思い出される悪夢と救い
音は無い。
でも、ここがどうやら小学校らしいという事は、生徒達の身長や見た目で何となく分かった。
目の前に、人がいる。
私の目の前にいんのは…私と同じ赤茶色の髪をした奴。そいつは、どんどん上に行くから、私も後を追った。
4階に着き、尚も上へ向かう。その先には扉があった。それを開けると、外に出る。今のは屋上への道だったらしい。
先に屋上には人が立っていた。見た所、同じくらいか少し小さいくらいの身長だ。
何言か会話をしている様子が伺える。
何を話しているのか、気になって一歩近づいた時。
そこで、急に音が─声が聞こえた。
『だからあなたがしんだって、だれもこまらないよ』
私が動き出すより早く、向こうが手に持っていたものを振り翳す。
太陽の光を受け、キラリと輝いたそれが振り下ろされて──
場面が切り替わった。
赤茶の子供が、大人に囲まれて立ってるのをまた後ろから眺める。
『えー、被告の精神鑑定の結果、心神喪失状態が認められ、また6歳である事も鑑み、精神病院への入院手続きを行う』
この一言で確信を得た。
この赤茶子供は、過去の私だ。ここら辺の事はほぼ記憶にねーな。
記憶がある場所は──
『殺人癖と破壊衝動っていうものになっちゃったみたいなんだ。完全に治すのは難しいかもしれないけど頑張ろう、少しでも良くなるようにね!』
あー、これは薄らあんな。精神科医との会話か。ここで死ぬ程勉強したり、病院の敷地内なら外出ても良くなった頃はフィジカル鍛えたりしたっけか。懐かしいな、8年間の入院生活。
……退院したのは最近の話なんやけど。
『ごめんね、どうしても治りきらなかったんだ……本来なら、ちゃんと治るまでの方がいいのかもしれないけど…これ以上、手の施しようが無いんだよ……』
そんな悲しそうに言うなよ。こっちは長く世話になった身なんやし、感謝してるぜ。またなー、みたいなこと言ったな。また、とか言っときながらあれ以降会ってねーけど。
友達、だった。その時の私はそう思ってた。
相手は図工で使う錐を持ってて、それで私を襲った。
あの頃、私はまだ死ぬのは怖いって思ってたから必死で抵抗した。元のフィジカルが良かったのか、気付いたら友達を殺してた。
それに気付いた後、私は人を殺したとか殺されそうになったとかで精神が不安定になって、殺人癖と破壊衝動を発症した。場所が学校だったから、その後は警察が来るまで校内で暴れ回った。その時、警察と一緒に来た親も殺したんだっけか。
結果、死傷者数は教師と生徒含め13人。校舎は窓ガラスとドアがいくつか破損。
普通なら死刑レベルやけど、精神異常が認められた且つ、年齢的にも死刑にはならなかった。
そんな私がどこに行ったかと言えば、精神病院だった。そこで殺人癖と破壊衝動の治療を受けたものの、残念ながら治らず。
……私が殺す事を躊躇しないのは、殺人癖があるから。
自分の命を雑に扱うのは、本来死んで然るべき人間だから。
……ただ、それだけだ。
けど、そんな私を助けてくれた恩人がいる。
精神科医とか、私を一時匿った警察とか、私にパルクール教えてくれた奴とか。
けど、あいつだけは、異常だった。
切っ掛けは、私が外に出た事だった。
ほんとたまたま。暇潰し。
そこで偶然見かけたそいつが挙動不審過ぎた。めちゃくちゃ周りみてっから、後着いてって後ろから蹴り入れて気絶させた。勿論銃用の資金の為に強盗するつもりで。
で、鍵取って部屋の中入ったはいいけど、そいつ起きるの早かったんよな。
んでそいつが最初に言った言葉は「通報する」でも「誰だ」でも無く、「何がしたかった?」だった。
知らねー奴に蹴られて気絶させられて、なんでその反応してんだよって流石に引いた記憶がある。
その後に聞かれたのが「お前何やってる?」だったから、正直に「精神病院から出てきたばっかの人殺し」って言った。
そしたらバカな事に、「とりあえずゲームしてくか?」って私にゲーム勧めてきて一緒にやったな。ほんとここだけは今でも分かんねーわ。
で、遊んでるうちに夜になってて……
私の名前を聞かれた。
でも名前は覚えてなくて、治療受けても治ってなくて。
そしたら、そいつは
『覚えてない?……なら、俺はお前のことこう呼ぶわ』
──影星、って呼んでやる。
それから、『影星』が私の名前になった。
……私に名前をくれた恩人こそ、黒乃だ。
だから、私は恩人を護る為に強くなりたかった。
恩は一生かけて返す。例え私の命と引き換えになってでも。
それが私の生きる理由で意味だ。
─────
ガン、と扉の開く音で意識が浮上する。結局床にぶっ倒れてるし能力の内容なんて記憶曖昧で覚えてねーし。
あーでも、過去の事?は少し思い出したっぽいな。
「影星……!?お前なんで床で!」
足音と声に体を起こすと、ヴァリネッタが来てた。なんで?
