第20話 災難な時はとことん災難な毎日
家に着くと開口一番チロルから怒鳴られた。
「こんな時間まで何してたの二人とも!アンナは学校サボっちゃって、先生も心配してたんだよ?」
チロルは玄関先でミントとアンナを詰め寄る。面白いからという理由でミントについて行ってしまったせいで、先生たちがアンナを探していたらしい。
「ごめんなさい……」
二人は俯き、申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を口にする。
チロルは大きくため息をつくと二人を居間に招く。
「とりあえずご飯食べながら話しよ。先生には明日僕が謝っておくから」
そそくさと玄関を後にし、夕食の支度をする。怒られた二人は談笑することもなく正座をしながらチロルを待っていた。
その姿を横目で見ながらもチロルは黙々と作業をする。
ミントの姿を見たところ、また何か無茶をしたのだろう。傷跡が残り、土で顔が汚れていた。アンナはミントが心配だったのだろう。でもそれが自分に迷惑をかけていい理由にはならない。兄である以上常に妹のことを見ておかねばならないのだから。
「でも無事でよかった」
チロルはポツリと言葉をこぼす。
「ご飯できたよ二人とも」
チロルはそう言って二人のいる居間に入っていく。
食卓にご飯が置かれてもなお、二人は縮こまっている。アンナはともかくそこそこいい歳しているであろうミントまで縮こまっている。チロルは苦笑しつつも二人に話しかける。
「そんな顔しないでよ。ご飯が美味しくなくなるじゃん」
チロルは行儀良く座り二人の前に箸を置く。少し調味料をかけ、二人に目線を移す。
「正座しなくていいから」
言葉を聞いてようやく二人は体勢を崩す。アンナは足が痺れたのか少しふらつく。
「アンナはミントさんが心配だったんでしょ?ミントさんは顔見たらわかるよ。色々頑張ったんだよね。お疲れ様。アンナも無事でよかった」
チロルは労いの言葉をかける。緊張が解けたのかアンナの顔に笑顔が戻る。
「明日はちゃんと学校行って、先生にごめんなさいしようね」
チロルはアンナに優しく言いつけるとアンナは「うん…」と少し不服そうな表情をしていた。
「ミントさんは服汚れてるし、ご飯食べ終わったらお風呂行って今日は早く寝よう。明日も忙しいでしょ?」
「うん、ありがとう」
ミントは軽く頭を下げ感謝の言葉を口にする。チロルのその毅然とした姿はどこか母親のようで安心感があった。
食事を終えるとミントは真っ先に風呂場に行き、湯船に浸かっていた。
「………」
あの勇者の少年のことを思い返していた。最初はただプライドが高いだけの人間だと思っていたが、彼には彼なりの矜持があって追い詰められてもなお意志を曲げることはなかった。実力は自分には及ばないだろうが、彼は勇者の心をしっかり持っていた。
「……また会ってみたいな」
次会ったらもっと強くなっているだろう。そんな期待感が胸を躍らせる。
ふと湯船から脚を真っ直ぐ出し浮かせてみる。
水滴がポツポツと湯船から落ちる。腕も脚も、他人と比べて極端に細い。胃が小さいからなのか白米を一杯食べるだけで満腹になってしまう。
「もっとお肉食べないと」
じゃないと今後あのドラゴンみたいな存在が来た時に身体が耐えられない。
本来はもっと楽な相手だと思った。だが蓋を開けてみれば奴は想定以上の強さを誇っていた。外部の干渉と思わないと不自然なくらいに。この国に来てわからないことが多い。情勢や治安、魔獣など。灰の魔女以外にも調べることはたくさんありそうだ。
身体を起こし、湯船から出る。ふと自分の背中を見てみると、背中に刻まれたミントの草のタトゥーが光っているように見えた。
昔のことなんて覚えていない。このタトゥーは物心ついた時から自分の背中に刻まれている。それが自分の過去と何か関係あるのか。ミントに知る術はなかった。
───
「アンナー!」
自分の名前を呼ぶ声がして、アンナは風呂場に駆けつける。
「どうしたのミント?」
声の主に何があったかたずねる。
「この服なんなの……。すごく女の子っぽい服装で恥ずかしい……」
みるとそこには赤いスカートに白い着物という女子が着るような服装に身を包んだミントがいた。
「男の子が着るものがなくてそれにしちゃった!でもミント顔可愛いし似合ってるよ!赤いスカートアンナとお揃いだし!」
そう言ってにっこり笑うアンナにミントは顔を赤くしながら抗議する。
「似合ってないよ!なんかブカブカしてるし歩きにくいし!」
「いつもの服装も歩きにくそうじゃん!」
