閑話 隔離世界の優雅な一時
隔離空間には、現在ほぼ全ての住民が住んでいる。宿泊場所や娯楽施設、ショッピングモールなど、生活するに困らない建物は多くある為、不便だと感じる住民は恐らく少ないだろう。
表世界の住民を収容するという事で、空間は大きく作られた。
作ったのは神の一柱である[時空覇者]で、そこの管理を任されているのは、魔王組織の《地紋層》。普段は地底の深くで過ごしている精霊達だが、この空間の管理者を任せられた。
そして、この大役に心が躍っている1人、否1精霊がいた。
「よってらっしゃい見てらっしゃい!今なら絵本1冊280,000オルム!」
道端で広げた机の上に何冊かの絵本を置き、椅子に座って扇子で自身に風を送っているのは[沙耶香]。風を司る使命があり、現在もそれは遠隔で行っている。
だが今はそんな事より、街行く人を眺めながらぼったくり価格で外世界の絵本を大声で宣伝する事が楽しいのだ。
余談だが、外の世界のものは、この世界のものよりも割高だ。それは、外から持ってくるという手間込みで高くなっているのだが、相場は2800〜3500オルム程である。
法外の値段。流石の大魔王も見逃せないだろう。
ここにはいないが。
そんな彼女の背後から、腕が伸びる。
そして、なんの躊躇いもなくチョークスリーパーを仕掛けた。
「何を幾らで売っているのか教えてもらおうか悪徳商人」
「し、しぬ……はな……じで……」
呆れた顔で技をかけ続けるのは、同じ精霊の[銘霞]。土を司る精霊で、〘虚妄世界〙の地盤を強化しつつ、隔離空間全体も守っている。
そんな2人の前に、人影が立ち止まった。
「あ、あの……」
「ああ、アリア先生」
[イージス・アリア]、学園の方で歴史を担当している教師。
そして、現在参戦中のサーガと同じ《玲瓏の理想郷》に属する魔王。
……戦力外の為この世界に連れてこられた、悲しき存在である。
とは言え、アリアだけが、というわけではないが。
銘霞は、沙耶香の首を解放するとアリアへ向いた。
「お久しぶりです。どの本をお求めですか?」
「えっと……大丈夫……?」
「大丈夫ですよ」
銘霞は穏やかに答えながら、背もたれに寄りかかってぐったりしている沙耶香を椅子から蹴り落とし、何食わぬ顔で腰掛ける。
あまりの粗雑な扱いに、アリアは内心で慌てふためいた。
顔に出なかったのは、ナイティアがいつもボコボコにされているのを知っているからだ。
正直慣れたいとは微塵も思わないアリアである。
「それで、どの絵本に致しますか?」
「えっと……じゃあ、これ」
言葉と共に指したのは、青の服を着たねずみと、赤の服を着たねずみが1つの籠を持っている表紙の絵本だった。
「畏まりました」
「え!280,000」
「黙れ」
「ぐえ」
復活した沙耶香を足で踏みつけ黙らせると、それをアリアへ差し出す。
「では、2,800オルムになります」
「ん……はい……」
何枚ものコインが並べられる。
それを見て、銘霞はその内の4枚を僅かにアリアの方へ移動させた。
「これだと3,200オルムですね。では、こちらで……」
「あ、えっと……そ、そうじゃ、なくて……」
「はい?」
不思議そうに訊ねた銘霞に、アリアは少しだけ口をもごもごと動かしてから答えた。
「その……よ、4人に、任せっきりだし……僕も、その……魔王なのに……何も出来なくて……だから、えっと……お礼の、分……」
銘霞は驚きに目を開き、直ぐに頭を下げた。
「ありがとうございます。では、これは受け取らせて頂きます」
返答に、アリアは安堵したように微笑んで、絵本を受けとると足早に去っていった。
向かう先は宿泊施設だろうか。
「……良い人だな」
「あれ人なの?光の化身じゃないの?どっちかって言うと」
「そうかもな」
貰った3,200オルムを、机のしたから取り出した箱の中にいれる。
初の売り上げだ。
「……」
視線を感じ、そちらを向くと沙耶香と目が合った。
踏まれていることについての異議申し立てかと、足を退かすも立ち上がる様子は無い。
「……天萊達、大丈夫かな」
地面に這い蹲った体勢のまま、不安げに訊ねる蒼穹の旅人に、大地の番人は無言で頷く事で答えとした。
たまにはこういう平和なものを…




