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青藍の勇者  作者: 無眠
第2部 アルティメット・エボルヴ
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第27話 取り返しがつかなくなりました

孤独だった。友達が欲しかった。自分の身の上を話した。でも理解されなかった。

仲良くしてくれると思った。あなたが私のことが嫌いでも、私はあなたのことが好きだから。

いつかまた笑いあえたらどんなに良かったか、そんなタラレバも今となっては後悔にしかならない。

 ジャスミン小学校の入学式、アンナは初めて出会うクラスメイトに緊張を隠せなかった。


 家庭の事情で幼稚園なんてろくにいけなかった。そんな中で義理の母親が自分を何とかして小学校に入学させた。


 まだ人付き合いもろくにできなかったので、いろんな子供たちがいる中でアンナは1人挙動不審に辺りを見渡していた。


「大丈夫?」


 そんな自分に声をかけたのは紫髪の女の子。こんなに人がいて、アンナと同じように緊張している子どもたちがいる中で、彼女だけは毅然とした態度で振る舞っていた。


「う、うん。人がたくさんいて、こわくって、ママやお兄ちゃんもいないし……」


 アンナは視線を泳がせ俯きながら呟いた。


 女の子はおもむろに手を差し出す。


「お母さんもお兄ちゃんも体育館で待ってるだけだから、怖くないよ?私たちも早く行こう?」


 笑顔でそう言ってくれた。


 先生が入ってきて子供たちを整列させると、体育館に移動した。そして入学式が始まる。


 アンナと女の子は隣の席だった。


 周りにたくさんの人がいた。心臓の鼓動が止まらなかった。親や兄を探してキョロキョロと辺りを見渡した。


「大丈夫。この後お母さんやお兄ちゃんに会えるから」


 不安げなアンナを女の子は励ましてくれた。


 校長先生の話は長く、思わず寝てしまった。怒られるとは思っていたが眠気には勝てなかった。入学式が終わると女の子が話しかける。


「さっき校長先生が話してた時寝てたでしょ?」


 その問いにアンナが照れ笑いを浮かべる。


「私も眠たかった。お話長いもんね?」


 女の子はそう言って屈託のない笑みを浮かべた。そして女の子はアンナのネームを指差してこう言う。


「アンナ……っていう名前なんだね!」


「う、うん。あなたはレイナって名前?」


「そう!レイって呼んでいいよ!レイナとアンナって紛らわしいもんね!」


「レイちゃん……」


 これがはじめての友達というのだろうか。心が躍った。年齢は同じだがその雰囲気も相まってアンナにとってレイナは姉のように見えた。


 これからも友達として関わっていきたい。そう思った。


 ────その想いは蓄積する年月と共に消え去っていったのだが。








「どうしたのアンナ……?殺さないの?」


 今アンナとレイナはいじめられっ子といじめっ子の関係にあった。それを聞いた第三者が2人の殺し合いを眺めている。そんな凄惨な現場が小屋の中で起きていた。


 目隠しは外され、口を塞がれ縛られたレイナは憎悪と怯えの混じった顔でアンナを見ていた。


 相当な恐怖を味わったのか、目には涙を浮かべ、下に黄色いシミが付着している。


 アンナは錆びたマチェーテを持ってレイナの眼前に立っている。


 この凄惨な現場を作り出した張本人、スピカは何も起こらない光景を見てあくびをしていた。


「せっかく凶器を手に取ったのに何で使わないの?早くしないと日が暮れちゃうよ?」


 手が震える。人なんか斬ったことがない。でもやらなきゃ自分が死ぬ可能性がある。だからやらなきゃいけない。


「憎いんでしょ?殺したいんでしょ?だから私はこうやって復讐の機会を作ってあげてる。このチャンスを逃しちゃダメだよ?アンナ」


 甘い言葉でスピカはアンナに語りかける。


「そうだ。やりやすいようにしてあげる」


 そう言ってスピカは縄を解く。解き放たれたレイナは本来なら逃げるはずだがそれができず無造作に地面を這いずる。そして四つん這いを強いられアンナを見上げる態勢を取らされる。


