第38話 聴くに耐えないつまらない話
アンナを抱き抱え、ミントは屋敷の食堂周辺を見渡す。
すでに争った形跡が見られる。豪勢な雰囲気に反した殺伐とした様相、囚われた少女たちは全員刃物を持ってこちらに殺気を放っている。
「よかったねアンナ。救世主さんが助けに来てくれて」
声がする方を向く。以前にも会った黒とピンクのグラデーションと跳ねた襟足が特徴的な女。
───こいつこそがブルグマンシアなのだろう。そして奴の足元には蹲った黄緑色の髪の少女がいた。
屋敷の玄関にいる少女達はデルフィニウムとロストマンが保護してくれているはずだ。自分のやることはまず、ここにいる少女達を救い出すこと。
そして───。眼前に立つこの女を倒すことだ。
「み、ミント………。どうして、助けに来てくれたの……」
アンナがミントにたずねる。ミントの服を小さな手で掴みながら溢れる涙を必死に隠す。
「理由なんていらないよ。大切な人が危険な目にあったから助けに来た。それだけ」
アンナはその言葉を聞いて堰を切ったように泣き出す。死ぬかと思った。怖かった。その時の恐怖がなくなった安心感だろう。ミントに身体を預け、ミントの胸の中で涙を押し殺す。
「ねえジョニーさん?感動的な再会を邪魔して悪いけど、状況は全然変わってないよ?ここにいる女の子達は全員わたしのものなの?わたしが少し指を曲げるだけで自由に思考を動かせる。わたしが殺せって言えば殺してくれるし、守れって言えば守ってくれるの。アンナだってそう。わたしのいうこと、なんでも聞いてくれるんだから!」
大袈裟に手を広げ笑うブルグマンシア。こいつの能力はロストマンから聞いていた。相手を洗脳し意のままに操る能力を持っている。ただの魔法ではなく、身なりや仕草、喋り方や纏う雰囲気まで他人を魅了する能力を持つのだ。アンナが不自然に奴を信用していた理由が今になってわかる。騙されていることにも気づかず意のままに従ってしまう。その気になればこの国すら乗っ取れるであろう危険な能力だ。
同時に、他人の思考回路を強制的に破壊し利用するその力に、ミントは激しい怒りを感じる。
「場所を移そうか。僕と君が対等に闘える環境を作ってほしい。爆弾で脅すこともできない。その気になれば僕は殺してでもこの子達を止められる。君にとっての駒が殺されたら、王都に行けなくなるでしょ?」
ミントはナイフを持って臨戦態勢に入る女の子達を睨みつける。ブルグマンシアに従ってた女の子達が思わず後ずさる。年端のいかない幼子でも、今目の前に立っている男が強者だというのは肌で感じるのだろう。
無論これはブラフだ。罪のない女の子達を自分が殺める道理は何もない。今いる死亡していないこの子達を助け出すことが最優先事項だ。だがこの状況で下手に出たらかえって奴の手のひらの上だ。あえて殺気を出し牽制する。そうして相手の出方をミントは伺う。
「ふむふむ。意外と頭回るんだねぇ」
ブルグマンシア考える素振りを見せる。じっくりと辺りを見渡し今の状況をもう一度確認する。
玄関には魔女警察一名、もう1人はロストマン。相手が子供なら数分もかからず保護ができる。
対する自分は今目の前にいる男と駒が数人。自分の指示次第でいくらでも使うことができる。
この箱庭の外に出れば能力は通じなくなる。玄関の子達はもう諦めよう。だがここにいる子達は全て自分の駒であり人質だ。
「その話乗ろう!」
決断した上で条件を提示する。
「ここにいる女の子達には手を出さないで、アンナもここに置いて、それができたらいいよ?」
明らかに自分に都合が良すぎる条件だ。だが刺激したらいけない。ミントはそれを呑む。
「決まりだね!ついてきて!君との闘いにうってつけな場所があるの!」
ミントはアンナを椅子に座らせる。険しい表情をするミントにアンナが心配そうにたずねる。
「ミント、いいの?いうこと聞いて」
そんなアンナの頭をミントは撫でる。
「大丈夫。アンナはここにいて。絶対に勝つから」
静かに微笑み、ミントはブルグマンシアの後を追う。
後ろを振り向く。女の子達はナイフをミントに向けたままだ。まだ洗脳は解かれていないのだろう。足取りが遅くなるミントをブルグマンシアは苛立ちを隠さず急かす。
「早くして」
ミントは前を向き直し、速度を早め奴の背中を追う。
──────
