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戦闘狂の異世界記録  作者: 茜音
異世界探索記-日常-
5/68

神様のいたずら

 中を覗き込むと、奥にツインテール(短いバージョン)と、ツインテール(長いバージョン)がいた。長いツインテールは、ドアを開く音が聞こえたのか、玄関の方まで走ってくる。


「おかえりヘヴィ……隠し子?」

「そんな訳あるかクビにするぞ」

「それ物理的に首斬るって意味だよね?」


 韓紅(からくれない)色の腰あたりまでのツインテールに、ボタン式のワイシャツの上に黒いブレザー。黒のタイツに膝下までの黒のスカート。制服っぽいな…学園に通ってるんか?


「みのり、自己紹介を」


 みのりと呼ばれたそいつは、黒色の瞳を私に向ける。すぐににっこりと笑顔を浮かべた。


「初めまして!雨宮(あめみや) みのり。魔界研究所所長、ヘヴィーの助手兼ボディガードやってるよ!貴方は?」

「影星、ちなこの世界に今来たばっかだ」

「今来たばっか!?どういう何……?」


 困惑を露わにするみのり。……ん、なんかちょっと変な気が……なんでこいつ、日本人名でちゃんとした苗字あるんだ?

 私の名前に苗字がないから、ってのとは別に。やけに日本っぽい名前に常識人っぽい反応……そして子供っぽい。そんな気がする。


「悪いな。こいつは今左手が折れているんだ。手当を頼みたいんだが」

「えほんとに何事……?……とりあえずどうぞ……」


 驚きと若干の引きと共に、私はヘヴィー宅に招き入れられた。


「ヴァリネッタさん、ヘヴィーが連れてきた怪我人の影星って子が来たんだけど」


 奥にいた青紫色のツインテールが揺れる。こっちを向いたそいつは、赤と青のオッドアイに、顔半分には仮面をつけてる。


「手当するからそこ座れ」


 そう言われて、近くの床に座る。ヴァリネッタに若干顔を顰められたものの、すぐに表情を戻した。


「床じゃねぇんだわ、後ろに椅子あるだろ」

「んあ?」


 言われて後ろを見ると、確かに椅子が置いてあった。…けどガッツリ荷物置いてあって座る場所ねーな。退かせと?


「……座れねーよこれ」

「前の方に座ればギリ行けるだろ」


 もう一度椅子の方を見る。確かに前に座れそうな場所あるけどスペース狭すぎるわ。ほぼ空気椅子じゃねーか。


「ギリもギリやろ座れねーよ」

「はー……なんで俺が屈んでやらねぇと……」


 ぶつぶつ言いながらも、私の正面に座り込み左腕を掴む。

 折れてるって言ってんのになんで掴むん?バカなんかこいつ。……いや、まあ手当してくれてるんやしそれ以上はなんも言わねーけど。


「ヘヴィーお前の鎌貸せ」

「勝手に使え」


 ヴァリネッタは投げられた鎌を拾うと、私の左腕に宛てがった。

 すっ、と鎌を引いた瞬間、痛みが消えて腕もまともな感覚に戻っ、た……?


「……すげーなその鎌」


 素直に賞賛するレベルやな。改ざん、って言ってたけど幅広過ぎるな…


「よし、と。……お前、影星って言ったよな?」

「ん、聞いてたんか。そういうお前は?」

「ヴァリネッタ・クロスディール、無性。ヘヴィーのパートナーだ」


 ヘヴィーとヴァリネッタ、そしてみのり……か。

 やっぱみのりだけちょっと異質なんよな……


「さて、みのり」


 周りがパネルや画面に覆われた席に座ったヘヴィーは、みのりに声をかけた。


「影星の事を学園まで……[紅葉(くれは)]の元まで連れて行ってくれ。私は仕事があるし何よりあいつに会いたくない。頼んだ」

「はーい」


 紅葉……さっき言ってた大魔王リーダーか?つーか連れて行くとか言ってたのに来ねーんやな。よっぽど嫌いらしいけど……


「じゃ、行こうか影星」

「OK」


 みのりから差し出された手を握って、私は立ち上がる。

 背後から、ヘヴィーが小さく「今行けとは言っていないが…」とか呟いてたけど無視無視。

 ドアを開けると、みのりは下ってきた道ではなく、家を出て右手の平坦な道を歩き始めた。手を握られてる関係で、私も必然的に横に並ぶ。ふと横を見ると、みのりは少し緊張してる、様に見える。


