8.
目の前を、大きな荷車を引いた黒馬が通り過ぎていく。
聖教首都・アルファルドのマルク司教の元に行く旅路の中途、物資を買い忘れたというポカをやらかした私たちは、補給地点と食料調達のために、小さな村に立ち寄っていた。
田舎らしい長閑な風景に、さわやかで清涼を思わせる風。それらの大地の清純な恵みを一身に浴びながら、私とユリは大きく伸びをした。
「いいお天気!疲れも不安も一気に吹き飛びそうだね!」
「いいお天気。不安がさらに増しそうな最悪のな天気ね」
というのも、今回の旅のメンバーはユリと私とアヤト、そして新しく来たアルバート。
不安しかない。
いつもは傍にいるはずの、頼れて殴れるサンドバッグ係のリッドが、生牡蠣にあたって食あたりで寝たきりになったせいだ。
その代わりに、リッドとアヤトを除いて、パーティの中でたった二人の男の一人である祈祷師のアルバートが派遣されて来た。
なぜか剣士ではなく祈祷師が来るという謎采配であったが、かといって役立たずと言う名のアヤト応援係が来ても困る。
どちらにせよ不安しかない。
そんな私の不安を後押しするように、アヤトは晴れ晴れとした表情で、大きく両腕を伸ばした。
「今日はなんだか調子が良いなあ。全てが順風満帆にいきそうな気がするぜ!」
不安しかない!!
「なにせパーティは伝説の勇者の俺、可愛い祈祷師ユリに、魔法使いのテセラ、天才祈祷師のアルバート、この魔剣フリード、安心しかないぜ!」
なにせ、パーティは破壊神アヤトと、裏は真っ暗腹黒幼女、天才美女魔法使い、どこか頭抜けてる祈祷師と、無職のクソニート、不安しかないぜ!
あれ?今気づいたけど祈祷師2人いる!人選間違えた!!
「そうであるな。なにかしらの不安はあったが、天下の勇者様が言うならそうであろう!」
なんだろう。こいつからはリッドと同じ匂いがする。
「おうともさ。なにしろこの魔剣フリードは、あの疎まれし闇の剣。これさえあれば、どんな闇夜も光も斬り裂いて打ち払って見せるぜ!どんな敵も暗黒破壊光線で一網打尽だ!」
なぜ魔剣なのに闇夜を斬り裂けるのかとか、勇者のくせになんで光打ち払ってんねんとか、勇者が魔剣使ってるとかどゆことなど、突っ込みどころは多いが、胃痛の原因になるから考えるのはやめておこう。最近あちこち身体にガタが来ているし、足腰が痛いので肉体をいたわることは大事だ。
アヤトは背中の柄に刺した剣を引き抜くと、燦々と輝く太陽に翳した。
キラリ、と磨き込まれた黒刀が、陽光の下にその美しい姿見を晒す。
目を細めて刀を掲げるアヤトは、腹が立つが無駄に様になっていた、が。
「あっ、見てアヤト!剣からぷすぷす煙が上がってるよ!」
「へっ?」
「何をやっておるのだアヤト、魔剣なのだから太陽光に当てたら焦げるに決まっているであろうが!」
「魔剣ってそういうものなのか!?」
どうしよう。不安しかない。
ちなみに前回手にした聖剣は、家の蔵にお留守番してもらっている。
やたらピカピカ光ってうるさかったので、ドブ川に浸した後、悪魔の札と黒い布を巻きまくって狭い隙間に押し込めておいた。
ネズミにかじられてないといいけど。
村では、それはそれはのどかな風景が広がっていた。
子供たちが楽しそうに鬼ごっこをして駆け回り、村の隅では大人たちが集まって酪農や開墾に従事していた。が、私たちの姿に気づき、旅のものだと察したのか、仰々しくお辞儀をする。
とにかく、平和な光景だった。束の間の喧騒と忙しさを忘れて、こう言った風景に身を馴染ませるのも悪くないかもしれない。
私はユリにお金を渡して使いに走らせ、アルバートと一緒にアヤトをジーッと見つめる監視役に徹することにした。アヤトはチラッとこちらを何か言いたげに見やったが、無視することで両断する。
残念ながらこの間ミニゴブリンを追いかけて出て行って、デストロイゴーレムとかいうバケモンの軍団を私たちの元に連れ帰って来たアヤトの暴挙を、私はまだ忘れていない。
別に、その時のことを根に持っているわけではない。その後、別にアヤトの大嫌いなしいたけを枕に仕込みまくったりもしていないし、アヤトの名前を書いた藁人形を、トンカチでカンカン打ったりもしていない。本当である。
