第12話 選択肢はたった一つ 全力でぶつかれ
偉大な先人達は常に努力をしている。
常に何かを成し遂げている。
誰かを救っている。
自分にしかないプライドと誇りを持っている。
バラッド王国は300年に渡って安寧秩序を保ってきた。他国に攻められても王国の騎士達が国を守っていた。今でもバラッドの歴史に名を刻むランスという騎士はたった100人の軍勢で西のフランデール王国の100万の軍勢を打ち破ったという。
バラッド王国の歴史、神話それを調べていくうちに、幼いルドの目は輝く。
「(僕もこの人たちのようになりたい!)」
何かを始める人間はまず憧れから入る。身内や親族が騎士や魔女だったらそれに憧れ、好きな芸人がみんなを笑わせていたら自分もやってみたくなる。
そういう少年心をルドも持っていた。
無口な人間だった。他人と関わるのが苦手だった。本を読むことだけが好きだった。いろんな偉人達を見ていくうちに、ルドはその偉人たちの真似をするようになった。
年下の子が困っていたら助けるようになった。ゴミが落ちていたら拾うようになった。シスターの手伝いも率先して行うようになった。
周りからは真面目くんと言われるようになったが気にしなかった。善行を行わないものより行うものの方が報われるし昔の偉人だって幼少の頃からの善行努力が身を結んで功績を立てたのだから。
そして現在、彼は勇者を名乗っていた。色々な国で色々な人を救った。誰もが彼を認めてくれた。国の魔女や騎士や軍人より優れていると確信を持てた。
功績とは努力の数。功績とは倒した敵の数。功績とは感謝された回数。プライドと誇りと功績が勇者の象徴なのだ。
あのフードの男は何もわかっていない。ただ勇者という看板に固執している。そう思っているのだろう。だが持たざる者が持っているものを非難する資格はないのだ。
奴が持っているものとは言えばそれはあの立派な刀だけ。だから奪う。極端ではない。結局は競争なのだ。
そうして始めたホタテ山でのドラゴン退治だったが、ルドはなんなく山道を走破していた。
道中には危険な魔獣が沢山いるとスミレは忠告していたが蓋を開けてみれば大したことなかった。
自身の特殊能力のおかげであろう。その魔獣にあった属性を繰り出し、死なない程度に退けていた。
気候の方が厄介だった。山頂に近づくにすれ雨と風が強くなる。炎魔法で体温をあげたりなど対策はしているが魔力をあまり消費したくない。
「(だが、ドラゴンまであと少しだ)」
はやる気持ち抑え、崖を登る。幸いにも登っている最中に魔獣は襲ってこなかった。
どれほど強いかはわからない。多くの討伐隊や魔女警察が一度も撃破できてないあたり、簡単な相手ではないのだろう。だがそれが退く理由にはならない。
「(勇者に後退の2文字はない。いつだってそうだった。不利な状況に陥ったって、俺は絶対に逃げなかった。今回も逃げず討ち取るだけ。ただそれだけだ)」
厳しい崖もようやくゴールが見えた。登り終わると、前方には緑に生い茂った森の中と、黄色い縄が入り口を囲い、立ち入り禁止の文字が書かれた看板が立てられていた。
「…」
ルドは後ろを振り向く。絶景の眺めだった。バラッド王国の景色が全て見える。天候が悪くなければしばらく余韻に浸っていたであろう。
同時に、もう後戻りはできないこともわかった。
「(後は己の力で掴み取るだけだ)」
ルドはゆっくりと歩き出す。
黄色い縄を跨ぎ森の奥地へ向かう。一歩踏み出すごとに心臓の鼓動が早くなる。
手足が震える。きっと緊張しているのだろう。だが歩みを止めない。
「(俺の功績の一部が目の前にいるんだ…武者震いしてる暇はない」
しばらく進むと大きないびきが聞こえてきた。地鳴りのような低い低いいびきだ。
「(あと少しだ)」
ようやく辿り着く。ルドはその姿に驚愕する。
全長90mは超えるであろう大きな巨体が体を丸め寝ている。黒い鱗に後頭部には大きな二つのツノ。尻尾の先には棘が生えていた。
ルドは唾を飲み込む。目の前にしてみるとやはりその圧倒的スケールに気圧されてしまう。
ルドは背中の剣を抜く。やらなければこっちがやられるのだ。最初から本気を出す。
次の瞬間、ルドは剣の先から炎を放出する。その炎は直撃し、ドラゴンの身体を包み込む。
突然のことに面食らい、暴れ出すドラゴン。その隙を逃さずルドは大きく飛び上がり、剣を振り下ろす。
ドラゴンはそれを大きな腕で払い除けようとするが、その腕を透き通って、ルドの剣はドラゴンの頭を叩き切る。
ルドの特殊能力、『インビジブルソード』だ。その斬撃はあらゆる防御を貫通し、相手にダメージを与えるガード不能の斬撃。肉体強化系の特殊能力はインビジブルソードの前ではなすすべもない。つまり守るのではなく避けるのが定石だが、もう一つの能力、全ての属性を扱うマルチプルも合わさり、回避すら困難にさせる。
通常特殊能力は一つの能力すら発現しない。ただでさえ肉体と精神に負荷がかかるから二つ持つと通常のものは限界を迎え息絶える。
