第33話 最後の休息
「ジョニージョニー、見てにゃー。おいらの推しのナナエルちゃんだにゃ〜。かわいいとおもわにゃいか〜?今月アルバムが出るみたいだにゃ〜」
「そ、そうなんだ。それは嬉しいね」
「にゃんだよ。反応が鈍いにゃ」
「こんな緊迫とした状況で何推しのアイドルの話をしてるです。緊張感のかけらもないやつです」
レンタル用の馬車の中、デルフィニウムとロストマンに挟まれ、ミントは2人の喧嘩をうんざりとした表情で聞いていた。
コハク地区からミルモタウンまで2時間。もうすぐで夜が明ける。そんな中で2人はくだらない言い争いをしていた。
「うるさいやつだにゃ。緊迫としてる状況だからこそおいらは場を和ませようとしてるんだにゃ」
「和むどころか空気を汚してるです。こっちは情報を集めるのに必死なのに呑気に推しの話をする奴がいるせいで集中できないです」
「ならお前は馬車から降りろ。ほうきで1人で向かうにゃ。ブス1人抜けたところでおいらにはジョニーがいるから問題にゃいにゃ」
「じゃあジョニーさん、一緒に降りましょう。お前は1人で行動するです。今度は半殺しじゃすまないと思うですが」
「にゃんだと!?ジョニーは別嬪だからオイラの近くにいて欲しいにゃ!お前はブスだから1人で降りるにゃ!」
差別的思考でデルフィニウムを挑発するロストマン。その様子にミントはため息をつきながら擁護する。
「女の子にブスとか言っちゃダメだよロストマン」
ミントの言葉にロストマンは鼻で笑う。
「表面しか見れてない脳みそキノコ男が多いにゃ!いいか?こいつはおいらを不当に扱き扱ってるだけだにゃ!平和に暮らしてるおいらを魚で釣ってこうやって無償で働かせるクソ女だにゃ!こいつは結婚しても主婦にゃんて絶対やらにゃいな!断言する!こいつはヒモ男ならぬヒモ女だにゃ!」
「偏見が過ぎるよロストマン………」
ロストマンの罵詈雑言に耐えきれずデルフィニウムは指先から小さな電撃を発生させロストマンを脅迫する。それを見て宥めようとしてるミントをよそにロストマンの舌はさらに加速する。
「おーおー!実力行使かにゃー!?次やったら“コレ“にゃのかにゃー!?やめとけやめとけ!お前には”コレ“をやる胸すらにゃいにゃー!!!がはははは」
胸をあげる動作をして執拗に煽るロストマンの肩をミントは掴む。その力の強さにロストマンは思わず押し黙ってしまう。
「せっかく自分から協力するって言ったのにずっと文句言うのは良くないよ」
「にゃ、にゃんだよそんな真面目な顔して、冗談だにゃ」
「冗談でもそんなこと言ったら相手は傷つくよ。それに、デルフィさんはロストマンなら灰の魔女の居場所を突き止めることができると思って、ロストマンを信じてロストマンに頼んだんだよ?なのに、ロストマンからそんな風に言われたらデルフィさんだって傷ついちゃうよ?」
曇りのない真っ直ぐな瞳でそう言われ、さすがのロストマンも罵倒するのをやめてしまった。
「ほら、デルフィさんにごめんなさいは?」
「わ、わるかったにゃ」
「気にしてないです」
ロストマンの謝罪の言葉を聞いてミントは優しく微笑む。二人の仲を取り持ち、馬車の運転手にも謝ると、ミントは本題に入る。
「それで、ミルモタウンに灰の魔女の屋敷があるって本当?」
ロストマンは通信石で推しのアイドルの画像を見ながら頷く。
「あぁ、ミルモタウンは奴の故郷。奴も土地勘があるし、巧妙に隠すことだって不可能じゃにゃいと踏んだにゃ。未練がましい奴のことだにゃ。きっとどこかに隠し通路を持ってるに違いにゃいにゃ」
「なんで居場所がミルモタウンだって思うの?」
ミントの疑問にロストマンは場所の窓を少し開けながらこう返した。
「あいつの特徴として、魔女になる前に自分が訪れた場所、あるいは自分の知り合いの故郷だった場所を根城にする習性があるにゃ。ある程度土地の構造がわかってる場所にアジトを作る。初めて訪れる場所にアジト作ったっていつバレるかわからにゃいしな。魔女警察を見下してはいるが、実際は誰よりも魔女警察や国を警戒してる小心者だから、保険を作ってるんだにゃ」
「買い物に行くから一旦止めてくれ」と運転手に頼みロストマンは近くの店に向かう。ロストマンがいない間、ミントはデルフィニウムに話しかける。