「……あのさ影星」

「ん?」


 少し強めに手を握られる。手が熱い。


「その…私が転生してきたって言ったら信じるー…かな?」

「…………」


 なるほど、そう来るか。

 異質だとは思ってたけど、転生してきたタイプか……けどそれなら、日本っぽいのも納得やな。子供っぽさがあるのもまだ享年若いから…って考えれば辻褄は合う。


「えっと……」


 何も答えない私に不安に思ったのか、顔を覗き込んでくる。若干の不安と焦りが垣間見えた。安心させるように答える。


「いや、信じるぜ。お前なんかあの二人と違うなって思ってたところやし」

「ほんと?良かった!」


 不安気な表情から一転、にこっと笑顔を浮かべる。安心した様で、手の力が少しだけ緩んだ。


「聞きたいんやけど、なんで転生してきたん?」


 そう訊くと、みのりは明るかった笑顔を曇らせた。視線は地面を向いて、心做しか背後にグレーの背景を背負ってる様にも見える。何?訊いちゃダメな感じだったか?


「あー……えっと……」


 話しにくそうに言い淀んで、みのりは話しだした。


─────


 時は大体半年前くらいの日本に遡る。


「ちょっと買い物に行ってくれない?シチューを作ろうと思って」

「はーい」


 母親に買い物を頼まれたみのりは、近くのスーパーまでお使いに行った。ついでに、気になっていたお菓子を幾つか買っていき、気分はやや上向きだった。

 ちょうど横断歩道の信号が、赤から青に切り替わるところ。

 左右確認をしなかったのが悪い、そう言われてしまえばそれまで。

 然し、どうだろうか。


 どれだけの人が、日常生活で、よそ見運転をしていた……ご老体の女性に撥ねられるなどと、想像するだろうか。

 

 そうして、呆気なく死んだ。


 享年16歳。やり残した事が沢山あるのに……と、後悔しながら天国への階段を登っていた所、自称女神に


「貴方ちょっと手違いで死んでるから本来の時間にまた来てね、じゃーね」

 

 と言われて気が付いたら異世界(このせかい)に転生していた。


─────


「……マジ?」

「マジ」


 異世界転生の王道じゃねーか。死んだんか、お疲れ。

 なるほどな、だからこんなに日本っぽいのか。ってなると、名前も前世の名前使ってるっぽいな。


「んじゃ、ヘヴィー達と一緒にいる理由は?」

「気付いたら森の奥にいて、出られなくなってた所をたまたまヘヴィーに見つけてもらったんだ。それで…住む所もなかったから助手やってる。それと人手不足らしい」

「明らか後ろの方が理由だろ」


 何人もいるように見えなかったしな。二人だけで……いやあいつら普段何してんだって話やけど。私みてーなやつ連れて来るくらいやから案外暇人だったり…は、流石にねーか。ヘヴィーは仕事ありそうやったし。


「それで…もう一ついいか」


 突然、みのりの口調が変わる。女っぽい話し方ってより、私に近い話し方。

 私の話し方が女っぽいとは思ってねーから、男女で分けるなら男に近い。


「……“俺”が能力のせいで女になってる元男、って言ったら……信じるか?」


 いや……いやいやいや。

 信じられねーだろ、流石に。いやでもあるのか可能性は?でも無理だろ。


「流石に信じられねーわ。どんな能力でそうなった理由は?」

「……話したら、信じるか?」

「……まあ、能力とかよくわかんねーけど」


 そうか、とみのりは呟いた。漆黒の瞳がすっと細められる。


「俺が貰った能力は【神様のいたずら】。効果は全ステータスの飛躍的上昇と自動回復。……その代わり、性別転換する」


 ……は?

 いや、だって、証拠もねーし、無理、だろ。流石に。異世界だからって言っていい事と悪い事位はあるはず、やろ?

 ……そっか、証拠か。

 

