第41話 自己愛の権化
入り組んだ迷路のような道を、デルフィニウムは一心不乱に走り続ける。屋敷の構造など把握していない。勘だけで中庭を探していた。
少女の洗脳解除をロストマンだけに任せるのは不安が残る。だが己に課された責務。それはブルグマンシアを倒すことのみ。
果たしてできるのか?雑念を振り払い、突き当たりを曲がり、一つの扉を開ける。
開けた先に広がるのは優雅な景色、花が舞い散り、人工芝が生い茂り、鉄の壁があたり全体に広がる広大な敷地。
先に立つ人影でこの場所が中庭だと確信する。人影の下にいるのは見慣れた顔。ああ、ミントは負けたのだとまた確信する。
デルフィニウムに気づいたのか、人影が遠くから話しかける。
「あれ、お客さん?いらっしゃい。でも遅かったね。あなたの仲間はわたしがもう倒しちゃった」
人影に向かってゆっくりと歩を進める。その容姿が鮮明になっていく。
白い髪に長い襟足、左目を潰されながらも憎たらしく笑うその女は間違いない───ブルグマンシアだ。
「魔女警察の子っぽいね。お人形さんみたいでかわいいな。名前はなんていうの?」
「灰の魔女に名乗る名前なんてないです」
憎々しげにそう吐き捨てるデルフィニウムにブルグマンシアは額に指を当ててこう話す。
「待って!じゃあ当ててみる!金髪で青い目の魔女………。わかった!デルフィニウムフラワーズ……。魔女警察犯罪課一級魔法使い「豪雷の魔女」……違う?」
得意げに問いかけるブルグマンシア。思わず舌打ちする。この国に潜入してこそこそと情報を集めてたと。そう思うと吐き気がする。機密情報まで持っている可能性があるだろう。なおさら逃すわけにはいかない。
「その表情。当たりみたいだね。フラワー家か〜。いいなぁ、名家じゃん。一時期はバラッド王国が誇る最高の一族だったとか聞いたけど、今は相当落ちぶれてるみたいだね」
ブルグマンシアは愛おしそうに倒れているミントの顔を触る。腹に刺し傷、左目の失明。普通の人間なら重傷だ。だがこの女はピンピンしている。余裕を感じるその所作、撫でるような声色全てに憎たらしさを感じる。
「その人を汚い手で触らないでください。身柄をこちらに引き渡すです」
その憎悪を隠さずにデルフィニウムはブルグマンシアに要求する。
「やーだね。連れて帰るよ。可愛いもん。まあただなぁ、いらないものを持ってるからなぁ」
ブルグマンシアは汚いものを見るような、そんな眼差しでミントの股間を踏みつける。
「こんなものをこの子が持ってるなんてありえないよ。切り捨ててゴミ箱に捨てなきゃ」
デルフィニウムは杖を向け雷撃を放つ。その一撃はブルグマンシアの顔を狙ったがやつは寸分の狂いもなくそれをかわす。
「あぶないなぁー」
「もう一度言うです。その人をこちらに渡すです」
横目でデルフィニウムを見る。こちらがよっぽど憎いのだろう。憎悪をオーラが表している。ミントから足を退けデルフィニウムに近寄る。
「じゃあ力づくでとってごらん?無理そうだけど、ジョニーくんより弱いでしょ?デルフィニウムちゃんは。いや、フラワー家の中でも下から数えた方がいい部類だね。いい家柄でも落ちこぼれの1人はいるもんだよ。気にしなくていいけど」
ひたすら見下し、自分の優位性をこれでもかと示すブルグマンシア。デルフィニウムの血管が浮き出る。
「デルフィニウムちゃんが闘いやすいようにハンデを用意してあげる。体術だけで闘ってあげるよ。魔法もライフウェポンも使わない。でもデルフィニウムちゃんはなんでも使っていいよ。それでやっとわたしの土俵に立てるんだし。どう?これで」
今わかった。奴の心の弱さを。確信した。奴の弱点を。デルフィニウムは俯く。しばしの沈黙の後、顔をあげ、ブルグマンシアを見つめる。
「別にハンデなんてつけなくていいです。体術も、魔法も、大して変わらない。技量次第です。どの分野でもその人の精神性で技は変わるです。それで言えば」
口元が緩み、ブルグマンシアを嘲笑し、言い放つ。
「中身が無いあなたがいくらハンデをつけようが私が負けるわけないですよ?ダチュラさん?」
その名前を聞いた瞬間、ブルグマンシアから表情が消える。
「もともとあなたはお世辞にも裕福とは程遠い生活をしていた。父も母もろくでなしだった。父はあなたの身体しか見ていなかった。中身が無い家に生まれたあなたも中身が無い人間に育った。あなたは19の時に恋をした。12歳の小さな女の子に。その子も幸せとは程遠い家庭で育ちましたが、あなたと違って中身がある優しい子だった。成長とともにあなたと距離が遠くなるその子にあなたは危機感を感じた。このままじゃまたろくでなしになると、保身のためにその子を誘拐した。上辺だけの愛を語って洗脳した。明確な主従関係にあなたは優越感を感じた。馬鹿らしいです。愛だなんだと語っておきながら、結局は自分の優位性を示すためにあなたはその少女を利用したんです」
思わず吹き出してしまう。笑える内容だ。同情の余地もないくらい腐った過去話をデルフィニウムは続ける。
「その子はあなたの留守中に逃げ出した。この時点で愛なんてないと証明できるです。あなたは少女を追った。自分の強さを見せる材料がいなくなったから当然の判断です。少女は可哀想なことに捕まってしまった。あなたは少女に苛烈な暴力を振るい、殺害した。そしてその遺体を辱め、山に棄てた。新たな強さの象徴を探すためにあなたはその力で次のターゲットを探し続けた。そして貴方は偽名を使った。その名前は───「スピカ・ティアラ」......」
次の瞬間、風の衝撃波がデルフィニウムを襲う。胴体を一撃で両断できる威力、それをデルフィニウムは上昇しかわす。わずかに腹に傷ができる。
「意地悪だねデルフィニウムちゃんは。人の過去をあれこれ詮索しちゃって」
ブルグマンシアはデルフィニウムを見上げる。残った片目に殺意を纏わせ、凍りついた表情で宣言する。
「いいよ。殺してあげる。あの世で後悔するといいかもね。舐めたこと言って死んだ自分を」
右手に風の刃を纏わせ、着地したデルフィニウムに突進する。デルフィニウムも雷の刃を作り出し応戦。斬り合いに発展する。
「甘いよ攻撃が!やっぱハンデつけた方が良かったんじゃない!?」
「結構です。本気出した相手を倒すのが勝負の醍醐味ですよ」
とは言いつつも自分は身体を斬り裂かれている。力の差は明白だ。デルフィニウムは距離を取り、雷のレーザーを放つ。
「ライトニング!」
一直線に向かうレーザーをブルグマンシアは弾き飛ばす。そして左手から薄紫色の魔法をデルフィニウムに向かって放つ。
広範囲の炎をデルフィニウムは即席の水魔法でかき消す。だが視界が晴れた瞬間、風の一撃がデルフィニウムの体を斜めに切り裂く!
