神様のいたずら
中を覗き込むと、奥にツインテール(短いバージョン)と、ツインテール(長いバージョン)がいた。長いツインテールは、ドアを開く音が聞こえたのか、玄関の方まで走ってくる。
「おかえりヘヴィ……隠し子?」
「そんな訳あるかクビにするぞ」
「それ物理的に首斬るって意味だよね?」
韓紅色の腰あたりまでのツインテールに、ボタン式のワイシャツの上に黒いブレザー。黒のタイツに膝下までの黒のスカート。制服っぽいな…学園に通ってるんか?
「みのり、自己紹介を」
みのりと呼ばれたそいつは、黒色の瞳を私に向ける。すぐににっこりと笑顔を浮かべた。
「初めまして!雨宮 みのり。魔界研究所所長、ヘヴィーの助手兼ボディガードやってるよ!貴方は?」
「影星、ちなこの世界に今来たばっかだ」
「今来たばっか!?どういう何……?」
困惑を露わにするみのり。……ん、なんかちょっと変な気が……なんでこいつ、日本人名でちゃんとした苗字あるんだ?
私の名前に苗字がないから、ってのとは別に。やけに日本っぽい名前に常識人っぽい反応……そして子供っぽい。そんな気がする。
「悪いな。こいつは今左手が折れているんだ。手当を頼みたいんだが」
「えほんとに何事……?……とりあえずどうぞ……」
驚きと若干の引きと共に、私はヘヴィー宅に招き入れられた。
「ヴァリネッタさん、ヘヴィーが連れてきた怪我人の影星って子が来たんだけど」
奥にいた青紫色のツインテールが揺れる。こっちを向いたそいつは、赤と青のオッドアイに、顔半分には仮面をつけてる。
「手当するからそこ座れ」
そう言われて、近くの床に座る。ヴァリネッタに若干顔を顰められたものの、すぐに表情を戻した。
「床じゃねぇんだわ、後ろに椅子あるだろ」
「んあ?」
言われて後ろを見ると、確かに椅子が置いてあった。…けどガッツリ荷物置いてあって座る場所ねーな。退かせと?
「……座れねーよこれ」
「前の方に座ればギリ行けるだろ」
もう一度椅子の方を見る。確かに前に座れそうな場所あるけどスペース狭すぎるわ。ほぼ空気椅子じゃねーか。
「ギリもギリやろ座れねーよ」
「はー……なんで俺が屈んでやらねぇと……」
ぶつぶつ言いながらも、私の正面に座り込み左腕を掴む。
折れてるって言ってんのになんで掴むん?バカなんかこいつ。……いや、まあ手当してくれてるんやしそれ以上はなんも言わねーけど。
「ヘヴィーお前の鎌貸せ」
「勝手に使え」
ヴァリネッタは投げられた鎌を拾うと、私の左腕に宛てがった。
すっ、と鎌を引いた瞬間、痛みが消えて腕もまともな感覚に戻っ、た……?
「……すげーなその鎌」
素直に賞賛するレベルやな。改ざん、って言ってたけど幅広過ぎるな…
「よし、と。……お前、影星って言ったよな?」
「ん、聞いてたんか。そういうお前は?」
「ヴァリネッタ・クロスディール、無性。ヘヴィーのパートナーだ」
ヘヴィーとヴァリネッタ、そしてみのり……か。
やっぱみのりだけちょっと異質なんよな……
「さて、みのり」
周りがパネルや画面に覆われた席に座ったヘヴィーは、みのりに声をかけた。
「影星の事を学園まで……[紅葉]の元まで連れて行ってくれ。私は仕事があるし何よりあいつに会いたくない。頼んだ」
「はーい」
紅葉……さっき言ってた大魔王リーダーか?つーか連れて行くとか言ってたのに来ねーんやな。よっぽど嫌いらしいけど……
「じゃ、行こうか影星」
「OK」
みのりから差し出された手を握って、私は立ち上がる。
背後から、ヘヴィーが小さく「今行けとは言っていないが…」とか呟いてたけど無視無視。
ドアを開けると、みのりは下ってきた道ではなく、家を出て右手の平坦な道を歩き始めた。手を握られてる関係で、私も必然的に横に並ぶ。ふと横を見ると、みのりは少し緊張してる、様に見える。
「……あのさ影星」
「ん?」
少し強めに手を握られる。手が熱い。
「その…私が転生してきたって言ったら信じるー…かな?」
「…………」
なるほど、そう来るか。
異質だとは思ってたけど、転生してきたタイプか……けどそれなら、日本っぽいのも納得やな。子供っぽさがあるのもまだ享年若いから…って考えれば辻褄は合う。
「えっと……」
何も答えない私に不安に思ったのか、顔を覗き込んでくる。若干の不安と焦りが垣間見えた。安心させるように答える。
「いや、信じるぜ。お前なんかあの二人と違うなって思ってたところやし」
「ほんと?良かった!」
不安気な表情から一転、にこっと笑顔を浮かべる。安心した様で、手の力が少しだけ緩んだ。
「聞きたいんやけど、なんで転生してきたん?」
そう訊くと、みのりは明るかった笑顔を曇らせた。視線は地面を向いて、心做しか背後にグレーの背景を背負ってる様にも見える。何?訊いちゃダメな感じだったか?