連れてこられた場所は広い中庭だった。大きな池と、紫の花を咲かせた木が並ぶ美しい風景。そして周りを壁で囲み、壁の上には有刺鉄線が敷かれており、警備も徹底していた。
「綺麗でしょ。ジョニーくんの死に場所にはうってつけだね」
「灰の魔女の死に場所にしては綺麗すぎるけどね」
ブルグマンシアは中庭の人工芝をゆっくりと歩く。手を後ろに組みミントに歩み寄ると、ニヤリと笑う。
「ここに来た理由って、アンナを助けるためだけじゃないでしょ?私にも用がある感じがするけど?」
ミントは苦笑いを浮かべる。確かに自分の出自を確かめるために灰の魔女に聞き込みをしようとはしていた。見透かされるほど顔に出てたのだろう。ミントは嘘をつくだけ無駄だと思い答える。
「確かに聞きたいことはあるよ。僕個人のことを知りたくてね。でももっと聞きたいことがあるんだ」
ミントはゆっくりと刀を抜く。それを眼前のブルグマンシアに向けて、こうたずねる。
「お前はなんでこんなことをするの?」
ブルグマンシアは「こわいこわい」と軽口を叩き、わざとらしく咳払いをする。
「それはなんでアンナにいじめっ子を殺させたの?って意味?それともなんで女の子達を連れ去ったの?って意味?」
「両方だよ」
「なるほどなるほどぉ。まあ後者については魔女警察ちゃんに聞いたんじゃない?それかロストマンくん。一応言っておくと王都を襲撃するための鉄砲玉になってもらう。わたしのために死んでもらうの。今までこの方法で国を滅ぼしてきた。あの子達は必要な犠牲になってもらうの!」
目を輝かせながら吐き気のする論理を吐くブルグマンシアにミントが吐き捨てる。
「その子達はなんで死ぬの?死ぬほどの罪を犯したの?」
「犯してないから犯させるんだよ」
「?」
首を捻る。何を言ってるのかいまいち理解ができなかった。
「正確に言えば復讐させるんだけどね。その子達の手で。アンナだってそう。いじめられてたんだよ。あの子。誰にも言えなくて悩んでた。腕に傷もつけられてたし体型も馬鹿にされてたっけ?許せないよね。だからわたしが手伝ってあげたの。そのいじめっ子を捕まえて、アンナに殺させた。罪を背負った以上もうこの社会には戻れないでしょ?だからわたしが使ってあげるの」
黙々とその言葉を聞く。その言葉の意味を考え、咀嚼し、解釈する。ブルグマンシアはさらに言葉を重ねる。
「わたし、自分のことを強いと勘違いしてる弱い奴が大嫌いなんだよね。人を見下して悦に浸る。ある人間はわかりにくいように陰湿に暴言を吐くし、ある人間は陰に隠れてこそこそ悪口を言うし、ある人間は特定の誰かの話しかしない。生きてるだけで無駄な人種を間引いて弱者を救ってあげてるの。それが無限大の愛!この屋敷に住んでる子はみんな自由なんだ。ある程度の生活は保証されてるし一人一人との会話の時間も設けてる。あの小さな身体とすべすべした肌触りと、ぷにっとした唇。それら全てが尊くて、美しいんだよ………」
胸を抑え、愉悦に浸った表情を見せるブルグマンシア。自分に酔っている。前半の言葉なんて全てブルグマンシア自身に当てはまっているし救う方法が死ならば救いようがない。
そして何より、こいつはアンナを搾取している。それにミントは凄まじい憤りを感じていた。
「まあジョニーくんの自身の聞きたいことなんだけど。まあわたしが知ってる範囲は全て話してあげるよ。条件付きだけど。その条件は一回でもその刀でわたしに傷をつけることができたら────」
その瞬間、ミントはスタートを切り、ブルグマンシアの首元めがけて刀を振るう。
その刀をブルグマンシアは身体を反ってかわし、そのまま後方回転で距離を取る。
「最後まで聞きなよ……」
「聞くだけ無駄だと思って、ごめんね」
「いいよ。それで続きなんだけど」
ブルグマンシアは人差し指を舐めて、目を細めミントを見る。
「5分間何もしないであげる。手も足も使わないし防御もしない。魔法もライフウェポンも使わない。この条件で闘ってあげるよ?」
徹底的に見下していた。ミントは自分には勝てない。その確信は揺るがないのだろう。だからこそハンデをつける。
「まあいいよ」
ミントは再度臨戦態勢をとる。対するブルグマンシアは手を広げ余裕の表情だ。
足に力を込め、疾風の如き速度で、ミントが再度スタートをきる!!




