第43話
大人なんて馬鹿らしい。汚くて、自己中心的で、醜くて、貪欲で。
子供は綺麗だ。嘘もつかない純粋な存在。与えた愛の数だけ成長する。
私が好きだったあの子は変わった。汚い存在に染められた。
白い液を撒き散らすだけの醜悪な存在を一掃する。
この広大な星で力を誇示する理由。それは単純。
私が強ければ誰も逆らわなくなる。綺麗な魂も汚い塊も、私に畏怖の念を込める。
多重人格者も、嘘つきも、泥棒も、女狐も、盲目な信徒も、汚らしい兄妹も、エセ哲学者も、性奴隷も、そして隻眼の主も。
いつかその面を強ばった屍の顔に変え、私がこの星の頂点となる。
だから、もう少し抗え私の身体。
死ぬまで働け。私のために。
いったい何が起きたのか。なぜこんなに苦しいのか。
肉が溶け骨が見える。身体中の毛穴から黒い血が溢れ出す。灼熱の痛み、頭が痺れる。目を内側から抉り出されるような壮絶な苦しみを受けてもなお、ブルグマンシアは生きていた。
即死できなかった。
「何が起きたです?」
デルフィニウムは唖然とした表情でその様子を観察する。両膝と片腕で身体を支え、地面を這いずるブルグマンシアに、1人の少女と一匹の猫が現れる。
「結構効いてるみたいだにゃ」
笑って話しかける猫型の男───かつて自分が半殺しにした猫族の解術師ロストマンは中腰で毒に侵されるブルグマンシアを見る。
「何が起きたかわからにゃい顔をしてるにゃあブルグマンシア。そして随分ブサイクな面になった。歪んだお前にピッタリだにゃ」
皮肉を込めた言葉にブルグマンシアは歯軋りをする。ハメられた。知らないうちに自分は何か細工をされたのだ。あの身体のだるさも、この毒もきっと誰かの仕業だ。
「なにをしたの…………。わたしを、こんなすがたにして………」
声を振り絞ってたずねるとロストマンは親指を向ける。その親指を指した先にいたのはアンナ。そう、自分のお気に入りのひとりであの時自分のことを刺した少女。
「……………まさか」
「そのまさかだ。最初に刺したナイフが、お前の体内にある毒を解毒したんだにゃ」
「え……………」
「いったいどうやって」と言いたかった。言えなかった。その瞬間に吐瀉物を吐き、言葉が遮られた。麻痺する頭を回す。つまりこうだ。仮にアンナがライフウェポンを発現したとしよう。それを当日まで隠し通し、今日の朝に決行し、自分をナイフで刺した。そして自分の毒を治療した。その後に自分が魔女にとどめを刺そうとした時に2本目の毒を塗ったナイフを投げた。その毒が今こうして自分を侵している。
─────────
「ありえない……………」
「理解できたみたいだにゃ。お前はここにいる少女たちを下に見ていた。反撃されてもどうにかなると思っていた。だから少女達を深く見ようとしなかったんだにゃ。だからアンニャのライフウェポンに気づかなかったんだにゃ。毒があるからなんとかできると思って2発目のナイフも受けた。解毒された時点でお前の身体はすでに限界だったのににゃ。お前の油断が招いたんだにゃ。この敗戦は。どうにゃ?負けた気分は…………?」
這いつくばるブルグマンシアを嘲笑する。まだ目には生気があるがこの状態じゃ抵抗すらできないだろう。
「ふざけるなぁ!!!!わたしは灰の魔女だ!!!この星を牛耳る侵略者!「慈愛」の使徒なんだぁ!!!こんな雑魚どもに…………こんなくだらない負け方をしてたまるかぁ!!!」
勢いよく立ち上がる。この3人だけでも殺してやる。手に魔力を纏わせ、脳みそを破壊しにかかる。
「…………ぐぁ」
だがその手が3人を毒牙にかけることはなかった。
「もう手出しはさせないです」
背後にいたデルフィニウムが、ブルグマンシアのもう片方の腕を斬り落としたのだ。
「ああああああ!!!!!」
腹の底からブルグマンシアは絶叫する。
「ありえないありえないありえない!!!!!」
うずくまり、地面に額を打ちつける。
「こんなとこにもう用はない!!!!わたしはここでしにたくないんだぁ!!」
両足だけでなんとか逃げ出す。ロストマンもアンナも、あえて追わなかった。追おうとするデフィニウムをロストマンが止める。
「あいつに最高の死に方を用意したにゃ。だから追わなくていい。早くジョニーをたすけるにゃ」
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自分の身体しか興味ない父親、父親に逆らえない母親。学校を中退し身体を売る自分。
