第31話 技術は一流 人格は二流
虹の線を描いて箒が夜空を駆け抜ける。月が間近に見え、雲を突き抜けながら見下ろす下界は壮観だった。
「もうちょっと速度落としてほしいな、なんだか気分が悪くなっちゃった」
頭をふらつかせながらミントはデルフィニウムにお願いする。
「あと30分です。我慢するです」
頑固なデルフィニウムはミントの要求を跳ね除けほうきを運転する。
ロストマンの居住地はバラッド王国の北側イプシロン地区のさらに遠くにあるコハク町というゲトー地域にあると言う。犯罪や違法な商売などで金を稼ぐ人間が多く、そこは実質魔女警察に放置されている。
「バラッド王国ではミルモタウンについで治安が悪いと言われているです。特に今は夜ですから、不良などがうろついているでしょうし一応気をつけるです」
そう言ってデルフィニウムは運転しながら団子を食べる。自分の分とあともう一つの団子をミントに渡す。
「お腹すいたなら食べるです」
ミントはその串を受け取るとデルフィニウムの腰につかまりバランスをとりながら食べる。
「美味しい!いっつもどこで買ってるの?」
「この前会った時に寄った団子屋さんと同じものです。常連なんで値段を半額にしてくれるです」
「そうなんだ。でも運転中に食べて大丈夫なの?」
「大丈夫です。私はながら運転でもしっかり操縦できる優れたま……うわぁ!!」
前を見てなかったため、デルフィニウムは前方にいた鳥達にぶつかりそうになる。慌ててほうきを旋回させ事なきを得たがミントはそんなデルフィニウムにため息をつく。
「やっぱり食べながらはダメだよ……着いてからにしないと」
「………気をつけるです」
デルフィニウムはバツの悪そうな顔を浮かべた。
─────
「着いたですよ。ここがコハク町です」
ほうきを着陸させるとデルフィニウムは辺りを見渡しながらミントに話しかける。
ミントは腰を痛めながらもデルフィニウムにつられて辺りを見渡す。
「大丈夫です?」
「うん、乗り物に乗るの初めてだからちょっと……」
「まだ時間ありますし休むです?」
「いや大丈夫。早くロストマンのとこに向かおう」
腰を抑えながらミントとデルフィニウムはロストマンの居住地へ足を運ぶ。
道中にはボロ布で作られたテント、建てつけの悪い宿、そしてベンチや地面で寝てる老人など普段自分達が見ないもので溢れていた。
「この人たちは働けないの?」
ミントの素朴な疑問にデルフィニウムは答える。
「働こうと思っても社会に適応できなかったり過去の過ちで仕事につけなかったり非行に走ってその道でしか生きることができなかったりしてここに流れ着くです。この国は罪を犯したものに対して刺青を刻むので、前科者はその刺青で一般社会に溶け込むことができないです」
神妙な面持ちでデルフィニウムは答える。続けてこう話す。
「この国において刺青とは灰の魔女の証、または罪人に刻む一生消えない傷です。それを刻まれたものは生涯その恥を背負って生きていくです。逆に灰の魔女にとって刺青とは神聖なもの、だから前科者を使って鉄砲玉にする輩も現れるのです」
道端にいる貧困者を眺めながらデルフィニウムは話す。まだ小さい子供も金を恵んでくれと路上で座り込んでいる。自分達が見えてる世界が全てではない。この国の端から端を見てみれば、劣悪な環境で苦しんでいる者もいるのだ。
ミントはおもむろに小さな袋を取り出し子供の元へ歩を進める。
「少ししかないけど、これでパンでも買って欲しいな」
そう言ってミントは子供の手のひらに10枚ほどの銀貨を乗せてあげる。満面の笑顔でその子は近くにあるであろう市場に向かった。
「ジョニーさん、優しいですね」
「僕もこういう時期があったから放っておけなくて、今アンナやチロルのお陰で美味しいご飯が食べれてるけど、昔は3日も何も食べれてなかったりしたから。この人達っていつもどうやってお金を稼いでるのかな」
デルフィニウムは「んー」と顎に手を当て考える。
「日雇い労働です。日当6000マイルもらって、その日暮らしの生活を強いられてる人が多いです。一度人生から転落すれば、人は戻って来れないですから」
「国はこの人たちを救おうとしてる?」
「国の貴族達は自分達の私腹を肥やすことしか考えてないです。民のためじゃなくて自分達のための王国。王の下に民がひれ伏している。名前が変わってもなお、王宮にはこの考えを持つものがいるのです」
「王の下に民がひれ伏している」胸が痛むような、聞いてて気分の良い言葉ではなかった。
平等とは程遠いこの言葉が、自分の記憶の奥底にある何かに触れる感じがして、否定せずにはいられなかった。
「人として生まれた以上はみんながみんな平等で上も下もない。優劣なんかないんだよ。みんなが幸せになれる権利がある」
