第16話 金色の竜
ドラゴンが唸りをあげる。眠りを邪魔された上にまた新たな邪魔者が現れた。ドラゴンの怒りは最高潮に達している。
ミントは刀を斜め上に構えドラゴンの動きを見る。集中して予備動作を見れば奴の攻撃なんてどうということはない。
先に仕掛けたのはドラゴンだ。大きな爪をミントに振り下ろす。
ミントは上へ飛びドラゴンの腕に着地する。そしてその腕を登って頭めがけで刀を振り下ろそうとする。
ドラゴンは目からビームを発射するがミントは重心を傾けてドラゴンの腕の下に隠れ回避する。
そしてそのまま回転して左腕を斬り落とした。
「グアアアアアア!!!!!」
ドラゴンが大きな悲鳴をあげる。断面から滝のような血が流れ、ドラゴンは腕を抑える。
着地したミントは指で挑発する。
冷静さを失い、ミントに突っ込むドラゴン。その突進を跳んでかわしさらに背中に一撃を加える。背中がぱっくりと割れ血飛沫をあげる。立ち上がる暇も与えずさらに一撃、二撃と攻撃を加える。
苦し紛れに吐いた炎はミントが刀で弾き飛ばす。そしてドラゴンの顎を下から蹴り上げ、とどめに斜め上の斬撃を放った。
それは完全に致命傷だった。ドラゴンが大きく崩れ落ちうつ伏せに倒れる。口から血を流し、生気のない目をミントに向ける。
勝負はついた。ミントは刀を鞘に収め、ドラゴンに背を向ける。
「(彼が最後まで粘ってくれたおかげで勝てた。彼のおかげであって僕の手柄じゃない。僕はただおこぼれをもらっただけ……。この勝負は彼の勝ちだ……)」
そんな思いを巡らせながら下山しようとしたその時。
「!!」
背後から禍々しい空気を感じた。
「……まさか」
ミントは振り返る。倒れているドラゴンが黒く禍々しいオーラを放っていたのだ。それはかつて、自分が倒した盗賊たちも纏っていたもの。まさか、このドラゴンも…‥。
「灰の魔女の……」
ドラゴンが徐々に起き上がる。生気のない目は瞳孔を覆って赤く光、赤い皮膚は剥がれていく。
そして全ての皮膚を剥がしていくと全身が金色に覆われたものへと姿を変えた。
「グオアアアアアアアアアア!!!!!」
産声のような咆哮をあげる。そして欠損した左腕からまた新たな左腕を生やす。それは白く鋭い鎌のようなもの。
ミントは唾をごくりと飲む。
「まだ、終わりそうにないや……」
自身を見下ろすドラゴンにミントは静かにそう呟いた。
スミレはルドをおぶって山中を走っていた。危険な魔獣だらけだが、この山の地形は把握できている。広場までいって病院に連れて行った後に、自分があの男を助けにいく。
ルドの吸う息が小さくなっていく。時間がない。スミレは魔力を足に込め、総力をあげていた。
「(ほうきがあれば、こんな思いしなくてすむのに……!)」
歯痒く感じる。だがそんなことをいつまでも悩んでいてはダメだ。無心で走り続けるしかない。
前方に蟻の魔獣たちが立ち塞がる。弱ったルドを食おうとしているのだろう。その行為がスミレを苛立たせる。
「あぁもう!」
怒気を含んだ声で衝撃波を打ち込み、魔獣たちを吹き飛ばす。相手してる暇なんてない。今は人命の救助が優先なのだ。
「はぁ、はぁ、ルド……。もう少しの辛抱だからね……」
スミレはルドに呼びかけるが返事はない。
「ルド……?」
もしかして、死んでしまったのでは?スミレは何度も呼びかける。
「いきてる……しんぱい……むようだ……」
8回目の呼びかけにルドが返したセリフはこれだった。スミレは胸を撫で下ろした。
「心配させないで」
重傷者にこんなこと言うのは酷だと思った。だが、ルドが死んでしまったらと思うと、気持ちが思わず昂ってしまった。
