視線
結局穂に上限解放の事を聞けずに、寮の近くに転移して帰ってきた。ほんとは部屋の中に行きたかったんやけど、そこまで上手くコントロールできなかった。まー練習すれば出来る様になるやろ。
結構時間、余ってるんよな……どしよ。
と、そこで、私が今日何も食べて無い事を思い出した。
食事に興味がある訳じゃねーけど、だからってマジで何でも良くはない。自分が食べたいもんは自分で選ぶ。
問題はどこで食べるか。そもそも、この世界どんな料理があるんやろか?外界の食べ物とかは一通りありそうやけど……いや私メニュー表読めなくね?頼みたいもんも頼めなくね?
頭を悩ませて、そういや学園には食堂みたいなのあるんじゃねーか?って事を思いつく。
寮を出て、学園まで向かう。この距離なら別に歩きでいい。魔力消費したくねーし。
てか思ってたんやけど、なんか魔力全然減ってないんよね。学園近くからヘヴィーの家まで、ヘヴィーの家から寮の近くまで。家まで行ったとき分は回復してても、ここに帰ってくる分のはどう考えても回復しきってねーよな……
んー不思議やな。まあいいけど。
学園1階の案内板を見ると、食堂は2階。
転移魔法陣じゃねーといいけど。あれちょっと気分悪くなるんよな、遊園地の上下に動くアトラクションみてーな感じ。有り体にめちゃくちゃわかりやすく言うと乗り物酔い?
それを食前と食後に体験したくねーなって話。
2階に上がると、人があんまいない。1階でチラッと教室を覗いて時間確認したけど、昼は大分過ぎてる。そりゃ少ない訳だな。
階段の左側に向かうと、ちゃんと食堂が食堂としてあった。良かった、転移魔法陣じゃなくて。
……ここまで来といてなんやけど、これ私入ってもいいんか?ここの学生じゃねーのに入ったら、不法侵入とか言われねーか?
……まあ、紅葉から貰った鍵あるしいいか。
そっと食堂に入ると、見た事ある茶髪と、見た事ない銀髪がいた。茶髪の方は……羅刹か。んじゃ、その隣の奴は?
「あ、来てたんだ」
羅刹が気配に気付いたのか、私の方を見た。
にっこりと笑って手まで振ってくる。お前目の前のテーブルにうどん置いてあんじゃねーか、汁物零したらどうするん?
「羅刹よ。この女子と知り合いか?」
「うん、まあそんな感じかな。噂の影星だよ」
「成程」
羅刹が、こっちに来るように手招きするから、テーブルを挟んだ向かい側に座る。銀髪の暫定女は、色素の薄い灰色の瞳と、目元に薄らと赤い隈取り。そして、黒い着物に橙の帯と襟元。
もしかしてこいつ、觜霊か?
その直感は、当たる事になる。
「我輩の名は觜霊。大魔王を務めている。お主の噂は聞いていたが、気が付かず失礼した」
そう言って、律儀に頭を下げてくる觜霊。長めの銀髪が揺れて、さらりと流れた。
こんな硬い対応、14年生きてきて記憶の中でされた事1回もねーんだけど。
「大丈夫だぜ、あんま気にしねーし」
「成程……」
私の服装を眺め回して、1つ頷く。
かと思えば、懐から財布を取り出した。
「詫びとして、お主の昼餉代を払わせてはもらえぬか?」
「んぁぇ?なんで??」
「何故……とは?」
話が微妙に合わず、顔を見合わせる私と觜霊。めちゃくちゃ不思議そうな顔で私の事見てきてる。ここまで自信たっぷりに見られると、私が間違ってる様な気がしてくる。
「まあまあ、影星。觜霊はこういう人だから、受け取ってあげて」
「え、ええ……」
羅刹のカバーに、私は益々困惑する。……けどなあ、好意を無下にするのは失礼って言うやん?