「これでいいでしょ?その子のうなじめがけてマチェーテを振るえばいい。そしたらその子は死ぬ」


 指で首をひく。そんなジェスチャーをしながらスピカは目を細め笑う。


 アンナはゆっくりとマチェーテをあげる。一呼吸ついてそれを振るおうとするがその腕を脳が止める。何度も息を吐く。涎が垂れ、目の焦点が合わなくなる。


 首元で静止したマチェーテを見てスピカが苛立ったような声をあげる。


「………いつまで待たせるつもりなの?」


 四つん這いで子犬のように震えてるレイナの頭を踏みつけながら、スピカはアンナの胸ぐらを掴む。


「まだ躊躇してる?まだ昔みたいな関係に戻れると思ってる?こいつはもうアンナの友達にはなれないの。私はこいつみたいな人間を何度も見てきた。アンナのことを人として見てないやつが、アンナのことを心の底から見下してるこいつが、生きてたらアンナの足枷にしかならないの」


 アンナも声と足を震わせながら反論する。


「でも………できないの………!レイちゃんは友達なの……!またアンナと仲良くしてくれると思ってる!だから殺すことなんてできないの!」


 涙と鼻水で顔が汚れる。その言葉を聞いたスピカは掴んだ手を外し、踏みつけているレイナの頭から足を退ける。


「こいつにできるのは償いだけ。できないなら私が手伝ってあげる」


 スピカは人差し指をクイっと曲げる。するとアンナの思考回路を奪い、まるで傀儡のように動かしてみせた。アンナの目から光が消え、腕を棒のように下げてしまう。


 スピカが脳に「殺せ」と指令を送る。アンナはロボットのような二足歩行で歩き出すとレイナの前でマチェーテをあげる。


 レイナもアンナも操られ身動きが取れない。レイナはロボットのように無表情のアンナを見て必死に何かを訴えかけ首を振る。だがその言葉があんなに届くことはない。


 スピカはレイナの口を縛っていた縄を外す。そうするとレイナの伝えようとしたことがわかった。


「助けて」や「やめて」などの必死の嘆願だった。


 スピカは人差し指をそのまま下ろす。それと同時にアンナがマチェーテを振り下ろす。


 ───血飛沫が舞い、ぼとりと落ちるナニカ………。それはレイナの首ではなく、レイナの左肩だった。


 大量の血の噴水が流れる。その肩は腕ごと落ち、小屋の中で血溜まりが一気に広がった。


「──────!!!!!!」


 レイナは声にならない叫び声をあげ、のたうち回る。


 レイナから噴出した血が顔に付着し、アンナは正気に戻る。


「……?」


 マチェーテにべっとりとついた血痕、自分の顔についた返り血、落ちた左肩。欠損部位を抑えのたうち回るレイナ。血溜まり。


 脳が状況を理解した時、そのキャパシティごと、胃の中のものが全て口から放出する。


「おぉぇぇぇ…………」


 膝をつき、必死に吐瀉物を吐く。無意識だが自分がやったことは間違いない。


 自分の手でかつての友を傷つけたのだ。


 その光景を、スピカは返り血を拭きながら説明する。


「ちゃんと首を狙うように指示したんだけど、能力への耐性があったのか、脳が無意識に制御をかけたのか、左肩を狙っちゃったみたいだね。それでも結構深くいってるから、ほっといたら死ぬよ」


 淡々と説明するスピカをアンナは見上げる。


「なんで……こんなこと……」


 スピカは唇にリップクリームを塗りながら答える。


「アンナが好きだから」


「そんなの……嘘でしょ………?好きな人にこんなことさせて……」


「好きな人だから自分で蒔いた種を刈り取らせたかった。私がやっても意味ないじゃん。それにね。今のアンナ、とっても可愛いよ?」


 スピカの表情が悦で歪む。愛おしそうなものを見るかのようにアンナを見つめる。


「返り血と吐瀉物と涙が混じって、すごく美しく感じる……。綺麗な子が汚くなるのって、こんなにえっちなんだね……」


 スピカはレイナの血を掬って艶めかしく舐めとる。


「で、どうするの?もうアンナ普通の生活には戻れないけど、私と一緒に暮らすか、10歳なのに豚小屋に入るか。どっちが幸せなんだろうね?」


 アンナは血溜まりの上でへたれこむ。レイナに目をやると、もう何も喋っていなかった。


 ───死んだ。自分が殺した。


 思い出すのは義理の母親と義理の兄、そしてあの指名手配犯。相談する機会はいくらでもあったはずなのにこうなった。


 不幸な人生だった。


 子鹿のようにふるえ、股から水が流れる。立ち上がれない。喋れない。そんなアンナの額にスピカは口づけをする。


「大丈夫だよ……。私が守ってあげるから。世界中でアンナのことを理解してあげられるのは、私だけだから……」


 そういって抱きしめる。


「───だから、私のために死んでね」


 その言葉を最後に、アンナの意識はプツリと切れた。




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