第10話 インビジブルマルチプル
シオンと別れたミントは再び灰の魔女の調査をしていた。
いつも通り国民の噂話に聞き耳を立てるだけだったがめぼしい情報は特になかった。
「(収穫なしか...)」
そう思い帰ろうとするとある奇妙な貼り紙を見つけた。
自分の手配書と一緒に貼られているそれをミントはまじまじと見つめる。文字を読むのは自信が無いが書いてあることはかろうじて読めた。
その手配書に貼られていた写真は銀髪に右目が髪で隠れたギザ歯が特徴の女だった。その写真の下に書かれた文字にはその女の名前と罪状が書かれていた。
『灰の魔女 ドールズアイ 危険度 ランクS 罪状 雲の国を征服。その国の住民を自身の居城に幽閉。 捕縛最優先 場合によって殺害 懸賞金93270000マイル 見つけたら魔女警察に通報し身を隠すこと むやみに近づいてはならない』
隣にある自分の罪状(窃盗 万引き 盗んだ魔獣で走り出した罪)とは比べ物にならないくらい重い罪状を持ってるこの女の顔を軽くメモするとミントはその場を後にした。
この前のリーカス共和国の件 そして今回の灰の魔女の貼り紙、この一連の騒動に深く関わってる人間について、ミントは思い当たる節があった。
国の征服、能力者か特級の魔女にしかできない行為であろう。
「(ドールズアイ...。僕もこの女について少し調べておこう..)」
─────
「あ、いたいた!ねーねー!」
情報収集を終えて帰ってる時ミントは背後から声をかけられた。
振り向くと声の主は勇者ルドに付き添っていた魔女スミレだった。
「探すのに苦労したわ〜。覚えてるかしら?ルドと一緒にいたスミレだけど」
スミレは小走りでミントに近づき要件を伝える。
「ルドからの伝言!当日はホタテ山付近の広場集合ですって!早朝の8時に来て欲しいって言ってたから、遅れちゃダメよ!」
「うん、わざわざありがとう」
「じゃーねー!明日またよろしく!」
そう言ってスミレは去っていった。
色々ありすぎて忘れてた。というのが正直な本音だ。
あの勇者にそれほど魅力を感じない。勝負を引き受けたのは自分の看板を下ろされてでも這い上がれるか試してみたいから。ただそれだけ。人間が傲慢になれるのはそれに見合った看板を背負っているから。その看板は金にものを言わせたか、実力で掴み取ったものか、ルドという勇者はおそらく前者であろう。
だがその地位を脅かすのみならず剥奪されたものは途端に謙虚になりどんどん下降していく。這い上がれる人間もいるだろうが失った地位を取り戻すことは難しい。
「(あの子が本当に勇者の器なのか、それが見たいだけなのかも)」
それ以外は興味ない。勝ちをもらい相手の価値すらも貰う。勝負というのはそういうものだ。
村に戻ると家の前に2人の少女がいた。
アンナとキャロルだった。
2人はミントの存在に気がつくと手を振って声をかける。
「おかえりー!今日は早かったね!」
アンナがミントの元へ駆け寄る。
「ただいま、アンナもキャロルもお疲れ様」
「ジョニーさん!」
キャロルもミントの元に駆け寄る。
「先日はありがとうございました。あれ以降前よりも綺麗なお花が作れるようになって、友達も沢山できて前よりも生活が楽しくなりました!」
キャロルが笑顔で近況を話す。
その様子を見てアンナに小さな声でヒソヒソと話す
「ミントってキャロルにはジョニーって呼ばれてるの?」
「うん、名前出したら通報されそうじゃん」
ヒソヒソと話す2人を見てキャロルは心配そうに声をかける
「ヒソヒソ話してどうしたんですか?」
「い、いや!なんでもないよ!」
2人は同じ言葉を言ってその場をごまかす。キャロルは肩をすくめると1本の木の棒を拾った。
「ジョニーさんに進化した私のライフウェポンを見せたくて」
そう言って木の棒に力を込める。
「ん!!」
すると棒の幹からたちまち桜が咲いた。
「おお、すごい...」
思わず声が出る
