第零世代
「……聞こえていた、か?」
ヘヴィーの問いかけに、私は少しだけ悩んだ。
これは多分、ヘヴィーにとって聞かれたくない話。なら、無関係な人間は踏み込みすぎない方がいい。
ただ、ここで「聞こえてない」って返してもヘヴィーの事やから、嘘ついてるってのはきっと分かる。多分こいつは、そんな慰めなんて欲しくもないやろし、こいつの事思うなら正直に言った方がいい、よな。
「ああ、八つ当たりだって言葉は聞こえてたぜ」
「おい影星!?」
私が言った隣で穂が焦った様に声を上げる。多分聞こえなかった事にしたかったんやろけど、誤魔化してやるだけが優しさじゃねーと私は思う。
「……そうか」
ヘヴィーは撫子色の目を伏せる。透明な雫が砂の上に落ちた。
「……こんな、言うつもりじゃ、なかった、のに」
「……ヘヴィー」
ヴァリネッタがいつになく優しい声色で名前を呼んだ。
その声に、1つ頷いたヘヴィーは、手で溢れる涙を拭う。
「逃げるなんて、私らしくないな……」
そう呟いて、覚悟を決めたように一度深呼吸すると、視線を上げた。
そして、ゆっくりと語り出す。
「この世界は、[創世者]という神が創った世界だ。そいつは他に自分と似た様な神を四柱生み出し、動物を生み出し、植物を生み出し、生物を生み出した。人間を創り、鬼や天使や悪魔等と呼ばれる異種族を創った。まあ、中には自然発生した奴や、理を逸れ、本来得られるはずの無い神の力を得た奴もいたがな」
一ヶ月ちょい前に読んだ(読んでないけど)歴史書の内容と併せて考えると、『自然発生した奴=紅葉』、『神の力を得た奴=雨飾』か。で、『鬼=永克覇王』と。
ヘヴィーとヴァリネッタは人間やってるらしいしな。
「その中でも、人間という種族は、進化か退化かは不明だが、変化していった。波動の量が減り、扱い方を忘れ、神技を失った。その代わりになるとは思えないが、性別を得、効率的に生活を送る方法を得、争いというものから離れていった」
言葉の節々が涙に濡れながら、それでもヘヴィーは話し続ける。
「私やヴァリネッタは、人間というものを変化させる為に創られた実験台、『試作品 No.null 第零世代』の生き残りだ。他の奴らは、紅葉によって起こされた紅色悪夢や寿命で死に、残っているのは私達のみ」
「……しさ、く?」
隣で穂が、上ずった声を漏らす。横目で表情を見れば、今更理解が追いついたようで、目を見開いたまま人形の様に微動だにしない。穂も初めて聞かされた内容、って事か。
「初めはそんな事、知らなかった。だから、能力に自我と理性を支配された紅葉から、居場所を守る為、必死に抗った。だが、あいつに壊された。その時の私は、自分が試作品である事を知らなかったから、紅葉を恨んだ」
遠くに投げた視線の先、同じ方を見ても、そこには学園の建物しか見えない。
こいつが見てる景色を少しでも見てーけど、それは無理か。
「その後で、私達が実験台だと神から知らされた。……あいつらは、知りたくない事を平然と言ってくるから嫌いだ。こちらの意見も気持ちも全て関係ない様な所も」
"知らなければ、この怨嗟を引き摺る事も無かったはずだ"
ヘヴィーが小さく言い放った言葉を拾い上げて、納得する。
根は優しい奴で、紅葉が悪くない事は分かってる。やから、恨み言も何年か経てば整理出来て落ち着ける、そんなタイプ。
けど、神に余計な事言われて、自分が人間じゃねーただのサンプルもどきってのを知ってから、今度は神に対して憎悪の感情を持った。多分、そうなる前にはいろんな事考えてたはずだ。ま、そのいろんなってのは私にはわかんねーけど、そこに至るだけの何か、例えば存在意義とか、単純に悔しかったとか、怒りとか。
その気持ちが、伝播した結果、紅葉に対しても同じような事を感じたんじゃねーか?
