「…………場所は………ブ、ブルグマンシア、ブルグマンシアのアジトだ………。全員だ……………今後のことについて………はなす」
そう言って通信石を切る。地面に寝そべり、抜いた草をまじまじと眺める。
「居心地が………居心地がいいな…………」
草を口に含み、ある程度咀嚼するとそれを吐き出す。
「く、草は…………まずいが…………」
当たり前のことを呟き、女は木陰へ向かう。
黒い着物を広げ、地面にしゃがみ込む。少し息を吐いて放心すると、溜まっていたものが放出され、地面が濡れる。
「ふぅーーー…………」
汚い音と共に、湯気が立ち込める。出続けるまでその液体を眺める。生理現象だ。本来するべき場所が見つからなかった。だからここでするしかない。ブルグマンシアは怒るだろうが地獄の底で文句を言ってもこの女には届かない。
「あら、もっと遅く着くべきだったかしら?」
背後から声がする。振り向くとそこには特殊なウィップを被った女と同じ白髪のシスターのような出立ちの十字の瞳が特徴的な女だった。
「…………くるのがはやいな………」
立ち上がり、着物を払う。水たまりから離れて、女は握手を求める。
「手洗ってからにしてください」
シスターの女は不快な表情を隠さず隻眼の女にそう言う。
「つれないなぁ…………「安息の使徒」…………今は、キョウチクトウだったか………?」
意味深なセリフを吐き、隻眼の女は華麗にお辞儀をする。
「…………?私はずっとキョウチクトウですよ」
首を捻り、シスターの女───安息の使徒キョウチクトウは隻眼の女の言葉を受け流した。
「…………他のやつはいつ、いつくるんだ…………?」
隻眼の女はキョウチクトウにたずねるがキョウチクトウは肩をすくめ「わからないです」と返答した。
「……………時間すら守れないやつが灰の魔女の幹部とはな…………」
そう嘆いていると独り言を並べながら謎の女が空から降ってきた。
「約束というものは時間と大きな関係を持つ我々人間は時間によって縛られているだが私は時間に逆らい抗い戦い続けた予定より一分遅れたが逆に言えば一分だけなのだけでなおかつまだ揃っていないだから私は時間を守っている他の下等生物と違って私は私の責務を果たしているのだ毒炎の十花としてふさわしいだろう使徒達は全員自分を中心に動いているが私は常に他人のことを考えて動いているだから私は他の使徒とは違う違うということは異なるではないつまりは」
「ごぎげんよう…………「貪欲の使徒」ヘムロック。言い訳はいい…………。他が来るまで座っていたまえ…………」
舌打ちをし、白髪に黒いアルミホイルを被った瞳孔が黒い白衣の女───貪欲の使徒ヘムロックは地面に座り頬杖をつく。
「なぜなのだ?言い訳ではない。君らが勘違いしないように解説しているだけだ」
「わか、わかった…………。君は常に知識と哲学を解く勤勉の魔女だ……………世界観の深さが脳内に入ると…………眩暈がするもんでね……………」
「そうなのか?まあ私は知識に生きる生物。確かに下等生物には理解できないとは思うが、君は仮にもこの組織のリーダーだ。私の言葉くらいは理解できないと困るな」
ペラペラと話すヘムロックを無視して他のメンバーを待つ。残り7人だ。
「キョウチクトウ、私とベッドで語り合わないか?2人きりの寝床で知識を解く時、神は啓示を授けてくれるのだ」
退屈になったヘムロックがキョウチクトウに求愛をする。
「お断りします」
キョウチクトウは冷めた目つきでヘムロックの誘いを断る。
「釣れないなぁ、お前みたいなやつでも私は心も体も知識で包んであげるというのに」
2人の会話に耳を傾けず、ドールズアイは静かに時を待つ。
