7.
ばさり、と大きな音を立てて、盾から噴き出した光から、二つの羽がまろび出る。
羽は徐々に露出していき、やがて光の中から長く真っ赤な髪を持つ、美しい女性が現れた。
「うそ、だろ…」
愕然としながら、よろよろと後ずさるリッド。
「本当に、この世に存在したのか…!創作上の人物じゃなかったのかよ…!間違いない………白無垢の熾天使…!またの名を、聖盾……!」
そんな噛ませみたいな言葉を放ったリッドを焼いて砕いて曳きこねて、ハンバーグにしてやりたい。これじゃ結局お約束展開じゃないか。
だから、あれ程アヤトは厄災を呼ぶ男だと言ったのに。
それに空想上の人物だか知らないが、こっちは毎日のようにやれ妖精女王だのやれ秩序の天使だの、そこいらの奴らと違い、ちょっと桁違いの相手とばかり接して来過ぎたため、完全にインフレを起こしている。
熾天使は最高神女神の次に偉い、つまり全ての聖族の中で二番目に偉いということだが、インフレに次ぐインフレのせいで、威厳も何も感じ取ることも出来なかった。
さらに言うなら私は天族というものに、嫌な思い出しか無い。
その筆頭がアヤトを勇者に選んだ、最高神エスタニアだった。あのおばはん、早く老衰で逝けばいいのに。
アヤトに下心丸出しなのはまあ見ないふりをするとして、私を恋の障害だとでも思っているのか、ことあるごとに自然現象のふりをして、雪崩を起こしたり雷を落としたりと、私の息の根を止めようとしてくるのだ。
こっちはポンコツ勇者の尻拭いをするために、必死で借金完済のために頑張っているのに。
アヤトに散々振り回されて耐性がついたため、別に雪崩や土砂崩れ、噴火くらいの天災、頭上に直撃しても致命傷でもないのだが。あの女、自分がやっていると私に気付かれないとでも思ったのだろうか。
天族最高峰かつ最高位のエスタニアでさえ、私の中で絶望的に尊敬度が低いのだから、たかが熾天使程度を敬愛する気などミジンコも起きない。
盾から現れた純白の熾天使は、折りたたんだ体を開き、その全貌をあらわにした。
姿を綺麗に整えて、固めた真紅の髪には輝くかんざしをさし、着物を着こなした美しい女性。
どう見ても和の国の姿だが、これで【純白の熾天使】なのだから謎である。誰だそんなインチキ流したの!!
そうして簪の鈴をちりんと鳴らし、熾天使はキツい切れ長の目を開いた。
「ほう、これはこれは。人間ではないか」
周りに集まる人の姿を認め、すっと細い目を押しひらく。緊張にほおを硬くする人間を見回して、ホッホッホッと余裕のある笑みをこぼした
「チンケな人間どもがわらわの眠りを覚ますとは、一体何事であるか。………言っておくが、いかにうぬらが妾の封印を解いた恩人であろうと、妾はそう簡単には、人間どもにはついていかぬぞ?」
うわっ、コイツ腹立つ。絶対仲間に入れてやんね。
「ほう…これは」
しかし、横目にアヤトの姿を認めると、ホゥ、と意味ありげなため息をついた。形の良い目を細め、赤い唇が綺麗な弧を描く。まるで品定めするかのように、ジロジロとアホ面のアヤトを視線で舐めまわした。
「これはこれは。勇者では無いか。なるほど、そちが妾の封印を解いたということか」
さすがウチのホイホイ勇者、ハーレムスキルは大天使様にも有効です。 ふざけるな。
「フン、たかが人間にあの封印を解かれたというのはなかなか片腹痛きことであるが…だが、勇者となれば話は別じゃ。わらわの命令を満たすのなら力を貸してやらんことも無かろ「お断りします」
聖盾?と呼ばれているらしい熾天使は、私を睨めつけながら片眉を器用に吊り上げた。
「はあ?なにを言うのじゃ貴様。この無礼者、たかが小娘が、誰に口を聞いていると思うておる!」
「結構です。聖盾なんて不要です」
