第39話 VSブルグマンシア
毒炎の十花 愛に報い、愛に殉ずる慈愛の使徒
69年、幼き魂を弄び、若さを保ち力を誇示してきた人の形をした魔物。
倒せるか、救えるか。死んではいけない。自分の命を救ってくれたあの子のために。
狂った灰の魔女、やつを止めるまで止まってはいけない。
食堂の扉をデルフィニウムが蹴り破ると、そこにはまだ数人の女の子達が残っていた。
完全に思考を奪われたもの、行動が制限されたもの、すでに生き絶えたもの。
そんな凄惨な現場に遭遇しながらも、どうにか被害を最小限にできないかと、デルフィニウムは思考を巡らせていた。
増援は呼んでいる。そして玄関にいる子達は屋敷の外にあるホテルまで避難させた。あそこならブルグマンシアの毒牙にかからないと踏んでのことだ。
「玄関にいる子ども達は全員外に避難させたです。あとは救援を呼んでこの場所を包囲するだけ、ロストマン、この子達にかかった幻術は解けるです?」
まだ残っている女の子に視線を向け、デルフィニウムはロストマンにたずねる。
ロストマンはデルフィニウムの問いに少しテンポを遅らせて反応する。
「まだ、この子達にはなにもしにゃいほうがいいかもな」
静かにロストマンはそうつぶやく。そして、椅子に座っている茶髪の女の子に問いかける。
「ブルグマンシアはどこにいった?」
女の子は若干戸惑いを見せつつ問いに答える。
「え、えっと、ジョニーと一緒に中庭にいった。アンナ達に手を出さないことを条件に一対一で闘うって言ってて……」
女の子の言葉にロストマンは「にゃるほど」と深く頷く。読みは当たっていた。ここにいる子ども達は人質だ。もし自分たちが何かをすればこの子達が危ない。瞬時に理解するとロストマンがデルフィニウムに話しかける。
「デルフィ、ジョニーの救援に行った方がいいにゃ。あいつだけじゃブルグマンシアには勝てない。あいつはまだ余裕がある。殺される前に助け出すにゃ」
「ロストマンはどうするです?」
「おいらはこの状況を打開できる策を考えるにゃ」
方針を固めるとデルフィニウムは食堂を後にする。ああは言ったがデルフィニウムでもブルグマンシアには勝てないだろう。増援を呼んだとは言っていたがその増援も頼りになるかは怪しい。
勝機は0に近い。もとより、ロストマンは初めから勝つことを考えていない。如何にブルグマンシアを出しぬいてここにいる女の子達を助け出すかを考えていた。
先ほど話しかけた少女───アンナを見る。その女の子の手にはブルグマンシアの返り血がついていた。
だが不可解な点がある。灰の魔女の血液が触れれば炎症を起こす程の猛毒であるはずなのに、その子の皮膚は火傷が治ったようなうっすらとした痕しか残っていない。
「にゃあ、アンニャ、ちゃんだったよにゃ?お前もしかして、ブルグマンシアを刺したりとかしにゃかったか?」
ロストマンはアンナに問いかける。
「あ、うん、刺したよ?リーシャちゃんに言われて、あいつには通じなかったけど」
「あいつの血、熱かったりしにゃかったか?」
「熱かった。少し火傷しちゃったけど、今はもう痛くないの」
ロストマンは目を細める。そのリーシャという名前の少女も見る。
「お前達、何か隠してるみたいだにゃ?」
この戦いは何かある。何かが起こる。ロストマンの勘がそう言っていた。
─────
ミントの縦の一刀がブルグマンシアを襲う。
「おお、はやいね!」
その一撃を難なくかわし、ブルグマンシアが背後に回る。
3分が経過した。5分間何もしないと言う条件下での闘い。ミントはブルグマンシアに向かって何度も刀を振るった。
だがそれら全てをブルグマンシアはかわす。最小限の動きでいなし、その度にミントを挑発する。
「少し疲れちゃった?攻撃が直線的だから避けるの簡単なんだよね」
ブルグマンシアはあくびをしながらミントを煽る。腕を大きく広げ無防備にもミントに向かって歩み寄る。
「…………」
ミントは視線を外さずじっと見る。無防備だ。にも関わらず攻撃をすれば難なくかわされる。自分の体の動かし方に癖があるのだろう。その癖を見抜かれていることは理解していた。
「(動きを最小限に……。コンパクトに刀を振ればいいんだ)」
息を整える。ブルグマンシアは腰を屈め、頬杖をつきミントを見る。
「考える時間も大事だけど、何事もやってみることが大切だよー。それで当たるかどうかは別だけど」
刀を前に構え、左足を突き出す。目を閉じて深呼吸をすると、声を張り上げミントが攻勢に出る!