「ん〜!ご主人様のアンモニアの匂い、鼻をつんざく刺激臭。ご主人様から出たと思ったら子宮が恋をしちゃうくらい熱くなる♡あぁ、舐めていいですかぁ?ご主人様の味を確かめたい♡」
猫撫で声がする方向を向く、そこにいたのは木陰に溜まった黄色い水溜りを愛おしそうに眺める白髪の女だった。長い髪、頭頂部には犬の耳、首輪をつけ、ノースリーブのドレスを着た女は紫の瞳で辺りを見渡す。
「ご主人様ぁ?今日は私にどんな命令をするんですかぁ?なんでも聞きますよ?犬の真似でも、お尻に瓶を突っ込むでも、なんでも。私はご主人様の命令ならなんでも聞きますぅ♡」
四つん這いで隻眼の女に近づき、その足に舌を伸ばす。
「コルチカム…………。きょ、今日はそんな話ではない…………。我々の今後を決める…………。重大な会議なのだ…………」
女は足を引っ込め、邪淫の使徒コルチカムを見下ろす。コルチカムは手を折り曲げ犬のように舌を出す。
「そんなのどうでもいいじゃないですかぁ♡この盛りのついた雌犬と一生2人で暮らしましょうよぉ〜。あの馬鹿2人は置いといて、私と秘密のデート♡してください♡」
女の足にしがみつき、愛おしそうに頬擦りをする。女はため息をつき、コルチカムの頭を撫でる。
「わかった…………わかった…………後で、可愛がってやる…………でも今は会議が先だ…………」
うまく手懐ける。ため息交じりにコルチカムは引き下がり、地べたに寝転がり時を待つ。
「ふむ…………」
通信石の着信が鳴ったので確認するとどうやら「崇拝」と「沈黙」はこれないらしい。あの2人は常に別行動だ。連絡を寄越してくれるだけありがたいが、いちいち内容を送るのも面倒だ。来れるなら来て欲しかった。
「残るは「簒奪」と「偽証」、「殺戮」の4人か…………」
そう呟き、立ったまま居眠りする。あの4人は来るのにかなり時間はかかる。その間に眠る時間だってある。じっくりと時を待とう。
────2時間後、大きな轟音が聞こえる。
女はその音で目を覚ます。
「……………派手な登場だな」
屋敷で待っていた3人もすぐさま駆けつける。土煙が晴れ、轟音の主が姿を見せる。
「眠れねえ夜なんてねえ、終わらねえ人生なんてねえ、奪われねえ宝なんてねえ。季節、太陽、宇宙。全てを奪う大泥棒。デスカマスの降臨だぜ。拍手しろ?てめえら」
歯に浮くほど臭い口上を引っさげ、緑髪の短髪の少女、簒奪の使徒デスカマスは遅刻しているのにも関わらず堂々とした佇まいで4人に挨拶をする。
「デスカマス………2時間遅刻だ…………」
「あぁ?ああ、宝盗むのに手間取っちまった。メリア合衆国の姫の心臓な?それをギャングに売ってた。おめえらみたいな時間だけ無駄に使うやつと違って毎日忙しいからよ。そう怒るなや」
黒いコートを整えながら、濁った緑の瞳で女を見下す。後ろにいた3人はデスカマスに唾を吐き、中指を立てる。
「…………デスカマス?どうやらお前は序列が理解できてないらしい………今から………今からもう一度お前の脳みそに直接上下関係を刻みつけてやってもいいんだぞ?」
見下しの目を、圧で返す。隻眼の真っ黒な瞳にデスカマスは一瞬震え、背を向ける。
「あーうぜえ。上だからって舐めた態度とんじゃねーよ病気野郎」
「…………病気野郎に負けたお前は…………なんなんだろうな」
暴言を嫌味で返し、また空気は静寂へと戻る。必要最低限の会話は基本しない。それが毒炎の十花だ。仲良くするつもりはないし互いが互いの命を狙っている。野心を持って初めて灰の魔女を名乗れる。灰の因子は己のプライドなのだ。
「デスカマス、相変わらず嫌われてるね、にーやん。」
「だってきもいしうざいもん。当然だよね。オンガ」
「ほら、アイちゃん機嫌悪いじゃん。可哀想」
「こんな空間でずっと待ってるなんて健気で可愛いよね。オンガ」
