第18話 やはり世界は美しい
「終わった……」
降り注ぐドラゴンの肉片を目にしながらミントは呟く。森は荒れ果て、木々は倒れ、まだ炎が燃え盛っている。ようやく勝てたという微かな喜びを噛みしめた。
ルドは魔力を使い果たしたのかその場にしゃがみ込む。彼なしではこのドラゴンは倒せなかった。散々見下してきたこの男に命を助けられた。
申し訳なく感じた。英雄気取りだの自惚れだの散々言葉でも心でも彼を見下してきたが、彼は最後まで諦めなかった。
ミントは俯きながらボソボソとルドに話しかける。
「ありがとう……」
「ああ」
ミントの感謝の言葉にそっけなく返事してルドは立ち上がり、山へ降りる。ミントも後についていく。
太陽は落ち月が星を照らす役割を持ち始める夕暮れの頃、ルドはミントに話しかけた。
「この勝負、どっちが勝ったと思う?」
もう約束の時間は過ぎ、短い針が4を指す頃だ。誰が勝ったか、その答えはミントはわかっているつもりだった。
「君だよ。僕は何もしてない。君のあの一撃がなければ僕は勝てなかった。だからこの勝負は君の勝ちだよ」
「そうか」
ルドはどこか虚無的だった。勝ったというのに上の空だ。ミントはそれが不思議で仕方なく逆に質問をしてしまう。
「なんか元気ないね。なんで?ドラゴンを倒したのに」
「あの勝負はお前が勝ったと思ってる。俺はドラゴン相手に手も足もでなかった。慢心で行動してたからな。お前はドラゴンを圧倒していた。確かに勝利のきっかけを作ったのは俺かもしれない。だが、瀕死の俺を救い、一人でドラゴンと闘い、俺が来るまで耐え抜いた。悔しいがお前は俺より強い。俺はお前のおこぼれをもらったにすぎん」
「そのおこぼれも大事な手柄だよ。僕はあいつがパワーアップした時手も足もでなかった。僕の方こそ簡単な勝負だと思ってたから油断してたんだよ。刀を渡したのだって、瀕死の君でも勝てるなんて思ってたから、それにあの時の君は聞かん坊で、自分一人で全てをやろうとしてた。だから託しちゃった。君が勇者なんて嘘っぱちだと思ったし、傲慢な態度を見るに力が強いだけの人間だと思ってた。でもそれは大きな間違いだったみたい」
「だから……その」とミントが口ごもる。手をいじりながら上目遣いでルドを見る。ルドは何も言わずただミントの次の言葉を待っているのみだった。
「君に対してあんな生意気な態度をとってごめんなさい……」
そう言って深々と頭を下げた。
「君のこと知りもせずに、どういう思いで勇者として闘っているかも知らずに、『負けたら勇者やめろ』なんて、傷つくようなこと言ってごめんなさい。本当の君は、どんな状況でも諦めずに自分だけを信じて目の前の敵と闘ってた。ほんとにかっこよかったよ。だからお願い……!」
ミントは顔をあげる。水色の瞳から涙を滲ませルドに懇願する。
「これからも、ずっと勇者でいてほしい。自分の負けだなんて言わないでほしい……」
ルドは静かにミントの顔を見つめる。ふと空を見上げると、綺麗な茜色の空と沈みかけの太陽が地上を照らしていた。
「……この星は銀河系の中でも異質だ。」
ルドは訥々と語り始める。手を後ろに組んで、ミントの周りを歩き始め上を向きながらゆっくりと舌を動かす。
「地球という惑星があるのだが、その惑星は海で囲まれ、森に囲まれ、人間や動植物が共存して暮らしている。人間のエゴで生態系が崩れ、環境が荒れ果ててはいるがそれでも滅ぶことなく文明を築き上げている。このフラワー星は、宇宙で何億万と輝く星々の中で数少ない生命体が存在する星らしい。魔力を原料としているからか、地球と違って生態系に支障はきたしてはいない。だが、大きな問題がある。」
ルドは口をつぐむ。ミントも理解している件であろう。今世界中を震撼させ、数々の被害を与えているテロ組織──