デルフィニウムはその言葉に同意も否定もしなかった。
ただ自分の手元にある団子を一つ取り出し、ミントより前に歩き出す。
「こんなことで私が、私たちが背負った罪は消えないですが」
思わせぶりな言葉を呟きながらそれを近くにいるホームレスに差し出す。
「私も、ジョニーさんの意見には同意見です。見なかったことにしてここを歩くのは、いい気がしないですから」
ミントに顔を向けてそう言った。
しばらく歩いた。街灯の光が少なくなる。虫のさざめきや魔獣の鳴き声を聞こえ始めた。
黙々と夜道を歩いていた。すると、その奥に人なんて誰もいなさそうな廃墟のような小さな家を見つけた。
「ここですね」
口ぶりから察するに、ここが件のロストマンの家らしい。世界最大の解術師の家にしてはなんとも貧相なものである。
「幽霊が出そうな少し怖い家だね」
家の前に無数に敷かれている黄色いテープを払い除けながらミントが呟く。
「隠れ蓑のようなものです。人が住めないような場所をあえて選ぶことで、魔女警察の捜査の目を掻い潜ってるみたいです」
「おや?」とデルフィニウムが不思議そうにドアを眺める。
そのドアには「この家の主は引っ越しました」と書かれた張り紙が残されていた。
「…………」
2人は呆れて声も出ない。数時間前に連絡してすぐに逃げ出したのか、これはカモフラージュでまだ本人は中にいるのか。それを解明する手段としてデルフィニウムがとった行動は奴の好物で誘き寄せることだった。
「まあ少し趣向を変えるです」
そう言ってちらばっている木の枝を集めると家から取ってきたサバを木の枝の上に置き、それを指先から出した炎魔法で炙り出す。
「雷以外も使えるの?」
「基本どの属性の魔法も使えますが、雷の魔法が最も適性があるみたいで、私はそれをメインにしてるだけの話です」
ミントの問いに答えながらサバから出る煙を手で仰ぐ。煙が留守なはずの家の中に入っていくと、中から大きな物音が聞こえる。
「狸寝入りしてただけみたいですね」
その様子を見てデルフィニウムはほくそ笑む。そしてドアを蹴破り現れたのは黒いTシャツと毛玉だらけのズボンを履いた猫の姿をした小さな男だった。
「サバだ!サバがある!」
そう喚きながら男は炙られたサバを強引に奪い取りその場で貪り食う。サバに夢中で2人の姿が見えていないようだ。
「ロストマン久しぶりです。少し頼み事があるです」
ロストマンと呼ばれた猫型人間の肩を叩いてデルフィニウムが声をかけると、その男は手と口を止める。
「……………」
顔が青ざめていた。居留守を使ったはずが、まんまと相手の術中にはまってしまったのだ。ミントはその様子を見て不安になる。
「(彼は本当にすごい人なのかな……?)」
デルフィニウムは猫の首根っこを引っ掴み彼の家の中へ連行する。
「待て!待ってくれ!ちゃんと協力するから!せめて食べ終わってからにしてくれ!」
「またないです。中でゆっくり話すです」
そうして猫人間───ロストマンは引きずられながら自分の家の中へ連れて行かれた。
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「んで、用件ってのは何かにゃ?」
テーブルとベッドしかない建てつけの悪い質素な部屋の中で、ロストマンはめんどくさそうに鼻をいじりながら用件をたずねる。
「耳には入っていると思いますが、昨日女子児童が左腕を切断された事件がありまして、その犯人について調べてほしいです。実行犯の少女は未だ行方知らずで、手がかりは彼女の通信石の履歴しかないです」
「ふーん、実行犯わかってるならその少女とっ捕まえるだけで解決するんじゃにゃいかな」
極力関わりたくないのか、ロストマンは表面上の解決策しか出さない。
「10歳の子供が錆びたマチェーテで腕を切断なんてできないです。それに通信石の最後の履歴には助けてというメッセージがあったです。最後に連絡をとった相手、その人が怪しいと私は思うです」
「最後に連絡したのが家族や友人だったらその人間を疑うのかにゃ?何でもかんでも疑心暗鬼になるのは良くないにゃ。もっと視野を広げなきゃ」
ひねくれた考えしか言わないロストマンに対しミントは苛立ったような口調で話に割り込む。
「その子は普段悩み事なんか人に言わない。そして被害にあった子にいじめられてたんだよ。仲のいい人間じゃなくて赤の他人に頼み込むくらい弱ってたんじゃないかな?」
ロストマンはミントの方へ視線を移すと細く鋭い眼光を歪める。
「デルフィ、この女は誰にゃんだ?」
そうたずねられたデルフィニウムはミントの方に手を向け紹介する。
「ジョニーさんです。確かに女の子に見えますがれっきとした男の子です。今行方不明になってる女の子の知り合いで、捜査に協力してくれるみたいなので連れてきたです」
