第23話 半透明、レールから外れた人生
帰ってる道中、スピカは色々な話をした。
アンナと歳が近い妹がいること、魔法でこの国を守ること、そして色んなとこを旅して色んな人たちを助ける慈善活動を行ってること。たくさんアンナに話してくれた。
「偶然会ったアンナが悲しそうな顔してたからほっとけなくて、私困ってる人がいると助けたくなっちゃうの」
村までの少し離れた距離を二人は歩幅を合わせてゆっくり歩く。
「私とアンナが会えた。これはきっと運命だよ。私たちは巡り合うべき関係だったのかも!」
いうこと一つ一つが頭がとろけるように甘く優しい。かすかに匂う香水の匂いと、淡麗な容姿、透き通るような音色。全てが完璧な美少女だ。
「アンナ、スピカちゃんに会えてとっても嬉しいよ!まるで漫画の世界から飛び出してきたように綺麗で、アンナこんな可愛い人と話していいのかなぁ?」
アンナは疑問に感じたことを素直に言うとスピカは不思議そうな顔をする。
「アンナも可愛いじゃん?声も顔も、食べたくなっちゃうくらい可愛い!」
「可愛い」ミントにもこの言葉を言われたが、同性でしかも自分より可愛いスピカに言われると胸の鼓動が早くなる気がした。
「それにどんな顔でもどんな性格でもどんな生まれでもみんな人と話す権利はあるよ!色んな人と話すことで人は成長できるんだから!」
袖を掴みはにかむスピカにアンナは静かに頷く。
「そう、かもね。アンナ話すの苦手だけど、スピカちゃんに言われるとそうかもしれないって確信が持てちゃう」
「でしょ!?私色んな人と話してきたからわかるの!お家がない人も、身体が不自由な人も、アンナみたいに小さい子も私より年上のおじいちゃんも、話すことで仲良くなれるの!そうやって人の縁は繋がるの!」
眩しいくらい綺麗な言葉だった。汚い世界を見てきたアンナにとって、ここまで心が清らかな人間がいるのかと思ってしまった。
ミントにあの時声をかけたのも運命だし、スピカと出会えたのも運命だろう。人の縁というのはひょんなことで急に繋がる。そして深めていけばいくほど、その糸は硬くなっていく。
そんなことを思っていると、前方に見慣れた後ろ姿が見えた。
黒いローブを身に纏った刀を持った男──それは
「あ、ミントだ」
小声で呟く、その人は切っても切れない関係にありつつある少し訳ありな居候だった。
「おーい!」
アンナは手振り声をかけるとその声に反応しローブの男がこちらを向く。
「あ、アンナだ。帰ってくるの早いね」
ミントはそう言って二人の前に駆け寄る。
「アンナの知り合いの人?」
スピカがアンナにたずねるとアンナはミントの方へ向かいスピカに紹介する。
「そ!お腹すかせてるからうちに住まわせてるの!名前はミ……」
言いかけたのを男が慌てて口を塞ぐ。
「ジョニーです。よろしくお願いします」
「ジョニーさん!スピカです!よろしくお願いします!」
ジョニー、もといミントにスピカはペコリとお辞儀をする。
ミントはアンナから手を話し耳元で抗議する。
「僕一応指名手配犯なんだよ……?バレたら捕まっちゃうじゃん!」
「ごめんなさい……」
二人の様子にスピカは困惑しながら声をかける。
「あ、あの、どうしましたか?」
「いやなんでもないですよ!綺麗な人ですね!」
慌ててはぐらかすミントにスピカは口に手を当てて笑う。
「ありがとうございます。ジョニーさんも、すごく綺麗なお顔してますよ?女性の方なんですか?」
「いや、男です」
「そうなんですか」とスピカは相槌を打つ。艶めかしい動作にミントは少し魅了されかける。
「………女の子みたいだから、さぞかしモテるんでしょうね?」
そう言ったスピカのピンクの瞳がミントには若干光っているように感じた。妙な違和感があった。だがその違和感の正体が何かわからない。巧妙に隠してるのか、ただの偶然なのか。
「……そんなことないですよ」
少しだけ澱んだ空気を再び明るくしたのはアンナだった。
「今日一緒に会って、色んな話をしたの!アンナの髪型を変えてくれたのもスピカちゃんなんだよ!どう?似合うでしょ?」
そう言ってアンナはその髪をミントに見せびらかす。
「可愛いと思うよ。でも僕は前の髪型の方が良いかなって思う」
率直な感想を言ったつもりだった。今の髪型のアンナも可愛いだろう。だが二つ結びのアンナに見慣れたつもりだった。女性の髪型はよくわからないけど、見慣れた容姿の方が輝いて見えるから。だが、その言葉を聞いたアンナは浮かない表情を浮かべる。
「そ、そうなんだ」
褒められたかったから残念だった。肩を落とすアンナをスピカが慰める。
「ジョニーさんはいつものアンナが好きなんだよ。仕方ないよ。でも私はその髪型のアンナの方が大好きだな」
「やっぱり!?ジョニーと違ってスピカちゃんは優しいね!」
希望通りの答えをもらったアンナはスピカに抱きつく。
「随分、懐いてるんだね」
ミントはアンナの様子を見て目を細める。今日会ったばかりの人間にここまで懐くのも不思議だ。自分の時はあれほど疑ったというのに、同性だから心が開きやすいのか?それとも自分が髪型を褒めなかったから?