「あー……えっと……」
話しにくそうに言い淀んで、みのりは話しだした。
─────
時は大体半年前くらいの日本に遡る。
「ちょっと買い物に行ってくれない?シチューを作ろうと思って」
「はーい」
母親に買い物を頼まれたみのりは、近くのスーパーまでお使いに行った。ついでに、気になっていたお菓子を幾つか買っていき、気分はやや上向きだった。
ちょうど横断歩道の信号が、赤から青に切り替わるところ。
左右確認をしなかったのが悪い、そう言われてしまえばそれまで。
然し、どうだろうか。
どれだけの人が、日常生活で、よそ見運転をしていた……ご老体の女性に撥ねられるなどと、想像するだろうか。
そうして、呆気なく死んだ。
享年16歳。やり残した事が沢山あるのに……と、後悔しながら天国への階段を登っていた所、自称女神に
「貴方ちょっと手違いで死んでるから本来の時間にまた来てね、じゃーね」
と言われて気が付いたら異世界に転生していた。
─────
「……マジ?」
「マジ」
異世界転生の王道じゃねーか。死んだんか、お疲れ。
なるほどな、だからこんなに日本っぽいのか。ってなると、名前も前世の名前使ってるっぽいな。
「んじゃ、ヘヴィー達と一緒にいる理由は?」
「気付いたら森の奥にいて、出られなくなってた所をたまたまヘヴィーに見つけてもらったんだ。それで…住む所もなかったから助手やってる。それと人手不足らしい」
「明らか後ろの方が理由だろ」
何人もいるように見えなかったしな。二人だけで……いやあいつら普段何してんだって話やけど。私みてーなやつ連れて来るくらいやから案外暇人だったり…は、流石にねーか。ヘヴィーは仕事ありそうやったし。
「それで…もう一ついいか」
突然、みのりの口調が変わる。女っぽい話し方ってより、私に近い話し方。
私の話し方が女っぽいとは思ってねーから、男女で分けるなら男に近い。
「……“俺”が能力のせいで女になってる元男、って言ったら……信じるか?」
いや……いやいやいや。
信じられねーだろ、流石に。いやでもあるのか可能性は?でも無理だろ。
「流石に信じられねーわ。どんな能力でそうなった理由は?」
「……話したら、信じるか?」
「……まあ、能力とかよくわかんねーけど」
そうか、とみのりは呟いた。漆黒の瞳がすっと細められる。
「俺が貰った能力は【神様のいたずら】。効果は全ステータスの飛躍的上昇と自動回復。……その代わり、性別転換する」
……は?
いや、だって、証拠もねーし、無理、だろ。流石に。異世界だからって言っていい事と悪い事位はあるはず、やろ?