「あの事件以降進化したんです。私のライフウェポンが、触れたものに花を咲かせることができるようになって、花も綺麗になって、お花屋さん以外でも手品師としても活動できるようになったんですよ?」
「すごいじゃん!キャロルの能力は唯一無二だから、それでみんなを幸せにしてね?」
ミントはキャロルの頭を撫でる。
自分が助けた女の子が心に傷を追うことなく前を向いて歩き出せるようになってミントは幸せだった。
「そろそろお店の準備をしないと、ジョニーさん。また今度私のお店に来てくださいね」
キャロルはそう言ってミントに手を振って去っていった。
「あ、アンナちゃんもぜひ一緒に!」
最後に一言そうつけ加えて。
「バイバイキャロル!」
アンナもキャロルの後ろ姿に手を振って応えた。
キャロルを見送るとミントはアンナに話しかける。
「アンナってキャロルと仲良いの?」
「うん!キャロルとは1年生の頃から仲良しでよく一緒に帰ったりお花もらったりしてるんだよ!」
「そうなんだ」
ミントは笑顔で相槌を打つ。天真爛漫でいつも元気なアンナと優しくて聡明なキャロル。確かに相性がいいかもしれない。
「アンナって友達たくさんいそうだけど、キャロル以外にもいるの?」
その言葉にアンナは一瞬言葉を詰まらせる。そして袖をぎゅっと握り笑顔返した。
「...もちろん!アンナ友達沢山いるよ!」
「?」
違和感を感じたが詮索はしないでおこう。ミントはこの話を追及しないことにした。
────────
その日はいつもより早く寝た。集合時間に遅れないように。早朝の8時に集合、9時に開始とのことだが午前中で終わる。簡単な賭けだ。ドラゴンなんて敵では無い。
そして当日、ミントは集合時間の30分前に既にホタテ山近くの広場についていた。方向音痴なので多少迷ったが、アンナに渡された手書きの地図を頼りに何とかたどり着いた。
小鳥の鳴き声と魔獣の唸り声がこだまし、早朝5時起きの太陽の横を大きな影が飛び去っていく。その影はホタテ山の山頂に入っていき、咆哮をあげた。
「(そろそろか...)」
ミントは空を眺め、ルドの到着を待っていた。
7時55分、ルドは現れた。従者のスミレと共に。
「驚いた。俺たちよりも早く着くなんてな?偉いじゃないか」
ミントの姿を見るなりルドは嫌味を込めてそう言った。
ミントはルドを無視すると隣にいたスミレに会釈する。
「今日はよろしくお願いします」
「う、うん。こちらこそ」
ルドに対しては目すらも合わせなかった。あまりにも露骨すぎる対応にルドは舌打ちする。
「子供みたいなやつだ。俺なんか興味がない。それを必死にアピールしおって」
「余り喋らない方がいいよ君」
ようやく返した言葉もこれだった。
「この....!」
ルドはなおもミントに噛みつこうとするがそれをスミレが止める。
「喧嘩はそれくらいにして、これからはルール説明に入るわ。2人とも、真剣に聞きなさい?いいわね?」
ルドは「ふん」と鼻を鳴らしそっぽを向く。
「まったく...」とため息をついてスミレはルールの説明を始めた。
「開始は9時から、12時までにこの山の山頂のドラゴンを退治できた者が勝者となります。倒すのはドラゴンのみで山中の魔獣は原則殺害禁止!襲ってきたなら気絶程度に済ませなさい。凶暴な魔獣が沢山いるから、たとえ死んだとしてもこちらは責任を負わない。山中で死亡した場合は生き残ったものが勝者よ。負けたものはお互いが提示した条件に従うこと!12時までにドラゴンを倒せなかったら勝敗は無効になります。ルール説明は以上!」
「先生質問です!もし魔獣さんを殺しちゃったら殺した人はどうなるんですかー?」
少女の質問にスミレが答える。
「殺した時点で失格よ。この山の魔獣は希少種が多いから捕獲販売殺害は禁止されているの。だから私が責任もって魔女警察に突き出すわ。って、あなた誰!?」
スミレは思わぬ乱入者に思わず驚いてしまう。
「アンナ、なんでここにいるの?」
ミントの問いに乱入者。アンナは答える。
