第22話 足元に咲く1輪の百合【挿絵あり】
学校が嫌いだ。1人だと楽しくないから。何かしらの個性がないと友達ができないから。決まられたルールに従って行動する。最低限の人脈は作る。大人の言うことは必ず聞く。そういったものを求められる世界だから。
ただ1人なら自分だけの楽しみができるわけだが、アンナのような訳ありの人間は他人に注目される。
もちろん悪い意味でだ。
教室に入るとカーストが上の女子たちがくすくす笑うのが聞こえた。他のカーストが下の人間たちは彼女たちの行為に目を背けていたのだろう。ビクビクとしていて何も言わなかった。
わかりやすい。自分は何かされたのだ。アンナは直感でわかった。
机に落書きをされる。なんて典型的なものではなかった。引き出しを見る。だが引き出しの中には本来入っているものが一つもなかった。
「…………」
アンナは光のない目で犯人であろう女子グループを見る。
「どうしたのアンナちゃん。何か無くした?」
ケラケラ笑いながらリーダー格の紫髪の女の子がアンナにたずねる。
「教科書がないの……。レイちゃん何かした?」
アンナは「レイちゃん」、もといレイナに聞き返す。
レイナは椅子の上で足を組みながら答える。
「ああ、アンナちゃんもう来ないと思って全部処分しちゃった」
レイナは平然と答える。アンナは宿題と持って帰った教科書と筆箱しか残ってない。こんな状態で授業なんて受けられるわけがない。
「先生から借りればいいじゃん。それかまた買ってもらったら?」
目に冷気を纏いレイナはアンナにそう提案する。
「って、アンナちゃんのお家じゃ教科書すら買えないか!」
そう言って醜悪に笑う。他の女子も一斉に笑う。
こんな教室から一刻も早く離れようと、アンナは走って教室を出る。
教室を出たアンナを見て、取り巻きの太った女の子が、レイナに話しかける。
「見たあいつの顔!ほんと面白かったね!私たちに言い返すこともできないなんて笑っちゃう!」
頬杖をつきながらレイナは静かに語る。
「学校に来ないのが悪いのにね。普通のことができない子にお勉強する資格はないから。今頃教科書探しにでもいってるのかな?塵になった教科書取りに行ってどうするんだろうね」
そう言ってなおもアンナを侮辱する。
一限目は先生から教科書を借りてなんとか凌いだ。先生は心底嫌そうな表情をしていた。自分が学校を休んだことで責任を追及されたからなのだろう。教師という皮をかぶっていても自分の名誉と立場に関わることはやはり避けたい。だから先生はアンナのことが好きではなかった。
二限目は体育だった。アンナは体操服に着替える。
アンナはその時も自分の身体を揶揄われた。普通の人と違って成長が早い分、男には性的な視線、女子には嫉妬が混じった奇異な視線を向けられる。
「牛みたい」とレイナに嫌味を言われたが聞いてないふりをした。
好きでこの体型になったわけじゃないのになぜこういう目を向けられなくちゃいけないのか。アンナは湧き出す怒りをそっと抑えた。
ペアを組むことになった。アンナとペアになってくれる人間は誰もいなかった。仕方ないから先生と組むことになった。何度も孤独を実感させられる。この広い校庭と大きな校舎の前では、自分はちっぽけな存在だった。
苦痛にも感じる1時間を終え、着替えようとした。だが着替えの服はどこにもなかった。
「はぁ………」
ため息をつく。またやられた。犯人はきっとレイナだろう。さっと視線を向ける。
レイナもその視線に気づいたのだが、あっけからんと答える。
「私のこと犯人だと思ってる?」
「別に」
「じゃあ何でこっちを向いたの?アンナちゃんがなくしただけの可能性だってあるのに」
「そうだよねみんな」とレイナは他のクラスメイトに同調を求める。