「灰の魔女だ。奴らは日に日に勢力を拡大していってる。何千何万人もの人間が灰の魔女によって命を落としている。国の騎士団や魔女警察も手に負えないほどだ。もはや他人事ではない。自警団を組んで排除しようとしている民間組織だってある。それに、高度な知能を持った魔獣や異能の存在が生まれ、この星はまさに混沌としているのだ。無論、今回のドラゴンもその中に入る」
ミントは静かに頷く。確かにあのドラゴンは魔獣としてはかなりの実力を持っていた。あの黒いオーラを纏った時に胸騒ぎを感じたのも、あの能力も、偶然の産物では決してないのだろう。相手の行動を先読みする知能も持っていた。だからこそ自分はあそこまで手こずったのであろう。
「かつてこの星にはノロティウスという魔獣がいた。大陸の半分を地理にするレベルの力を持ち、あらゆる国が奴を手に入れようとした。だが無駄だった。奴は高度な知能を持ち、あらゆる国からの追跡を免れその都度壊滅させていた。世界中が奴の暴走を指を咥えて見ていた。だが一人の勇者が奴を倒したのだ。その勇者は水色の刀を持ち、水色の髪の毛にツノを生やし、二頭の剣でノロティウスを真っ二つにしたという。人は彼を青藍の勇者と呼んだ」
「青藍の勇者……」
強い違和感を感じた。その言葉を何度も聞いたことがある気がする。だがわからない。ただわかるのはその話をした途端ルドの目が爛々を輝き、いつもの硬い表情が少し綻んでいることだけ。
「俺はその人に憧れて勇者の道を選んだ。今世界に必要なのは宗教でも法律でもない。弱者を救う力だ。いつの世にも悪がのさばっている。法律なんて関係なしに悪はいつだって弱い人間をつけ狙っている。叩いても叩いても虫のように湧いてくる。そんな人間を救うことこそが勇者の役目なんだ。俺はこの選択を間違っていると思っていない」
強い勇者への憧れ、今ならわかる。彼の意志は本物だと。そして彼を甘く見ていた自分をより一層恥じる。まだ視野が狭かったことをミントは悔いる。
「バラッド王国は素晴らしい国だ。経済力と武力両方を兼ね備えている。数々の国と同盟を結び、領土拡大にも意欲的だ。だが、バラッド王国が他国に起こした傷跡は深いものだった。南に位置する島などを植民地にした挙句、奴隷として働かせたせいで恨みを買っている。この星の中でも5本の指に入るほどの巨大な国だ。周囲から嫌われることだってあるだろう。だが、互いが争っても残ったものは死だけ。それで相手を屈服させても心まで掌握できるわけがない。お前もそう思うはずだ。」
ルドの話を聞きながらミントは刀を布で拭く。二人でゆっくりと歩みながら、ミントは口を開いた。
「力は大事だよ。どんな分野でも力がものを言わせる世界だ。力がある人間は必然と成り上がれる。ルドだってそう、力で今まで乗り越えてきたんでしょ?」
「そうだな」
「武力以外にも知力、経済力、国力、財力。たくさんの力がある。でもどれも持ってるだけじゃ使い物にならないよ。だから、一番必要なのは人の心を救ってあげること。勇者とは、英雄とはそういうことだと思う」
ルドは少し微笑んだ。ルド自身もわかっていたことを代弁してくれたから。頭ごなしに否定し、刀を奪おうとしたのは彼にはもったいないものだと感じたから。第一印象は怪しいやつという印象だった。何か大罪を起こすと思った。盗賊を撃破したなんて噂も信じちゃいなかった。自分の欲のために善行を立てて他人を利用しようとする人間をルドは見てきたから、だから信じなかった。プライドが許さなかった。勇者としてのプライドがミントを敵対視する理由だった。
無論、それは今も変わらないが少し認めている自分もいた。
「話が長くなってしまったな。俺の方こそすまない。お前のことを卑しい人間としか思っていなかった。」