……そっか、証拠か。
「えーっと、その能力って自動でかかってるんか?それとも解除とか出来るんか?」
「出来る。ただ、俺はヘヴィーのボディガードやってる以上、能力を下手に解除出来ない。だからいつも女の姿。必然的に話し方も女に寄せてる。自然だからな」
「じゃ、今能力解除もできるんやな?」
私の問いに、みのりははっ、と目を見開いた。気付いてくれたっぽいな。
「そうしたら信じてくれるか?」
「まー現実なんやし認めざるを得ないやろな」
「分かった」
じっとみのりの事を見つめる。みのりは、口の中で何かを一言言ったかと思えば、光が溢れ出る。眩しすぎる光に、思わず目を細めた上でライフルで覆った。
数秒後、光が収まった事を確認して、ライフルを退かした。
長く綺麗なツインテールは、肩よりも短く、身長も少し伸びてる。手も少し大きくなったか?顔はあんま変わってねーけど、随分男っぽくなった。服装はそのまま、やけど。
……これは、認めるしかねーな。
「…どうだ?」
「せやな……お前の言ってる事はマジ、って事がよく分かったわ。疑って悪かったな」
「いや、あれ言われたら信じる方が珍しいだろ」
……ん、前世は男だったんだよな?男でみのりなんて名前つけるか?どう考えても女向きの名前…いや、顔が女っぽいから中性的にどっちにも通る名前にした、とか。
「お前の名前、前世でもみのりか?」
「いや、前世は穂って名前だった。名前も女っぽい方がいいかなーって思って、とりあえず1文字変えてみた」
「なる、でもなんで私に話してくれたん?」
さっき会ったばっかりの相手、しかもライフル持った人間。多少なりとも警戒するのが普通なんじゃねーか?警戒心無さすぎるから事故って轢かれたんじゃねーのか?お人好しにも程があるやろ。
「あー…」
みのりはもごもごと口を動かす。言うか言わないかを迷ってるらしい。
気が付けば、さっきいた道まで戻って来てて、なんか……目の前めちゃくちゃ抉れてるけど私悪くねーよな。うん。売られた喧嘩買って何が悪いん?
「お前…見た目はそんな感じだけど、話し方男っぽいし…それに……転生してきたって事も信じてくれたし……?何より悪い奴じゃ無さそうだから……だからその…受け入れてくれそう、だな…って。それにほら、俺ら異世界から来たって共通点あるし」
「…それは私の事を信頼したって意味でいいんか?言っとくけど私、お前が思ってる程まともな奴じゃねーぞ」
「お前がまともかまともじゃないかは俺が決める」
みのりは、ぎゅ、と手を握り、疑似通行止めの穴に背を向ける。通れないと判断したらしく、別の道使おうとしてるんやろなー、と薄らぼんやり考えた。
「だからだな…俺の事は…ヘヴィー達と一緒の時とか、二人の時とかは穂って呼んでくれ。その方が距離が近くて…嬉しい……から?」
「ん、何で疑問形なのか知らねーけどいいぜ」
要するに、私とかの前では素で話すから宜しくな、って事だろ。なんでそこで疑問形になるのかは分かんねーけど、半年間あそこで働いてたなら多分友達が居なかったから、とかそんな感じか。
んじゃー、そーだな……
「なあ穂、お前は私の事なんて呼びたい?私的には別に名前どうでもいいタイプやから、好きに呼んでくれていいんやけど」
「え……ちょっと考えさせてくれ」
すん、と真顔になったみのりは、何も言わずに路地裏を通って学園に近い大通りへ出る。チラッと後ろを振り返ると、誰が直すのかも分かんねーバカデカい穴。……見なかった事にしとこ。無罪無罪。
そっと前を向き直って、そしたら穂と目が合った。
「……決めた」
人の話し声。店の集客。行き交う足音。
それら全てが聴覚から遮断された感覚に陥った。
「俺だけのお前の名前は"星辰"だ」
「星辰……か」
悪くねーな。なんかかっこいいし、どことなく邪神連中を彷彿とさせる名前だわ。
「この名前は俺らだけの秘密な。他の奴らには絶対内緒にしとこうぜ」
「OK、そんじゃよろしくな、穂」
「ああ、よろしくな、星辰」
ちょうどその時、鐘が鳴った。同時に周囲の音も流れ始める。
塔の時計を見上げれば、時間は……17時、か?
「やっと着いたな…」
目の前には開かれた門。その奥から、朱殷色の髪、深紅の瞳、髪色と同じ単色の着物に黒い帯、そして下駄を纏った女が現れる。
「……紅葉さん」
穂が声をかけると、そいつは一瞬穂の方を見て、それから私に視線を移す。
隙しかないその動き……いや、これ見せ掛けか。そう見えてるだけで、実際は……
「キミが影星?」
よく通る声が鼓膜を揺らす。
真正面から見つめ返そうとして、威圧感に一瞬、息が止まった。
最初に戦った奴らもヤバいと思った。けどこいつは……
マジで…ヤバい……
「連れてきてくれてありがとう、みのり。帰っていいよ」
「……」
穂は何も言わず、来た道を引き返して行った。
「少し話そうか。着いておいで」
踵を返し、学園内へと戻るそいつを、私は無言で追いかけた。