EP.1 黒の騎士団
「右から来てる!」
「分かってる、こいつらで最後だろ!」
照明の着いた部屋で、1人はゲーミングパソコン、1人はゲーミングスマホに向かい、同じゲームをオンラインでプレイしている。
パソコンを操作しながら指示を行っているのは、引きこもりネットゲーム廃人で、この家の家主黒乃。
ソファに背を預け、黒乃の指示を聞きながら画面を動かすのは、16歳にして黒乃の親友、親無しの無色。
「っしゃ勝ち!」
黒乃はキーボードとマウスから手を離し、ぐっと拳を握る。
無色もスマホから目をあげると、同じ様に指先を丸める。
そして、拳を突き合わせた。
FPSゲームのチーム戦、ランクマッチ。
数少ない上位プレイヤーの中で、一際有名なチームがあった。
毎シーズン、チームランキング1位の座に居座り続ける程の実力者揃い。
それが、ユーザーネーム[ヴァニッシュ]の黒乃、[ローズ]の無色、そして[ステラ]の影星の3人で構成された、[黒の騎士団]である。
「ところでさ」
黒乃は赤いゲーミングチェアに深く座り直しながら、ダークピンクとライトピンクのツートーンヘアが特徴的な彼に声をかける。
すると、無色は男にしては大きな青藍の瞳を、今紫の視線に合わせた。
「なんだ」
「いや、結局あの日、影星来なかったよなって」
「ああ……」
襟足の長い、烏の様な髪を掻き混ぜ、黒乃は溜息を吐いた。
まあ、影星はゲームだけで無く、現実でも強い。だから、生死にハラハラする気は少しも無いのだが。
「(つーか、あいつが死ぬのがまず想像出来ねぇな。何せ人間ってよりバケモンだし)」
影星に知られたら、直ぐ様剥きだしの殺気と共に襲いかかって来そうな事を考えながら、それでもやはり、僅かに不安ではある。
「今日もログインはしていないし、メッセージの返信もない。……本人が無事でも、スマホが無事じゃないかもしれないな」
「ああ……まああいつならスマホの1つや2つ盾にしそうだしな」
無色も、影星の実力は信じているのだろう。本人が生きている事を大前提とし、その上でメッセージを送り、既読も返信も無い事を確認している。
いくら自身よりも強い存在を相手に五体満足で生還しようと、影星は人間。
死なない事は、有り得ないのだ。
何か、生死を確認する方法があれば……
「そうだ」
「どうした?」
黒乃は、妙案を思い付き、椅子から立ち上がる。無色に不審な目を向けられるも、今の彼には些事である。
「今から影星の家に行くのはどうだ?」
「頭大丈夫か?」
不審な目から、心配の目に変わって行く無色の視線を受け、壁掛け時計を見上げた。
現在時刻、23時28分。
何も問題は無い。
「行かない手は無いだろ」
「ゲームのやり過ぎで現実と区別がつかなくなったのか?」
「んな訳ねぇだろ!」
呆れた様な表情を浮かべた無色は、黒乃に数多の疑問を投げかける。
「こんな時間に出歩いたら職務質問受けるんじゃないか?」
「俺働いてねぇし問題なくね?」
「働け。お前が俺を攫った犯罪者に見られる可能性もあるが」
「そこはお前が何とかするだろ?」
「そもそも、あいつを探しに行くより捜索願を出した方が早いんじゃないか」
「人ばっか殺してる奴の捜索願なんて受け取ってくれる訳ねぇだろ」
「……あいつなら、大怪我でもここまで来ると思うが」
「それはそうだな」
疑問、というよりも断言。
『あの影星は、自己の怪我も意に介さず戦う。寧ろ、死にそうな戦闘の方を楽しんでいる。その癖、常人では死ぬ様な怪我や耐えられない痛みにも、平然としているヤバい奴』
という認識は同じの様で、それについては黒乃も反論はしなかった。
「……で、それでも行くのか?ついでに言うと、家には鍵が掛けてあると思うが」
「そん時はそん時で何とかなるだろ」
どこまでもポジディブ思考の黒乃に呆れた様で、無色もソファから立ち上がり、玄関の方へと歩き出す。黒乃も後を追って、すぐ横を歩いた。
双方が並ぶと身長差が歴然と感じられる。確かに、無色の顔立ちが幼い事も相まって、どこかの家の子供を誘拐した様な図に見えるな、と黒乃が1人納得していると、顔に出ていたのか睨まれる。
「お前、今何を考えていた?」
「チビだなって」
「死ね」
笑いながら答えれば、拗ねた様に吐き捨てた後に背を叩かれる。
身長が140cmに満たない無色に、身長の話は御法度の地雷ワードである。
但し、気を許した影星や黒乃に限ってはそうでも無いのか、なんだかんだ本気で殴られた事は無い。
「ほら、早く行くぞ」
玄関で黒いローカットのスニーカーを足に通した無色は、さっさと黒乃に背を向ける。
精神は己よりも大人に見えて、やはり子供の様な振る舞いをするのは、彼の過去が影響しているのだろうか?