「さっきは災難だったね。あんな悪口言われて辛かったね」
「いつものことです。あいつはいつも文句を言いながらなんだかんだで付き合ってくれるです。あいつの力を借りれるなら何を言われても平気です」
デルフィはそっけない態度でそう返す。でもミントはわかっていた。悪口を言われて傷つかない相手なんていないのだ。余計な心配をされたくないと思っているから平気そうな顔をしているが、平気であれば魔法を使って脅迫などしないだろう。
「あまり溜め込まないでほしいな。嫌なことあったらしっかりと言ってほしい。デルフィさんって、人に何されても我慢するタイプでしょ?」
「………」
的を得ていた。確かに自分は誰かに貶されても何も言わない。言わないほうが丸く収まると思っていた。何より感情をコントロールした方が自分のためになると思っていた。実際そうなのだが、溜まりきった鬱憤を晴らす場所も見つけることができなかった。相手の頼みはできるだけ聞く、相手の悪口は聞き流す。これが“大人”としての自分のあり方だと今も思っている。
「溜め込まず思ったことはちゃんと口にした方がいいよ。我慢しすぎるのもデルフィさんは辛いと思うから。相談なら乗ってあげるし」
「………ありがとうございますです」
善処はしようと思った。ミントの意見も間違ってはいないから。ただ自分の生まれ持った性格を治すことも難しいとは思った。ちょろいと思われようが舐められようが、自分が生きやすければそれでいいと考えていた。
そうこう考えているうちにロストマンが帰ってきた。
「若い店員が手間取ってて時間がかかったにゃ。ごめんにゃジョニー。堅物と同じ空間にいて苦痛だったでしょ?」
「別にそんなことないよ」
またもデルフィニウムを煽るロストマンに対してミントは怪訝な表情を見せる。対してデルフィニウムはそんなロストマンの顔を見向きもせず書類を整理していた。
ロストマンは3本の瓶を持って馬車に入る。そしてお茶の入った瓶をミントに渡す。
「喉乾いたろ?これでも飲むにゃ。おいらは酒と葡萄ジュース飲むけどにゃー?そう言えば葡萄ジュースって誰かさんが好きだった気がするにゃー?」
葡萄ジュースが入った瓶をチラつかせながらデルフィニウムに視線を送るロストマン。構ってほしいのか嫌いなのか執拗にデルフィニウムに絡んでくる。
「欲しい時はなんて言えばいいかわかるよにゃ〜?デルフィ〜?」
そんなロストマンの姿を見てミントはため息をつく。
「なんでそんなにデルフィさんに絡むの?デルフィさんのために買ってきてあげたんだったら素直に渡せばいいのに」
「はぁ?こいつのために買ったんじゃにゃくてこいつがおいらに頭を下げるところを見たいから買ったんだにゃ!」
「気にしなくていいですジョニーさん。彼は素直に飲み物も渡せないので。こういうのは慣れてるです」
「ちぇ!ほらよ!お前も喉乾いてるにゃら特別に渡すにゃ!感謝しろよ!」
「ありがとうございますです。ロストマン」
茶番が終わり再び走り出す馬車。街灯が少なくなり道も険しくなる。
「ミルモタウンについたらまずどこから探す?」
ミントの問いにデルフィニウムが答える。
「まずは聞き込みです。ここを彷徨いているならその姿を見た方々が一定数いるです。細かなセキュリティチェックなどはロストマンがやってくれるです。いつだって解決の必要なものは地道な努力です」
「まあデルフィの言う通りだにゃー。いきなり解決なんて甘い考えは捨ててじっくりと探し、なおかつ期限までに間に合わせる。できる人間はいつだってこの方法を実践してるにゃ。まあおいらの見立てだと、ミルモタウンのでかい賭博場。そこに情報が集まっているとみるにゃ」
ロストマンはそう言って酒を飲む。治安の悪い場所らしいのでミントはどうなるか不安だった。もしかしたらそこの街の人間はブルグマンシアの回し者かもしれない。もしかしたらアンナは死んでいるかもしれない。だがビクビク震えてばかりじゃいられない。助けると宣言したからには闘わなければならない。
「(待っててね……アンナ)」
山道を走る馬車。無尽蔵の体力を持つ馬も流石に息を切らすような坂を駆け上がる。
「…………」