底辺とはこういうことを言うのだろう。
店に行っては客に身体を売り、家に帰っても父親に身体を買われる。生殖器なんて見慣れたので驚きもしない。
汚されていく自分に気持ち悪さを感じた。
便所で汚物を吐き出し、ベンチでくつろぐ。あぁ、今日も気色の悪いやつらと話すのかと虚空を眺めて笑う。
そんな自分に、話しかけてきた女の子がいた。
『お姉ちゃんどうしたの?元気なさそうだね』
─────────
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」
両腕を失い、身体中を蝕まれ、それでも残った脚で廊下を走る。出口まで行って主君に報告すればいい。そして早く解毒してもらおう。そう思った。
「ぁ…………」
何かにつまづき転んでしまう。立ち上がれない。魔力も減り続ける。なんの毒なのだ。なぜここまで体内にひろがるのだ。ああ理解ができない。
『ダチュラ………今日もパパを喜ばせてね?』
声がする。誰だ。男の声だ。猫撫で声で自分に話しかけてくる。気持ち悪い。お前の声なんて聞きたくない。そんな汚い手で触らないでくれ。
『ダチュラ………ごめんね』
今度は女の声だ。なにに謝っている。謝る暇があったら助けてくれ。何を泣いているんだ。
『ダチュラちゃんは可愛いねぇ。おじさんダチュラちゃんのこと大好きだよぉ〜』
気持ち悪い。その名前で呼ぶな。私はダチュラなんて名前じゃない。私は「スピカティアラ」であり灰の魔女「ブルグマンシア」なのだ。
『ダチュラ………?可愛い名前だね!私の名前はスピカ!』
『ねえダチュラ。明日もこの公園に来てくれる?』
─────────!!!!!
12歳の可愛らしい女の子。黒とピンクの髪色が綺麗で、ピンクの瞳が透き通ってて、声を聞くと安心する。
「スピカ」はじめての友達だった。年齢差はあるけれどそんなのは気にならない。一生孤独だと思っていた私を救ってくれた天使のような女の子だった。
毎日、その公園で出会った。スピカの話をいろいろ聞いた。学校のこと。友達のこと。家族のこと。将来の夢のこと。
それら全てが清く美しく、いつまでも聞いていられた。
私はどうだろう。毎日男の顔色を伺って身体を差し出して、不当な行為で日銭を稼いでいる。
それをこの子が知ったら、どう思うのだろう。
……………。
やめよう。もうこんなことは。あのクソジジイの支配から抜け出してひとりで暮らそう。そしてゆくゆくは「スピカ」と2人暮らしをしよう。
夢は今できた。「スピカ」と死ぬまで一緒に暮らすこと。そのために真っ当に生きることだ。
───────
脚に魔力を込め、廊下を走る。動かない身体を懸命に動かして出口を目指す。
あんな雑魚は他の灰の魔女に任せればいい。今回の任務に失敗してもドールズアイは怒らない。
だって私はあの人のお気に入りなのだから。他の奴らとは違うのだ。
気持ち悪いマゾヒスト、人格が崩壊した偽シスター。汚らしい兄妹。被害妄想の権化。嘘つき。
こんな奴らの集団で私だけが唯一忠実に責務を全うしてる。
これで叱責されるほどの器ではない。
玄関まで来る。ここを抜ければ出口はあと少しだ。足が速くなる。
だが両腕がない。どう開ければいいかわからない。あの金髪の魔女と黒髪のホームレスにやられた。どうすればいいのだ。
『ダチュラ………私恋人ができたの。優しい人。ちょっと怖い見た目だけど、私を大切にしてくれる自慢の彼氏なんだよ!』
声が聞こえる。なぜだか涙が溢れる。そんなこと言わないで。ひとりにしないで。あなたがいないとわたしはなんのために…………。
『ダチュラ………泣いてるの?大丈夫だよ?ダチュラと私はずっと友達。それは変わらないから』
変わらないわけないじゃん。ずっと好きだったのに。なんで私じゃないの?なんで男を選ぶの?あなたのおかげで変われたのに………。これからどうすればいいの?
『あー知ってる?スピカってやつ。一応俺の彼女なんだけど。あいつ結構ちょろいんだよなぁ。俺の言うことなんでも聞いてくれる。簡単にやらせてくれる。今度お前らにも写真送ってやるよ』
誰だお前らは?私のスピカに何をするつもりなんだ。ちょろいってなんだ?やらせてくれるってなんだ?お前らにとって、スピカはおもちゃなのか?
