開戦一日目
永克覇王は、フィジカルに秀でた集団である。
この情報を知ったアクレシオは、1対4ならばともかく、1対1では正面から戦っても勝率は0だと早々に結論付けた。
理由は単純で、4人全員が近接格闘戦には不向きなスペックの為だ。
そこを補うように、『水音の特殊な周波数により、聴覚を介して身体に悪影響を及ぼす』世界効果があるのだが、それもすぐに目に見えた効果が現れる訳でもない。
この場所に最も近い組織の誰かを向かわせるはず、相手が自分達にとって非常に不利で、何も対策を取らなかった場合の勝率は皆無。という旨を進言されたマリーは、ぼんやりと想像を働かせる。
マリーの予想としては、素の状態なら1対1から1対3までは、0だろうというもの。ここにデバフを加えれば、1対2で勝率は2割と少し程度、だろうか。あまりにも可能性が薄すぎる事に、彼は珍しく頭を捻った。
デバフをかける為に必要な時間は1分程。それまで時間が稼げれば、1人くらいはなんとかなるだろうかと考えて、1人で来る訳が無いなと考え直す。というか、4人で来られた場合は1人ずつ相手しなければならないのだから、その時点で終わりだ。
能力を使えばいいのだが、発動前後の隙に攻撃をされようものなら、一撃も耐えられる気がしないという本音もある。
要するに、前段階からマリーが出した結論は「勝ち目が無い」だった。
それでも一応、表世界と裏世界の抗争という名目があり、裏世界にも主がいる。何もせずに戦闘行為を放り投げる事は許されない。その主から、『協力者がいるから、絶対その人達の不興は買わないで』と言われているのだから尚更。
その為、一応努力し(ている様に見せかけ)、ある程度情報を収集した後に、それらを餌として時間を稼ぐことにしていたのだが。
「邪魔するなら、殺してやるのぜ」
目の前に立つ魔王は、至って本気であった。
何よりも、想定していた雰囲気と違う。
いつもマイペースで変人……変鬼の集まりだと思っていた。
デバフを掛けて2割と少し、では無い。1割半も無いのでは?と、自分の見通しの甘さに、内心で首を傾げてしまった程には想像と実物が懸け離れていた。
尚、普段はマイペースで変鬼である事を、マリーは知らない。
閑話。
渋々ながら構える。勝てるとは微塵も思っていないが、せめて体裁だけは整えなくてはならない。だが、相手が悪いのは事実なのだし、言い逃れは出来るだろう。
そんな風に考えるマリーの前から、威弧燈が消えた。
「か、はッ……」
一瞬の後聞こえた、空気が抜ける様な声。
思わず隣を見ると、ミルディアがその場に倒れ込んでいた。
「……え」
パチパチと目を瞬かせる。
威弧燈は、右手を開きながら一言。
「殺してはないから大丈夫なのぜ」
「……そうじゃない……」
どこか場違いな威弧燈の言葉に、脱力しかかる。
何とか気を引き締めて、指を鳴らし、音を打ち出した。
【音律支配】。
音を操る能力で、リズムを乱すことは勿論、音を鳴らす事で音響として見えない攻撃に転化する事も出来る。
最も。
「大人しくするのぜ」
指を鳴らした程度の音量などたかが知れているのだが。
易々と音波を掻い潜られ、鳩尾に掌底を喰らう。
「(まあ、最低限のことはしたし……)」
その思考を最後に、マリーの意識は闇に堕ちた。
─────
威弧燈が周りを見ると、既に他の2人も終わっていた。
蘭葉蘭の前には、アクレシオがうつ伏せで倒れており、五雨月の斜め前には、正座をしながら甘味を差し出すエルモアがいる。
何が起きているんだ?
聞かない方がいい気がしたのだが、何をしたかくらいは責任をもって聞いておかなくてはならない、という謎の使命感に駆られる。
「終わったのかぜ?」
「うん。肘打ちで」
ふふん、と自慢げに胸を張る蘭葉蘭。恐らく一撃だったのだろう、表情が結果を物語っていた。
「で、五雨月は何貰ってるのぜ?」
「死にたくないから菓子で手打ちにしてくれって……」
両手に洋菓子を抱えた五雨月に、物羨み半分、呆れ半分の感情が綯い交ぜに湧き上がる。
自分だって、早くクッキーを焼きたいのだ。
「行くのぜ2人とも」
「うん」
「了解」
出口へと向かおうとして、ふと思い出した。
「お前は来ないのかぜ?」
エルモアに訊ねると、彼女は諦めた様に答えた。
「基本、外に出られんし。たまたまこの前、出れた時に買ってきた最後の菓子」
「え……いいのか、これ」
「いい。死にたくない」
「殺そうとは思ってないんだが……?」
何か言おうとしたエルモアは、口を閉じる。
それは、何かの願いだったのかもしれないし、ささやかな抵抗だったのかもしれない。
知る術は、ないのだが。
─────
ホールの外に出た3人の後ろで、出入りを拒む様に音もなく閉じる。
異常が無い事を確認した威弧燈は、軽く息を吐いた。
発現していた角が、姿を消す。
「今って何時頃なのぜ?」
「さあ?」
「家、行ってみないと」
行きと同じ道、ぬかるむ階段を昇る。
道中、胸のどこかに小さな違和感を抱えながらも、気のせいだと言い聞かせ、洞窟を出た。
「あいつら、帰ってきてるのか?」
「どうだろう。流石に帰ってきてるはず」
2人の話し合う声が、胸を掻き乱して止まらない。
どうか、無事であれと願いながら、夕焼けに染まる家路を急ぐ。
「みーんなー!帰ってきたのぜー!」
扉を開きながら、敢えて大きな声で呼びかける。
しかし、反応は無い。
「まだ帰ってきてないの」
蘭葉蘭も、家の中へ入り、2人で中を捜して回るも、気配も魔力も感じ取れない事に、一度家に帰りまた出て行った可能性を消し去る。
残る可能性は、とある事情で裏世界から出られなくなっているか、もしくは戦死か。
「……探しに行く?」
「その方がいいかもなのぜ」
もう一度、外に出ようと玄関まで戻った、その先に。
「……!!」
床に倒れかかった五雨月がいた。
貰った洋菓子は近くに転がっている。
「どうしたの?」
「しっかりするのぜ!」
駆け寄ろうと足を踏み出した。
「あ……れ……?」
ぐらりと視界が回り、無機質な床に倒れこむ。
ばた、と音がする方を見れば、蘭葉蘭も同じように崩れ落ちていた。
「らん……は…ら……」
伸ばした手は、虚しく宙を切る。
意識が、闇の中に引き摺られていく。
霞んだ目で、最後に見たものは。
自我をなくしたように、覚束無い足取りで立ち上がった五雨月だった。
表面上は表世界の優勢に見える戦況も、実態はまるで異なっていた。
裏世界の真の実力、そして、この後に起こる、出来事の数々を目の当りにすることになる。
しかし、その未来への布石のみを残し、一日目は過ぎ去っていくのだった。
次は影星視点の一日目の夜、その次はEP.3の無色sideを挟み、二日目にGO
これはネタバレなのですが、二日目はかなりすごいです。主に影星が。