馬車に揺られながらミントは瞬きを繰り返す。
「ジョニーさん、眠たかったら寝ても大丈夫です」
「んん、でも夜道だから魔獣出てくるし起きとくよ」
「明日に響くですよ。そこの馬鹿もジョニーさんの肩にもたれて寝てるですし休む時は休んでいいです」
「んーわかった」
デルフィニウムの気遣いでミントは目を閉じる。
「さて……。これでやっと一人の時間が作れたです」
そう言ってデルフィニウムは書類に目を配る。
それは先ほどロストマンの家で集めた情報。ブルグマンシアの個人情報や他の灰の魔女との関連性。行動パターンなどを詳細に書いている。
「(毒炎の十花『慈愛』のライフウェポンを持つ女……。国家転覆を幾度となく繰り返してきた女……果たして私たちだけで勝てるのか……)」
通信石の連絡先を一通り確認する。自分の姉や上司、同僚など頼みの綱を一通り探す。
「(生きるか死ぬかの死闘になるです。彼女たちの手は借りるべきです。人質の女の子たちも救助できる人員が欲しいです)」
ボタンを押しメールを送る。急ぎのようだ。メールだけで済ませるしかない。寝ている二人を起こすのも申し訳ないと思った。
「(居場所が分かり次第再度連絡……当然の義務です。それでも勝てるか否か……)」
ひとつの連絡先を見てデルフィニウムは指を止める。
「…………」
きっと“この人”に頼めば戦況を大きく変えることができるだろう。だが頼んでも来てくれないだろう。国家の一大事に駆けつけるような人間ではないのだから。
「………」
しばしば思案する。指を動かそうとしたその時急に馬車が止まる。
「!!」
思わず馬車が傾く。デルフィニウムが慌てて運転手に声をかける。
「どうしたです!」
「さ、山道で魔獣たちが……!」
運転手の話を聞き馬車を降りるとそこにいたのは丸々と肥えた豚の魔獣の群れだった。
「ブタッピー……?」
デルフィニウムは驚きそう呟く。
赤い皮膚に丸い斑点、ジグザグのしっぽが特徴の豚の魔獣、ブタッピーはバラッド王国では有名なペットだ。あらゆる品種が作られ、富裕層も品構想も気軽に買うことができる知能ある魔獣だ。
そんな魔獣たちが山道に現れると言うことは彼らは人間に捨てられ野生化した品種なのだろう。涎を垂らし唸り声を上げながらデルフィニウムたちに襲い掛かろうとする。
「私たちの邪魔をするです?利口なお前たちなら私たちに楯突くとどうなるかわかるです。今なら何もしないので大人しく道を開けるです」
デルフィニウムは電気を身体から放出させ脅しにかかる。その様子を見たブタッピー達が仲間達と合図し合う。
「…………」
その様子をじっと見ていた。脅しこそかけたがそれが返って彼らを刺激していないか不安だった。
するとブタッピー達はゾロゾロと道を開け始める。デルフィニウムには敵わないとわかったからだ。その姿を見てデルフィニウムは満足げに微笑む。
「感謝するです」
一言そう言ってリーダー格のブタッピーの頭を撫でると運転手に合図する。
「ブタッピー達を説得したのでもう発車して大丈夫です。手間をかけさせて申し訳ないです」
自身も馬車に乗り込み、再び再出発する。
「んー、なんかあったー?」
ミントは唸り声を上げ起き上がる。
「起きちゃったですか。でも大丈夫です。もう面倒ごとは無くなったです」
「なにがあったの?」
目をこすりながらミントはたずねる。
「魔獣に絡まれてたです。この山道を通る馬車なんて珍しいから興味が湧いたんでしょう。ですが彼らを説得したら大人しく道を開けたです」
「そぉー?よかった」
ミントは安心したように座席にもたれる。
「この山道を抜けたらあと少しです。夜が明けたら、宿舎で一息つきましょう。そして調査するです。少し大変ですが頑張るです」
「もちろんだよ。アンナを助け出してチロルを安心させたいもん」
ミントは俯きながらそう答える。
「二人が寝てる間、聞き込みを行う場所の目星はついたです。さっき言ってた賭博場。飲食店、ゲトー。そして最後はミルモタウン最大のシンボルであるラブホテルです」
デルフィニウムはミントにそう伝えた。だが彼らは想定していなかった。ここから先に待ち受けるのは苦難と呼ぶには生ぬるい地獄のような場所だと言うことを─────。