どこからともなく謎の2人組が姿を現す。片方は丸い帽子を被ったオレンジ色の髪色をした部族風の男、もう片方は薄いピンク色の髪をツインテールに纏めた王女風の女。それぞれ顔にタトゥーが刻まれており肌の色も他のメンバーと比べて浅黒かった。お互い手を繋ぎ、似たような顔つきで、似たような目つきで、機械のような声色で話す。
「キョウチクトウ、今日は病気でてないんだね。にーやん」
と女が言えば。
「ヘムロックとコルチカムは相変わらずキモいけどね。オンガ」
と男が返す。
2人は各メンバーを貶しながら隻眼の女の前に現れる。
「遅くなってごめんね。アイちゃん」
「周辺の部族制圧に手間取っちゃったんだよ。アイ様」
2人はそれぞれ謝罪をすると、礼儀よく隻眼の女にお辞儀をする。
「ご苦労……………ギンピー、オンガ…………。君たちの…………働きぶりに…………常に感謝を……………している」
顔をあげ、殺戮の使徒、ギンピーとオンガは作り笑いを浮かべる。
「アイちゃんに褒められると嬉しいね。にーやん」
「アイ様は僕たちのこと大好きなんだね。オンガ」
機械のような声と虚な目。この兄妹は感情が乏しく、不気味さすら感じさせる。他のメンバーを見ても、大した感情を持たず、かといって嘘もつかず、思ったことを言い続ける。
だが灰の魔女はそれでいい。無駄な感情を持たない方が向いている仕事だから。
「そろそろ時間だ…………「偽証」は後でくるだろう…………。屋敷の食堂に向かおう…………。諸君をもてなす…………」
そう言って隻眼の女────灰の魔女絶体の使徒ドールズアイは歪んだ笑みを浮かべ、メンバーを招く。
───────
「…………今日、集めたのは…………他でもない…………ブ、ブルグマンシアについてだ……………」
ドールズアイは中央の椅子に座り、本題に入る。指を絡め肘をつき、神妙な面持ちで詳細を話す。
「奴がバラッドの…………バラッドの王都を攻める計画だが…………。何者かにバレてしまった……………。まああいつのことだ…………慢心してバラしたのだろう…………。だがそれが原因で奴は命を落とした…………」
その言葉にキョウチクトウは涙を流し、コルチカムは驚くフリを見せて、ヘムロックとデスカマスは喜び、ギンピーとオンガは無表情で耳を傾ける。
「相手は謎の旅人、なぜか指名手配されてる奴だな……………。名前はミ、ミント…………だったかなぁ?それと魔女警察のデルフィニウム………。解術師のロストマン…………らしい」
「おかしいですね」
ドールズアイの言葉にキョウチクトウは疑問を口にする。
「如何にブルグマンシアでも、そんな相手に負けるはずがない。奴の能力はどんな人間でも必ず洗脳できる。対抗手段なんか存在しないのです。ロストマンはともかく、ちょっと力のある指名手配犯と魔女警察に負けるはずがない。ありえない話なのですが…………」
顎に手を当て、その十字の瞳を顰める。
「誰かの能力に干渉された可能性が高い…………ですね」
「さすがだな……………正解だ」
ドールズアイはそう答える。そしてその尖った歯を見せて笑い、敗戦の原因を語る。
「捕まった少女の能力がな……………。灰の魔女の毒を解除させる能力なのだ…………灰の魔女の身体は能力と攻撃、そして身体中に毒を持っている。その毒は如何なる状態異常も寄せ付けない………。ライフウェポンは除いてな………。そしてその毒を解除され、新たに毒を上乗せされたわけだ………」
それを聞いてデスカマスは手を叩いて大笑いする。
「ぎゃっはっはっはっは!!!!あの馬鹿女そんなので死んだのかよ!!!!普段私強いですよアピールしてたくせにな〜!女児相手に一本食わされるってまじでおもれー。雑魚すぎるだろ!」
机を叩き、涙を流して笑う。隣の偽証の使徒ホオズキが引いた表情を見せる。
……………?
