EP.3 色の無い世界
今回は描写注意回です。出来るだけオブラートに包みまくってはいますが、一応。
日射しが照りつける14時頃、無色はとある場所へと向かっていた。黒い晴雨兼用の日傘に、小柄なその身を隠しながら歩く。
路地裏の人集りが思い出の大半を占めていた。
忌々しい過去に蓋をして、思い出さないようにと決めていたはずなのだが、一歩、一歩と近付く度に、嫌でも蓋が緩んでいく。
ああ、
あんな場所、二度と御免だと思っていたのに。
「そこのおねーちゃんさあ、今日どう?」
「俺は男だ。女ではない」
「ありゃ、そうなの?まあ可愛いからなんでもいいよ。で、どう?」
目の前に2万円を見せびらかしたその男の身なりを一瞥する。
……もう少し、出して貰えそうだと判断した無色は、薄らと笑いかけながら告げた。
「俺はそこまで安くない。……この意味分かるか?」
「は〜、手馴れてんなぁ」
更に財布から1万円。これくらいなら、と妥協した。何が御希望か分からないが、金さえ貰えれば文句は無い。
男は無色の体を抱きながら、近くの煌々としたファッションホテルへと入る。
今更自分の身が惜しいとか、プライドが何だとか関係ない。ただ金に困って、帰る場所もなくて。だからもうどうでもいいというだけだ。
出す物さえ出して貰えれば、自分の事をどう使っても良いと言っている。上に、外見だけは無駄に良かった為に、稼ぐ事は容易かった。
父親、母親、兄、そして無色。
4人家族ではあったが、両親は兄と無色を比較し、兄ばかりを可愛がっていた。
テストで学年一位になっても、実技で良い成績を残しても、全て「お兄ちゃんも出来ていたんだから、出来て当然」と言われ、褒められた事は一度も無い。出来なければ、「何でお前には出来ないんだ」と怒鳴られ、暴力を振るわれる。その癖、福祉施設や警察に駆け込んだ時に限って、体の良い親を演じ引き取りに来る。家に着けば、抑圧と支配は激化していく事に気が付いた無色は、外部を頼る事を諦めた。
ある日の夜、寝苦しく感じ目が覚めた無色は、ついでに水を飲もうと1階へ降りた。
足音を殺しながら慎重に、電気の着いたダイニングの前を通ったその時。
「やっぱりあの子は要らなかったわね」
「そうだな。私達にはお前だけがいればいい」
「無色なんか産まなければ良かったわ」
足が、冷たい廊下の途中で止まった。
「自分はいない方が良かった」
その言葉が、落ち着くべき場所へと収まった様に、しっくりと来た。
自分は要らない。
部屋へ戻り、じっと待つ。
深夜3時を回った頃、荷物も持たずに寝巻きのまま、靴下を履いて再度下へ降りる。
ダイニングの電気は消えている。寝静まった時間を見計らったのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、気配がない事に安堵した。
自分の靴に足を突っ込むと、鍵を開けて外に出る。少し風が冷たいが、上着を取りに戻る事すら億劫で、当てもなく夜道を歩く。
こうして、12歳の頃、無色は家を出た。
ふ、と意識的に周りを見た時は、煌々としたビルが立ち並ぶ街中に立っていた。
「アンタ、初めて来たばっか?」
少女の声に横を向いて、目を見開いた。
足元には、酒と思わしき空き瓶がいくつも転がっている。
明らかに、未成年飲酒だ。
「……ここは?」
「ここは、居場所のない子供達が集まる場所だよ。アンタも同じ。違う?」
「……違わない」
少女の言葉を肯定すると、彼女は無色を手招いた。
着いていった路地裏には、同じ様に何人もの男女がたむろしている。
「歓迎するよ、新しい仲間」
それから、この社会で生き抜く術を教わった。
金銭が無ければ身体を売る。寝泊まりは、ホテルかネットカフェ。気を紛らわせたくなった時には、酒と薬を大量に摂取する事、等。