「ほ、ほらアンナ、ジョニーさん寂しがってるからジョニーさんの方にも行ってあげな?」
気を遣ってかスピカはアンナにそう言う。スピカの方が他人の気持ちを理解できるようだ。それにアンナはそろそろ帰らないと行けない時間だ。ミントは腰を屈め、アンナに手招きする。
「アンナ、おいで」
アンナは渋々ミントの方へ駆け寄る。スピカと別れるのが少し寂しいみたいだ。ここまで年相応の反応を見せるアンナも珍しい気がする。
「アンナ、大丈夫だよ。また会えるから。そのために連絡先交換したんでしょ?また会った時たくさん遊ぼ?」
スピカの言葉を聞いてようやくアンナの笑顔が戻る。それに笑顔で返したスピカはアンナに手を振る。
「またね!次会ったらアンナのしたいこと全部叶えてあげる!」
そう言ってスピカは去っていった。
───
その後の帰り道はほとんど言葉を交わさなかった。ミントが何を聞いても相槌を打つだけだ。そんなにさっきの返答が気に入らなかったのかとミントは思う。
「髪型のこと、まだ気にしてる?」
「そんなことないよ」
「じゃあなんでさっきからそんな素っ気ない反応ばかりするの?言ってくれないとわかんないよ」
「言わなくても理解してよ。ミントの方が大人なんだから」
アンナはミントとスピカを比べているのだろう。確かにミントは自分が少し子供っぽいことは自覚していた。スピカの方が大人の対応ができてたと思う。だがもう一緒に住んで3ヶ月くらいは経つだろうに今更そう言われてもただ困るだけである。
「僕だって理解するのも限界があるよ。アンナの気持ちを全てわかることなんてできない。そう言う能力があるなら別だけど僕はただの人間なんだよ?流石に無理があるよ」
苛立ちが募るだけだった。スピカの方が良いと思った。なんでミントはこうも他人の気持ちを考えられないんだろう。そう思った。スピカはアンナの気持ちを尊重して行動してくれた。アンナに寄り添ってくれた。ミントは違う。こういう時にもっともらしいことを言って自分を苛立たせるだけだ。
「………」
自然と歩く足が早くなる。今は一人でいたいという意思表示。ミントを置いて家へと帰る。ミントが後ろから何かを言っているが気にしない。今日は早く寝て明日またスピカと会おう、そう思った。
その時アンナの通信石が音を出す。取り出すと連絡した人間はチロルだった。メッセージの内容を見ると、『明後日久しぶりに二人でお出かけしない?』というお誘いだった。
「(そっか、明後日はアンナ達が初めて出会った日だもんね)」
6歳の頃、アンナは天涯孤独の身になった。そこをチロルの母に拾われ、2人は出会った。アンナは昔笑うことができなかったがチロルと関わっていくうちに笑顔を取り戻した。アンナにとって彼は兄であり恩人だ。
アンナは通信石のボタンを打ち込む。
『いいよ、今日時間決めよ。いちごのショートケーキ一緒に食べようね』
そう返信した。大事な兄と大事な友達、アンナにとってはそれが全てかもしれない。
希望に胸を膨らませながらアンナは静かに微笑んだ。




