白銀世界-ヴァルハラ ρ-
サーガ・ファイスとナイティア・ノクト・ブラッドノヴァは、雪と氷に彩られ閉じられた都市、《ブリザアングラナヴィア》へ来ていた。
ここに、裏世界へのワープホールが1つ、出現したということだ。
街は全部で5つあり、それぞれが独立している。街と街は氷で出来た透明な橋が架かり、どの橋から渡っても都市を1周出来るようになっている。
今回、ワープホールが現れたのは、中央の街。
ふわふわと、宙に浮いた薄水色のそれを見上げて、サーガは呟く。
「……寒い」
「温めてやろう」
「死ね」
白衣の前を広げ、腕を引き寄せたナイティアの鳩尾に光を1発ぶち込んで離れる。隠そうとして隠し切れなかったのか、喜びを孕んだ笑い声を聞いて、寒さとは別の悪寒が走った。
サーガも何故かはよく分かっていないのだが、ナイティアにストーカーされている。
唯一心当たりがあるのは、魔王組織となって数十年後のこと。
同族のイージス・アリアとナイティアの同類、クレセントダイバー・ディバストとの戦闘を仲裁する為、たまたまナイティアも同じ目的で来ていた。そこで一言二言、謝罪の言葉を交わした程度しかないはずなのだが……
本当に、よくわからない。
「もうお前のセクハラはこの際後でいいから早く行くぞ」
「お前がそういうなら」
この緊急時にまで何も変わらない同僚に呆れながらも、裏世界へのゲートを潜り抜けた。
─────
降りた先は暗闇だった。
何も視えず、何も聞こえず、何の匂いも、気配すらも、一切が無い。
「ナイティア、いるか?」
その質問にも、答えは無い。
まさか、分断されたのではないだろうか。
確認すべく、気配ではなく魔力を辿ることを試みる。
然しそれも、感じる事は出来なかった。
「……一旦適当に使ってみるか」
能力名、【権利掌握】。
通常状態のサーガが持つ、唯一の能力。
その名の通り、他者の権利を与奪する。
行動権利、防御権利、移動権利、果ては──生命の権利までも。
対象者が視界内にいなければ発動しないという条件を利用して、どこかにいるかを探ればいい。
魔力は消費するし、この後の戦闘で不利になる可能性はあるが、その時はナイティアに任せても問題は無いだろう。仮にも魔王という立場に就いている訳だし、決して弱くは無いのだから。
そう判断して、発動の為に魔力を練り上げる。
否、練ろうとした。
「……は?」
予想外の出来事に、自分の手が震えたのが分かる。
何故なら、
「魔力……練れな……」
明確に、身体への異常を理解してしまった。
そして、それに気付いた、ほんのわずかな意識の一瞬。
「が、ッは……」
この世界に来て初めて感じたものは、気配でも、音でも、声でもなく、氷の様な冷たさだった。
─────
觜霊は、ワープホールの前に立ち尽くしていた。
ここに来たのは、別にサーガとナイティアを探し出す為ではない。
どうしても、取り逃した邪王達が気になって仕方が無かったからだ。
報告の後、羅刹と天萊には何も言わずに、邪王連中のアジトにも戻ったが、仮拠点だったようで跡形もなく消えていた。
どこかに身を移しているかと考え、攻略済みの裏世界があった《霞の湖畔》も見に行ったが、それらしい気配は無かった。
そのまま、道なりに転移と移動を繰り返していたらたまたまここに辿り着き、折角ならばという事で入ろうと思ったのだが。
「何故氷の膜が……?」
確かに、この街は寒い地域にあると言える。言えるが、ワープホールを塞ぐように膜が貼られているのはかなり不自然だ。
というか、ここにはあの2人が来ているはずなのだが、存在するという事は未だ片付いていないのだろう。
実力に不足があるとは思っていない。ここは無視をして他の所へ行くべきか。
だが何かあった時が困る。
暫くの逡巡の末、全身に魔力を纏い、氷膜を蹴りつける。
3度程の足蹴りの後、音を立てて割れた。
直後、正常に機能し始めたワープホールが、觜霊を飲み込もうと引き寄せる。
抵抗せず、奥に引き込まれ、視界が暗転する。
「……」
視界はいつまでも闇に覆われたままだが、空気が変わったのを肌で感じ取り、迷わず刀を抜いた。
表世界よりもずっと寒い。ここに長居しすぎると、寒さで魔力のコントロールが効かなくなる可能性もあるだろうか。
裏世界には入ったようだが、感じ慣れた気配は2つ。どちらも微弱だが、生きている様だ。
体温の低下を極力下げる為に、体内で魔力を高速で循環させながら一歩前に出た、時。
「今日はお客さんが3人も来たのです」
冷たくも幼い少女の声と背後に現れた気配に、觜霊は刀を振るった。
感じた手応えでは直撃はしておらず、武器で阻まれたことが分かる。
「今の反応できるのです?ワタシがどこにいるのか分かっているのです?」
「お主が我輩の背後に現れた事は分かっておる。お主がこの世界の核か?」
「そうです、ワタシはノウ。ワタシが、ここの白銀世界の主なのです!」
声高らかに宣言するノウに、少し考える。
逃がすつもりは無いだろう。自分も、サーガも、ナイティアも。
だがこの寒さの中、いくら魔王とはいえあまり長くは留まれない。仮に置いて行くならば、勝てるだろう。然し、言い換えれば見捨てることに他ならない。
それは無理だ。
この時、觜霊の中で優先順位が明確になった。
最も優先すべきは、サーガとナイティアと共にこの裏世界を一度抜け出す事。
もしも間に合わなければ、せめて片方だけでも。
両方が無理ならば、自身がこの手でノウの討伐を行う。
これを成し遂げるためには、視界からの情報を得られない状態で攻撃を食らわないようにしつつ、2人を回収し、護りながら再度ワープホールの場所まで戻る。
少し厳しいかもしれないが、やらなくてはならない。
幸い、気配と音さえ捉えられれば立ち回る事は可能。護りきれるかは別件だが……
今、考えても仕方がない。
「我輩は觜霊。大魔王だ。ここにはたまたま参ったのだが、どうやら仲間がいる様だ。……我輩が申していることの意味は分かるであろう?」
「大魔王!ならここでアナタを倒せば、ノウは大手柄です!」
觜霊の問いには答えず、一方的に仕掛けられる攻撃をいなしながら、尚も気配を辿る。
2人とも、そう遠くにはいない。回収までは容易だろう。その後は相手と2人の状態に左右される。
少しでも無事な容態である事を祈り、一瞬を抜けて気配の方へと駆け出した。