と、その時だった。
「ーーーーそこの者、只者ではあるまいな」
不意に響いた、のどかな空気に似つかわしくないほどの、緊迫漂う厳粛な声に、ハッとアヤトは身を硬くする。
それが自分以外の人間に掛けられたものだという考えはないらしい。自意識過剰か。
声の聞こえた方向を肩越しに振り返ると、背後に一人の老いた男が立っていた。
T字に形取られた杖をつき、曲げた腰に手をやりながら、いかにもな雰囲気を醸し出す老人。老人は杖で地面を一突きし、コホン、と不穏めいた咳払いをしたのち、こう切り出した。
「その佇まい、雰囲気、神の御劔。間違いない。ーーーお主、勇者であろう」
邂逅早々、見事にアヤトの内なる力を言い当てた老公に、面々の頰に緊張が走る。
神の御劔なんてご大層なものではなく、ただ単にかつての持ち主が罪無き人を殺しまくって呪われまくった魔剣なのだが、そこは言及しなくて良いだろう。
双方の間に流れるただならぬ空気に、自然と皆老人に向き直った。隙あらば老人を焼き殺そうと杖を構えていた私も、こくりと生唾を呑み身構えた。
「ーーーーそこでまことに心苦しいのだが、勇者様を見込んでお頼みしたいことがある」
おーっと、そういう流れだったかー。てっきり老人が化け物化して襲い掛かってくるかと思ったぞー。
「勇者を見込んで、か…いかにも不穏な響きであるな。何か、勇者で無ければと出来ぬことがある、ということであろうか」
アルバートの問いに、老人は頷くと、「実は………」と暗い顔で言葉を紡いだ。
どうせ最近、穏やかだったはずのモンスターが凶暴になって数増えた!とかだろう。
「最近、穏やかであったはずのモンスターが凶暴化して数も増えてきているのだ」
でしょうね。
「これも何かの前兆かもしれん。そこで、君たちにここの町外れにあるほこらを調べて来て欲しいのだ。どうかこの村を守ってくれな」
「どうしてモンスターの凶暴化がほこらに起因してるとわかったんですか?」
私が間髪入れずに突っ込むと、老人はエッという顔をした。目に見えて慌てだし、わたわたと左右に手を振った。
「じっ、実はのう…二ヶ月ほど前からほこらから嫌な魔力が出ている気がしてな。その頃からじゃ、魔物が凶暴に成りだしたのは。だが、村の人は誰も信じてくれなくてのう…」
この人はその二ヶ月間何してたんだ?まさか家でビール片手に競馬見てたとかじゃ無いだろうな?
「いやいやいや、そこまで分かってるんなら自分で行けば良いじゃないですか」
容赦なく切り返せば、老人はまたエッという顔をする。
「ええっ…」
「まあまあ少々落ち着くのだ。ここはひとつ、老人の話を聞こ」
「邪魔だ退けモブバート」
「エッ」
仲裁に入ってきたアルバートを押しのけて、私は老人に身を乗り出した。
ここで言わなければいつ言うのか。
さっきからずっと気掛かりになっていたことがあるのだ。
「自分で行くのがめんどくさいからって、偶然通りかかった勇者一行をパシらないでくれます?その間の期間は何してたんですか?パチンコ打ってたんじゃないですか?何よりもその腰にぶら下げてるのはなんですか、賞金稼ぎで生計立ててるんじゃないですか?それについてはどうなんですか、おかしくないですか?」
そう言って私が老人の腰に携えられた剣を指差すと、その場にいた全員が黙り込んだ。
「…………………」
長い長い沈黙が流れる。仕方なく私が適当に話を紡ごうとした矢先、
「ウゥッ!」
…突然老人は胸を押さえて地面に倒れた。
「あ痛たたた、持病の心不全が!!ウゥッ、くっ、苦しいっ!」
はっ???
「だっ、大丈夫ですかお爺さん!?」
アヤトが慌てて近づくと、老人は片方の手を力なく彼に伸ばし、その肩を掴んだ。
「わ、わしはもうダメじゃ…ここで終わるんじゃぁ…」
震える声を吐き出し、わざとらしい咳をするご老人に、アヤトは悲痛な叫びを上げた。
「しっかりしてくださいお爺さーーん!!…なんて事だ…仕方ない、俺たちが代わりに行きます!!」
「わかった…後のことは…頼んだぞ…」
なんでやねん!!