「えーっと、その能力って自動でかかってるんか?それとも解除とか出来るんか?」

「出来る。ただ、俺はヘヴィーのボディガードやってる以上、能力を下手に解除出来ない。だからいつも女の姿。必然的に話し方も女に寄せてる。自然だからな」

「じゃ、今能力解除もできるんやな?」


 私の問いに、みのりははっ、と目を見開いた。気付いてくれたっぽいな。


「そうしたら信じてくれるか?」

「まー現実なんやし認めざるを得ないやろな」

「分かった」


 じっとみのりの事を見つめる。みのりは、口の中で何かを一言言ったかと思えば、光が溢れ出る。眩しすぎる光に、思わず目を細めた上でライフルで覆った。

 数秒後、光が収まった事を確認して、ライフルを退かした。


 長く綺麗なツインテールは、肩よりも短く、身長も少し伸びてる。手も少し大きくなったか?顔はあんま変わってねーけど、随分男っぽくなった。服装はそのまま、やけど。


 ……これは、認めるしかねーな。


「…どうだ?」

「せやな……お前の言ってる事はマジ、って事がよく分かったわ。疑って悪かったな」

「いや、あれ言われたら信じる方が珍しいだろ」


 ……ん、前世は男だったんだよな?男でみのりなんて名前つけるか?どう考えても女向きの名前…いや、顔が女っぽいから中性的にどっちにも通る名前にした、とか。


「お前の名前、前世でもみのりか?」

「いや、前世は(みのる)って名前だった。名前も女っぽい方がいいかなーって思って、とりあえず1文字変えてみた」

「なる、でもなんで私に話してくれたん?」


 さっき会ったばっかりの相手、しかもライフル持った人間。多少なりとも警戒するのが普通なんじゃねーか?警戒心無さすぎるから事故って轢かれたんじゃねーのか?お人好しにも程があるやろ。


「あー…」


 みのりはもごもごと口を動かす。言うか言わないかを迷ってるらしい。

 気が付けば、さっきいた道まで戻って来てて、なんか……目の前めちゃくちゃ抉れてるけど私悪くねーよな。うん。売られた喧嘩買って何が悪いん?


「お前…見た目はそんな感じだけど、話し方男っぽいし…それに……転生してきたって事も信じてくれたし……?何より悪い奴じゃ無さそうだから……だからその…受け入れてくれそう、だな…って。それにほら、俺ら異世界から来たって共通点あるし」

「…それは私の事を信頼したって意味でいいんか?言っとくけど私、お前が思ってる程まともな奴じゃねーぞ」

「お前がまともかまともじゃないかは俺が決める」


 みのりは、ぎゅ、と手を握り、疑似通行止めの穴に背を向ける。通れないと判断したらしく、別の道使おうとしてるんやろなー、と薄らぼんやり考えた。


「だからだな…俺の事は…ヘヴィー達と一緒の時とか、二人の時とかは穂って呼んでくれ。その方が距離が近くて…嬉しい……から?」

「ん、何で疑問形なのか知らねーけどいいぜ」


 要するに、私とかの前では素で話すから宜しくな、って事だろ。なんでそこで疑問形になるのかは分かんねーけど、半年間あそこで働いてたなら多分友達が居なかったから、とかそんな感じか。


 んじゃー、そーだな……


「なあ穂、お前は私の事なんて呼びたい?私的には別に名前どうでもいいタイプやから、好きに呼んでくれていいんやけど」

「え……ちょっと考えさせてくれ」


 すん、と真顔になったみのりは、何も言わずに路地裏を通って学園に近い大通りへ出る。チラッと後ろを振り返ると、誰が直すのかも分かんねーバカデカい穴。……見なかった事にしとこ。無罪無罪。

 そっと前を向き直って、そしたら穂と目が合った。


「……決めた」


 人の話し声。店の集客。行き交う足音。

 それら全てが聴覚から遮断された感覚に陥った。


「俺だけのお前の名前は"星辰(せいしん)"だ」

「星辰……か」


 悪くねーな。なんかかっこいいし、どことなく邪神連中を彷彿とさせる名前だわ。


「この名前は俺らだけの秘密な。他の奴らには絶対内緒にしとこうぜ」

「OK、そんじゃよろしくな、穂」

「ああ、よろしくな、星辰」


 ちょうどその時、鐘が鳴った。同時に周囲の音も流れ始める。

 塔の時計を見上げれば、時間は……17時、か?


「やっと着いたな…」


 目の前には開かれた門。その奥から、朱殷(しゅあん)色の髪、深紅の瞳、髪色と同じ単色の着物に黒い帯、そして下駄を纏った女が現れる。


「……紅葉さん」


 穂が声をかけると、そいつは一瞬穂の方を見て、それから私に視線を移す。

 隙しかないその動き……いや、これ見せ掛けか。そう見えてるだけで、実際は……


「キミが影星?」


 よく通る声が鼓膜を揺らす。

 真正面から見つめ返そうとして、威圧感に一瞬、息が止まった。

 最初に戦った奴らもヤバいと思った。けどこいつは……


 マジで…ヤバい……


「連れてきてくれてありがとう、みのり。帰っていいよ」

「……」


 穂は何も言わず、来た道を引き返して行った。


「少し話そうか。着いておいで」


 踵を返し、学園内へと戻るそいつを、私は無言で追いかけた。

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