『女ってほんと単純だよなぁー少し優しくしたらホイホイついてきて。面白い生き物だよ。性欲に困らねえし』
誰だかわからないが、こいつは殺してもいい気がした。
─────────
スピカは優しかった。いや、優しすぎた。
16になった時、スピカに彼氏ができた。
悲しかった。スピカが離れていくような気がして。でも私ももう20を越えている身、スピカの恋愛事情に口出しなんてできなかった。
いつもの公園でスピカを待っていた。あの子は来なかった。きっと彼氏さんとデートなんだろう。そう思った。
私の近くに数人の男がたむろしていた。品性のかけらもない男達。吐き気がする。品のない話をなんとなく聞いていた。だがその男が出した話題に耳を疑った。
『スピカは都合のいい女。頼めばやらせてくれる』
こんな内容だった。
スピカの彼氏はクズだった。スピカ以外にも女と付き合っており、その女から金を借りていた。そしてスピカはその男に何万マイルも貢いでいた。こんな男に。私を選ばずに、こんな男に。
すぐにその場を離れた。気持ち悪かった。あの優しいスピカが、まっすぐなスピカが汚される。あんな奴に搾取される。耐えきれなかった。
─────あいつらからスピカを取り返してやる。
それから毎日スピカの後をつけていた。きっとあの男にまた金を貢ぐ。そう思ったから。
私の予想は当たった。スピカはあの彼氏もどきに金を受け渡していた。
軽薄に笑うその表情にもう殺意を抑えきれなかった。
手に持った木刀で奴に襲いかかる。そのまま何度も何度もめったうちにした。二度と女をたぶらかさないように顔を粉々にしてやった。スピカが見てる。泣きながら見てる。泣かなくていいんだよ。笑えばいいんだよ。スピカにとっての癌を取り除いてあげてるんだから。
ああ、取り除くと言ったら。
私は男の股間にナイフを向ける。
これを斬り落とせば、二度とこいつに女は近寄ってこなくなる。
『ダチュラやめて!!』
スピカが訴える。辞めるわけがない。こいつは女の敵だ。殺す以外に方法はない。
睾丸に切れ目を入れそのまま引きちぎる。ぶちぶちと音を立て、二つの玉がぼろっと落ちる。
あぁ、いい気味だ。これでスピカは私のものだ。
──────
風の刃を足に纏わせ、無理やりこじ開ける。
あと少しで私は元の世界に戻れる。
「はぁ………はぁ…………はぁ…………」
呼吸を過度に繰り返す。視界が滲み続ける。もう限界かもしれない。
「ぁぁ………」
そのまま倒れる。心臓だけが元気に動く。あぁ、やっぱり死ぬのか。こんな死に方ってありなのか?
自分の油断で死ぬなんてダサすぎる。そもそも死ぬのがダサい。わたしはまだ生きるのだ。この国を滅ぼすまでは。
この広大なプラント州。植物族の頂点に立つ存在こそ灰の魔女でありわたしなのだ。ゆくゆくは昆虫族、アニマル族、恐竜族をも滅ぼして、水の惑星地球すらも侵略する。全ては己の力の誇示。そのためならどんな手段も選ばない。下等民族なんてなぶって当然なのだ。
「ぅぅ…………」
芋虫のようにジリジリ進む。何度這いつくばったか。砂が口に混じる。ジャリジャリする。気色悪い。
こんなのはわたしには似合わない。
尿が流れ出る。足もいうことを聞かなくなる。やめろ。もうちょっと働け。毒ごときで死んでもいいのか。大地を踏む音が耳に入る。誰だ。救援か?早く助けろ。わたしは死ぬわけにはいかないのだ。
顔を向け前を向く。そこにいたのは……………。
────────
這いつくばるブルグマンシアを129人の少女が取り囲む。
「ど、どうしたの?みんなあつまって」
ブルグマンシアは薄ら笑いを浮かべて少女達に問いかける。
片目を潰され、両腕を切断され、身体中を毒に侵され満身創痍のブルグマンシアを見て少女達はクスクスと笑いはじめる。
「な、なに?なんなの?たすけてよ。あいしてやったじゃん!じゆうをあたえてやったじゃん!リーシャ!リロ!ミレイ!他の子でもいい!わたしをあいしてるなら、わたしのことをおもってるならたすけてよ!!」
掠れた声で叫ぶ。その言葉を聞いて少女の1人────リーシャが目を鋭くさせブルグマンシアを見つめる。
「たすけないよ。あなたなんて」
「……………?」
「あたし達がここにきたのはあなたを助けるんじゃない………。殺すためだよ」
「は?」
─────────
