第24話 普通
「普通」
このフラワー星に生きてる人類が平然と口にする言葉。
どこにでもいるような一般的なありふれた存在のことを指すんだろうが、悲しいかな、普通の人間なんて周りを見渡してもなかなか存在しない。
普通の感性 普通の性格 普通の家庭環境 どれをとっても必ずそこに異常性というものがある。
その解釈で言えばレイナも「普通」ではないのだろう。
家庭環境で言えばレイナは普通を通り越した、誰もが夢見るような素晴らしい家庭だった。
親は大臣、自分は優等生。これのどこに不自由があるのだろうか。
一般ではないが不自由なしの暮らしをおくることができてる。欲しいものをねだればもらえる。生活用品も全て揃っている。欲しいもの全てを買っても資産が残るくらいにお金もある。
一般家庭もそんなものだろう。レイナの暮らしに惹かれ、上辺だけの関係を築いてる取り巻き達もレイナの価値観での「普通」の生活をおくれている。
自身もしくは親族が身体になんらかの障害を負っている。生活が崖っぷち。そんな存在はレイナにとっては蟻のようなものだ。必要最低限のことができてない劣等生は必要ないのだから。
いつも朝の6時には目が覚める。パジャマからお気に入りの白いワンピースに着替え、母親の作った朝食を食べる。
時間通りに起きて美味い飯を食べれてる。恵まれているだろう。
父親は遅れて起きる。起きるなりレイナを褒めてくれる。
「レイナはいつも早起きできて偉いな」
レイナは満足げな笑みを浮かべる。ルールに従って行動するだけで褒められる。とても気分がいい。
「ありがとうパパ。パパもモタモタしてると遅れちゃうよ?今日もお仕事頑張ってね?」
「ありがとうレイナ。レイナは本当に優しいな」
「当たり前だよ。パパの子供だもん」
そう。当たり前。優しいことが弱いなんて風潮があるが、優しさで人を救うことだってある。だからレイナはこの優しさを常に内に秘めてる。
………まあ、優しくしてるのは「人間」だけだが。
「いってきます」
支度を全て終えるとレイナは家を出る。家に行くのに親の同伴が必要な子供がいるが、決まった道筋なのに同伴を求めてる時点で少し頭が弱いのかと感じてしまう。低学年なら仕方ないが、自分と同じ歳の人間がやっていると哀れに思えてくる。
ジャスミン小学校、この村にある100年もの歴史がある古い学校だ。バラッドにおける著名人を多く輩出しており、この国で一番の騎士もこの学校に通っていたという。
教室に入ると取り巻きの女の子達が声をかける。顔は自分よりも下、成績も下。だからこそ上の自分には逆らえない。そんな子達だ。
机を合わせていつもの面子と語り合っている。そうやって独自のコミュニティを形成している。そのコミュニティを作ったのはレイナだ。
「おはようレイナちゃん」
黒髪のお世辞にも可愛いと言えない太った女子がレイナに挨拶する。
「(だれだっけ……?ああ、ニーナって名前だっけ?)」
うろ覚えだがかろうじて名前は覚えていたので「おはよう」と挨拶で返す。
このニーナという女子は人の輪に入りたがっていた。そして周りに合わせることを極度に意識していた。気が利くし話してて楽しいので特に嫌ではないが彼女が大人になったら上の人間に良いように使われて生涯を終えるだろうとレイナは思った。
他愛もない会話をする。昨日のあれこれがどうだったかとか新しい服を買ったとかそんな他愛もない話。毎日メディアの情報は頭に入れているし服も可愛いものはほぼ全て集めているので会話にはついていけるが他にやることはないのかと感じる。
そうして時間を潰していると、ドアを開ける音が聞こえる。
入ってきたのは赤いサスペンダースカートを着た茶髪の幼児体型の女の子。髪型はポニーテルで瞳にはハートの模様が刻まれている──レイナのお気に入りである「普通」じゃない人間だ。
席はレイナと近い。少女は静かに自分の席に座ろうとする。レイナは少女の足を引っ掛け転ばせた。
倒れた少女を見下ろしながらレイナが醜く笑う。
「おはようアンナちゃん。髪型変えたんだね。アンナちゃんに髪型を変えるなんて発想ないと思ってたからびっくりしちゃった」
アンナと呼ばれたその少女は身体を起こして席に座る。
「あれ、私が挨拶したのに返さないの?」
レイナはアンナに近づき耳元でそう囁く。
「……おはようレイちゃん……」
アンナは小声で挨拶を返す。
彼女との出会いは入学式の時、涙目で突っ立っていたところをレイナが声を掛け仲良くなった。
あの頃は今と違いよく笑う子だった。でも少し頭が悪いのか、忘れ物をよくしていた。
