6.
岩の巨人を倒した後。
私たち勇者一行は、さらに奥へと進んでいた。
「とりあえず出口。出口探そう。早く出口見つけてここから出よう。一刻も早くこの場所から脱出しましょう」
「お前さんどんだけここから出てェんだよ…」
「あ゛?リッドのくせに調子乗んな。殺すぞ」
「本音!本音が出てるっつーの!」
ショックで地面に沈み込み始めたリッドを掴んで引きずりながら、私は奥へ奥へと進む。
深淵に近づけば近づくほど、道はどんどん狭まり、深闇を宿し、陰鬱な空気を醸し出していた。
ーーーー不意にアヤトが顔を上げた。
幾つもの分岐した道の一番右を振り向くと、僅かに光の漏れてくる穴を見つめる。
その光量は、どう見ても外光によるものでは無かった。
「あそこ、なんか気になるな」
はい、アウト。
「ダメ」
「えっ、良いじゃんちょっとくらい」
「ぜっっっっっっっっっったいダメ」
「良いじゃんそれぐらい!先っぽだけ、先っちょだけだから!!」
「どうせ行ったら、今まで千年の眠りについてた聖なる天使とかの封印が解けるからダメ」
「なにそれ怖っ!?」
「貴様は黙れリッド。…それでもダメなもんはダメなの。ただでさえゴミ機械が一人増えたんだから、これ以上余計なものは背負えないんだけど!」
「ふふ、それは一体誰の事でしょうか。旦那様、この女消してもいいでしょうか」
「ええ、掛かって来なさい粗大ゴミ。一瞬で分解してスクラップにして廃品回収に出してあげる」
そう言ってシュッシュッとシャドウボクシングをしながら、ばちばちと視線の先で火花を散らしていたが、私はあることに気が付いてふっと顔を曇らせた。
「…………あれ、アヤトは?」
「あー、アヤト?アヤトなら、あの洞窟の奥行った!」
「あああああああああああやとあああああああああ!!」
* * *
アヤトが消えたという奥を光速で進むと、道が瓦礫によって塞がれていた。
どうやらアヤトがせめてもの私除けのために、小さい脳みそを振り絞って健気に工作したらしい。それをドロップキックで破壊する。
どうせ遺跡の封印は解けているのだ。鉄くらいの硬さなら私は簡単に蹴り砕ける。
ちなみに私の握力は片手で1トン近くあるが、魔法使いにはあまり必要の無い、役に立たないスキルだ。それは自分でもわかっているので、特に誰かに言及したこともない。
バラバラと降り注ぐ瓦礫の破片を払いのけ、私が洞窟の奥へと吶喊すると、アヤトはちょうど、白い鎖を何重にもガチガチに巻かれ、岩にくくりつけられたナニカに触ろうとしているところだった。
そう、ナニカに。
▶︎私はユリを繰り出した!
「いけ、ユリ!餌付けだ!」
「わかった!ダメだよアヤト、その鎖に触ったら!あめちゃんあげるから帰って来なさい!!」
▶︎アヤトはビクッと肩を揺らした!
「あ………あ…め…ちゃん………!」
▶︎アヤトはめっちゃ反応している!こいつ馬鹿なのか?生きてて恥ずかしくないのか?まあ昔からか。
「そうよ、ユリもこう言っているんだから帰って来なさいアヤト!」
「あ、テセラがそういうんだったら別にいっか!よし、岩の封印解くわ!」
「なんでそうなるー」
瞬間アヤトは白い鎖を手で引きちぎり、挙句にその残骸を地面に叩きつけて、その上で目から出した勇者ビームを浴びせ、さらにはこれでもかと言わんばかりに踏みにじりまくってめちゃくちゃにした。
もはや親の仇とかそういうレベルの仕打ちである。
刹那、辺りは眩い光に包まれた。
不意に、ミルカが奥に進む足を止めた。彼女の停止に、自然と皆の歩みも止まる。
「あら、いけませんわ…どうしましょう、ご主人様」
困ったように形の良い眉尻を下げるミルカ。ついっとアヤトの服をつまんで、自分の袂に引き寄せた。
「どうしたんだ、ミルカさん?」
「いえ、どうやら私が長らく封印されている間に、ここから先に新たな結界が張られてしまったようです。それも、一定の条件を満たさなければ、通れない結界が」
ミルカは舌で唇を湿らせると、恥じらいと期待を混ぜた視線で、抱きついたままアヤトを見やり、淫靡に体をくねらせた。
「それが…どうやら…ここから先に進むには、誰か1人が服を脱がなければならないようです。詳しくはよくわからないのですが、無視をすれば災いが起こるようです」
何その謎設定。
どう見ても嘘だろと突っ込みたかったが、その前にミルカは頰を赤らめると、勝手に服を脱衣し始めた。
さてはコイツ確信犯だな!死刑!死刑!
