第36話 喉元迫る奴の居城
ブルグマンシアの脳内に電波が発信される。
───ミルモタウンにいる怪しげな三人組がこちらのアジトに向かっていると。
情報によればその三人組のうち1人は魔女警察のもので、後の2人は黒いフードを被った中性的な男と猫のような顔をした男だという。
「なるほどねぇ」
おそらく例の事件の匂いを嗅いで、この土地に現れたのだろう。特にフードの男と猫族の男は見覚えがあった。
「アンナの付き添いの子と、多分ロストマンかな?」
ロストマン、自分の邪魔ばかりしてきた忌々しい解術師。過去に二度も自分に害をなしたので一度半殺しにしてやったが、まさか生きているとは思わなかった。
「ここも潮時かな〜」
開いていた本を閉じそう呟く。
机にあった通信石を手に取り息を軽く吸う。用済みならば取るべき手段は一つだけだ。
『みんな、聞こえてる?明日の朝王都に突撃しようと思うんだけど、最期に全員で最期の食事会をしようか?今日は自由に行動していいよ?色んな子と話していいし、私に話しかけてもいい。敷地内に出入りしてもいい。最期の日だから思う存分楽しもう!」
屋敷中にその声が響き渡る。出口以外の全ての電波がオフにされる。メイドはそのままだが今いる爆弾用の少女達は全員監視下から外れた。
最期だからこその温情───ではない。
「何匹炙り出せるかなー?」
このチャンスを掴もうとする害虫を誘き出す餌なのだ。
────
一方その頃、ミント達は4キロ先のブルグマンシアのアジトに向けて、レンタル用の馬車に乗って動き出していた。あの灰の魔女のアジトだ。運転手と馬は乗り気ではない。ぶつくさ文句言うロストマンをなだめながら、三人はアジトのセキュリティを解くための手段を探していた。
「信号は送られたにゃ。山にあるって言う大まかな居場所は前につかめたけど、ちゃんとした場所はまだ特定できてにゃいからにゃ。あの鳥とババアと灰の従者がうまく動いてくれたらいいが」
だがブルグマンシアもこのまま黙って見過ごすわけにはいかないだろう。灰の従者が捕まったことはすでに知らされているはずだとデルフィニウムは言っていた。奴らは脳内で連絡が取れる。通信石が使えずとも脳内でコミュニケーションを取り、全軍に知らせる。それが急に遮断されたとなれば警戒するのは当然だ。
無駄話はしなかった。それぞれが想いを胸に秘めていた。道も険しくなる。霧が濃くなり始めた頃、ロストマンは運転手にここに止めてもらうようお願いをする。
「ここから先は一般人は出入りできにゃい。後はおいら達でなんとかするからお前は帰れ。金は後で渡す」
三人は馬車から降りて山を歩く。白い霧が黒く変わる頃、デルフィニウムは魔法を展開しバリアーで自分達を覆う。
「この霧は灰の魔女が出す毒です。吸ったら呼吸すらできなくなり、最悪の場合死ぬ。この霧が現れたと言うことはやはり、ここは奴らの住処で間違いない……」
そう言い、咳払いをする。さっきから2人が苦しそうだったのはそう言うことかとミントは思った。だが疑問だ。呼吸すらできないほど濃度が高い霧を吸って、なぜ自分は平然としていられるのか?この毒は能力者ですら効くのに自分は効かないのか?その謎に首を傾げる。
「(考えていても仕方ないや)」
そんなことより今はブルグマンシアを倒すことが先だろう。とミントは割り切る。そうして歩いていると傷だらけの鳥がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
ロストマンが利用していた鳥だ。全身がボロボロの状態でロストマンの指に止まる。
「相当やられたみたいだにゃ」
そう呟き、ロストマンは鳥のデータを解析する。
「大きな収穫だにゃ……… お疲れ様。ゆっくり休むにゃ」
ロストマンに最期の情報を託し、鳥は息を引き取った。
ロストマンは一息つくと、ミントとデルフィニウムの方を向き口を開く。
「ここの2キロ先、東の位置、毒の泉を超えた先にホテルがある。だが毒の泉にはすでに灰の従者が待ち構えているにゃ。だがこのホテルの奥の方にもう一個扉がある。ホテルのどこかにその部屋が隠されている。そこを探すにゃ」
「強行突破ですね」
