第3話 素敵な花屋さん
「アンナ、ミントさんもう寝た?」
「うん、気持ちよさそうにすやすや寝てるよ」
薄暗い部屋の中で、アンナとチロルは椅子に座りながら話していた。
「衣服の中に追跡石は入れた?」
「うん、これでアンナ達が学校いってても追えるようになったよ」
追跡石とは魔法使いたちが編み出した魔法石のひとつ、対象に忍ばせることで、いつでも対象の位置情報を掴むことが出来る優れものだ。
「ここまでする必要あるかな?今日の様子も見ていて悪い人に全然見えなかったけど」
アンナはチロルに疑問をぶつける。
「そうやって騙されたことが何回もあるからだよ。優しそうに見える人ほど、心の底では何を考えているかわからない。しかも相手は前科1000犯だよ?真偽がどうであれ監視を怠っていい理由にはならない」
「そうだね......」
アンナは渋々納得する。チロルはベッドに移動する。
「ずっと起きてると遅刻しちゃうよ?今日はもう寝よう。」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ......」
アンナはベッドに潜る。暗くなった部屋には、つぎはぎだらけの衣服がポツンと置いてあった。
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「これくらいでいいかな...」
暑い日差しの中、アンナとチロルに押し付けられた草むしりを終えたミントは休憩がてら町に出かけた。理由は無論、灰の魔女の調査だ。
アンナとチロルに渡されたマスクとサングラスをつけ、いかにも怪しい風貌で町を歩くミントは、町の人達の会話に聞き耳を立てていた。
大半が他愛のない会話だったが、その中でひとつ、有力な情報があった。
「東のリーカス共和国、灰の魔女によって一日で滅ぼされたらしいよ」
リーカス共和国とはバラッド王国に近い小国のことだ。魔法石が数多く採掘され、バラッド王国にも輸入されていたのだが、それがわずか1日で滅亡したということ。
「(バラッド王国の弱体化を図るためか...)」
まだこのバラッド王国には被害は出ていない、だが灰の魔女の魔の手はすぐそこに迫っているということだ。
それ以外は特に有力な情報はなかった。今日はこの辺にしとこうと、そう思って家に帰ろうとしたところ、道の脇にポツンと小さな花屋さんがあったのだ。
その店主はアンナと同年代くらいの小さな女の子。愛おしそうに花を編んでいる彼女にミントは気になって声をかけた。
「こんにちは」
「こんにちは、いえ、いらっしゃいましてですね。このお店に来るのは初めてですか?」
三つ編みに丸メガネをかけたそばかすの少女は、明らかに怪しいミントを見ても顔色を変えずに対応した。
「少し気になっちゃって、おすすめのお花があるなら買いたいなって」
「ありがとうございます。うちのお花屋さんは花かんむりや花束を作ってます。特に要望などがなかったら、私がお客様の好きそうな花をプレゼントしますよ?」
「なるほど、じゃあ店主さんの好みで作って欲しいな」
「ありがとうございます。じゃあ今日は特別に作り方を見せますね」
少女は袋から種を取り出すとその種に少し力を加える。すると種は緑色に輝き、緑色のオーラを身に纏う少女の手のひらの上で花へと成長したのだ。
「すごい!」
「これが私の特殊能力です。名前はまだつけてませんが」
少女は植物を成長させる能力が使えるらしい
特殊能力とはこの星で10人に1人が発現するもの、発現方法は人それぞれで、突然目覚めるものもいればトラウマなどの精神的要因で覚醒するものもいる。戦闘用からあくまで生活補助としての用途のものなど、その人の性格や感性によって得る能力が違う。
「私は世界を暴力じゃなく幸せで平和にしたい。そう思っていたら突然覚醒しました。私は自分だけに与えられたこの能力を活かしたくてこのお店を始めたんです」
微笑みながら少女は言う。そして慣れた手つきで花束を作っていく。
「この白いアネモネの花言葉は「真実」「希望」「期待」です。誰だって打ち明けられない想いはありますよね。恋だけじゃない、過去の罪や後悔、本当に人それぞれだと思います。でも信用できる人に打ち明けられたら、その人は勇気があって素晴らしいですよね」
ミントは花束を受け取る。自分の犯した罪はほとんどがでたらめだ。だが世間の中ではそれが事実として成立している。いつか大衆の前で、自分の気持ちを打ち明けられたらどれほど楽か、ミントはそう思った。
「お代は安くしておきますよ。またのご来店をお待ちしております。」
「ありがとう、また来るよ。」
マスク越しの笑顔で返し、ミントはお金をちゃんと払って店を後にする。
「綺麗だなぁ」
ミントは上機嫌で帰っていた。そのミントの目に、ミントにとっては1番避けたいであろうあの存在が写った。
ミントと同じく黒いローブを羽織り、黒い三角帽子を被った、金髪の碧眼少女。その分かりやすすぎる姿を見たミントは眉唾を飲む。
そう、魔女警察だ。
ミントは平静を装い、フードを深く被って通り過ぎようとする。だが
「ちょっとそこの人、止まってください。」
呼び止められてしまった。
振り向けないミントに女は話を続ける。
「私は魔女警察のデルフィニウムです。疑ってるわけではないです。ちょっと軽い質問に答えて欲しいです」
デルフィニウムと名乗った女は拙い敬語でミントに取り調べをする。
「あなた、どこの国の人ですか?」
「ロッテンカク王国です」
「職業は?」
「旅人です」
「旅人は職業じゃないです」
「大工です」
汗が止まらない。だが乗り切らねばならない。その後も質問は続く。
だが、恐れていた事態がくる。
「フードと、サングラスとマスクを外すです」
「...」
「外さないのはやましいことがあるですか?」
こんなにもこの拙い敬語が恐怖に感じることもなかった。どう乗り切ろう、脳みそを回転させて考える。
「あー!」
ミントは天を指さして叫ぶ。
「そんな古典的なのには引っかからないです」
子供っぽい口調なのに子供だましが通じない。ミントは絶望した。
もう逃げるしかない、踵を返そうとしたその時
「お兄さーん!」
先程の花屋の少女が戻ってきたのだ。
「え、君はさっきの......」
「お兄さん探したんだよー?すぐ迷子になるんだから!さ、帰ろ!」
少女はミントの手を握り、デルフィニウムの静止を振り切り、帰っていった。
まんまと振り切られたデルフィニウムはため息をつく。
「仕方ないです。ああいうのにはわたくしは弱いですから。パトロールに戻るです」
デルフィニウムは仕切り直しとばかりに、箒にまたがって飛んでいった。
ある程度歩くと少女はミントの手を離す。
「大丈夫でしたか?」
「うん、ありがとう、助かったよ」
「よかった!」
少女はにっこりと笑う。
「魔女警察の方々は最近敏感ですから仕方がないです。灰の魔女に憧れて凶行を起こす人だっていますから......」
「そうなんだ」
「そういえばお名前なんて言うんですか?ずっと気になったので」
「名前?ミ......いやいやジョニーだよ!」
「ジョニー!いい名前ですね!私キャロルって言います!よろしくお願いします!」
キャロルはペコッと頭を下げる。
「またお仕事に戻りますけど、何かあったらすぐ連絡をください、お待ちしてますよ!」
そう言うとキャロルは駆け足で去っていった。
ミントはその後ろ姿に手を振る。
バレたくなくて嘘をついたが、自分の真実を打ち明けられなくて、ミントはもどかしさを感じた。