正体不明の魔法陣
誰も何もいない空間。
見渡す限り黒ばかりの世界の中に、闇に限りなく近い紅を纏う人物が1人。
「朱杏、いる?」
何処に向かってかも分からない問いに答えるのは、実態のない声。
「いるぜ紅葉、どうした?」
ここは、最も五柱の神に近しい場所。
この中に、外部から入れるのは2人のみ。
その他の有象無象は、1歩の侵入すら許されない。
"世界の意志"として許可された紅葉は、反応があった事を確認し、尋ねる。
「あの生物だけどさ」
「ああ、あいつらか?そこに少しだけ残ってるけど、全然封印出来る数だし気にしなくてもいい」
「そう」
多くの音と気配が蠢く。
どうやら、この空間まで隔離させていた様だ。
20体は超えるだろうか。
──だが。
「……これか」
その全てが、一瞬にして、文字通り塵と化す。
悲鳴もなければ、断末魔も無く。
「容赦ねぇな」
「何かやりたかった事でもあるの?」
「別にねぇけど?」
紅葉は、その場から1歩も動いておらず、能力を発動させた訳でもない。
ただ少し、魔力を外部に放出しただけだ。
取るに足らない程度の相手に使ってやる能力は持ち合わせていない。
「それで、いいかい?」
「ああ、『裏世界』の事か?」
「そう。……動き始めているの?」
「まだ動いてない」
断言する朱杏の言葉は、信用しても問題無いだろう。
表世界と、裏世界。
現在、皆が生活しているのは表世界であり、不自由する事も無く、過ごしている。
表世界のみ、本当の世界──〘真成世界〙との接続、往来が可能になる。
その一方で、裏世界が崩壊すると、表世界も崩壊してしまう。
世界の区画を表と裏で共有している為、裏世界で崩落した同じ区間の表世界が、壊崩する事になる。
それは、裏世界も同じ。
表世界の所定区画が8割以上崩壊した時点で、裏世界も同じ道を辿るのだ。
本来であれば、神という立ち位置である以上、口を挟むことはしない。然し、世界を揺るがす事態は見逃せない。
世界構造は表裏一体。
それは、[創造者]によって定められた規定であり、反故にする事は許されないのだから。
「気を付けろよ。相手が裏世界だけならまだしも、邪王連中が相手になったら面倒な事になるだろ」
「その時は、ボクが出れば何とでもなるでしょ」
朱杏の忠告に、紅葉は耳を貸さずに空間を立ち去る。
「お前が出るって事は、他の奴らは死ぬって意味だろうが……」
朱杏の最後の呟きは、当人に拾われる事無く消えた。
─────
「この辺りだね」
「特に何も無いと思うけど……」
雨飾と羅刹は、地図で見て1番西にある大陸まで来ていた。
何故か、東西南北それぞれの方角の大陸の端では、空気中の魔力が平常通り流れておらず、停滞している。この前までは普通だったはずなのだが、何故か昨日の深夜から、この現象が起きている為、2人はこの場の調査に赴いていた。
「……雨飾、あれ」
周囲を見渡していた羅刹は、雨飾の服の袖を引き、刀の先で『あれ』を指した。
「何あれ。……魔法陣?」
先にあったのは、二重円に六芒星が描かれたものだった。
但し、文字は殆ど書いておらず、効力のあるものかどうかは怪しい。
それは、木の陰に隠れる様な位置にあり、よく見なければ気が付かない。明らかに、意図的に隠されたと分かるものだった。
だが、結界などが貼られている様子は無い。
「壊せないかな……?」
「そんなに危険だとも思えないけど……」
雨飾は、持っていたロケットランチャーを構えると、魔法陣に向けて何の躊躇いもなく発射した。
陣が刻まれていた地面は抉れ、倒木する。
──が。
「壊れてない、か」
「うーん……紅葉に報告する?」
「そうだね。壊せるならまだしも、今ので無傷は流石に怪しい。……裏世界、とか」
羅刹に返すように、思い付きを口に出す。
直後、嫌な予感に苛まれ、もう一度魔法陣を注視した。
……何も変わっていない。
「どうしたの?」
「……なんでも、ない」
魔法陣から目を離し、その場から転移を行う。羅刹も、後を追う様にその場から姿を消した。
その魔法陣の状態は、着実に変化していった事は、気が付かないまま。