「しかし…このミルカ、ご主人様のためであれば、喜んで服をお脱ぎいたします。貴方様を満足させられるのなら、どんな恥辱も辱めも、お引き受けしましょう」
私は目にも留まらぬ速さでリッドの服を引きちぎった。
リッドは半裸になった。
「…………………」
シーンと場が静まり返る。
「これでOK」
「よくねーよ!」
リッドの絶叫がこだました。
* * *
「おう、テセラ。誰かさんのせいで、俺、死ぬほどさみィんだが」
「ごめんねリッド!皆、リッドの服に黙祷!」
「黙祷!」
「ご愁傷様です!」
「チーン」
「うるせェよ!」
あの後、リッドの服を引きちぎった後、ゴミ機械ゴミルカに「余計なことしやがって」と射殺さんばかりの目で睨まれたが、特に負い目もないのでスルーする。
遺跡の奥を目指す勇者一同だったが、しかし、再びその歩みを止めることとなった。
誰かによって、ではなく、何かによって。
不意に風が吹いたかと思うと、視界を遮るほどの砂埃が発生したためだ。
思わず立ち止まった皆の目の前で、爆風とともにおびただしい砂塵が空へと舞い上げられる。
それはみるみるうちに集合体を作り、生物の形をなすと、巨大な怪物の形を形成した。
そして顔の部分に二つの窪みが出現し、ぽっかりと空いた空洞に、ギンと赤い光が宿る。
「こ、これは…………!ミルカさん、これは一体なんですか!?」
「ええ………実は私もあまり記憶にございませんが、これはおそらく、博士の作った遺跡の守り人!しかし、様子がどうやらおかしいようです。普通、守り人というものは、少女兵器を守るためのものですから、私を敵と認識しないはずです。でもこれは………どうやら、長年動かなかったためか壊れてるようですね。まあ大変」
まあ大変じゃねーよ。
巨人は赤い瞳を巡らせて、目の前に立つ人間をじっと睨め付けた。ギン、とその瞳に剣呑な色が宿る。どうやらミルカの言う通り、私たち6人を敵と認識したらしい。
その中でもギロリと、女3人を侍らせた最低最悪女たらしのカス男に目をつけた。
「うぉおお、やばい!俺かよ、てかこっちくんなうわあああ!!」
ゆっくりと大きな足で歩み寄り、ぐっと拳を振り上げる。モンスターのくせに、なかなか襲う人間の目の付け所がいいと思ったのは、私だけでなくリッドも同じことであろう。
目で追えるほどの緩慢な動作だったが、しかし巨人はアヤト目掛けて巨大な拳を繰り出した。
「てかうぉおい!お前らいい加減に離れろ!!動けない!俺動けないから!!」
アヤトは悲鳴を上げたが、三人は離れない。
「きゃー……アヤト助けて〜……………」
「勇者なんだから守りなさいよね!」
「こういう時こそ旦那様の出番ですわ」
好き勝手なことを言い放題の三人に、ついにアヤトが発狂する。
「そんな理不尽な!なあテセラ、リッド!!助けてくれよ!!」
「「いやいやいやいや」」
「なんでだよーーー!!」
そんなやり取りを交わしている間にも、拳は容赦なくぐんぐん迫ってくる。
衝突予定地点で凄まじい旋風が巻き起こり、アヤト達の頭部が陰で翳った。再度アヤトの悲鳴が炸裂する。
「おい、テセラーーー!」
私は短い息を吐き出すと、そっと彼に助言をしてあげた。
「…大丈夫アヤト。あなたは勇者の補正がかかってるから、巨人の拳に押しつぶされても、そこの三人とは違ってミンチにはならないはずよ」
…瞬間、三人の少女は目にも留まらぬ速さで逃げ出した。
「えっ…」
アヤトは地面にめり込んだ。