大魔王
下ろしたライフルをもう一度紫髪に向ける。敵意ありと判断したのか、黒髪の方が警戒する様に鋭い視線を寄越した。対して紫髪の方は、青い瞳孔が広がった。
消されていた気配も薄らと放たれる。
完全にキマってんな、あいつ。
相変わらず煩い鼓動をBGMに、引き金に指をかける。
発砲音と共に、弾丸が紫髪の方に向かっていく。マッハ2越えの弾速、けどそれがそいつに届く事はなく、割って入ってきた人差し指に在らぬ方向へ弾かれる。
「おいおい、マジか……」
思わず声が漏れる。
黒髪が銃弾を弾いた事も、大して距離も離れてないのに割り込まれた事も驚きだ。こいつどんだけ速いんだよ。
正直、効かない気はしてた。元の世界でも銃弾躱してくる奴は珍しくなかったしな。
とは言え、そんな対処されるとも思わなかったけど。
さて、黒髪の破壊力はさっきの件で一応感じた。紫髪はロケランが武器。
ってことは前衛と後衛に分かれてる感じか。紫髪が体術もいけるかはわかんねーけど、分かれてる以上黒髪がロケランぶんどって撃ってくる事は考えられねーな。前から撃たれるより、後ろから撃たれた方がほんの少しでも時間の延長になる。
この場で跳躍して上から狙うか?それにしては予備動作がデカすぎるか…
それなら、あの黒髪に空に打ち上げてもらうのはどうだ?
その発想に至った瞬間、一際激しく心臓が高鳴った。
そして、今更気付く。
緊張してた訳じゃない。緊張なんてする訳ない。
今まで会った事ない位強い存在を前に、興奮と歓びが抑えられねーだけだ。
最早死亡したって構わない。
戦った事ない相手と、生死を賭けたこれ以上ない戦闘が──
「──もっと楽しませてくれるよな」
無意識の内に本音が滑り出る。
聞こえてたかは分かんねーけど、一瞬だけ、無表情だった黒髪は僅かに口角を上げた、様に見えた。
次の瞬間、目で追えねー速さで黒髪が私の目の前に現れた。気配を捉えられたから、タイムラグ無くどこにいるかが把握出来ただけで、消されてたら見えなかった。
身体能力を信じて、大袈裟な程後ろに退る。私がいた足元に拳が接触した瞬間、人が余裕で吹き飛ばされるレベルの風が起こり、石畳の破片が風に巻き込まれて四方に飛散する。周りの奴ら平気なんか?は一瞬過ぎったけど、すぐに地面を蹴る。
豪風に巻き込まれながら、飛んできた破片を蹴り落として更に上に跳びながら、もう片方のガンケースからマシンガンを取り出す。重力にしたがって落ちていくケースを拾う余裕は無い。しゃーなしで下に落としたまま、右手にライフル、左手にマシンガンをそれぞれ構える。狙うは紫髪─の、右手。ロケランを離させて、ついでに少し位ダメージが入ればいい。そこまで狙う気はねーけど、あわよくば、だ。
正確に狙う為に、相手の方を見る。
ロケランの先端がこっちを向いてるのを見るに、撃ち合いになるか。浮いてる分私の方が不利、か。
風が弱まって浮いてられなくなる前に、更に破片を蹴って跳び上がり銃口を向ける。
──が、私が撃つより早くロケランが放たれる。
誤差レベルとはいえ、ライフルより弾速が遅いのがむしろ厄介。丁度頭撃ち抜ける位置に調節されてんな。頭突きで打ち返すか?いや打ち返すってなんだ。できるかそんなん。撃ち抜かれるだけだろーが。
さて、ピンチやな。ライフルで軌道逸らせたらいいんやけど無理やろーし…脳はどう考えてもやべーんよな。
…………しゃーない。
マシンガンの銃口を上に向け、反動で下に吹き飛ぶ。銃口を掠めたロケット弾は、マシンガンを貫いて背後まで飛んでいった。
もう使えねーと判断してマシンガンを紫髪に投げつける。
背中から落下してるから、5点着地は使えなさそうやな。ま、これくらいなら大したダメージにも…いや、それじゃ次の行動までに時間かかるか。
…なら、左手で1点着地するしかねーな。
左手を地面に着かせる。痛みと軋轢音が鳴った様な気はするけどそんくらいなんてこともない。
そのまま左手を軸に後転し、立つ。
風と煙が収まった、私がいた所は巨大なクレーターが出来ていた。深さは8mはありそうやし、半径は5m位ありそうだ。通行人はそのクレーターの範囲からはいなくなってた。消えたか飛ばされたか逃げたかの3択やな。
「…君、左手無事なの?」
「折れたぜ、思いっきりな」
ま、それくらいで戦線離脱なんてしてたら戦闘なんてやってらんねーんだけど。とは言わない。
「そんなことより続きは?やらねーんか?」
私の言葉に、紫髪はロケランを撃とうとして─、
「…あ?」
服の袖を誰かに引かれたかと思うと、耳元で空気を切り裂く音。
そして、強い力で引っ張られた。
そのまま誰かは私を半ば引きずるようにして走っていく。
「な、おい邪魔すんな!」
私が慌てて声を上げても、そいつは一向に止まらない。
何故か力はあるはずなのに振りほどけないまま、走りに走って着いたのは路地裏。
その時になって、初めて私は連れてきたやつを見た。
浅葱色の髪を二つに束ね、撫子色の毛先をした女だった。瞳の色も毛先と同じで、表情は無く私を見上げている。
「貴様、危ない所だったぞ」
……ん、だからなんだ?それは私も承知の上やけど…
「聞いているのか?」
「聞いてるわ。てかなんだよお前、名前は?」
「……はあ。私はヘヴィー・プラネットホーム。無性だ」
「………………あ?」
無性?無性ってなんだ?性別がないってことか?こんな女っぽい見た目しててそんな事あるんか?
「ちなみに言っておくが、紫髪のあいつは女ではなく男だ」
「はあああああ?????」
とんだ性別詐欺世界やな!……いや、それは私も同じ事か。女っぽい見た目でこんな話し方、しかも性別は中性。
だとしてもなんかムカつくわ。棚に上げてるみてーになるけど。
「それで、貴様の名は」
「…影星だ」
「影星か。分かった」
ヘヴィーはふう、と息を吐いて私と目を合わせた。
「単刀直入に言う。貴様、転移そうそう大魔王に目を付けられたぞ」