そんなスミレとルドの前に小さなネズミの魔獣が現れた。足がお腹の中に収まっていて、耳が大きく尻尾が長い魔獣だ。
魔獣はスミレの脚に頬擦りをする。何か伝えたいことがあるようだ。
スミレはその魔獣の名前を知っていた。
「タスケネズミじゃない。野生のものがどうしてここに?」
タスケネズミ。バラッド王国で生まれ、その他多数の国で輸入されているペット魔獣だ。彼らは他の魔獣や人間を助けるのが大きな特徴で、助けることで得られる感謝の心を食料としているのだ。野生のものは数が減っていると言われていたがホタテ山では生態系を築いていたらしい。
「どうしたの?私たちを助けに来てくれたの?」
タスケネズミはウンウンと頷く。彼は木に登るとそこにある果実を尻尾で落とした。
落ちた果実を見てスミレは驚く。
「これは、金色の果実……」
食べればどんな傷も回復し、満腹になると言われる金色の果実。だが食べすぎると幻覚症状や震え、痙攣、場合によっては死ぬこともある毒にも薬にもなる魅惑の果実。人は栽培するすることができず、その個体数は限られている。だから魔女たちはその果実を喰らうよりも回復魔法で常に治療していた。だが回復魔法にも膨大な魔力と集中力がいる。骨や筋繊維、傷や病気など、人体の精細な部分を全て回復させないといけないのだ。
「もしかして、そのリンゴでルドを回復させてほしいの?」
タスケネズミは頷く。人への手助けを動力源としている魔獣だ。その行為は常に裏切らない。この山を降りるまでまだ時間はかかる。おりてまた登るという無駄な時間の浪費をするよりかは、これを食べて回復するのも手だ。
だが負けず嫌いのルドのことだ。それをしてしまったらまた闘いにいくだろう。金色の果実は二つ目は食べられない。そうなってしまったら今度こそ死ぬかもしれない。
「スミレ…」
悩んでいるスミレにルドは弱々しく声をかける。
「そのかじつを……たべさせてくれ……」
「何言ってるの!?食べたらあなたまた闘いにいくでしょ?あのドラゴンはあなたじゃ敵う相手じゃないわ!」
「ここでにげたら……。なんのためにおれはゆうしゃになったんだ……」
目の前の相手を必ず倒す。それはスミレがあの日したルドとの大事な約束。その言いつけをルドはずっと守っていた。
「逃げることはカッコ悪いことじゃないわ!勝てなかったら逃げたっていいの!今はあなたが生きててくれることだけが私は幸せなの!」
「まだ…‥しょうぶはおわってない……おれはもうにげたくない……」
「……!」
昔からルドは頑固だった。何をするにも負けず嫌いだった。どんなにやられても逃げるという行為は絶対にしなかった。その頑固さは彼が勇者になっても変わらなかった。
「あいつにかしをつくったままなのはおれがゆるさない……。つねにゆうしゃのほこりをもたなければならない……おれがぜったいにあのどらごんをたおすんだ……!」
スミレは静かにルドをおろす。そして金色の果実をルドの口元に近づける。ルドはそれを一口かじった。
ルドの身体に生気がみなぎってくる。
ルドはゆっくりと立ち上がった。
「ルド……」
ルドはスミレに視線を合わせる。
「俺のわがままを聞いてくれてありがとう。スミレ」
「いいのよ。わたしは広場で待ってるから、何かあったらすぐに伝えて。死なないでね」
「ああ、行ってくる」
ルドは背中に背負った剣を抜くと走って山頂に向かった。
「……」
また止めることができなかった。こういう時自分はいつもルドに押し負けてしまう。でも決意が宿ったルドは誰よりも強いのだ。
「いってらっしゃい。ルド」
スミレはそう呟き、タスケネズミの頭をそっと撫でた。