「あー、どした?つかなんで分かったん?」
「どした?じゃねぇよ!!ヘヴィーがお前に用事あるって念波会話飛ばしたのに繋がらず、やっと繋がりそうかと思ったらすぐに能力授与に邪魔されて、それが終わったから繋げそうかと思ったら応答しねぇし!ヘヴィーが『もしかしたら影星に何か起きているかもしれない』とか言うから、紅葉に部屋番聞いて開けてみたら、当の本人は床で倒れてんだからな!?」
「お、おー……」
めちゃくちゃ喋るやん。私悪くないと思うんやけど。……ないよな?ちょっと罪悪感ある押し付けてくんのやめろ。
「とりあえず、今からヘヴィーの家に来てくれ。いやむしろ俺が送る」
「いや風呂は?」
「ちょっと待ってろ」
ヴァリネッタは私の額に人差し指をつく。足元から何かが這い上がるような感覚。なんかキモい。
「これで良し。転移するから掴まってろ」
有無を言わさず手を握られ、一瞬で景色が変わる。図書室の魔法陣みてーな気持ち悪さも無い。
「連れてきた。ちょっとヤバそうだったけどもう大丈夫だと思う」
「そんな大した事じゃねーぜ」
転移先はヘヴィーの家だった。そういや靴脱いでないから土足だったな、とは思ったけど脱いだら脱いだで汚しそうやしこのままでいいか。
そんな私の考えを読んだのか、小声で「さっき洗浄魔法で洗ったから気にすんな」と言ってくれた。
「そうか。何も無さそうで良かった」
「マジで心配した……初めての友達無くすかと思った……」
心配してなさそうで心配してくれてたっぽいヘヴィーと、顔にめちゃくちゃ心配って書いてあるみのり。迎えに来てくれたヴァリネッタは言わずもがな。なんだかんだ優しい奴らやな。
「ところでヘヴィー、こいつをそこまで急用で呼ぶのってどんな理由だ?」
「そう。その話だ。みのりが貴様と出かけたいと言うのでな。みのりの要請通りに作ったものと、今後役に立つであろうものをだな……」
『みのりの』を強調しながら指を鳴らし、それからヘヴィーは手元にある黒色の厚い本を私に渡した。
「それは私が作った物だ。貴様の天性や能力が一覧になる。が、その為にはこの本に貴様の魔力を流し込まなければならない」
出来るか?と訊かれる。
魔力を流すってなんだ。イメージ出来ねーな。魔力が流れる、ならまだ分かる。何となく。魔力を流す……私を起点にものに対して、って事やろ?
「……イメージし難いか。これが出来ないと、能力は兎も角念波会話が使えない」
「出来なくても能力は使えるんか?」
「ああ。能力は魔力を送り込む訳ではなく、引き出されるからな。だが出来なければこの先が困る……貴様何とかならないか?才能はありそうだぞ」
めちゃくちゃなこと言われてる気がする。なんだ才能はありそうって。
「とりあえず私の言う通りにしろ」
「分かった」
「まずは表紙に手を当てろ。手はどっちでもいい」
言われた通りに右手を当てる。表紙が薄らと輝くものの、それ以上の反応は無い。
「次に魔力を流す。そうだな……説明が難しいな。本に魔力を送るんだ。意識するのは魔力と相手。理論ではなく、感覚でやれ」
そう言ったきり、ヘヴィーは口を閉じる。集中しろって意味か。
自分の中にある魔力を感じ取る事から……か。
目を閉じる。今必要なのは視覚でも聴覚でもない。必要ない感覚を遮断し、深呼吸。手に伝わる本の存在と、中に渦巻く魔力だけを。
手から、本に。
閉じた瞼の向こう側で、強烈な光が放たれる。あんま目に良くない真っ赤な光。
「送りすぎだバカ!!」
ヘヴィーの怒号に目を開ける。
表紙は、中央に綺麗な五芒星。そっから本の角に向かって線が伸びてる。背表紙には、表紙から伸びた線の交わる部分にリボンが描かれている。
「出来た、か?」
「流す事は出来ているが調節が出来ていない。まあ、練習すれば出来るようにはなるだろう。開くとまとめられているから、参考にするといい」
及第点でいいんやろか?