「あの服がいいの!」
「1日で乾くんだから我慢して!ほら髪乾かすからこっちおいで!」
文句を言うミントを意に介さずアンナは自分の部屋に連れて行く。
自分の部屋でミントの黒い髪をブラシで乾かしながらアンナは話しかける。
「そんな怒らないでよー。もうあのシャツボロボロだしまた新しいシャツ買ってあげるから〜」
「もういいよそれで」
ミントは頬を膨らませながらも渋々納得する。
「ミントの髪綺麗だね。サラサラしててほんとに女の子みたい」
「アンナも綺麗な髪じゃん」
ミントは鏡越しにアンナにそう言うとアンナは少し嬉しそうな顔をする。
「なんだかミントに言われると照れちゃうな!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
アンナは櫛でミントの髪を整える。
「アンナあんまり学校の人に褒められないから少し褒められると嬉しくなっちゃうの。特にアンナが好きな人。だから顔とか髪とかちょっとしたことを褒められるとニコニコしちゃうんだぁ」
そう語るアンナにミントは首を傾げる。
「アンナ可愛いのに褒められたりしないの?」
アンナは首を横に振る。
「全然褒められない。アンナより可愛い子いるしね。その子と比べたらアンナは可愛くないみたい」
アンナはそう言って少し悲しそうな顔をした。意外だった。アンナは天真爛漫で可愛げがあるからてっきり同世代の子も同じ感情を持っているのだと思った。
「ミントの顔と交換したいな。ミントの顔写真見た時、アンナ一目惚れしちゃったもん!こんないい顔の人いるんだって!チロルからは犯罪者に一目惚れしないでって注意されたけど」
「そ、そうなんだ」
ミントは苦笑いを浮かべる。確かに自分の妹が犯罪者に一目惚れしたら兄としては無視できないだろう。
「アンナは学校楽しくないの?」
言った瞬間に迂闊な質問をしたとミントは思った。そしてその質問をされたアンナの顔が曇る。
「あ、ごめん。答えたくなかったら答えなくていいから」
ミントの気遣いを無視しアンナは口を開く。
「……まあまあ、楽しいよ」
どこか上の空で無気力さを感じる声で、アンナはそう返答した。
そして明日が訪れ、アンナとチロルは学校に行き、ミントは町をふらつく。
実は今朝、魔女警察のデルフィニウムから手紙が来たのだ。団子屋の前で9時ごろ会いたいと言う手紙だった。
事前に言ってくれた方が助かるのにと思いつつ、ミントは指定の場所でベンチに腰掛ける。
団子を食べる金がないので拾った石で適当に手遊びをしていると、三角帽子を被った金髪の黒ローブの魔女がこちらの元へやってくる。
「時間ぴったりです。お久しぶりです。つよい大工さん」
そう言って彼女は帽子を外しお辞儀をする。
「また会えて嬉しいよ。デルフィニウム……さん」
「デルフィでいいです。お団子でも食べてお話しするです」
そう言ってデルフィニウムは団子屋に入っていき、ミントも慌ててついていく。
「この前の時と服変わったですね。マスクは外さないです?」
団子をむしゃむしゃと食べながらそうたずねるデルフィニウムにミントは「顔見られるの好きじゃないから……」とはぐらかす。
「こんなに暑い日にマスクはじめじめするです。まあいいです。検査の結果が出たのでお話しするです」
4本目の団子を食べながらデルフィニウムは話し始める。
「前回の盗賊たちに灰の因子の陽性反応が出たです。頭領から手下まで、全員が多量の灰の因子を持っていたです」
デルフィニウムはお茶を啜りながら検査結果を涼しい顔で話す。
「……やっぱりか」
ミントは険しい表情を浮かべる。あの時の黒いオーラは灰の因子によるものが大きいだろう。灰の因子の摂取量が多ければ多いほど、あのオーラも大きくなるのだろう。
「誰があいつらに灰の因子を渡したの?」
「それは秘密です」
デルフィニウムは人差し指を立て、ミントの追及から逃れる。
「答えてくれたっていいじゃん……」
「私はあくまで魔女警察です。特別に検査結果教えてるだけで後のことは教えないです」
ミントのぼやきにデルフィニウムは7本目の団子を食べながら平然と答える。
「(流石に食べすぎでしょ……)」
そう突っ込むのは野暮な気がした。
手がかりにつながるものを探そうと、ミントは話題を変える。
「そういえばホタテ山でドラゴン倒したんだよね」
なんとなく言ったその言葉にデルフィニウムはピクッと反応する。
「………そのドラゴンは赤色の皮膚をしてたです?」
「え、うん。でも途中から金色になってたよ」
「金色?ホタテ山のバラドンガにそんな情報はなかったはずですよ?」
