霞の湖畔
ヘヴィー・プラネットホームとヴァリネッタ・クロスディールは、《薄霧の樹海》という森林の中を歩いていた。用があるのは、ここを抜けた先にある《霞の湖畔》に出現したワープホールだ。
この森の中は、常に薄暗く霧掛かっているが、今日は一段と濃い。
「ヘヴィー、あとどれくらいで着く?」
「私に訊くな。この景色で距離が測れるとでも?」
「お前でも無理か……」
足に絡みつく蔓から何とか抜いて、ヴァリネッタを睨みつける。湿度が高いせいで、服や髪が肌について鬱陶しい。
ここに足を踏み入れた瞬間から、ヘヴィーの機嫌は少しずつ、確実に降下している。それを分かっているヴァリネッタは、それ以上は何も言わずに黙って前へ足を動かした。
《薄霧の樹海》は、人もあまり立ち入らない為迷いやすい。そのせいか、珍しい植物が自生している。足元でぼんやりと自律的に発光する二枚の花弁から成る花や、長細い木に生る黄金の果実。
こんな環境でなければ、ヘヴィーはここの調査を自ら進んでやっていたかもしれない。然し、こんなにも霧に覆われた土地を調べるのは絶対に嫌だと断固拒否。その際、「地理教師にでも回しておけ。やってられるか」と言い放った事が原因で、<玲瓏の理想郷>のリーダーにして地理教師である[サーガ・ファイス]に押し付けられたのだが、そこまではヘヴィーの知った事ではない。
黙々と歩く事凡そ6分。
突然、薄暗い世界が一変し、辺りが照らされる。
「着いたぞ」
「そうだな……」
目の前には広大な湖。そして、湖面から立ち上る霧が周囲を包み込んでいた。
そこで、ヘヴィーはとある違和感に気付く。
「……今は、昼時か?」
「それくらいじゃねえの。それがどうした?」
「……」
この場所は、夕暮れから朝方にかけて霧が出る、とサーガが調査結果を出していた、はずだ。
仮にもこの世界で唯一の研究者。地理、歴史、その他関する資料はすべて読み込んでいる。
確かに、昼には何も異常は無かった、という報告だった。
何故今、この時間に?
「……ヘヴィー?」
ヴァリネッタに声を掛けられ、ヘヴィーは知らず知らず考え込んでいた事に気が付く。
今から行うのは戦闘だ。余計な事に脳のリソースを割いている場合ではない。
「なんでもない。行くぞ」
口を開いて侵入者を待ち受けるワープホールへと足を向ける。
体が引き寄せられ、奥の空間へと放り込まれた。
─────
肌にじっとりと纏わりつく湿気。
足元は、土。
ただそれだけの景色が、ずっと先まで続いている。
「またこれか……」
うんざりした様に溜め息を吐くヘヴィー。その表情には苛立ちも滲んでいる。
そんなヘヴィーを横目で見遣ったヴァリネッタは、
その瞬間、振り返ったかと思えば、一歩踏み込んだ。
「え~……えへへ、すごいね。分かっちゃうんだ」
「お前がこの世界の核か?」
「うん、そうだよ」
遅れて事態を認識したヘヴィーは、鎌を取り出し声のする方を振り返る。
振り下ろされたモーニングスターを、ヴァリネッタが両手で受け止めていた。
桃色の髪に、ベビーブルーの眼。首から下がっているペンダントからは、瞳と同じ宝石が光り輝いている。
「少しの気配も感じ取れなかった。今も、お前は目の前にいるのに感じない。……どういう事だ」
「それが〈世界効果〉って呼ばれるものなの。ね?わかるでしょ?」
その答えに、ヴァリネッタは僅かに目を細めただけで反応することはなかった。代わりに、受け止めた武器を力任せに押し退け、後退する。
薄らと口角を上げ、半歩下がった核は、メイスを肩にかけて陽気に話しかけた。
「初めまして、過去の英雄さん達!僕、[メティス・トレアティカ]!来てくれてありがとう、そして……」
次の瞬間、視界に捉えていた姿が消えた。
姿を追おうと、視線を巡らせた時。
「お疲れ様」
「は?──ッ!?」
その声は、ヘヴィーの背後からのもの。
咄嗟に声の方を向き鎌を間に挟むことで、当たりこそしなかったものの、受け流せるような構えも取っていなかったせいで、逸らしきる事が出来なかった。
右手首に感じる痛み。無理な体勢で衝撃を捌き切れなかった事もあるが、何よりも感じたのはその力。
純粋な近距離火力は、ヘヴィーはもちろん、ヴァリネッタも上回っている。それだけではなく、速度も。
ヴァリネッタは兎も角、ヘヴィーは体術戦を不得手としている。それは、力を失う前も失った後も変わらない。能力と神技に頼り切りの戦闘スタイル且つ、今まで内職が主だった事が顕著になった。
少しずつ、相殺しきれない力によって後方へと押されていく。
攻防で、右手首を捻ってしまい、上手く力が入らない。
「あれれ、力弱いね?大丈夫ー?」
「うるさい、黙れ……!」
煽る様な調子に、今までのストレスが蓄積されていたヘヴィーは思わず叫んだ。
その一言で、ペースが崩される。
無理だと分かっていながら、反射的に蹴り上げようと足を出してしまった。
崩れる体勢。
「ッく、まず……」
力の限り背後に押し飛ばされ、鎌が手から離れ、体は後方に吹き飛ばされる。
「ヘヴィー!」
咄嗟に駆け寄ったヴァリネッタによって、ヘヴィーは受け止められた。
然し、右手は使えそうにない。
両手で鎌を持つ戦闘スタイルだったヘヴィーにとって、非常に痛い一撃になったことは間違いなく、戦力の低下という問題は、ヴァリネッタの枷にもなる。
「すまない。……気が逸った」
「落ち着け。お前は無理のない範囲で魔法で牽制しろ。アルター・マジックは使えるか?」
「使えはするが……妨害されるだけでは」
「俺がなんとかする。確実に当てられるタイミングで当てろ」
そう言い、ヴァリネッタは自身の顔につけていた、顔の半分を覆う仮面に手をかける。
それを取り外した瞬間、波動と魔力が溢れ出した。
波動を具現化し、〖能力破壊〗の効果が付いたナイフを手元に生み出す。
切っ先は、虚空に向けて。
「こっからは俺が相手だ。……覚悟はいいな」