おっ!どこかで見たぞこのパターン。私がそう言うと、熾天使は怒り出した。
「わらわは聖盾だぞ!!聖盾なんだぞ!?勇者にとって必要不可欠な力なのじゃ!うぬらのような弱小な存在よりも、よりもずっとずっとアヤトにとって重要人物なのじゃ!!すごい奴なのじゃ!どうだすごいだろう!」
やけに自己主張の強い聖盾だなぁ。
「アヤトが気に入らないんでしょ?なら置いてくしかないって!大丈夫大丈夫、他の勇者が拾ってくれるでしょ!!」
「な、何を小娘ェ〜!!封印を解いたからにはきちんと最後まで責任を取れぃ!妾はどんな攻撃も防ぐ聖盾じゃぞ!」
「それじゃ邪神の攻撃も防げるのの??」
わざと意地悪なことを言うと、熾天使の顔が見るからに歪んだ。
「ゔっ」
「それにこっちには聖なる(笑)巫女と聖処女と精霊王と暗黒少女と堕天使と黒鬼と旧支配者の魔神がいます。もう満員です。乗れませーん」
「なっ、何をいうんだ、テセラ!純白の熾天使、アルタリスはかの有名な熾天使様だぞ!?」
「そうじゃぞ、その通りじゃ!話がわかるでは無いか小僧!………やはり小僧、どこかであったことはあろうて?」
リッドはまたギクッと固まった。
「えっ、イヤイヤ滅相もない!流石にここまで神格の高い方とはお会いしたことが無いので!」
「そうか?………はて、おかしいな…どこがで会おうた気がするのだがな………………まあ良い。そんなことよりも小娘!妾を連れて行かぬことは何事か!」
「いやです結構でーす」
聖なる天使は悔しげに地団駄を踏んだ。
「よし、出ましょうか!」
「いやいや、なんでだよ。持っていこうぜ」
「いやいや、なんでなの。持ってかないぜ」
そう言って私が笑いながら懐から拳銃を取り出して脅すと、リッドは黙って引き下がった。
しかし肝心のアヤトは下がらなかった。
「いやいや、どうしてだよ。ずっと盾の中に閉じ込められていて、挙句に封印されてたんだろ?せっかく封印が解けたのに、置いていくなんて可哀想だろう」
「おお!さすが勇者殿。理解してくださるのか!妾、盾の中に長い間閉じ込められて、一人ぼっちでずっと寂しくて辛かった。悲しかった。それなのに皆が妾をいじめるなんて、妾悲しい!特にそこの機械娘!!貴様は妾の下僕のはずであったはずでろう!なぜ妾の味方をせんのだ!」
「深刻なエラーが発生致しました。ピピー、ガガガガ、セイギョフノウ。アナタハテキデス」
「嘘をつけェ!」
そんな押し問答と内輪もめを繰り返していると、ユリが嘆息しながら私に囁いて来た。
「ねーテセラ、別に持って帰ってもいいんじゃないの?」
「実はこの聖盾は、かつて女神が愛を施した伝説の聖剣で、その力を狙うやからが地底から這い出てくるからダメ」
「………いつも思うんだけど、そういう発想どこから出てくるの?しかも毎回全部当たるのが謎すぎるよ。テセラって歩くbotなの?」
「そう思うならねユリ、常日頃からアヤトよいしょをやめてくれない?とにかくダメなものはダメなの。おうちに帰ろ、皆。遺跡内も風が通ってたし、他のとこから出られるでしょう」
こんなところでこれ以上時間を潰したくもないので、私はさっさと元来た道へと舞われ気味をする。
しかし踵を返した私の前に、いつのまにか見慣れた壁が道を阻んでた。入り口のように。
「……………えっ?」
くっくっく、と喉を鳴らした低い笑いが聞こえてくる。
先ほどまで懇願していた姿とは一変、髪を振り乱して俯いた白無垢の天使が、肩を揺らしながら不敵に笑みをこぼしていた。
「ぬかったな、小娘………残念ながらこの遺跡は妾が占拠した!妾を連れて行くまで、貴様らはここから一歩も出さぬ!最初からこうすればよかったのだ!あーっはっはっはっはっは!」
こいつのどこが【白無垢】やねん!!