22.(過去2)
「さすがにこの人数を全員は迷惑だし、宿を探してそこに泊まらない?聞けば近くに村があるらしいじゃ……」
「もう疲れましたわ、アヤト様」
「1歩も動けません……」
……えっ。
「でもアヤト、それに……」
「ご厚意に甘えませんか!もう怖いです、外は歩きたくありませんアヤト様!」
「この人もこう言ってくれているし、休みませんか?」
ニート共の言葉に便乗し、貴族の男はここぞとばかりに畳み掛ける。
「そうですぞ、アヤト殿!遠慮する必要はありません。むしろ私の方から泊まって頂きたく存じ上げますぞ。何せよそから来る人間は全く居ないもので、私も世間話をお聞かせ願いたいのです。是非とも冒険譚をお聞かせいただきたい!その代わりと言ってはなんですが、最高級のもてなしを致しましょう!」
「ほらアヤト様!この方も仰っておりますよ」
こ、こいつら……。
(もしかしてこいつら……この貴族の男の正体に気付いている?それであえて捕まろうとしていない?いや、そんなまさかね。まさかね〜……)
しかし彼女達の態度で私はほとんど確信していた。彼女たちは明らかに男が悪人だと見抜いており、その上でアヤトにこの貴族の男の家に泊まろうと促しているのだと!
そして捕まることも見抜いている!
その上で!アヤトに助けてもらおうとしている!!
この男は悪いやつなのかもしれないけれど、はっきり言ってハーレムの彼女たちの方も極悪だ。
この集団にかかれば悪役なんて霞むほどの存在だ。
「自分たちをいかにヒロインにしてくれるか」という要素でしかない。
むしろ、歓迎すべき踏み台だ。悪役なんて存在はこの女らには垂涎の獲物であり、彼女たちにとってそれをこぞって奪い合う対象だろう。
そしてアヤトはハーレムの彼女らにおだてられるまま、貴族の男の言葉を鵜呑みにする。
「とりあえずは、短い間だけでもくつろいで言って欲しい。どうぞどうぞ、お上がりください」
「なんていい人なんだ!裏も無さそうだし!」
めっちゃ怪しいんだけど!裏もありそうだし!
その後買い出しに行くことになったアヤトに、私は着いていくことになった。この屋敷にいたくないというのが本音だ。
私は不意に部屋の端っこでコソコソ話しているハーレムメンバーに気付いて、自慢の地獄耳でこっそり聞き耳を立てる。ちなみにまだ修行中の身だけど、2キロ圏内だったらどれだけ小さくても会話をキャッチ出来る。結構疲れるけど。そこてハーレムの女たちの会話を盗み聞きした。
「うっ……ここでアヤトと一緒にいれば、少数人数で買い物に行けるチャンス……」
「でもここで捕まれば、アヤト様に助けてもらえる囚われのヒロインになれるチャンスよ」
「それも捨てがたい…それに買い出しにはアイツがいるし…」
というのが聞こえてきた。おー怖っ!
結局私は屋敷には残らず、アヤトとリッドらと買い出しに行った。
貴族の男とハーレムの彼女たちが「行けはよ買い出しに行け行け行け」と皆仲良く揃って態度で威圧するのは、逆にシュール過ぎて乾いた笑いしか出なかった。
結果として向かった村はかなり寂れており、活気がなかった。
なんというか村人たちも諦観し疲れきった顔をしていて、暗く重たい空気だ。
(極端に年齢の低い子を除いて、男女共に若い子が全く居ない…老人が多いし、女性の数も少ない…あ〜そういうことね)
それを見た私は大体の事情を察する。
空気を読むことを知らないアヤトは、ニコニコしながら村人たちに話しかけていた。
「よっ、皆!俺の名前は勇者アヤト!」
アヤトのその言い方だと勇者まで名前に入らないか?
まあ疲れてるので突っ込むのは辞めておこう。
そこでリッドが私の方を向いた。
「買い出しは俺とアヤトさんに任せて、お嬢ちゃんは楽していても良かったんだぜ?わざわざ手伝って貰って悪ィな」
「あー、いや。都合の良い勘違いをしてもらっているみたいだけど、私は単にあの屋敷に居たくなかっただけだから。買い出しについて行った方がマシだったからよ」
「そうか?」
「後明らかにあの貴族、怪しすぎでしょ。あの館にいたら、100%捕まるって私の勘が言ってんのよ」
私が白髪を揺らしながらそう言えば、リッドは笑いながら苦言を呈した。
「おいおい、今日1日泊めるのを約束してくれた親切な方にその言い草はねェだろ。確かにちィっと訝しいで立ちだったが、そんな最初から決めつける事でもないだろう?」
「あんた、割と感性はまともなのにちょっと警戒心無さすぎない?ピュアすぎると言うか。まあ、そのうちあの館に居れば絶対に問題が起きるから。これは確実よ」
「どこからその自信が湧いて出てくるんだよ……」
「それならひとつ、あなたに私の思うこの後の展開を教えてあげましょうか。ほら、あの先に困った顔をして辺りをキョロキョロ見回してる女の子がいるでしょう」
私が指さした方向を、リッドも目で追う。私の指した方角には、不安そうな顔をして辺りを見回す少女が居た。
「ん?ああ、あの子か。確かに何だか訳ありな顔をしているな」
「あの女の子、アヤトが正体を名乗ってもいないのに、アヤトを見た途端に勇者だと見抜いて『私の姉を助けてください、勇者様!』って言い出し始めるから。私や貴方には目もくれずにね」
「ははは!お嬢ちゃんは面白いことを言うなァ!それにあの女の子が、アヤトを勇者だと見抜くのはあり得る話だけどな。あの子が助けを求めていたとして、どうしてその理由がお姉さんを助けて欲しい、ということを断言出来るんだ……」
リッドが苦笑しながら肩を竦めた瞬間、少女はアヤトの存在に気付く。途端に少女は、アヤトに向かって一目散に駆け寄る。そのまま、アヤトに抱きついた。
「わっ、なんだ?」
驚くアヤトに、少女は涙を浮かべながら訴える。
「助けてください、勇者様」
「どうしたんだ、一体。何があったんだい?」
アヤトも少女のただならぬ気配を感じ取ったのか、膝を折って少女に視線を合わせ、優しげに少女に理由を聞き返す。
「やっぱりあなたは勇者様なんですね……!今の言葉は、本当だったんですね!良かったです、勇者様が助けに来てくれたんですね!!」
「ええっ!まさか俺が勇者と分かるなんて、君は凄いなあ!それで、どうして俺に助けを求めたんだい?」
「その……うっ……うぅっ……お姉ちゃんを、お姉ちゃんを助けてください……っ!!お姉ちゃん、悪い人に騙されて捕まったんです」
「お姉さんが!?誰に捕まったんだ!」
少女とアヤトの会話に耳を傾けていたリッドは、やがて錆びたブリキの人形のように、ギギギ……とぎこちない動作で震えながら私の方を見た。
「えっ……怖……。予知能力者?未来見えんのか?」
「おそらくあの子、大方あの貴族の男の黒い噂を話し始めるから。どうせ貴族の男が、女性をさらって高くで売りさばいてたとかでしょうね」
「ひいい!怖ェっっ!!」
そうこうしているうちに、女の子は勇者に事情を説明し始めた。