昨日の事があんま記憶にないから、とりあえず開いて確認してみるか……
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目次
・天性
・能力目録
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後はページ数がバーッと書いてある。今は5ページまでしかなくて、その後ろは全部空白って感じ。
人体強化モジュールで2枚分持ってかれてるだけで、能力自体は3つ。しかもそのうち2つは自己強化で、もう一つは人殺して初めて意味がある能力。そしてモジュールは作らないと意味が無い……か。全体的に私らしい能力やな。
「どんな感じだ、少し見せろ」
「ん、いいぜ」
大人しくヘヴィーに渡す。最初からじっくりと読み始めたヘヴィーは、少しもしない内に声を上げた。
「おい……ちょっと待て、何だこの天性……?」
「そんなに変わったや……つ…………」
「……マジ、か」
そっちは別に気にしてなかったな……にしても3人ともなんだその反応。絞り出すような声所かヴァリネッタの声ほぼ空気やけど?
「どした?」
「……私が気になるのは、主にこの3つだ」
そう言って、ヘヴィーが指さした3つの文を私も見る。
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・増強倍率はLvを1上げる度に前数値の二乗になる。
・Lvは他の世界、或いは次元毎で分裂される。
・Lvは合算され、合計値で計算される。
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「ん、これがどうした?」
悪いけど何もわかんねーわ。ただ効果が書いてあって、「へーそうなんかー」位にしか思わねーな。
「まずレベルを1あげる事に二乗、から相当だ。例えば、分かりやすく数字で例えるとして、貴様の能力値が1だとしても、今は世界補正の影響で100。それがレベル1だ。そしてそれが2になった時、二乗される。100^2で、1万。レベル3では、10000^2、つまり1億。……初期値が1でもこれだけになるんだ」
次に、ヘヴィーは2文目を指差す。
「この意味は恐らく、今私の家があるここと、研究所のある魔界ではレベルカウントは別だ。この世界ではレベルが2でも、魔界の方では1になる」
そして、と最後を指した。
「それを補う文がこれ。さっきの数に当て嵌めると、合計3レベル。ということは……こっちの世界で2レベルだと1万+100で合計値は1万100になる」
そう呟いたヘヴィーは、迷った様な表情を浮かべる。
「だが合計するのだから3レベルとして考えて1億の可能性もあるのか……」
その時、ヴァリネッタが声を上げた。
「ここ、『Lvは、1〜所有する最大Lv内で、自由に上げる、または下げる事が可能』って書いてる。これ、2つ目の方が合ってんじゃね?」
「……いや、これは」
「……これ一つ目と二つ目で何が違うんだ?」
みのりの素朴な疑問。合計レベル3として考えるか、それともレベルは独立し値は+で考えるのか。
大分違うけど適当に考えてたらあんま差がないように見えるのもしゃーなしかもな。
「前者の方は、こっちの世界はレベル2だが、魔界ではレベル1。この文章の、『Lvは合算され』と『合計値で計算される』と意味を分けている。この合計値とは、レベルの事ではなくレベルにかけられた数値のこと。それを計算し、足す。後者は、レベルを合算し、合算したレベルで計算する。足すことは無い。そして、それを踏まえた上で言うが、二つ目の方では無い」
「は?何でだよ」
明らかこっちだろうが、とぼやくヴァリネッタに、文の問題点の部分に指で丸を書いた。
「『"1〜所有する最大レベル内"』だ。この所有する最大レベル、とは合算ではなく、世界、もしくは次元の話をしている。この世界でのレベルが2だとして、それを1に下げた場合は1の時の数値として計算する。1万+1万だ」
「なんでそう思うんだ?」
「計算、合算と言う言葉が出てこないからだ」
あ、とヴァリネッタは零す。
この文章、分かりにくいようで合算しろよ、ってちゃんと書いてあるものはあるんよな。
それがないってことは、まあ多分そういうこと。
「……えっと、つまり?」
