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青藍の勇者  作者: 無眠
第2部 アルティメット・エボルヴ
25/54

第25話 言われたって困る家庭の事情【挿絵あり】

「家族から見た自分はどういう存在か」


 そう聞かれた時、アンナは言葉が詰まった。人の気持ちはどう頑張っても完全に読むことができない。家族から見たらどう思われてるか、そう聞かれてもアンナは理解することができなかった。


「もしかしてわかんない?さっきの発表みたいに自分が思うことを口に出せばいいだけよ?」


 レイナは影を秘めた笑顔でじっとアンナを見つめる。雰囲気でわかる。解答なしでは成立しないのだ。この問題は。


 アンナは手をぎゅっと握りしめ口を開く。


「えっと…アンナは…」


 しどろもどろになりつつ出そうとした答えはレイナの拳によって阻まれる。


 拳が腹に打ち込まれ、アンナは膝を突き嗚咽する。


「えっととかいらないから。普通に喋って?」


 レイナは苛立ちを隠さずアンナを見ろしてそう言った。


「か…家族から見たアンナは…きっと、パパとママが幸せになって欲しいって気持ちを込めて産んだから、家族はアンナのことを幸せにしたくて、幸せの種を残して産んだんだと思う……」


「幸せの種。ねえ……?」


 レイナは訝しげに呟く。さっきも母親が自分のことを思ってる。なんて言ってたが、本当にそう思っているのだろうか?


「幸せにしたくてアンナちゃんを産んだなら、なんでアンナちゃんのお母さんはすぐに死んじゃったの?」


「そ……それは」


「それに質問に対しての答えがおかしいけど、家族から見た自分、もしかしてそれがわかんないの?大切な存在とか、いらない存在とか、色々あるでしょ?」


 アンナはうなだれる。彼女は理解力がない。レイナは鼻で笑う。親もアンナを大切にしたのなら、なぜアンナの“今の”親は家を空けてる期間が多いのだろう?


「質問を変えようか?親はアンナちゃんのこと好きって言ってくれてる?」


 レイナはアンナの顎を掴むと、質問を変え、再度アンナに問う。気を使うのはめんどくさいがまあいいだろう。こっちの方が答えやすいはずだ。


「言ってくれる。毎日大好きって、愛してるって……」


 アンナは涙を滲ませながら答える。


「偽物の母親に言われる愛してるってどんな気持ちなの?」


 レイナは冷たい視線でアンナの心を折ろうとする。


「偽物なんかじゃない。お母さんは、アンナ達のことを大事に思ってる……。アンナ達のことをいつも大事に思ってる……」


「大事に思ってるのに家にいないのっておかしいよね?仕事だからとか言い訳にならないよ?」


「(泣いてる)」とレイナは思った。親を侮辱された怒りと悲しみが混じった表情をしているアンナをみて、少し怒りが湧く。アンナの髪飾りを無理矢理取り投げ捨てると首を掴んで押し倒す。


「なにその顔?私にそんな顔していいと思ってる?」


 掴む力が強くなる。アンナは嗚咽をしながら酸素を求め、涎を垂らす。レイナは手を離すと、アンナの髪を掴んで起き上がらせる。


「ねえアンナちゃん。本当に大切なら、アンナちゃんがこんな目にあったらすぐ助けるよね?本当に大切にしてるなら、アンナちゃんが匿ってるホームレスなんか、危ないからすぐ追い出すよね?」