觜霊の瞳を覗くと、そこからは「絶対払う」っていう感じの強い意志が読み取れた。これは折れそうにない。
「……そこまで言うなら、今回は受け取っとくわ」
「ありがとう影星、男冥利に尽きるよ」
觜霊の代わりに礼を言う羅刹。なんでお前が言ってんだ。
……てか今「男冥利」って言った?觜霊男なのマジかよ、久々性別詐欺られたわ。
「食べたいものを言えば作って出してくれるから。メニューは置いてあるから選んでね」
羅刹の指指す先には、カウンターキッチン内に立つ奴と、その近くに立ててあるメニュー置き。
そこは食券機とかじゃねーんか。まあ別に注文方法とかどうでもいいけども。
カウンターキッチンに向かい、メニューを捲ると、色々ある。和食、洋食、中華、エスニック……文字の上に写真付きだからよく分かるけど、マジで外の世界からいろいろ取り込んでるんやな。
何食べるかなー、と思いながらメニューを眺めてると、1つの料理が私の目に止まる。
これにするか。
「觜霊、杏仁豆腐」
「それで良いのか……?」
首を傾げながらも、觜霊は杏仁豆腐を奢ってくれた。
別に食に興味はねーけど、好きな料理はある。
それが、杏仁豆腐。
カウンターで料理を受け取って、席に戻る。
スプーンで1口掬って口に運んでみた。
うん。杏仁豆腐って感じ。
プリンっぽい食感と、濃厚な甘さが美味しい。再現のクオリティが高いのか、それとも外から取り寄せ的な感じなのか。どっちにしろ、異世界でも同じ料理が食べられるのは有難いし、誰からもお咎め無しだったから今度から食事はここで、と決めた。
食事が終わった後、羅刹と觜霊は食後の運動として手合わせが日課らしいから、それをちょっと見に行く事にした。
第1訓練場、とかいう学園から少し離れた更地。
ロープで囲われた範囲内が訓練場の敷地らしい。広さは、まあそこそこ。
私はロープの外から見るだけ。ほんとなら戦いてーけど、2人共刀使うらしいし1人だけ素手は見栄え悪い。しかも私刀と縁がない。
「じゃあ始めるね!行くよー!」
「がんばー」
「わー緊張するなー!ギャラリーなんていなかったからさ!」
「分かったからちょっと黙れや」
本人の言う通り、緊張してるからかデカい声で私に呼びかける羅刹とは対照的に、觜霊は静かに刀に手を添えて黙ってる。觜霊を見習え。
「……よし」
羅刹は、刀を構えると力強く踏み込んだ。
振られた刀を、觜霊は最低限の力で受け流す。そして、斜めに薙いだ刀を素早く受け止めた羅刹は、力で押して觜霊を弾いた。けど觜霊は、焦りもせず体勢を崩す事無く、両足を地面に着ける。
羅刹はパワー&スピードタイプで觜霊は安定重視の立ち回り、って感じか。
にしても、大魔王が戦ってるとこ見られることってあんまねーよな。……美麗と雨飾は別。あれは見てないし見れてねーしノーカン。
今んとこは羅刹が押してっけど、何が起きて逆転するか分かんねーから、観戦は観戦で楽しいかもしれねーわ。得られるものも……この2人からはあんまねーかも。今度あいつらの戦いも見に行ってみるか。
なんて思いながら見つめてた時。
後ろから、強烈な視線を感じて、そっちの方を向く。
視線を巡らせてみても、後ろには学園、それと空いた第2、第3訓練場があるだけ。
気配も感じないし、姿は無いし、視線ももう無い。
気のせい、か?
「わ!!」
気の抜けた羅刹の声に、そっちを向けば、いつの間にか羅刹は防戦一方、凌ぐだけで精一杯にまで追い詰められてた。
そしてとうとう、羅刹の刀が弾かれ手から離れる。
「ううーん、負けちゃった!」
「以前から思っていたが、お主、駆け引きは不得手か?」
「あは……ハイ……ソウデス……」
「お疲れ」
話してる2人の元に行く。正直勝てる気は……身体増強のおかげでしなくもねーけど、多分8割くらいの確率で負ける。気がする。
「よし、学園戻ろっか!」
「せやな」
学園に戻る前に、もう一度だけ視線を感じた方を見る。
物言わぬ無機物のみが、その場に佇んでいた。