『ダチュラ、もうやめて…………お家にかえして………』
『ダチュラのこと好きだから………痛くしないで』
『もうやだ…………パパ…‥ママ』
『………………』
『大好きだよ。ダチュラ…………』
スピカと同じ時間を過ごした。スピカの柔らかく白い肌。つるっとした唇。綺麗な髪。それら全てが愛おしかった。
あんな男じゃない。わたしを好きっていってくれた時は嬉しかった。
わたしの愛がスピカに伝わった。髪型と髪色も、スピカとお揃いにした。
ずっと一緒なんだよスピカ。なにがあっても。わたしはあなたの味方だよ。
でもなんでかなぁ。
おかしいなぁ。
意味がわからないよ。
好きって言ったくせに逃げるなんて。
『違うのダチュラ………。もう逃げないから………許して』
だーめ。私を愛してくれないスピカなんてスピカじゃないの。
『かぁ……かは…………』
スピカの呼吸が止まる。その首から手を離す。ああ可哀想。でもスピカが悪いんだよ。わたしの愛を無碍にしたんだから。
『…………なにをやってるんだおまえ…………』
どこからか声がする。黒い着物を着た片目を隠した白髪の女だ。ギザギザの歯を見せて笑い、こちらに歩み寄る。
『……………その娘、殺したのかぁ…………?」
ガサガサした声でたずねる。わたしが頷くと女は満足した笑みを浮かべる。
『…………むごいなぁ。でも気に入った…………おまえには素質がある……………』
女は私の手を握る。その瞬間身体中に焼かれるような痛みが走る。血を吐きもがき苦しむ。やがてそれは収まり、1時間の昏睡状態を経て目を覚ますと、わたしの髪は真っ白になっていた。
『…………灰の因子に適合できるとは…………すごいなぁ…………。気に入った…………今日からおまえは私の駒になれ……………名前を決めてやる…………「ブルグマンシア」それがおまえの名前だ……………』
───────
ブルグマンシアの顔が青く染まる。垂らされた蜘蛛の糸が切れた。自分の愛が報われなかった。いや当然だろう。ブルグマンシアに愛なんてない。
なぜなら彼女が愛しているのは少女達ではない。自分自身なのだから。
愛しているならば鉄砲玉にしない。少女達の望んでないことをやらせ、偽りの愛を述べ、搾取し、逆らえば思考すら奪う。
そんなものは愛でもなんでもない。
他人を見下し蔑み哀れみ、殺してきた数。犯してきた罪の数。129の憎しみの目線がブルグマンシアを突き刺す。
「ころす?まってよ!まだ死にたくない!話し合おうよ!わたしこんなはずじゃなかったの!ほんとうはこんなことするつもりじゃなかったの!!ねえまって!ごめんね!ごめんね!!ごめんね!!もうかかわらないから!だからやめて!!!」
全員が木の棒を取り出す。ジリジリとブルグマンシアに歩み寄る。
もう動けない。毒が全身に回り切った。意識が保ててるのがやっと。両腕が動けばなんとかなったかもしれない。両目があればなんとかなったかもしれない。どちらもない。
逃れられない死が、哀れなこの女にしがみついて離れない。
「やめてそんなのもってどうするの!!いやだ!痛い!!痛い!!やめて殴らないで!!!ねぇやめて!やめて!やめてえええええええええええ!!!!」
ブルグマンシアは何度も殴られた。何度も何度も、殴られ、蹴られ、刺され、噛みつかれる。それでも生きていた。それでもしぶとく息を保っていた。
泣き叫ぶ。声にならない絶叫をあげる。身体中が腫れ上がり、臓物が溢れ出し、脳漿が飛び散っても意識を保っていた。
叩く回数5000回 刺す回数300回をすぎた頃に、ブルグマンシアは喋らなくなった。
片目と臓物と黒い血を撒き散らして派手に狂死した。
──────
『スピカは将来の夢とかあるの?』
『あるよー!』
『なになに?教えてよ』
『ダチュラが教えてくれたらいいよ!』
『えー、うーん。そうだなぁ。スピカと2人で過ごすことかなぁ』
『すっごくいいじゃん!わたしもダチュラと一緒に過ごしたい!』
『教えたよ。スピカも聞かせてもらう』
『んー。強くなりたい!』
『なんで?』
『強くなってパパやママ、そしてダチュラを守りたいの!魔法を使える偉い魔女さんになりたいの』
『スピカらしいや………』
『ダチュラ!』
『ん?』
『大好き!』
『わたしもスピカのこと大好き!』
第43話「ダチュラ・ファム・ファタル」




