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青藍の勇者  作者: 無眠
第1部 2人の勇者
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第14話 過去の記憶1

「さぁ陛下お食べください。陛下のために丹精込めて作りましたの」


 金髪のツインテールの女が猫撫で声でそう言った。金色の食器の中には腐乱臭が立ち込める。


 陛下と呼ばれた黒髪のショートヘアの子供は震える手でスプーンを掴む。何度もこの“儀式”を行ったが一向に慣れることはない。


 さらに盛り付けられた茶色の物体をスプーンで掬う。これを無心で食べる。目を閉じて軽く息を吸うと物体を口に入れる。


「…!」


 吐きかけた。だがぐっと堪えそれを飲み込む。もし吐いたりなどしたら何をされるかわからない。


 続いてグラスに注がれた黄色い水を手に取る。刺激臭が鼻をつんざく。思わず顔をしかめてしまう。だがやり切らなければならない。


 グラスに口をつけぐっと飲み干す。苦味が口内に充満する。だが吐き戻すことは許されない。この勢いのまま完食するのみ。


 2時間がたった。子供は机に突っ伏す。大量の汗を流しながら息も絶え絶えの状況だ。


「食べ終わったら言うことは?」


「ごちそうさまでした…」


 か細い声で子供はそう呟いた。


 女は子供を抱きしめる。


「ああ愛おしい陛下。今日も修行に耐えることができて感涙ですわ…。これはこの地上の王が何年もやり続けた訓練ですの。ただ鍛えるだけではなく食事から睡眠排泄まで自分に試練を課す。次期王に相応しいでしょう」


「ありがとうございます…お母様」


「教典を読みましょう。王がこの地上にいなくなる前に記した王としての誇りを持つものだけが解読できる副音書を…ね」


 そう言って母親は9000ページは軽く書いてあるだろう分厚い本を取り出した。子供もそれを手に取り朗読する。


『かつてこの星は、ひとりの王が世界を支配していた。この土地に住まう下民や下等生物に役割を与え、カーストも作り出した。上には上が、下には下。そうすることで下の人間は上の人間を蹴落とすために、上の人間はその地位を守るためにお互いで争い合う。食物連鎖というものは地上の王が作り出した叡智である』


「3970ページを開いて」


 子供は教典をパラパラとめくる。3970ページには王の信念という項目があった。


『王というものは常に孤独。誰とも関わりを持たず己の使命のみを全うする。驕ってはならない。常に勝利に向かって前進あるのみ。これは王だけではなく、騎士や領主、はては神や天使など、上に立つものだけが持つ信念である』


「そしてそれを否定するものは圧倒的武力を持って制圧するのみ…」


 子供はその項目を読み終えた。王は常に民衆を手玉に取る革命児。金や権力だけではなく政治や武力そしてカリスマ性を持ってこその王なのだ。と母親は説く。


「陛下は日々の鍛錬でそこらの魔獣では相手にならないくらいの力を持っています。でも王というものは絶対的な権力とカリスマ性を兼ね備えてこそですの。武力で人を従えても駒になるのは一時的。頭の悪い下民ならついてこれますがそこそこの知能を持ってるものへの洗脳は一時的。その者たちを恐怖で支配し掌握するのが王の役目ですわ」


 正直よくわからない。ここまで言われても自分は外の世界を見たことないのだから。母親以外の人間を見ることがあるのは、母親に背いて命を奪われた動かない人間のみ。だから死の概念は知っている。だが外界、そして母親以外の生きてる人間がどうやって暮らしているのかわからないのだ。母親はこう言っていた。外の世界は薄汚い民衆たちの集まり。王を騙る詐欺師どもの手玉に踊らされてしたくもない仕事や子作りをしている愚かな人間達の集まりだと。そんな民衆を唯一救うことができるのが地上の王…即ち灰の王なのだと。


 王を信じる、あるいは王の詔に従えるものだけが救われるのだ。王の肉体の一部、それを得ることで潜在能力の70パーセントを引き出すことができる。無論、他の天使や神を崇拝すると死あるのみ。王への絶対服従以外ありえないのだ。


 朗読が終わると母は子供にこう言った。


「わたくしは布教活動に行って参りますわ。陛下、教典の予習はしっかりしておくように。遊んでばっかりではいけませんわよ?」


「はい、お母様。いってらっしゃい」


 定型分のような言葉を発し母親を見送る。


 見送った後すぐさまトイレに駆け込み、先程食べたものを全て吐瀉物へと変換した。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 よだれを垂らしながら水面を見る。外の世界の人間はこんな食べ物はまず食べないだろう。肉や野菜、そして酒。母の集めた本には色々な食べ物が書かれていた。そんな豪勢なものをこの11年間食べたことなどなかった。


「…お母様は嘘をついてるんだ…」


 子供ながらにそう思った。自分の読んだ童話や歴史書に描かれていた人間はみんな楽しそうだ。喜んだり楽しんだり怒ったり泣いたり、感情をしっかりと持っていて色んな友達と遊んで親からも愛されている。


 自分はどうだろう?王の候補者だと言われ修行と称して辛いことを無理矢理やらされる。これが一般的な生活のわけがないだろう。


 自分用の部屋がある。地面は草むらのようなデザインで、天井は青空のようなデザインで、本棚があって、玩具箱があって、大きな赤ちゃん用のベッドがある。そこだけが自分の世界なのだ。本を読むのが大好きで、特に好きなのは悪者を倒す英雄の物語。刀を持って悪い奴をやっつけて色んな人から感謝される。母親からは「愚か者しか読まない駄文」と言われたが自分は大好きだった。