「心配でついてきちゃった!それに面白そうだし!応援もしたいなって!」
アンナは腕を後ろに組みながら笑顔で語る。
「すみませんスミレさん。この子は僕の居候先の女の子でして」
ミントは少し恥ずかしそうに事情を説明する。
「なるほど。別に勝負の邪魔をしようとしてるわけじゃないのね。わかったわ。アンナちゃんだったわよね?2人が勝負してる間お姉ちゃんとお話でもしながら見守りましょうか」
「うん!アンナこういうの見るの大好き〜!」
アンナの観戦も許可したところでスミレは本題に戻る。
「もう質問はないわね?コホン....。これより、お互いの威信をかけたドラゴン退治を始めます。制限時間は4時間。では、スタート!!!」
合図と同時に2人は走り出し、ホタテ山に入っていった。
山中にはスミレの言う通り様々なモンスターがいた。緑の生い茂る麓の獣道を登っているミントを無数の視線が突き刺す。
「...!」
ミントは刀を抜く。そして僅かな足音を聞き分けるために集中力をあげる。
「────!!!」
死角から何物かが飛びかかってきた。ミントは前転してそれをかわす。そこをさらに2つのビームが追撃をかける。ミントはジャンプしてそれをもかわす。
攻撃の主は大きさは2mを超えるであろうピンク色の蟻だった。目は赤く、黒色の複眼に前足はノコギリのような異様な見た目の蟻の魔獣だった。
そいつらは5体もいた。ジリジリとミントを囲い、気味の悪い呼吸音を鳴らしながら近づいてきた。
「あまりに君たちを傷つけたくない。ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」
そう言ってミントは斬りかかろうとしたその時
「─────!!!?」
前方の蟻が突然発火し始めたのだ。
その蟻はしばらくもがき苦しむが、仲間が胃液で消火してくれたので何とか一命を取り留めた。
「ドラゴンを倒す前にお前に俺の能力を教えてやろうと思ってね?そこの蟻共で実演してやろう」
火を起こした主はルドだった。
ミントは刀を収める。この男の能力なんぞ興味もないが一応見てやることにした。
ルドはミントの前にたつと、手から火の玉を作り出す。
「魔法には5属性あってね。練習すれば一応は誰でも習得可能だ。炎 水 雷 風 土 の5つ。適性を持つ属性を魔女は基本使える。属性がないのにその魔法を使ったって雀の涙ほどしかないからね。」
ルドはそう言うと炎を身にまとい先程の蟻に突進する。
その蟻は早すぎる攻撃についていけず、そのまま宙に吹っ飛んで行った。
「(魔法の精度は中々だな...)」
伊達に勇者を名乗っている訳では無いと思った。炎魔法の利点である攻撃力の高さを上手く使うことができている。
ルドは蟻たちの吐く胃液を土の壁で防御したあと、その壁に手を当てて左右の2匹を雷魔法のビームで気絶させる。
その精密性はデルフィニウムにも劣らなかった。あっという間に残り2匹になった蟻達は土の壁をよじ登ろうとするがルドは飛び上がって前方の蟻の後ろに着地。風の手刀で死なない程度に身体を切り裂いた。
そして残る蟻も土の壁越しの水の魔法で蹴散らした。
蟻達を倒し終えるとルドは後ろを向いたままミントに話しかける。
「これが俺の能力【マルチプルアウト】俺は5属性全ての魔法に適性を持っているんだ。この能力が発現して以来、ずっと俺はこの能力で闘ってきた。どんな魔女にもひけはとらんよ」
そう言ってルドは高笑いする。
「まあ、ドラゴン退治の時にまた改めて見せてやるよ。お前はその時、自分の言葉の一つ一つ全てを後悔するだろうからな。」
そう言ってルドは奥深い山中に入っていった。
確かに能力の強さはわかったがそれだけであの自信に繋がるはずはなかった。
ただの小物だと思っていたが大口叩けるだけの一定水準の実力を持っているのだと疑問が核心へと変わった気がした。
「(ちょっとだけ真面目にやろう)」
ミントはフードを深く被り、ルドの後を追って山奥へと入っていった。