無色が何をしていたかの話は、本人からも、影星からも聞いた事が無い。
知っているのは、家に居場所が無かった事と、影星が無色の親を"制裁"した事、程度で。
「……黒乃?」
無色の声に、黒乃は意識を引き戻される。
そこで初めて、自分から表情が抜けていた事に気が付く。
反射的にいつもと同じ笑みを取り繕うと、置いてある黒いミッドカットのスニーカーに足を伸ばす。
闇に紛れる様な色のオーバーサイズパーカーがふわりと揺れた。
「悪い悪い、行こうぜ」
扉を開けると、外はとても暗い。こんなに黒ばかりの服なら職質されても文句は言えねぇな、と黒乃は僅かに反省し、そして辞めた。物事は、全てなるようにしかならないのであり、先の事など考えても意味が無い。
無色が外に出た事を確認し、ドアを施錠する。
「にしてもあれだな、お前髪色ド派手だからめちゃくちゃ目立って助かるわ」
「まあお前が黒くないのは、その紫の目と俺より外に出ないせいで日に当たらない肌くらいだからな」
「心は清いだろうが!」
「家でゲームに耽って、偶にゲームを作ってネットを通じ世に売る引きこもりのどこが?」
「一応それで金稼いでんだし平気じゃね!?」
夜中だというのに、近所の迷惑を考えず言い合いながら道を歩く。
いつもゲームかゲーム作りばかり。時間帯など関係なく、外を歩く事など殆ど無い。それなのに、今はくだらない言い争いだけでも楽しいと感じ、自然と頬が緩む。
黒乃は、よく『表情が豊か』だと言われる。だが、それは彼が意図的にオーバーリアクションを行っているだけで、受動的に何かを感じる事は苦手、という事情は誰にも話した事が無い。
誰からも不自然だ、と指摘をされた事は無いのだから、間違えたリアクションを取った事は無い、はずだ。
そんな自分が、普段よりも控えめではあるが、笑う事が出来るのは、隣にいる親友のおかげなのだろう。
最も、向かう先は突如失踪した別の親友の家だが。
「……聞いてもいいか?」
「んあ?どーした?」
「いや……」
ふと、無色は口を開く。だが、その後の言葉は一向に紡がれない。
何も言わずに言葉の続きを待っていると、青藍の視線が宙を彷徨い、そしてゆっくりと言葉を落とした。
「お前、影星の家、知ってるのか……?」
「え」
……2人の間に、間抜けな沈黙が流れる。
「……」
「……まさか」
半目で見詰められて、黒乃の足がその場で止まった。
影星の家がどこにあるか、聞いた事は1度もない。
「いやいやいやいやだってあいついつもこっちから来てるし進めばいつか分かるだろ」
「バカなのかお前!?」
「表札くらいあるんじゃねぇの!?」
「あいつが自分の苗字も知らないのは家に表札が無いからだろ」
「……」
家の事は、影星を警察が匿っていて無人の時に、精神科医の助手が片付けていたと聞いた。その際、両親の服や食器、そして表札までをも処分した様だ。
記憶喪失状態の影星に、どんな影響があるか分からない、という理由なのだろうか……
残念ながら、黒乃は精神科医でも、メンタルケアに秀でた人物では無い為、ただの憶測だが。
「知らないのに良く行こうなんて言い出せたな」
「思いついたら即行動したくなった」
「お前本当に救えないな」
「ごめんなさい」
「はあ……帰るぞ」
「へいへい」
踵を返した無色の後に着いて、家路を引き返しながら、影星の行方を捜し出す為の次の手段を考え始める。
捜索願は受理されないだろうし、家は分からない。
となれば、当てになるのは影星を診た精神科医か、匿った警察、もしくは影星の友人のパルクール選手。
……が、後者2人はどこにいるのか分からない。
精神科医に関しては、病院の場所こそ分かるものの、かなり遠い場所にある。
黒乃、無色、共に運転免許など持っていなければ、車も当然無い。
手段はタクシー、もしくは……
「……また今度にするか」
「は?」
声に出ていたようで、無色に怪訝な顔をされる。
「いや、なんでもない。今日どうする?もう遅いし泊まってくか?」
「ああ、そうする」
「はいよ」
黒乃は足を動かしながら、空を見上げる。
星も月も見当たらない、闇の様な世界が広がっていた。
番外編の1つ目は、EP1 黒乃&無色視点でした。