「こんな人になりたいなぁ」


 叶いもしない絵空事に浸るのが自分の暇つぶしだった。


 母親の言いつけを守らずにベッドでダラダラしていると奥から物音が聞こえた。


「いたた…」


 声がする方に駆け寄ると頭を抑えて倒れている女の子を見つけた。その姿に衝撃を受けた。人間が生きている。表情の変化や一つ一つの動作。自分や母親がいつもしてるような動きをこの子もしている。


「だ、だいじょうぶ?」


 子供は平常を装い女の子に呼びかける。女の子は男の視線に気づいたのかスカートを抑え顔を赤らめる。


「み…みた?」


「見たってなにを?」


「みっ見てないならいいけど…」


「なんかしろいやつ?」


 子供の返答に女の子は顔をさらに赤らめバッグを投げつける。


「いった!なにすんだよ!」


「ばか!変態!ノンデリ!」


 急に暴言を吐かれ困惑する。藍色の髪にオレンジの瞳。肩を出した服装にミニスカート。この子はひょっとして外から来た子なのかな?と子供は思った。


「きみ、外から来た子?」


「?そうだけど。ここきみのお家?」


「うん、今お母さん出かけてて僕ひとりだけど」


「ちょっとだけ泊まらせて欲しいな。ご飯はいらないから。外雨降ってるし、止むまで話そ!」


「いいよ」


 母親が帰ってきた時にバレなければいいや。そう思ったのでとりあえずお風呂とタオルを貸してあげた。


 それにしても外の世界の女の子はあんなに可愛いんだなと思った。目がぱっちりしてて爪が黒くて、いい匂いもする。母親以外の女性を見たことがないから新鮮だった。


 女の子がお風呂からあがる。肩にかけたタオルとまだ乾き切ってない髪と地肌に少しドキッとした。


「ここきみのお部屋?」


「う、うん」


 女の子は部屋を見渡す。


「ちょっと子供っぽいね」


「そ、そうかな?」


 なんだかうまく話せない。初めて会う外の子供だ。地面に座り手をモジモジさせる。


「どうしたのー?緊張してるー?」


 女の子は顔を近づけてそう問いかける。


 顔が近すぎる。まつ毛や香りまでわかってしまうような近さ。


「お母さん以外の子と話すの、初めてで…」


 女の子は不思議そうな顔して笑う。


「そんな緊張しなくていいよ!僕もよくそうなっちゃうから気にしないで!」


「(この子は女の子なのに僕って一人称を使うのか)」


 こういう個性も外ならではだろうか。


「僕リリーって言うの!きみは?」


「僕…?」


 名前を聞かれてるのかな、そういえば自分には名前なんかなかった。名前は記号に過ぎないと母親がつけてくれなかったから。


「もしかして、わかんないの?」


 リリーがそうたずねる。


 その問いに首を縦に振ることしか出来なかった。


「そうなんだ…」


 リリーは悲しそうな顔をした。


「ねえ、きみのこと教えてよ。嫌なことは答えなくていいからさ。初対面だけど、君のことが気になっちゃった。」


 子供は何かの重みから解放されたかのようにこれまでのことを話した。リリーは話し下手な少年にずっと相槌を打って真剣に聴いてくれた。余計な口を一切挟まなかった。


「生まれた時から王になることが決まってる…ね。結構きついねそれは。君の人生なのに誰かのレールに乗せられて、自由じゃないよね」


「僕、本にあるような人を救える英雄になりたいのに、お母様が聞いてくれないの。英雄なんて幻想だって、愚かな民衆を動かす邪悪な存在だって」


「そんなことないと思うな」


  リリーは母親の論理をバッサリと否定する。


「弱い人を救うことができるのは強い人だけ。弱い人の味方になれるのは英雄だけなんだよ?色んな人たちとの関わりで人は強くなれるの。君のお母さんの言うことは間違ってると思うな」


 リリーは思ったことをしっかり答えてくれた。少し心が救われた気がした。自分の漠然とした思いを代弁してくれたからだ。


「外の世界も確かに辛いことだらけだけど楽しいこともたくさんあるんだよ?嫌なことばかり伝えて洗脳したら子供は育たないもの」


 リリーは少年の頭を撫でる。なぜかこの子の声を聞くと心が安心するのだ。


「僕が名前つけてあげよっか?」


「え?」


 リリーは唐突にそう言ったのだ。名前をつける。本で書かれたことによると子供がこう育って欲しい、こういう思いを背負って欲しいという理由で名前をつける文化が外の世界にはあるらしいのだ。


「つけてほしい…」


 初めての体験に胸の高鳴りが抑えきれない。


「んーじゃあ、耳に葉っぱのイヤリングつけてて、瞳が水色だから、ミントで!」


「ミント…」


「安直過ぎたかな?」


「すごくいい!」


 思わぬ大好評にリリーは驚く。


「いいの!?」


「うん!響きがかわいい!」


 そう言って少年、いやミントは身体を横に振る。


「喜んでくれてよかった…」


 そうして話していると、雨はもう止んでいた。


「止んじゃったね…」


 ミントは寂しそうにリリーの袖をぎゅっと掴む。リリーはミントの前で屈んでその頭を撫でる。


「そんな悲しそうな顔しないで?また明日話聞いてあげるから。今日からミントと僕は友達なんだよ?」


「ともだち…?」


「うん!」


 ミントはその言葉に満面の笑みを浮かべる。


「え、じゃ、じゃあ明日もまたきてね?一緒に本読も?」


「いいよ!また明日ねミント!」


「うん!ばいばいリリー!」


 二人はお互いに手を振り合う。初めての”ともだち“ができた。その思いがミントにとって今日が最高と思える理由の一つだった。

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