「お、おいお前?いつの間にいたんだ?」
「アイアイが来る前からいたよーん。なんで気づかないのデッスン〜」
瞳が隠れるくらい長い白髪、シルクハットと軍服を着た魔女が軽薄に笑う。
「…………これで揃ったな…………。話を続ける…………。これは下部組織に伝えろ…………。能力の持ち主、アンナ・スザンヌ。魔女警察デルフィニウム・フラワーズ。解術師ロストマン。そして指名手配犯ミントを抹殺しろ…………とな」
アンナ・スザンヌ。その名前にギンピーがピクッと反応する。
「スザンヌって前殺した相手の名前だった気がするな」
「気のせいだよ。にーやん。殺した人間の名前なんて覚えるのも野暮だよ」
オンガは無表情でそう語る。
「えーー。なんで下部組織なんですかぁ〜。あいつら使い物にならないじゃないですかぁー」
コルチカムが不満を述べる。
「…………私たちはブルグマンシアの葬儀を始める………死骸はないがな…………今いる奴隷どもを生贄にしろ…………地獄であいつが安心できるようにな…………」
ドールズアイの言葉にヘムロックが抗議する。
「人間死ねば無になるだけ地獄もない記憶に残れば生きてるは戯言だなんであんな女の葬儀なんてする必要があるのだ我々は我々なりにやればいいあんな奴に立てる墓石はアイスの棒だけでいいのだ知識も欲求もあの程度の人間に捧げる祈りなんて必要ないあってはならないあっちゃいけない私たちこそが今を生きる毒炎の十花なのであって絶対のそんざ」
「ヘムヘムー!お口がチャックになっちゃってるよ!」
ホオズキはヘムロックの唾を飛ばすほどの勢いの早口を言葉で封じる。ホオズキの言う通り、ヘムロックの口はチャックになるがそれでもヘムロックは唸り続ける。
「それで、下部組織の誰に任せるの。アイちゃん」
オンガがドールズアイに質問する。
「…………いい質問だ。オンガ…………」
オンガを褒め、ドールズアイは指示を始める。
「スナバコに任せようと思う…………」
スナバコ、その名前にホオズキは眉をひそめる。
「スー?なんで?とても命令を遂行できると思えないけど」
「そうですよ〜ご主人様〜あんな頭の足りない子にその任務は荷が重いです〜。私がやりますよぉ〜。2秒で終わらせますからぁ」
コルチカムも同調する。
「…………コルチカム。お前は毒炎の十花の人間だ……………。命令違反は許さん……………」
「えー」と不満の声をあげるコルチカムを無視し、さらに人名をあげる。
「トウゴマにも任せる…………。こいつは個人の軍隊も持っている………。人海戦術はお手のものだ…………」
「ご主人様〜そいつ下品だから変えた方がいいですよぉ〜。ちっちゃいし、ブサイクだしいいことないですよぉ〜」
コルチカムは椅子にもたれ口を挟む。
「下品なのはコルチカムの方だよね。オンガ」
「顔がいいだけのビッチだもんね。にーやん」
ギンピーとオンガは互いにコルチカムを突っ込む。
「…………今回せる人員はこれくらいだ…………。それにトウゴマなら上手くスナバコを操作できそうだしな…………。奴らの出世にためだ。きっと聞いてくれるさ…………」
ドールズアイは椅子から立ち上がり、指を噛む。滴り落ちる血をグラスに流し、透明な色が赤く染まる。
「…………血盟だ…………。全員血を流しグラスに注げ……………。その血をブルグマンシアに捧げろ…………」
全員がグラスに血を注ぐ。そのグラスを手に持ち、ドールズアイは号令を発する。
「我らが使徒…………。ブルグマンシアに血の栄光を…………。灰に生き、灰に殉じた慈愛に使徒に最大の賛辞を…………」
それらをメンバーは嫌々ながら復唱し、血のグラスを飲み干す。
そして、親指の爪を引き剥がし、空になったグラスに入れる。
「……………これが手向けだ。ブルグマンシア…………。私のために闘ってくれてありがとう…………。お前の宿命は私が背負う………」
「収拾つかなくなりそうだから早めに儀式やったね。にーやん」
「アイ様って。そう言うところちょっと可愛いよね。オンガ」
いらないことを空気読まずに2人の兄妹は話す。
「……………お前ら、それぞれに目標があるだろう…………。私にもあるさ。語らないがな…………。金、地位、力、名誉…………。それが人を強くするんだ…………。お前らがそれぞれ持っているもの、それを捧げろ。その力が、私を強くする…………」
醜悪な笑みを浮かべる、グラスを見下ろす。口元に血が滴り落ちる。自分たちが動けなくても下がやってくれる。今の地位に満足していない下の人間がやってくれる。大いに結構だ。闘争心が人を強くする。そうやって立派になっていけばいいのだ。
「たった3ヶ月間だ…………。仲間の死を悼め…………。地獄の底で裁きを受ける女を見下ろし誓え…………。この世界を滅ぼし再生しろ…………。私たちがあの方から受けた血盟だ…………。お前達も従え…………。」
片方しかない目でメンバー一人一人の目を見る。全員目が濁り、人相が悪い。それでいいのだ。善人なんて掃いて捨てられる。悪がいつの時代も栄える。敗北者が勝者を簒奪者を蔑むのだ。ならどんな手段を持っても世の中を変えるべきだろう。
ドールズアイは笑う。掠れた声が低く響く。あぁ、楽しみだ。我々に逆らった人間がどんな死に様を見せるか。
「わたしたちに楯突いた者が平和に生きられる…………。そんなことはあってはならないのだよ……………」