周りの仲間は暖かいと感じた。場所があると感じられた。
誰かから、必要とされる事が嬉しかった。
しかし、その日々も長くは続かない。
定期的に警察が補導の為に訪れる。それに捕まった場合は、家に連絡を取らされ、強制的に家に帰らされる。
そして、家を出て路地裏へと向かう。
それを幾度と無く繰り返し、3年が経った一日。
向かいたくもない家路を歩いている途中、赤髪の人間に声をかけられた。
「お前何してんだ?」
「……」
「人が話してんのに無視かよ。ま、いいわ。折角やからちょっと着いてこい、なんかお前おもろそうやし」
「……」
その人間は、無色の腕を掴み向かっていた方向と逆方向へ走り出す。
暫く走って辿り着いたのは一軒家。
赤髪は、ドアを開けると無色を押し込み、自分も中に入ってドアを閉めた。
「黒乃ー?起きてるかー?」
「起きてるぜー」
「入るからな」
靴を脱いだその人物は、無色の靴を力尽くで脱がせると、部屋の中へと連れ込む。
モニターやパソコンが多数設置してある部屋の中に通され、部屋の中心には黒髪の人間。
「よく来たな、名前は?」
「……無色」
路地裏での生活で危機感が消え失せてしまったのか、隠しもせず名前を告げる。
「分かった、宜しくな無色。俺は黒乃、ここの家主で結構稼いでる天才」
「どこが天才だよ引きこもりネトゲ廃人」
「合ってるだろ!!」
明るいノリに気圧され、所在無く視線を彷徨わせる。
「私は影星、この名前黒乃につけてもらったんよ。好きな事は人殺し、そんでダンサーやってる」
「はーお前俺が殺人鬼っていうと怒るじゃねえか」
「殺人鬼って呼ばれんのはちげーんだよ分かるか?」
「分かるわけねえだろ」
また1つ、騒がしさに圧されて居心地の悪さを感じる。
「……何故ここに連れてきたんだ?」
やっとの思いで絞り出した問いに、
「え、おもろそうやったから」
と、影星は事も無げに答えた。
以降、2人と知り合いになった無色は、家に帰りたくないという事を話したら、黒乃はここに住めばいいと、影星には住まわせてやると言われたのだが、それは違うと否定したところ、影星が
「お前の家族殺しといたからあの家住めるようになってんぜ、大丈夫大丈夫外狙ったから家の中は無事やしあいつらの荷物は全部焼却処分したし見つけたやつは片っ端からぶっ殺して証拠隠滅しといたから」
と、人間離れした荒業を披露したことにより、無色は住む家を獲得した。
それからは、あの路地裏には帰っていない。
過去を回想している内、目的の場所まで辿り着いた。
路地裏にあまりにも非行少年、非行少女が多すぎる事から、交番が近くに建てられている。
今回の目的は、そこだった。
交番の前に行き、扉を開ける。
「あの……」
声をかけると、座っていた警察官と目が合った。幸いにも、今は1人しかいない。
「はい」
「捜索願を出したい……のですが」
「でしたら、まずは」
「その相手が、有名な殺人鬼の場合はどうなりますか?」
警察官の目が丸くなる。
それはそうだ、と無色も思ったのだが、これしかない。
「現在そいつは行方不明なのですが、恐らく出したら捜索の後逮捕になりますよね」
「え、ええ……」
「……分かりました」
頭を下げ、交番から出ようとした時。
「もし、本当に捜し出したければ、敢えて私達を頼らない事をお勧めします。相手があれであれば尚更」
背後からの予想外なアドバイスに、少しだけ動きが固まる。
「……ありがとうございます」
何とかそれだけを伝えると、外に飛び出してすぐ様携帯を取り出す。
そして、恩人たるゲーマーへとコンタクトを取るのだった。
注意 この話は自傷行為、深夜徘徊、身売り等を推奨するものではありません。