クラスメイトは首を縦に振る。イエスとハイしか選択肢がない。ノーと言えば次のターゲットは自分達だとわかってるから。
「ほら!私じゃないのわかった?」
レイナはアンナに顔を近づけながら自分の無実を主張する。
「仮に私がやったとしても、あなたが私に反抗できる手段ないから……」
もう何も言えなかった。この子にはクラスメイトも教師も逆らえない。
レイナの父親は高名な大臣だった。バラッド王国の町を管理するほどの権力がある存在。だから学校もレイナには逆らえなかった。父親もレイナのことを表面上でしか見ていない。仮にこの行為がバレたとしても親の権力で揉み消せる。
一般家庭よりちょっと下のアンナには到底敵わない人間だった。
苦痛とも言える授業が全て終わった。こんな時に限ってチロルとは一緒に帰れない。
放課後に校舎を歩いていると、観察池に自分の衣服が浮かんでいた。泥まみれの衣服をアンナは素手で取り、ホースで洗い流す。何も考えてなかった。いつもの事だから慣れっこだ。
「今日は体操服で帰ろ」
服を袋に入れて一人で歩き出す。校門を抜け、市場へと出かける。
「色々買ってから帰ろっと」
ご飯はいつもチロルが作る。だがそのメニューを決めるのはアンナだ。そして生活用品の補充をするのもアンナ。特にミントはいつも怪我するから医療用品は必須だ。
「ミントに嘘ついちゃったな」
ミントに学校のことを聞かれるたびに「楽しい」とか「友達がたくさんいる」とか嘘をつく。正義感の強いミントだ。下手にいじめられていると言うと刀を持って学校に乗り込んでくるだろう。
それにミントも今や家族同然。家族に迷惑をかけるのはアンナは嫌だった。
「卒業したらあんな子たちともお別れできるしね」
そう思えば少しは気が楽だ。
生活用品を買い終え、次の目的地へ向かおうとすると、前にいた人とぶつかってしまう。
袋から買ったものが飛び出し、アンナは尻餅をつく。
「大丈夫?」
そう言って声の主は手を差し伸べる。見上げるとその人は黒とピンクのグラデーションが似合う。黒を基調としたファッションに身を包んだウルフヘアーの女の子だった。黄色い個性ある髪飾り、ピンクの瞳と大きな涙袋とアイライン、整った容姿にアンナは一瞬で心惹かれる。
「(き、きれい)」
思わず見惚れていると少女は心配そうに声をかける。
「おーい、起きてるー?」
手を上下に動かしながらそうたずねる少女にアンナはハッとし、立ち上がって手放した袋を拾う。
「う、うん!大丈夫!」
「よかった!」
少女は安心したような笑みを浮かべる。
「(笑った顔も綺麗……)」
同性なのに好きになってしまいそうな魅力があった。
「あなた、ジャスミン小学校の子?なんで体操服なの?」
少女はアンナの格好を不思議に思い、膝に手をつけそう聞いた。
だがアンナは答えようとしない。偶然会った通行人にする内容にしては重すぎるのもあるが、答えたくないというのが最大の理由だった。
「言いたくなかったら無理して言わなくていいよ。でもなんか心配になっちゃった。あの学校の子たちはみんな私服だから」
なんだか、この人には話したくなる。不思議とそう感じる。別にこの話しくらいはしてもいいだろうとアンナは口を開く。
「クラスの女の子に意地悪されちゃって、いつも着てる服池に流されちゃった……なかなか乾かなくて……お兄ちゃんにどう言えばいいかわかんなくて」
「そうなんだ……それは辛いね」
少女はアンナの気持ちに寄り添うかのように頭を撫でる。
「服ちょっと貸して?お姉さんが乾かしてあげる」
「う、うん」
アンナは濡れた服が入った袋を少女に渡す。
「ありがと、ちょっと広いとこ行こ?」
袋を受け取った少女はアンナの手をとり、近くの誰でも使える小屋に向かった。
小屋の中にテーブルに服を置くと、少女は手から風を放出する。
「お姉さん、魔法使えるの?」