小学生一年生なんてそんなもんかと思っていたが、アンナの頭の悪さは学年が上がるほどに顕著になった。
テストで70以上をとったことがなかった。簡単な算数すら30点をとるという頭を抱えるほどの知能の低さだった。
そんな人間を何度も見た。だからさほど気にならなかった。大人なのにレイナより頭の悪い人間だっているから。だがアンナは違った。
お互いの年齢が9歳になった頃、レイナはアンナにこういう質問をした。
「アンナちゃんの家はどんな家なの?お父さんとお母さんは何してるの?」
アンナは答えたくなさそうだった。
「私たち友達でしょ?誰にも言わないから言って欲しいよ」
「友達」という言葉を使ってそうお願いするとアンナは渋々答えた。
───親は6歳の頃に亡くなって、役人である母親が引き取って、上の学年であるチロルとは義理の兄にあたる。らしい。義母はなかなか帰ってこず、普段は義兄と2人で暮らしていて、家事なども一緒にやってるらしい。
腹を抱えて笑った。頭の悪さと家庭環境の悪さは直結するのだ。6歳で親が死ぬ。本来の責務を全うできず旅立つ。不幸な出来事だが、そのせいでこんな頭の悪い人間ができたなら、親は天の上で泣いているだろう。
義母と義兄のことは大好きみたいだが、血のつながっていない人間を本物の親と兄だと勘違いしているのか、それとも絆は本物だと抜かすのか、そこまでははっきりとわからなかった。
わかったのは、目の前にいるこの少女は普通とは程遠い哀れな存在だったというだけ。
───ならば、「普通」じゃない人間に人間としてのコミュニケーションを取る理由はない。
そして今に至る。上下関係以外何も変わってない。強いて言えばアンナは少し身体に変化が起きているくらいか。
「(身体だけは一丁前に色気付いて、動物みたい)」
レイナは鼻で笑う。先生が教室に入ってきたところで授業が始まる。
「(………つまらない)」
既に中学の問題も解いているため、小学校でやる問題が退屈で仕方がない。
あくびが出るほどつまらなく、寝てしまいそうになるが自分は優等生なのでなんとかそこは粘る。
そういえばアンナの教科書をこの前捨てたがあれはどうなったのかと疑問に思う。
「(お金もないのに買ってたら面白いな)」
クスリと笑う。生活するのがやっとだろうに教科書に金をかけられるわけがないだろうが。
6限目、道徳の授業だった。
いろいろな偉人などの話をして、それを自分で解釈して発表するもの。正直国語と混合してもいいと思うが、学校側の考えることはわからない。
今回のテーマは「家族について」
親について一人一人教えて欲しいとのことだ。
家族なんて自分達が生まれてから独り立ちするまでの期間を補う存在だろう。それ以上でも以下でもない。発表するほどのものなのか?とレイナは肩をすくめる。
先生はアンナを指名した。「家族についてどう思うか」という質問だ。
「これは明らかな人選ミスだろう」とレイナは腹の底で笑った。親のいない人間に家族についてどう思うかをたずねる。そういうお笑いだったら100点満点だ。完全に質問する相手を間違えている。一種の拷問だろう。とレイナは感じる。
「(でも興味深いわ。この子がどんな発言をするか)」
頬杖をついてレイナはアンナの方を向く。
アンナは少し考えゆっくり口を開く。
「……アンナは、いや私は、家族はどんなことがあっても切れない存在だと思ってます……」
そしてアンナは訥々と語り出す。
「私は、ママのおかげで、幸せに暮らせてる。だから、たとえ私が大人になっても、ママは私のことを大切に思ってる。どんなに離れても、私もママのことを思ってるし、ママも私のことを思ってる。家族というのは、産んだママと生まれた私との信頼関係だと思う……」
アンナの話を聞いた先生は思わずメガネを外して手を叩く。その解答が模範であったことの証明だ。そして、アンナはゆっくりと席に座る。
周りが称賛する空気の中で、レイナはアンナのことを憎々しげに見る。
そして授業が終わり帰りの支度を整えてるアンナに、レイナはゆっくりと近づく。
「アンナちゃん、さっきの発表。とっても良かったよ?ちょっと話をしようか?」
紫の瞳を憎悪を込め、レイナはアンナを中庭に連れ出す。
「(この女は、身の程を知ってもらわないといけないようね)」
穏やかじゃない精神を保ちつつ、レイナは口を開く。
「さっきの発表でも言ってたこと、逆に質問するけど、親にとってアンナちゃんはどういう存在だと思う?」




