強者である意味
夜。
穂は、学校の屋上のフェンスに寄り掛かり、下を見詰めていた。
普段ならば明るい筈の街並みは、住民が居ない為に暗く、そして静かだ。
まるで、今の彼の心を映しているかの様に。
「こんな所で何をしているの?」
不意に背後から声をかけられる。聞き覚えのあるその声音に、振り返る。
夜闇に溶けるほどに暗く紅い髪に、血のように赤い瞳。纏った着物も、下駄さえも全て赤。
「……紅葉さん」
誰かに言った所で、どうなるとも思えない。
これは穂の問題で、解決するのは自分以外にいないのだから。
それでも。
「……俺は、戦線から退く」
何か一つ、諦められるきっかけが欲しくて。
「気付いたんだ。……俺が傷付けば、あいつも傷付く、って。大切な奴1人すら守れない俺に、あいつの隣は務まらない。そんな俺が戦った所で、足を引っ張るだけになる。……だから、もう……やめる」
その為の、口実を求めて。
「俺は別にいい。……けど、あいつには傷付いて欲しくない」
目の前の紅に目を止め、全てを話す。
その言葉を聞いた紅葉は一歩、足を踏み出した。
闇に紛れたストレートの紅が揺れる。
「そう。それなら仕方ない。
──影星の事を、殺すとするよ」
「……は……?」
思考が固まる。
漸く発せた言葉は、たった一音。
その中には、怒りが滲んでいた。
「影星が来るまでは戦えてたんだろ、それなら変わる前に戻せばいい。簡単な話だよ。記憶だって消してあげる」
「人の命をなんだと思ってっ!」
「キミなら分かるでしょ?」
「お前……!」
空気が震える程の殺気が場を支配する。それさえも、紅葉は意に介さず、相も変わらず底冷えするような、光の無い瞳を真っ直に向けられる。
「嫌ならボクを止めてみれば?」
「ああ……そうさせてもらう」
踏み込み。
屋上に罅が入り、割れて砕け散る。
勢いで紅葉に殴り掛かるも、拳は空を切り、屋上の地を叩き割るに終わる。
「ッぐ……」
いつの間に背後に回られたのか、蹴り飛ばされフェンスに衝突する。
視界が一瞬暗く染まった。
だが、すぐにフェンスを掴み立ち上がると、目の前の敵を睨み付ける。
「そんなもの?」
「舐めんな……!」
力強く柵を蹴り、飛び掛った。
─────
「………」
数分後、穂は地に横たわっていた。
一撃すら与える事が出来ず、相手の攻撃は一度も躱す事が出来ない程の惨敗。
「終わりか。もうすこしやると思ったのに…」
カン、と下駄の足音が近付いて来る毎に、死を悟って、静かに目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、雇い主とそのパートナー、そして相棒。
瞼の裏からでも分かる光に、覚悟を決めて──
──消えた。
「……え?」
思わず目を開くと、紅葉は背を向けて立っていた。
「そんなに簡単に諦めるな。キミは、影星の隣に立ちたいから夜鴉に鍛えてもらったんでしょ」
カツン、とまた下駄の音が鳴る。
「キミが本当に影星の事を大切に思うなら、逃げるんじゃなくて立ち向かう事だ。自分の力で、今を超えるんだ。そうすれば……」
風が吹き、赤黒い髪が横に流れる。
同時に、受けた傷が瞬く間に治癒されていった。
「大切な人を守る事が出来るよ」
どこか悲し気なその声に、穂が口を開こうとした時には既に遅く。
その姿は消え失せていた。
「……逃げるんじゃなくて立ち向かう、か」
取り残された屋上で、穂は一人呟く。
「……また、自信を持って、隣に立てるようにならないとな」