「そうにゃんだー」
じっとりと舐め回すようにミントを見つめた後、ロストマンはミントに問う。
「精神的に病んでたから明らかに怪しい、灰の魔女かもしれない女に頼み込んで悲劇を起こしたってことでしょ?精神論でどうにかにゃる問題じゃにゃいなー。その子の自業自得と思うにゃ。おいらは」
「だから協力する気が起きない」とロストマンは言いたいのだろう。だが既にこの国に潜伏している。そしてその場所が特定できていない。今まで灰の魔女を殲滅できていないのは奴らが巧妙に姿を隠すから。あらゆる結界や空間魔術を用いて一般人の中に紛れ込んでいる。凄腕の魔女でさえも見つからないのならこの猫に頼むしかない。
────頼むしかないのだが、「自業自得」その言葉はミントの癇に障った。
「判断力を幼い女の子に求めるなんて酷じゃない?ずっと言えなかった。心配させたくなかった。でも無意識に他人に縋りたくなった。その心を利用した人間が悪いのは当然だよ。奪われた人間が悪いんじゃない。奪った人間が悪いんだよ。この町の人間を見てわかんない?生きていたいのに、幸せになりたいのに一歩届かなくて罪を犯してしまった。君だってすごい人間なのに罪を犯して世界から狙われてる。それを自業自得だと思ってたの?」
ミントの反論を聞き終えたロストマンは憎々しげに一言漏らす。
「………めんどくさいやつだにゃ」
その一言にさまざまな思いを含ませ、ロストマンはサバの骨をゴミ箱に向かって投げる。
その骨はゴミ箱の中に入らず、その横に落ちる。だが意に介さずロストマンは話を続ける。
「おいらは手助けをするだけだにゃ。この国を守るのはお前らだからにゃ。ケツは自分で拭くにゃ。この通信石の宛先に書かれてるスピカって名前の女にゃんだけど」
そう言うとロストマンはアンナの通信石の履歴を一通り確認する。
そして導き出した答えは────。
「この名前、50年前に死んだ女と同じ名前にゃんだよね」
2人は驚愕の表情でロストマンを見る。
「デルフィは知らなかったのかにゃ?まあ、あまりニュースにならなかったし死体も上がってないからにぇ。世間では行方不明扱いだったにゃ。遺族は今も皺だらけで捜索してるみたいだにゃ」
────50年前、ミルモタウンという小さな集落で1人の女学生が恋人の陰部と舌を切り落としたという凄惨な事件があった。2人は同じ家に住んでいたのだが近隣の住民曰く、いつも喧嘩が絶えず、騒音被害を起こしていたと言う。そんな中、そのスピカという女学生は目の前で彼氏を殺害され、彼女自身も行方をくらましていた。証拠として残されていたのは彼女が唯一連絡を取り合っていた友人への手紙のみ。
「魔女警察のデータにも残っていない。それに50年前。今の魔女たちの記憶には消し去られても当然。今回の事件はデルフィの言う通り灰の魔女の仕業で間違いにゃいな。それに死人の名前を騙って女児に殺し合いをさせる変態なんてあいつしかいないにゃ」
───ブルグマンシア。その名前を口にしたとき、点と点が繋がった気がした。
「やはりそうですか………奴の手口はあえて自分がやったと言う証拠を残すこと。遺体や指紋、DNAを残すことで魔女たちをあえて泳がす。自分が絶対に捕まらない。殺されないとわかっているからこその余裕です」
デルフィニウムはそう言って唇を噛む。
「そのくせ自分のアジトだけは厳重にセキリュティを強化する。用意周到な女だにゃ。バレたとしてもそのアジトごとターゲットを破壊して次のアジトに移る。そうやって各国を転々としてるにゃ」
「なんで魔女の人たちでも知り得ない情報をそこまで知ってるの?」
ミントの疑問にロストマンは愚問とばかりに答える。
「それはおいらが2回もブルグマンシアのアジトを特定したからにゃ」
満足げにロストマンは胸を張る。
「1回目は灰の魔女の情報を魔族などの住民に売り渡すため、ついでに過去の情報や犯行の手口を特定したにゃ。2回目はある恐い人に依頼されたからにゃ。2回目の時に本人に襲撃されて半殺しにされたから、もう関わりたくにゃかったんだけど………」
そこに言葉を止め、ミントの方を見つめる。
「こんな細い弱々しいガキに説教されたら、ロストマンの面目がたたないにゃ。それにブルグマンシアなんて力以外はおいらに及ばない雑魚だから、久しぶりにからかってみたくにゃったな」
理由が不純だが、彼にとってそれが全てなのだろう。
「力だけなら僕とデルフィさんに任せて。君が協力してくれるだけで嬉しいよ」
「チッ!」
望んでた返答が来ず、ロストマンは舌打ちをする。取り出した猫じゃらしで背中をかきながらロストマンは外の空気を吸う。
「まずは奴の出自、そして特徴と手口。全ておさらいしてから計画を実行するにゃ。まだ時間はあるにゃ。ゆっくり、でも迅速に行動を起こすにゃ」