三人はそう決めた。決めたからには迅速に行動だ。草をかき分け、指定された馬車に向かう。
森の中に入り、葉や幹が服に刺さる。だがそんなことでいちいち反応していられない。
「ここまで霧が濃いと魔獣すら住めないみたいですね」
「ブルグマンシアが魔獣が嫌いにゃだけにゃ」
袖で口を抑えながら2人は会話する。2人にとってはそれほどまでに強い毒性だろうが、ミントは多少臭いと思う程度で後は平気だった。
「ジョニーはこの霧に耐性があるみたいだにゃ?」
「うん、多少臭いとは思うけど息ができなくなったりとかはしないよ」
「ほえー。ジョニーは本当に変わってるやつだにゃー」
ミントは不思議そうな表情をする。視認できない灰の魔女のオーラも、人に害を為す霧も全て自分には見えるし効かない。確かに自分は人とは違うと思う。そもそも自分自身の素性すらまともにわからないのだから。だがそれが自分の強みかもしれない。得体の知れない存在に肉薄できるかも知れない。違う部分をプラスに捉えればどうってことない。そう思うことにした。
それから3人は喋らなくなった。草むらを抜けると霧も晴れ、紫色の湖と大きな橋が見えた。
そしてその先のホテルの入り口には、オーラを纏った、黒いスーツを着た灰の従者達が待ち構えていた。
「へぇ〜おいら達歓迎されてるみたいだにゃ」
その様子にロストマンは苦笑する。
ミントとデルフィニウムはそれぞれの得物を構え、臨戦体制をとる。
従者達は銃を取り出し3人に向けて発砲する。
ミントはロストマンの襟首を掴みその弾幕をかわしながら避けると、その雨を掻い潜り従者達を斬り伏せる。
事前に言われていた。「奴らはゾンビだ。峰打ち程度ではすぐに起き上がり、捕まえても情報を吐かせられない。だから殺すしかない」と。
気は進まない。だがやらねば自分がやられる。その覚悟を持って従者の命を奪う。
「プラズマ!」
デルフィニウムが魔法を詠唱し、雷を上空に降らせる。従者の身体が爆散し、肉片が散らばる。光の速度で斬り刻み、ホテルの入り口を目指す。
扉を蹴り破るとロビーには大量の灰の従者達がいた。ギャンブル中毒やホームレスの成れの果て、元はちゃんとした人間だったが故に、思考を奪われこのような姿にされたのは哀れみすら感じる。
「ジョニー!おいらをおぶって上の階まで行け!デルフィはそこで奴らを食い止めろ!生き残れたら合流にゃ!」
ロストマンはすぐに指示を飛ばし、ミントにおぶられる。ミントはすぐに階段に駆け上り、左手に持った刀で切り伏せながら2回を目指す。
「どこの部屋かわかる!?」
「まだわからにゃいけど、2階にあるのは確かだにゃ!」
前方と後方から、剣を持った従者が現れる。ミントとロストマンを仕留めんと突進してくる。ミントは大きくジャンプし電球に捕まると、前方の従者の頭を飛び越え、大きく縦回転しながら脳天を斬り落とす。着地したと同時発砲してくる従者の股を掻い潜りさらに走る。
「ここにはなかったにゃ!3階に登るにゃ!」
「わかった!」
ミントはさらに階段に駆け上る。
─────
一方デルフィニウムは疲弊しながらも、ロビーにいる灰の従者達を無傷で壊滅させていた。片膝をつくがまだ上の階にも灰の従者はいる。
「ここでロストマン達と合流するです…………」
そうやって立ち上がり、階段に向かおうとすると、後ろから大きな影が現れる。
「!!」
気配に気づいたと同時、その影はデルフィニウムに攻撃を加える。すぐさまそれをかわし回りながら着地をすると眼前にいる相手を捉える。
右腕がハサミになった巨漢がそこにはいた。呻き声を発しながらデルフィニウムにジリジリ近寄る。
「………いいです。あなたを倒して、私は次の道に進むです」
この戦闘は回避できない。そう確信するとデルフィニウムはスパークを走らせる。
そのオーラを見た巨漢が叫び声を上げて突進する。大ぶりの攻撃をデルフィニウムはかわしながら電撃を浴びせる。だが巨漢には効かない。
ハサミを振り下ろし、デルフィニウムを潰そうとするがそれも回避、地面が大きく凹み、地鳴りが鳴る。
杖を刃に変え、デルフィニウムは突進する。斬り合いは互角。だがパワーで巨漢が競り勝つ。腕を跳ね除けられる。そして大きなハサミがデルフィニウムの心臓を抉る!