脳は出来事と感情を結びつけるのが得意らしい。
神の言葉で生まれた恨みは、それぞれ神と紅葉に向かった。神に対しては「モルモットだと知らされた事実」、紅葉には「居場所を奪われた事実」として。
出来事と感情をそれぞれ繋ぎ合わせたから、理屈では紅葉が悪い訳じゃねーのは分かってんのに、感情的に怨恨が沸き上がる。
ここでヘヴィーが言ってた言葉と合わせたら、紅葉だけじゃなくて大魔王全体に及んでる可能性も十二分にある。なんせ紅葉がリーダーな訳やしな。
でもこいつは後悔してる。自分が間違ってるってのは、理論で分かってる。
じゃなきゃ、雨飾との会話の後すぐに、八つ当たり、なんて素直に出てこねーだろ。
「すまない。面白くもない話を聞かせてしまって」
「……ヘヴィー」
「幻滅したか?正直に言ってくれ」
諦めたように、自嘲的なトーンで話を終わらせたヘヴィーに、「そんなわけねーだろ」って言おうとして、
「んなわけないだろ」
穂の声が先に聞こえた。
「え……?」
「もしかして、器が狭い奴だと思われて捨てられる覚悟でもしてたんか?」
「あ、ああ、そうだが……」
私の質問に、戸惑い気味に頷くヘヴィー。自己肯定感低い助手の主は、周囲を信じきれないらしい。
まーでも、言いたい事は同じやろし、穂かヴァリネッタが言ってくれるはずだ。
「俺はヘヴィーがどんな奴でも問題ない。大体皆そんなもんだろ。別にお前だけがそんな性格じゃないし、仮にそうだとしても、俺を助けてくれた奴に失望する理由がない」
案の定、穂が思ってた事の殆どを言ってくれた。
その言葉を聞いたヘヴィーは、どう受け止めればいいかわかんねーのか服の裾を握り締めて無言で座ったまま動かない。
「私はお前の事まだよく知らねーけど、優しい奴なのは分かるぜ。ちょっと卑下しすぎなんじゃねーか?」
私の言葉にも無反応。流石に付き合い短すぎて、私らの言葉じゃ納得させるには足りねーか。
となれば、後はこいつのパートナーとして何万年も一緒にいる奴だけ。
「2人の言った通りだし、俺もそう思う」
口を引き結んで何も言おうとしないヘヴィーに語り掛ける。
「俺だって、創造者の事は嫌いだし、紅葉は好きじゃない。そう思ってるのは、お前だけじゃなくて俺もだ。お前がいなかったら、俺はあいつらに突っかかってたかもしれない。俺はお前より感情に動かされるタイプだから、その可能性の方が高い。お前がいたから、今俺はここにいる。お前は、俺を救ってくれたんだよ」
静かに、優しく、諭す様にヴァリネッタは話す。
力が抜けて、両手が服から離れた。
「……そう、か。そうなんだな……」
少し枯れた声で、ヘヴィーは呟いた。
その直後。
「2人共、もう家に戻りなよ」
「なん、で」
会話の僅かな隙を狙った様に、紅葉の声がした。
私は咄嗟に振り返る。
相変わらずの無表情。
「なんで?雨飾に様子を見てきてほしいって頼まれたからだよ。別に人手は足りるし、休む方が先だと思うけど」
「あいつが……?」
驚きと困惑が混ざった声が、ヘヴィーから零れ落ちたのが聞こえた。
「まあ、ボクは見に来ただけだし、それ以上は何も言わないけど」
そう言い捨てて踵を返した紅葉は、付け足すように言葉を繋げた。
「キミらがボクの事を嫌いなのは別に構わないよ。感じ方なんてそれぞれだろうから」
それだけ言うと、今度こそ校舎内へと姿を消した。
「……あいつ、いい所あるな」
「そのようだな」
ヘヴィーとヴァリネッタの会話は、驚く程穏やかで。
そっちに目を向ければ、優しく微笑む2人。
「帰るか?いいって言ってるし」
ヴァリネッタの質問に、茜色の光を浴びながら主は迷う事無く答える。
「ああ……そうだな」
時間は、もう夕方。
パートナーの手を取った主は、私達に笑みを向けた。
微笑とは違う、嬉しそうな、幸せそうな顔。
「ありがとう、みのり、影星」
感謝の念が耳に届いたと同時に、目の前から姿が消える。
家に直接転移した、のか。
「手のかかる主だな」
穂の呆れた様な溜め息と、その言葉が押し出される。
私が同意するより早く、「まあでも」と続いた。
「悪くねえな」
偽りのない相棒の言葉に、私も頷く。
「せやな」
ほんと、めんどくさくて人間らしい奴だよな。
次回は導入に邪王VS大魔王、そして裏世界1つとの交戦で一日目が終了します。
さらっと流しつつ重要な事を書きつつ行きたいです。
そしてこの物語、実は少しずーつあらすじが変化していってます。主に話の進み具合で。
この話であらすじが少しだけ変更されているかもしれません。書き換えが無限に出来るからこそ。