ようやく話に追いついてきたみのりが聞く。
すると、ヘヴィーは本を閉じ、私に渡しながら答えた。
「……この力は、過去最大で強力だろうな」
「やっぱそうなんやな。初めてか?」
「ああ……そもそもこの形が異常だ。自分で強化を施すなど……」
手を頭に持っていきかけたヘヴィーは、途中でその手を下ろす。
そして、代わりに机の上に手を伸ばした。
細くて長めの筒……じゃねーな、バズーカ?それと黒いブーツ?の2つを手に取り、それも私に渡してきた。本が邪魔すぎる。
「なあヘヴィー、この本ずっと持ち歩かなきゃなんか?」
「いや、要らないと思えば勝手に消えるし、必要だと思えば勝手に出せる」
「ほーん」
「本だけに」
「ウユニ塩湖に沈めるぞ」
変な事言うみのりを睨んで、『要らない』と思うと手から本が消えた。どこに消えたんあの本。
本が無くなって少しだけスッキリした両手に収まるバズーカとブーツ。
「まずそのバズーカだが。それは、魔力を弾の代わりにする。サイズ可変式だ。ある程度の自由は効くようになっている。そして、だ。どうせ貴様は武器を盾にするだろうから、実態のある攻撃は弾けるようにしておいた」
「ん、なるほどな」
「それとブーツだが、貴様の靴、白いだろう」
今私が履いてる白いブーツを指差す。確かに白いけど、汚れたって大して問題にはならねーし…確かに目立つけどな。
黒いブーツも考えたんやけど、白の方が私の好みやったから白にした。
「けどこのブーツ、ナイフ仕込んであるし変える気ねーんやけど」
私が言ったことを知っているかのように、今度はその靴について話し始める。めちゃめちゃこういう時饒舌なのは研究者だからなんか?
「この靴にも勿論ナイフを仕込んであるし、ついでに能力系統により作られた障壁破壊、破壊時に追加ダメージの効果付きだ。能力を積めなかったが、あの火力だとあっても特に変わらなかったかもしれないな」
「ふーん……ならこっちでいいか」
思い入れは無くもないけど、まあ寮部屋の下駄箱にでも入れときゃいいやろ。黒なら血も目立ちにくいしな。
「さて、何か聞きたいことは」
「バズーカのサイズを変える方法、それとバズーカの名前」
ふむ、とヘヴィーは手を口許に持っていく。
暫くの無言。
それから、手を下ろす。
さっきの饒舌は鳴りを潜めてゆっくりと話し始めた。
「サイズ変更は貴様の意志。魔力を通し、意志と本体を同調させた。名前だが……『シャドウ・バズーカ』とかは……?」
やや不安気に私を見る。さっきの長めの沈黙はバズーカの名前に困ってた、らしい。
「ん、じゃーそれで」
「いいのか?」
「別にいいぜ」
ヘヴィーに笑いかけて白いブーツを脱ぐ。代わりに黒いブーツを履くと、サイズはぴったりだった。つーかブーツ側が私に合わせに来た。流石異世界、これくらいはお手の物ってか。
右手にライフル、左手にバズーカを持ってみのりに視線を向ける。
「で、私と出かけたいんか?」
「そそ、俺初めての友達お前だからさ」
「お前……前世でもぼっちだったん?」
「んなわけねぇだろこっちの世界でだ!!」
「お、良かった」
元の世界でもぼっちなんかと思って可哀想に思うとこだったわ。
「そういうわけで……あー、もうほら行くぞ!」
みのりは私の手首を掴んでずりずりと家から引っ張り出す。ヘヴィーとヴァリネッタの2人が暖かい視線を向けてきた。やめろ。
2人が見えなくなって、ようやくみのりは手を離してくれた。もう一度ヘヴィーの家の方を振り返って、みのりは私に耳打ちした。
「ヘヴィー、俺に頼まれてって言ってたけど、俺が頼んだんじゃない。全部、ヘヴィーがお前を心配に思って作った物なんだ」
「……え」
正直めちゃくちゃ驚いた。
でもなるほどな。
魔力砲作ってくれたのも、多分弾丸を夜鴉に弾かれたのを見てたからなんやろな。
「……優しいな、あいつ」
「だろ?俺の雇い主ツンデレで優しい」
ニカッと笑うみのり。良い奴に拾って貰えてよかったな。もち私もやけど。
誰かの下に着くのは好きじゃねーけど、あいつらからの頼みなら答えてもいい。
私のこと知らねーからかもやけど、それでも私の事思ってくれんのは普通に嬉しいし。
「じゃ、今度は俺がお前の事エスコートするから、楽しみにしてろよ」
なんて、上機嫌なみのりの隣を、私も上機嫌で歩き始めた。