「ハッ!」
ミントがブルグマンシアの喉めがけて突きを放つ。ブルグマンシアは身体をそらせてそれを外す。
だがミントは刀をそのまま落とし、身体をそらせたブルグマンシアを両断せんと刃をを叩きつける。
大きな音をあげ、土煙をあげる。だがその地面にはブルグマンシアの亡骸はなかった。
刀を引き上げ辺りを見渡す。
「上だよ!」
その声に反応してミントは頭上にある木を見上げる。
「惜しかったねー!使い方はセンスがあったけど、逆にいうとセンスだけっていうか、やっぱ使い方が素人みたい。センスだけで闘ってきたんでしょ」
木から飛び降り着地するとスカートの埃を払い、ブルグマンシアは分析する。
「まあその扱い方、ルーツがあるのは確かだね。古来の剣術「八花流」によく似てる。魔族を打倒するために生まれたとされる伝説の流派、使うものは優れた身体能力と心技体全て備わった奥義を使う、水のように柔軟で風のように切れ味の鋭い技………。なんて言われてたけど、今はもう存在すらしない」
腕を組み長々と説明すると人差し指を立てて再度口を開く。
「ジョニー君は八花流の流れを汲んではいるけど、奥義は一つしか使えないっぽいね。要するに使いこなせていない。もったいないよ。君のその力なら私なんかあっという間に越えちゃうのに」
嘲笑するブルグマンシアにミントは言葉を返す。
「分析ありがとう。まあ実力差はあるよね。こんなにハンデ与えられているのにお前にかすりもしない。さすが灰の魔女だよ。だけど」
ミントは刀を持つ左腕を落とす。
「そこまで強いって感じなかったよ?」
次の瞬間、ミントは超スピードで背後に回る。
「───!!」
ミントの横なぎの一撃をブルグマンシアは大きく飛び上がりかわす。
空中に滞在するブルグマンシアを捉え、ミントは助走をつけて飛び上がる。
「おお〜」
思わず感嘆の声をあげるブルグマンシアにミントは右の拳を入れる。
その拳をブルグマンシアは首を傾けかわすが、次の攻撃は左に持った刀でのつき!
先程の瞬間移動でブルグマンシアは避難する。ミントは木の上に着地し、そばにあった枝をへし折ると、下界にいるブルグマンシアに投げつける。
横っ飛びでかわすブルグマンシア、そこで一気にミントは勝負を決めにいく!
木の上から猛スピードでブルグマンシアに向けて刀を振う!
その横なぎの一撃はブルグマンシアの胴体を真っ二つに斬り裂いた………!!
離れ離れになったブルグマンシアの半身が崩れ落ちる。
「まだ死なせるわけにはいかないよ。知ってることを全て───」
「よく考えた方だと思うけど、まあこれで終わったら面白くないよねぇ?」
神経を逆撫でにするような高い声が耳に入り、ミントは声がする方角を振り向く。
「身代わり使っちゃったなぁ〜。まあでも、今の攻撃は良かったよ?ジョニー君?」
縁側に座り、手をたたいてブルグマンシアは称賛する。黒く滲んで消えた奴の身代わりを見て、ミントは悔しそうに顔を顰める。
「まあでも、これが限界値だったってことだね。大口叩いてこの程度なんだから。まあ頑張った方だけど。5分の中で面白いもの見せてくれてありがとう!」
立ち上がり、ゆっくりとミントに歩み寄る。その時ミントは視認する。ブルグマンシアに黒いオーラが溢れ出していることを。
───自分を殺るつもりだ。気を引き締めて、ミントは臨戦態勢を取る。
「もうサービスする時間は終わったよ?私もちょびっと本気出してあげよっかな?これで死んでも、ジョニー君のことは愛してあげるから」
その言葉を言い終えブルグマンシアはミントの視界から消えた。
「?」
辺りを見渡す。やつはどこに行った。あの禍々しいオーラも感じられなくなった。
シーンとした環境が耳に入る。感覚を研ぎ澄ませてそれを掴もうとする。
次の瞬間、ミントの額に大きな衝撃が走る。
「──────!!!!」
衝撃で身体が大きく吹き飛ぶ。風力と共にものすごいスピードでその身体は宙に舞い回転しながら壁にぶつかる。