卑しい人間と言われても否定できないのがもどかしかった。実際自分がどうやって生まれたかわからないのだから。記憶も断片的なことしか思い出せない。自分の今置かれてる状況もなぜこうなっているのかわからない。いつ捕まるのかわからないこの世界で必死に生きてるだけ、自分の存在を語るにはそれだけで充分だ。
「今は思っていない。俺も意地を張ってお前の行動を妨げていたが一緒に闘ってみれば、お前の戦闘が勉強になった。俺より強い。それは認めるさ」
そう言ってルドは手を差し出し、ミントもその手を握る。その手の大きさとゴツゴツとした感触。相当練習してきたことはわかった。
「おーい!」
二人を呼ぶ声が聞こえる。声の主はスミレだった。タスケネズミを肩に乗せ、こちらへ向かって走ってくる。
「スミレ……」
「ドラゴンはどうなったの?」
スミレはルドにたずねる。
「倒したよ。彼のおかげでな」
「いや、とどめを刺したのはルドくんだよ」
お互いの勝ちを譲り合う二人を見てスミレは口に手を近づけ笑う。
「ふふ、闘いを通して仲良くなったのね」
ルドは顔を背け否定する。
「仲良くなったわけじゃない。ただお互いの実力を認めただけだ」
素直なのかそうじゃないのかよくわからないルドにミントは少し困惑する。スミレも呆れ顔で首を横に振り、話をミントに向ける。
「ありがとうね。ルドを助けてくれて、あなたが来なかったらルドは死んでたわ。ルドも山頂に行っちゃったのは少し驚いちゃったけど、でも結果的にドラゴンを倒せてよかった」
ミントはスミレの感謝に頭を掻く。
「感謝される筋合いはないよ。僕はルドくんを見捨てた。彼の意志を曲解して、自己中心的な考えで刀を渡して、でもそんな自分が許せなかった。僕がこんなことをしたら誰かが悲しむような気がして、そう思ったら足が動いてたんだ」
スミレに叩かれた頬が自分の目を覚まさせ、ルドを助ける意志を固めさせてくれたとミントが言葉を続けるとスミレは安堵の笑みを浮かべる。
「私も言いすぎちゃってごめんね。ルドが傷ついてて心に余裕を持てなかったの。まだ未熟だったわ。」
今日はみんな謝ってるなとミントは心の中で苦笑した。見捨てた相手を助け、助けられ、協力し合って敵を倒す。この二人に奇妙な縁を感じながらミントはスミレに問いかけた。
「この勝負、どうするの?」
スミレは指を顎に当て「うーん」と考える。
「時間過ぎちゃったし、お互いの協力もあったから、どっちも勝利でいいわよ。ルドは勇者やめないし、ジョニーくんは刀渡さないでいいわ」
勇者をやめなくていい、その言葉に安堵したのはルドではなくミントだった。最初に言い出したのもミントだがよく考えるとあんなに頑固な男がやめれるはずもないのだが。
「もう日が暮れちゃってるし、アンナちゃん待たせちゃってるから3人で帰りましょ」
そうして3人はホタテ山を後にした。
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「あ、帰ってきた!ミントー!」
帰ってきた3人を見てアンナは手を振って駆け寄る。
「ごめんねアンナ。遅くなっちゃって、ドラゴンは倒したよ」
「そうなの!?ミントすごーい!」
アンナは跳ねながら喜び、ミントはそれを静かに訂正する。
「彼のおかげでもあるんだ」
そう言ってルドに目線を移す。
「そうなんだ!!2人ともすごいね!」
アンナは微笑みながらルドに労いの言葉をかけ、ミントの手を握る。
「背中痛そうだから、帰ったらアンナが手当てしてあげるよ!」
「ありがとう」
お互い手を繋ぎ、2人は帰路につく。スミレは手を振りながら2人に「さよなら!」と挨拶し、アンナもそれに返した。
災難続きだが楽しい奇妙な一日だった。
第1部「2人の勇者」~完~