訝しげな表情を浮かべるデルフィニウムにミントは続けてこう言う。
「勇者を名乗る子と一緒に倒したけどすごく強かった。黒いオーラも出ててあの盗賊と一緒で灰の因子を貰ったんじゃないかな」
「死体はあるです?」
「爆発して消えちゃった」
「なるほどです……」
デルフィニウムは顎に指を当て考える。勇者を名乗る子とは、おそらく最近バラッドで噂のルドという少年だろう。様々な場所で魔女に変わり悪者を倒しているらしい。その彼の付き添いに元魔女警察のスミレがいると言う情報もある。
「あのドラゴンがどう言う奴だったかくらいは聞いて大丈夫でしょ?本来はあそこまでの戦闘力はないはずだし疑問に思っちゃった」
「………ホタテ山のみに住む積怨の竜、バラドンガですね。古来よりホタテ山を支配していてたまに町を降りては人を喰らっていた害獣です。討伐隊も何度か派遣しましたが何度も全滅させられ、山全域には結界が張られてました。その凶暴性により数々の逸話を残していて「バラッド王国の歴史の上で不当な扱いを受けていたものの怨嗟でできた竜」なんて言われてたです」
訥々とデルフィニウムは語る。そんな恐ろしければ苦戦はするだろうとミントは感じた。あの竜を協力込みとはいえ倒せるミントにデルフィニウムは「すごいです」と素直に称賛は送った。
「バラドンガの死体がない以上、こちらは動けないですが念のため報告するです。情報提供感謝するです」
会計を済ませミントとデルフィニウムは店を後にする。
「悪いですけどこれ以上は何もないです。外部の人間があまり多くのことを知ってると消されるですし何も知らない方が身のためです」
まだ何か聞きたそうなミントにデルフィニウムは釘を刺す。
「待ってよ。タダでとは言わないから色々知りたいんだよ」
ミントはデルフィニウムに食い下がりなおも情報を求める。
「素性もわからない人間です。魔女警察として金を渡されても情報は渡さないです」
そう言ったデルフィニウムの目はどこか鋭く、憎悪が篭ったものだった。確かに一般の人間に機密情報を与えるのは国の機関としてはあってはならない。だがミントは自分の置かれた境遇がきっと灰の魔女と関係あると思い、喉から手が出るほど情報を求めている。
「僕自身が灰の魔女と関係あるかもしれないんだ」
ミントは震える舌を動かしながら口を開く。立ち去ろうとしたデルフィニウムの足が止まる。
「関係あるとは?」
「僕にもわかんないよ。昔の記憶がないから。でも奴らを見てると他人事に思えないから」
デルフィニウムはゆっくりとミントに歩み寄る。
「記憶が戻れば灰の魔女の手がかりが掴める保証はあるです?」
「わかんないよ。なんとなくそう感じるだけ」
「私は暇じゃないです。あなたが仮に手がかりを持っていたとしてもその記憶を取り戻す手助けをしていたら、人が足りなくなるです」
なおもデルフィニウムは突っぱねる。ミントには確固たる証拠はない。灰の魔女と関係あるなんて口にすれば怪しい人間として牢に入れられるリスクだってある。記憶がない。いつの間にかなっている指名手配。本来こうして魔女警察と接触するのだって危険だが、それでもミントは引き下がらない。
「……もしこの国が危険な目にあっても、僕がいればなんとかなるでしょ?盗賊もドラゴンも倒した。隣国が滅んだって噂も聞いている。灰の魔女に対する憎い思いを発散したいなら僕の力が必要でしょ?」
「随分と自分に自信があるようです」
デルフィニウムはニヤリと笑う。
「近々ここの国の人にも伝える事をあなたにはいち早く伝えるです。人目につかないところに行くですよ」
そう言ってデルフィニウムはミントの袖を引っ張る。
「(あれでよかったのかな……?)」
ミントは内心首を傾げる。自分で言っていてめちゃくちゃなのは理解していた。確かに自分は強いが、それは魔女やこの国の騎士も一緒だ。あまりに情報を取り入れたいからと思ってもいない発言をしてしまったことを悔いる。
路地裏まで進むとデルフィニウムは杖を取り出す。
「………」
ミントはその行動だけで察した。
「………あなたは相当自分の力に自信があるようです。本来ならこの行為はご法度ですが、自分は灰の魔女と関係あるなんて言った人間を見逃すことなんてできないです」
そして杖に電撃を走らせる。
「腹ごしらえに少し闘うです。勝てたら見逃してやってもいいです。出過ぎた発言をした自分を悔やみながら牢屋に入るです」
ミントは無言で刀を握る。突然の闘い、だが結局は実力でなんとかするしかない。ミントはそう思い、刀を抜き、静かに構える。