壁が大きく減り込み、崩れる石垣と共に、ミントは池に落ちる。
─────何が起きたんだ。酸素を求めながらも、ミントは今起きた状況を整理する。
吹っ飛ばされたのだ。奴のデコピン1発で。
消えたわけではなかった。最初から自分の眼前に立っていた。気配を完全に消していたのだろう。柔軟な思考。隠密性。一撃の威力。それら全てに圧倒された。
理解ができたところでミントは池から顔を出す。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
酸素を目一杯吸い、呼吸を荒げながら必死に水から這いあがろうとする。
そんなミントの濡れた髪を掴んで、ブルグマンシアは強引に引き上げる。
「普通の人なら死んでるはずなのに結構頑丈じゃん」
ブルグマンシアはミントの身体を引き摺り回して、その頭を水に沈める。
「誰かにこういうことされた覚えがあるけど誰だったっけ?」
そんなことをぼやきながら、ミントの頭を踏み躙る。酸素を求めて必死に泡を立てる。顔を引き上げようとするもブルグマンシアの足がそれを許さない。
ばたつく足が勢いを失うと同時、ブルグマンシアは再度顔を引き上げる。
顔を青くし、荒く呼吸するミントを舐め回すように見つめる。
「かわいいなぁ」
一言そう呟くと水筒の蓋を開け、ミントの頭上を狙い大量にかける。
「かわいい子が苦しむ姿見るとお腹がキュンってしちゃう。特にジョニー君みたいな肌が白いまつ毛のが綺麗な子。ほっぺもぷにっとしてて髪もサラサラ。本当に女の子みたい」
口に流し込まれた水を吐き戻し咳き込むミントをじっくりと見つめる。
「細くてしなやかで、でもリストは強い。瞬発力と握力、そして危機に陥った時の底力が規格外。こんなとこかな?ジョニー君の強みは。今まで何人もの戦士を見てきたけど、こんな感じの子ははじめてかも」
ブルグマンシアはミントの腹を踏みつける。ブーツの踵で力強く鳩尾を踏みつけると吐瀉を撒き散らし、嗚咽する。
「かわいい〜。いじめたくなっちゃうな〜」
腹をおさえてのたうち回るミントを蹴り飛ばす。数メートル吹き飛び壁に身体が減り込む。
「男なのが残念なんだけどね。醜いモノをぶら下げて女に求愛する。気持ち悪いよね。子種を植えるための存在でしかないくせに、労働力でしかないくせに、女をステータスだと思ってる醜い人種だよ。ジョニー君もいつかそうなっちゃうんだよね」
ミントの胸ぐらを掴み、地面に投げ捨てる。地べたを這いずり草を毟るその姿を見てブルグマンシアは恍惚とした笑みを浮かべる。
「もっと頑張ってね!ジョニー!私を楽しませて!」
顔をつま先で蹴り上げる。膝を立て必死に立ちあがろうとすると顔面を蹴り飛ばし、再び這いつくばらせる。それを繰り返しミントの精神を確実に折りにくる。
なんとか立ち上がる。だが足がふらつき膝が笑う。口元から滴る血を舐め取り、吐き出す。刀を拾い、ミントはブルグマンシアの間合いを取る。
「(やつはまだ本気を出していない)」
それだけはわかった。薄笑いを浮かべ、自分の一挙一動を見逃すまいと見つめ続ける。
「(勝機あるなら、それはやつの油断を突くこと……)」
沈黙が続く。力の差はもうわかった。圧倒的に奴が上。認めるしかない。
だがそれが勝負を放棄していい理由にはならない。
奴を野放しにしておくとこの国が滅ぼされる。罪なき人間の幸せが奪われる。こんな奴が笑って、罪もない人間がなく。そんな世界は許されない。
刀に力を込める。最後のチャンスだ。本気を出さないなら出す前に倒す。鼓動が大きくなる。脈に血が流れていく。
闘志を燃やすのだ。この一刀に全てを捧げろ。
「まだやる気あったみたいだね〜」
ミントから溢れ出る水色のオーラを見てブルグマンシアは笑う。
刀が水色に変わっていく。心が熱くなり、視界が広くなる。
今なら勝てる。ミントは確信を持ち、斜め上に刀を構え啖呵を切る。
「余裕ぶるのもここまでだ。お前は絶対に僕が倒す!」