───はずだった。
「………攻撃が単調です。他の方々と比べたらはるかに劣るです」
デルフィニウムは巨漢のハサミを掴み、そのまま逆の方向に捩じ切ると大きく飛び上がり横回転する。
「遊んでる暇はないです。この一撃でおしまいです」
そのまま雷の刃で男の首を斬り落とした。
呼吸を整え、倒れた巨漢の亡骸に一瞥し、デルフィニウムも階段を上る。
そしてその頃、ミントとロストマンは部屋の在処を探す。
「ここでもないにゃ!次の場所を!」
ロストマンは少し焦っていた。敵の数も多くなる。流石のミントでもおぶりながらでは分は悪い。何か自分にできることはないかとミントは思案する。
───もし扉にヒントがあるなら、灰の魔女の気配がするはずだ。
その直感を信じてミントは次の階段に登る。
4階、これ以上の階層はもうない。そして部屋の数は8つ。その中から見つければいいのだ。
従者達の攻撃は苛烈を極める。すでに何回か攻撃がかすっている。だがそれでも、諦めるわけにはいかない。
8つしかない。どれもハズレだとロストマンは言う。だが階層はこれで最後だ。
考える。どこかに隠し扉があるはずだと。集中しろ、見つけ出せ。ミントは目を瞑る。
部屋の突き当たり、ロストマンの解析でも見えなかった極秘の部屋。
「そこだ!!!」
ミントはそこに向かって走り込む。そして廊下の奥、行き止まりの道を勢いよく蹴り抜く。
壁が壊れ中から極秘の部屋が現れた。間違いない。ここが隠し通路だ!
「ロストマン!入って!」
「ジョニーはどうするんだにゃ!?」
「ここで奴らを食い止める!」
そう決心した瞬間、電撃が従者達を吹っ飛ばして通り抜ける。
「間に合ったです……」
「デルフィさん!」
なんとか合流したデルフィニウムが息をつく。そして2人は隠し通路へと入り込む。
「即席の結界を貼っておいたから安心だにゃ。デルフィ生きてたんだにゃ。よかったよかった。くたばってると思ったのに」
「あの程度じゃくたばらないです。ジョニーさん。怪我してるなら少し治療するです」
デルフィニウムはミントの回復に専念し、ロストマンはあるはずの隠し扉を探す。
「探さなくてもあったにゃ。あの赤い扉か」
その扉へ向かうが、暗証番号を入力しないと入れないらしい。
「暗証番号………適当に入力しても無理だにゃ。どうしよう。メモ帳とかにゃいかにゃ」
迷ってるロストマンにミントの回復を終えたデルフィニウムが話しかける。
「ブルグマンシアの誕生日とかはどうです?」
「打ったけどでてこにゃいにゃ」
「じゃあブルグマンシアと親しかったスピカって人の誕生日はどうです?」
「待てよ待てよ………。あ、開いた」
入力に成功し、3人は扉を開ける。
入った先にはもう一つの世界があった。作り物のような空と、人工物であろう植物。そして遠方には大きな屋敷が見える。不気味な箱庭みたいな世界にミントは顔を顰める。
「なんか、嫌な場所……」
「あいつらしいチープな世界だにゃ」
だがようやくブルグマンシアのアジトに侵入できた。あの屋敷にアンナがいるはずだ。ミントは決意を胸に、歩を進める。
その道の先に1人の小さな女の子がいた。6歳くらいの年端もいかない女の子、だがその子には鉄製の首輪がつけられていた。こちらを見ると涙を流しながら歩み寄る。
「あ、あの、わたしたち、あいつにつかまって、だから────」
その言葉を聞き終える前に、ミントは刀を抜く。
そして緑から赤に変わったその首輪を縦に斬り落とした。
「あ………」
女の子が思わず尻餅をつく。
「危なかった……。あと少しで爆発するところだったよ」
ミントはそう言って女の子を抱き抱える。
「鉄製の爆弾………。ブルグマンシアが仕掛けていたということですか。ジョニーさんはなぜそれがわかったです?」
「一瞬この子に黒いオーラが見えた。だからもしかしてと思ったんだ……。僕達ごと吹き飛ばすつもりだったんだ……」
女の子をロストマンに預けるとミントは拳を握りしめる。
「アンナにもあの首輪がつけられてる。早く他の子達を助け出さないと大変なことになる。急ごう」
ミントの双眸が鋭くなる。この闘いは絶対に負けられない。自分の生涯に残るものになる。そう確信した。




