開戦二日目
觜霊が転移した先は、学園内の保健室。
一刻を争う事態にも関わらず、転移先は的確だった。
現在雨飾は不在で、待機しているのは美麗とクレセントダイバー・ディバスト。ソファの上には、緋嶺夜、黎焔炎、柊薔薇の3鬼が座っていた。
觜霊に抱えられてきた2人を見るなり、美麗は驚いた表情を浮かべ、クレセントは顔こそないものの動揺を露にして駆け寄ろうとする。それを制止して、美麗はクレセントに指示を出した。
「なんで……いやまずは治さないと!クレセントベッド用意して!」
「わ、わかってる……!」
パタパタと空いているベッドを直すクレセントを横目に、美麗は水道から桶にお湯を入れる。
状態から凍傷だと素早く察知し、温水を用意するのは流石である。
「生きてる?」
「うむ。お主ならば治せるだろう」
「そうだけど、そうだけど!……まずは氷を溶かさないと」
まずは凍傷を起こしている部分を、温水の張った桶の中へ入れ温める。
並行して、氷を溶かすために、保健室に備え付けられている電子レンジに濡れたタオルを入れ、熱したものを傷口の上に置いた。
溶かすだけなら手動である必要はないのだが、保健室で魔法を使うこと自体が危険であることに加え、今の状態のサーガとナイティアにぶつけたらどうなるか分からない。
それよりも、安全かつ確実な方を選択しただけだ。
「あの……」
応急処置をしていると、目覚めたのかみのりがカーテンを開けて覗いていた。
美麗は慌てて声をかける。
「みのり!起きて大丈夫?」
「あ、はい。もう平気です、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げたみのりは、ふとサーガとナイティアの方を見る。
「……奇跡……なら……か……」
「みのり?」
何かを呟いたみのりに訊き返すと、少しだけ悲しそうに首を振った。
「なんでもないです」
そして、保健室を出ていく。
追って話を聞きたい気持ちもあったが、今はそんな事をしている場合ではない。
「みれれ、ベッド用意できた!」
「分かった、觜霊寝かせるから手伝って!」
「承知」
美麗はサーガ、觜霊はナイティアを抱え、ベッドまで運び寝かせる。
新たに入れ替えた温水を用意して、置いたところで、
『美麗、觜霊。生徒会室まで』
夜鴉から念波会話を受け取った。
唐突な呼び出しを受け、美麗と觜霊は顔を見合わせる。
「ごめんクレセント、呼ばれたから行ってくる」
「すまぬな、我輩もだ」
「え、あ、うん!」
揃って保健室から3階の生徒会室まで転移で飛ぶ。
一足先にいたのか、個別に呼び出されたのか、それとも先程の流れで一緒にいたのか。
それは分からないが、紅葉も壁に凭れかかって立っていた。
「どうしたの?」
美麗がそう声をかけると、夜鴉は身体を3人の方へ向けた。
「色々と。……まずは觜霊」
名指しされた觜霊は、大人しく頭を下げた。
「指示を無視し、独断で行動した事、誠に──」
「違う」
遮られるとは思わず、それ以上謝罪の言葉を紡ぐ事を夜鴉の声が留めた。
「お前が俺に従わなかったからあいつらを救い出せた。……感謝する。今回の件……俺の見通しが甘すぎた……」
「仕方ないよ。裏世界と戦うのは今回が初めてで、情報も事前に菊花が教えてくれた事以外は何もなかった」
「そうだよ!だからあんまり責めないで、ね?」
紅葉と美麗の言葉に、夜鴉は小さく頷く。
かと思えば、すぐにその視線は觜霊の腰辺りへと向いた。
「お前……刀は?」
「……視界不良の中、2人を抱えながら逃げるのは難しいと判断し、置いてきた」
「……そうか」
頭を上げて、夜鴉を見つめる觜霊に、多くは言わず切り上げる。
話は終わり。
そう思った3人は、続く指令に耳を疑った。
「とりあえず、あの裏世界は紅葉に行ってもらう」
「な……!?」
「待って、それは……」
「聞け」
抗議の声を上げようとした觜霊と美麗を制すると、空中に浮かぶモニターを振り返った。
いつの間にか、一つ増えたモニターはどこかの茂みを映している。
「いくら未知の相手とはいえ、あいつらが負けるとは思えなかった。永克覇王の奴らは動かすには不安がある。……正直、裏世界にあんな制約がなければ紅葉に行ってもらうのが最善だと思っている。一番速くて確実だ」
あんな制約……つまり、裏世界が崩壊すると表世界が崩壊する現象の事だろう。
それさえなければ、確かに紅葉が適任である事は間違いない。
けれど、それがあるのに実行するのは、殆ど道連れと同じ。
「それは……そうだけど、でも」
「いいよ美麗。ボクが行く」
「でも……」
「大丈夫。まだ1つしか壊れてない。それに、ここで消極的になって他の犠牲を払うのも良くない」
「……わかった」
紅葉の曲がらない意思を確認したのか、美麗は了承の意を示して引き下がった。
本人が自身の能力を鑑みて、そして出した答えなのであれば、とやかく言う筋合いはない。
「美麗、サーガとナイティアの容体は?」
「今はクレセントに任せてるけど、生きてはいるから大丈夫。ただ、すぐには動かさない方がいいかも。みのりはさっき帰ったよ。多分ヘヴィー達の所だと思う」
「そうか。影星は?」
「そっちは分からない。来てないから。でも多分寮の部屋か、そうじゃなければヘヴィー……かな」
「他には?」
「あのク…………雨飾は心夢に呼ばれたみたい。流石にもう帰ってくると思うけど」
少しだけ思案顔になった夜鴉は、一つのモニターに視線を注ぐ。
それは、誰も映っていない、何の変哲もない茂み──違う。よく見れば、地面が擦れ、木々が倒され、破片があちこちに飛散している。
明らかに、戦闘の跡が残っている。
「……分かった。保健室に世話になる奴が増えるだろうが、お前に任せる」
「え?うん、了解」
「ボクは今から行った方がいい?」
「どうせ動ける奴はいない。明日でいい」
「そう。……ねえキミ、昨日まで……今日まで?何を急いでいたの?」
紅葉の問いに、少しの沈黙の後に夜鴉は答えた。
「元はさっさとこの戦いを終わらせて邪王連中を殺したかった。が、追えなくなった。それだけだ」
─────
美麗が保健室へ戻ると、新たに6人が増えていた。
「えっと……」
「なんかね、弥月黄曰く化け物にボコボコにされたらしい」
「威弧燈達が?」
「そう」
空いたソファに座らせられた怪我人、否、怪我鬼達はしきりに自分の怪我……ではなく、ボロボロになった自分の服を気にしていた。
こんな時でもマイペースなのは一周回って尊敬に値するな、と美麗は少しだけ思った。
「とりあえず治すけど、これって誰にやられたの?」
「影星とかいうあれ」
「あー影星ね、うんうん……両方とも災難だったね」
影星を化け物呼ばわりするとは不思議だな、と付き添いの弥月黄の言葉に心の中で首を傾げながら、3鬼の治療を済ませていく。
後で付き添いに話を聞いたところ、家が壊されたようで今夜は永克覇王全員が学園に泊まることになったようだ。
攻略した裏世界は昨日と併せて6つ。
進展は大きかったが、犠牲も発生した。
そして、影星に起きた謎の現象。
それらを残し、夜の帳が降りるのだった。
残る裏世界は、後7個。