「───!」
吐血し、膝から崩れ落ちる。思い一撃だが、デルフィニウムはこの斬撃に灰の魔女特有の毒が入ってないことに気づく。
「(なぜここで毒を使わなかったです.....?)」
疑問を持つデルフィニウムにブルグマンシアが歩み寄る。
「灰の魔女相手には遠距離がセオリーだけど、わたしは風の魔法が適性なんだ。遠距離でもこうやって迎撃できる。あっけなかったね。デルフィニウム」
風の刃を纏わせ息の根を止めようとした瞬間、デルフィニウムは顔を挙げ詠唱する。
「イカズチ!」
頭上から雷が落ちる。その雷をブルグマンシアは後ろ飛びで回避する。白煙が立ちこむ中、ブルグマンシアは辺りを見渡す。
「居場所が分かりにくいようにして、ジョニーを救う作戦か〜。まあ、こんなの足止めにすらならないけど」
余裕の表情を見せるブルグマンシアの背後をデルフィニウムが襲う!
「────!!」
ブルグマンシアは振り向きざまに風の刃でデルフィニウムを迎撃、そして胴体を切断する。
だがそれは身代わりだった。デルフィニウムの雷の魔術を纏わせた分身。
「なっ!」
その電撃がブルグマンシアの体内に入り込み感電する。
「くっ!」
身体全身が痺れる。膝が崩れ、腕で、自分の体を抑える。
「(次はどこに攻撃がくるかなぁ)」
思考を張り巡らさせ、辺りを見る。そして──。
「こっちです!ブルグマンシア!」
声のする方を見ると、頭上にデルフィニウムが斜めから突進する。両手に刃を纏わせ、ブルグマンシアを止めにかかる。
「頭使えて偉いけど、ちょっと浅いね」
ブルグマンシアが無数の斬撃を飛ばす。切り刻まれながらも速度を落とさず襲いかかる。
ならばと、ブルグマンシアも迎撃態勢に入る。
「(あれ、視界が急に………)」
刃を振るおうとした瞬間、視界が霧に包まれる。
その好機をデルフィニウムは見逃さない!
「はぁぁっ!」
二刀の刃を統合させ、雷魔法「ライトニング」を放つ!
視界が元に戻り、すぐに回避しようとするが虚しくも、その一撃はブルグマンシアの左肩を貫いてしまう。
「う………ぐぅぅ」
左肩を抑える。
「まあ、この程度だよね。ここまで考えてようやくの一撃だよ。だからこそ勝てないんだよ?どんなに全力を出しても一撃与えるので精一杯なんだから。デルフィニウム。もう勝ち目はな────」
「清風明月………」
「え………」
慌てて振り向くとその目に映ったのは、先ほど自分が倒した相手────ミントだった。
突然の奇襲に反応が遅れ、その華麗な袈裟斬りを受けてしまう。
テンポが遅れ、血が吹き出す。それでもブルグマンシアは膝をつかなかった。
「えー………確かに息の根は止めたはずなんだけど」
呆然とミントを見つめる。先に口を開いたのはデルフィニウムだった。
「確かに止まってたです。ですがあなたに攻撃する直前、わたしは小さな雷の魔法を、ジョニーさんに撃ち込んだです。その雷の魔法で全身を痺れさせ、心臓を再起させました」
「へぇー、まんまとハマっちゃったわけねぇ〜」
ブルグマンシアは苦笑いを浮かべる。前と後ろにいるミントとデルフィニウムを見て、醜悪に口を歪める。
「もしかして、2人なら勝てるとか思ってる?」
ミントは手の動作、脚の動作を確認した後、その問いに答える。
「まだ変な感じだけど、充分闘える。お前思ったより強くないよ。やっぱり。一度受けた攻撃はもう効かない。勝てると思ってる?愚問だよ。だからお前の前に立ってる」
「そうかそうか」と微笑みを投げかけた後、凄まじい剣幕でブルグマンシアは2人を見つめる。
「遊びはもう終わり。ここで2人を殺してわたしは目的を達成させる」
2人はそれぞれ刀と杖を構える。泣いても笑ってもこれが最後のチャンスだと、2人は直感で感じ取っていた。