「うん、お嬢さんみたいな困ってる子を助けるために覚えたんだ!」
そう言って少女は服を風の魔法で乾かしていく。
「よしできた!」
乾かし終えると少女は綺麗になった服をアンナに渡す。
「お姉さんありがと!服がピカピカになった!」
「どういたしまして!お嬢さんが笑うと私も嬉しい!」
少女は屈託のない笑みをアンナに見せる。
「それにしてもよくこんな小屋見つけたね!お姉さんバラッド王国の人?」
「そ!ここから遠く離れたゼータ地区のミルモタウンってとこに住んでるの!今日は旅行で来たんだ!自由に使っていいからお金もいらないし、よくここで寝泊まりしてるの!」
そう言って少女は椅子に座り化粧を直す。
アンナは少女が化粧を直してる間、そそくさと着替える。すっかり乾き切って着心地が良かった。
「ほんとありがと!お姉さん!アンナお姉さんと会えて幸せ!」
アンナは感謝を述べるが自分の名前をうっかりと言ってしまい思わず口を塞ぐ。
「(やっちゃった……。知らない人に自分の名前言っちゃった……)」
そんなアンナの様子に少女は眉をひそめる。
「どうかした?」
「いや、思わず名前言っちゃって、いつもの癖が出ちゃった……」
「そうなんだ。私は気にしてないよ。一人称が名前なのキュートで可愛いな」
「そ、そう?」
アンナは思わず照れてしまう。髪をいじりながら俯き平静を保とうとする。何故かこの人に褒められると心がドキドキしてしまう。自分を落ち着かせるのに精一杯だった。
「聞いていいかわかんないけど、アンナちゃんって学校でいじめられてるの?」
「うん……」
「そうなんだ……。どんなこと言われるの?」
「幼稚園生とか牛とかブスとか、あと教科書捨てられたり、チョーク投げられたり、下着盗まれたりする……」
少女は悲しそうな表情をする。自分より小さな子がそんな仕打ちを受けてるのを見て居た堪れない気持ちになる。
「お兄ちゃんやお母さんや先生には話した?」
「話してない。話せないの。先生は聞いてくれないしお母さんやお兄ちゃんは悲しませたくないから」
「でもお姉さんには話してくれたよね?どうして?」
「お姉さんは、信用できる気がするから」
アンナはモジモジしながらそう答える。根拠はないが彼女なら話をちゃんと聞いてくれる気がした。
「お姉さんとアンナは初めて会ったけど、今から友達にもなれるよ?アンナがなりたかったら、連絡先交換しよ?」
少女はそう提案する。アンナは顔を光らせ首を縦に振る。そして互いの通信石に連絡先を共有した。
「お姉さんの名前はスピカっていうの!普段はカフェで働いてるけど、アンナが困ってたらいつでも駆けつけられるよ!」
「ほんと!?じゃあ、頼っちゃおうかな!」
「いつでも頼って!あ、最後にちょっといい?」
スピカはアンナを椅子に座らせると櫛をとりアンナの鈴蘭の髪飾りを外し、髪を一つにまとめる。
「ほら見て!これでブスなんて言われなくなるよ!」
そう言って手鏡を取り出しアンナに見せる。
「わぁ!ポニーテールだ!スピカちゃん髪結ぶのうまーい!」
「でしょ!?」
アンナはまじまじと鏡を見つめる。二つ結び以外の髪型をしたことがなかったのではじめての違う髪型に胸がドキドキした。溢れる笑みを抑えながらアンナはスピカに話しかける。
「アンナもいつかスピカちゃんみたいなメイクしてみたい!」
「いいよー!アンナだったらきっと私より可愛くなれるし!」
そう言って二人は笑い合う。はじめて年上の女の子と友達になれて嬉しかった。帰ったらチロルとミントに自慢してやろうと思った。
「もう日も暮れるし送ってあげる!二人で手を繋ごう!」
「うん!これからもよろしくね!スピカちゃん!」
そう言って二人は小屋を後にした。今日の出来事はこれからも一生アンナの記憶に残り続ける。そう思った1日だった。