だがルドは二つの能力を持てた。原因は不明だが生まれつきの天性の才能としか言いようがない。この二つの能力で数々の強敵を打ち破ってきたのだ。
ドラゴンの頭から血が噴き出す。ドス黒い真っ赤な血だ。とめどなく流れる。ドラゴンが目を見開く、禍々しい眼光でルドを見下ろす。
そして凄まじい咆哮をあげる。さらに黒の体色が真っ赤に変わる。
その咆哮にルドの脚は下がっていく。風圧で髪が上がる。
ドラゴンが尻尾を振り下ろす。
ルドはそれを側転でかわし、風の斬撃を飛ばす。
ドラゴンの身体を激しく切り裂くが、ドラゴンは怯まない。大きな紺色の翼を広げて飛び上がる。そして足で踏み潰そうとする。
ルドは後ろに後転。ドラゴンは拳でパンチを繰り出す。ルドはそれを剣でガードするが、後ろに大きく吹っ飛び、木に激突する。
「ごふ…!」
ルドは血を吐く。やはり一筋縄ではいかない。膝をつくがすぐに立ち上がり剣を構える。
ドラゴンの攻撃は止まない。目から広範囲のビームを発射して森を焼き払う。ルドは前進する。そしてドラゴンの膝を駆け上る。そして腕に飛び移り、眼を剣で突き刺す。
「────!!!!!」
ドラゴンは悲鳴をあげる。鼓膜が破れそうになるほどの轟音が鳴り響く。
「今だ!!!」
ルドは剣の先から電撃を発射しようとする。これを顔面に喰らったらひとたまりもない。そのはずだった。
「グアアアアアア!!!!!」
ドラゴンが口から光線を発射した。
「何!?」
ルドはその光線をまともに浴びてしまった。
ルドは大きく吹っ飛ぶ。木々を破壊し、大きく飛ばされる。そしてルドは地面に叩きつけられた。
「ぐは!!」
ルドは吐血する。着ていた鎧はボロボロに破損してしまった。
腕と脚が動かない。重傷だった。ルドは大の字で空を見上げる。
「く、くそ…!!」
土を掻きむしり、起きあがろうとする。全身から血が流れる。震える脚を押させながら膝に手をつき立ち上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
笑う膝をなんとか動かす。
「(ここで負けてはダメだ…。俺は勇者だ…。こんなとこで犬死なんて、してたまるか…!)」
ルドの脳裏に忌まわしい過去がよぎる。
血まみれの部屋、二つの死体、それを足蹴にしている白い髪の顔面がひび割れている女。
吐き気がするくらいの忌々しい思い出。
「(まだあの世に行くにははやい…)」
勇者たるもの常に強くなければならない。勇者たるもの命をかけてでも目の前の敵を倒さなければならない。
あの時約束したのだ。スミレとの大切な約束だ。
震える手で黄色い縄を掴む。跨ごうとするが思わず転んでしまう。
「う…」
だが立ち上がる。7回転ぶまでは負けじゃないのだ。咆哮がこだまする。まだ暴れているか、それとも…。
「あいつも山頂についたってことか?」
急がないといけない。功績を取られるわけにはいかない。名も知らない顔も知らない男がドラゴンを倒しては自らの勇者の地位は地に落ちる。
そうなれば、本来の目標すら達成できなくなる。
森を駆け抜けた。あたりは炎に包まれている。そしてそこには、傷だらけのドラゴンと無傷のフードの男。
「…!」
やはりあの男もここまできてしまった。しかも自分が手こずっている相手を圧倒している。なぜだ?何者なんだ?なぜ涼しい顔でいられるのだ?この状況で。
「お前…!」
男はこちらに反応する。
「あれ、ボロボロだね。大丈夫?」
その言葉はルドの逆鱗に触れた。
傷も忘れて男に突っかかる。
「おい、貴様…」
「今は僕に突っかかる場合じゃないよ」
いちいちかんにさわる。
「どけ、こいつは俺のものだ…。お前は手を出すな…!」
「なんで?君ボロボロでしょ。休んだほうがいいよ」
「うるさい!」
ドラゴンは二人の会話に割り込んで口から炎を放つ。二人はその炎を避ける。男は大きく飛びあがり、ドラゴンめがけて迫ってくる。
「ぐ…!」
だが男はルドに蹴られ、横に吹っ飛んでしまう。
「いてて…」
「手を出すなと言ったはずだ…!」
男は立ち上がって埃を払う。
「なんでそこまでこの戦いにこだわるの?」
ルドは男に背中を向ける。
「俺には勇者の信念がある…。そして勇者としてやらなければならないことがある…」
「自分の承認欲求だけで成り上がれるほど勇者は甘くないよ」
「知ったような口を聞くな!俺にとって勇者の看板は大事なんだ!勇者として必ず逃げず目標を達成する!」
男は呆れたようにため息をつく。
「そもそも君だけでこのドラゴンに勝てるの?」
「当然だ!」
「そっか」
男は刀を地面に置く。
「僕は先に帰るよ。この戦いは君に譲ってあげる。君が欲しがったこの刀もあげるよ。じゃ、頑張って」
男は後ろを向いて手を振り下山する。
「…」
ルドは無言で剣を構える。ドラゴンが嘲笑うように雄叫びをあげる。孤独な男の無謀な戦いが再び幕をあげる。