 アンナはなにも答えられなかった。怖かった。自分が正しいと思ってした行動が、本当に正しいのかわからなくなった。


「はいかいいえで答えてよ。アンナちゃんは自分のこと大好き?」


 アンナは首を横に振る。


「お兄ちゃんのこと大好き?」


 アンナは首を縦に振る。


「あのホームレスのこと好き?」


 首を縦に振る。好きだから匿った。好きだからあの時助けた。でも自分の髪型を褒めてくれなかった。それでもまだ心の中に好意がある。これは嘘じゃない。


「もう死んじゃったパパとママのこと、好き?」


 首を縦に振る。記憶はもう薄れていっているがアンナのことを大切にしてくれたことだけは覚えているから。


 レイナはじっくりとアンナを舐め回すように見る。


「なんでこんなこと聞くと思う?」


 レイナはなおも問う。わからない。なぜ自分はこんな仕打ちに遭ってこんな目に遭っているのか理解が追いつかない。


 レイナはアンナの顔を殴る。そしてなおも問う。


「同じこと言わせないで?なんでこんなこと聞くと思う?」


「……………わかんない……」


「自分で考えることできないんだ?」


 レイナは肩をすくめる。他人が激怒してる理由がわからないなんて会話している意味がないのではないだろうか?


「あなたが馬鹿で無知で、家畜みたいな生き方をしてる以外にないでしょ?」


 レイナは自ら答えを教えてあげた。これは優しさだ。どうせこのまま考えてもわからないのだから自分で言ったほうが早いと思ったから。


「綺麗事ばかり言って先生を喜ばしても、私が納得できる答えを出すことができなかった。綺麗事で世の中回らないって自分で証明しちゃってる。アンナちゃんは直線的に動いてるだけなのよ?パパとママが早く死んじゃったから教えてあげられなかったのは残念だけど、それに甘えるようでは成長できない」


 いい終えるとレイナはアンナの袖を捲るとその白い肌にカッターを突き立てる。


挿絵(By みてみん)


「───!!!」


「声出したらもっと痛い目に合わせるから」


 痛がるアンナを凍りつくような声色で制止するとレイナはその肌に十字の模様を刻んでいく。血が浮き出て、垂れる。アンナは唇を噛み必死に痛みに耐えていた。


 レイナは舌なめずりをしながら嬉々として傷を刻んで行く。細く長い傷を刻み終えるとレイナはカッターをしまう。


 見下ろしながらアンナの表情を眺める。恐怖に満ちた。逆らう意志などかけらもない哀れな顔だった。レイナは震えるアンナの身体を抱き締める。


「その傷に誓ってね?汚い自分も愛するって、能無しで意気地無しの自分をこれからも背負って生きていくって」


 そう言って頭を撫でる。無論建前に過ぎない。だが、こうやって飴と鞭を交互に使い分けることで逆らうことなんてできなくなる。レイナは虐待なんて受けたことはない。だが、これまでにアンナにやってきた行為と、そこらにいた動物で試した実験がそれを証明していた。


 アンナを突き飛ばす、地面に肘をついてもなお、アンナは立ちあがろうとしなかった。


「じゃあね!もう日が暮れるから帰らないとダメだよ!」


 影を潜ませた笑顔でレイナはアンナにそう言った。


「…………今回のことは、私たちだけの秘密だよ?」


 そう言ってレイナは立ち去った。



 ────物が散乱した鞄を持ち、血が滲むうでを抑え、アンナはゆっくりと立ち上がる。


「……………」


 何度も、こんな仕打ちはされてきた。


 その度に耐えてきた。


 どんなことを言われても無視した。


 誰にも言えなかった。言ったら心配されるから。


 家族の前では笑顔でいれるように取り繕った。明るい自分を演じた。


「……………」


 誇りを払い校門に出る。足元がふらつく。喉が気持ち悪い。壁にもたれかかり、深呼吸をする。


「おぇぇ………」


 胃が逆流し、口から胃液が溢れ出す。これまでにない不快感だった。心に限界がきたのか。さっきも言ったが、この出来事は初めてではない。


 なのに、


 ───なのにどうして、こんなに、悔しいのか、悲しいのか。


 声を押し殺して泣くのに一生懸命だった。


 ポケットから通信石を取り出す。そして黙々とボタンを押し始める。


『アンナ:スピカちゃん』


『スピカ:どうしたの?』


「……………」






『アンナ:たすけて』

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