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20.(コロシアム9)

「おい、大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄ったアヤトに抱き起こされた王女に、既に息はなかった。光を失った目は曇り切り、もはや何も写してはいない。

 場が混迷と動乱に呑まれる中、一つの声が響いた。


「ーーーー愚かな、我が娘よ」


 聞くもの全てに寒さを与えるほどに冷徹な、なんの温度も感情も宿らなぬ凍てついた声音。


「呪いの力を持って生まれた無価値な貴様を、情けをかけてコロシアムという生きる意味を与えてやったのに。それを自ら壊すとは。その先走った浅慮が、目算の無い早計が、自らに無様な終焉をもたらしたのだ。浅ましい愚物にはふさわしい最後よ」


 それが観客席ではなく、真ん中の王族の席から響いているのだと気づき、アヤトは血に濡れた顔を上げた。

 温度も宿らない冷酷な言葉が、たった今死した少女に投げかけられたのだと思い当たり、静かに燃える怒りをその目に宿らせて。

 なんで、どうしてなんだと、唇を震わせた。


「どういうことだ、何が愚かだ?」


 アヤトはなおも平然とする国王に、怒声を張り上げる。


「彼女はただ、戦いに負けただけだろ。それがどうして命を奪うことになるんだ。お前、国王でこの子の父親なんだろう!」


 アヤトの叫びには耳も貸さず、国王は未だ混迷を極める会場に声高に叫んだ。


「皆の者!たった今、我が娘クロレラの裏切りが発覚した!!」


 裏切り、と不吉極まりない言葉に、アヤトの肌が粟立った。


「私は、前々からクロレラの嗔恚に猜疑をかけていたのだ。なにせ、クロレラはいくら天才といえど、養子であり、そして前王である私の兄の息子。彼女を哀れに思っていたが、最近の彼女はどこか不審な行動を繰り返していた。そして、疑念を抱いた私はクロレラに特殊な術式を刻みつけた。その呪術は、王国に反逆の意思があった時にのみ発動する。それが今、作動したということは、まぎれもない叛意の証明!民衆と国の安寧のためならば、たとい娘の命といえども差し出そう。いわば、私はこの国を、守ったのだ!」

「おお………」

「なんだ、そういうことなのか」

「国王様がいうことなら、間違いない!」

「まさか、クロレラ様がそのようなことをお考えになっていたとは…」


 冷え込んでいた空気が、体積を変えずに熱気へと変化する。

 あたりは王の暴挙を、美談として讃える賞賛で満ち溢れた。


「国王様、万歳!!」

「我ら一般市民を、裏切り者からお守りなさったのだ!」


 虫食いだらけのお粗末な理論でも、考える能の無い民衆はあっという間に懐柔されていく。

 王は冷たい視線で怒りを向けるアヤトを見下ろすと、兵士に向かって指差した。


「早く、こやつを捕らえろ。見苦しくてかなわん。裏切り者をいつまでも抱えて、私のコロシアムが穢れてしまう」

「ハッ、国王様」


 だが、そんな王や兵士にも取り合わず、アヤトは静かに問いかける。


「…あんたが、クロレラを殺したのか」

「ふん、いまさら何をほざくと思えば、心臓にとある呪術を施しただけだ。それでいつでも私の気分一つで、その命を潰えられるように細工した。哀れな女よ」


 そう言って、王は歯茎をむき出しにして見ているものを不快にさせるほどの悪にまみれた笑みをアヤトに向ける。だが、それを見たアヤトの反応は誰にも予想の出来ないものだった。


「ふーん、なんだ、そんなことか。魔回路は無事なのか」

「はあ?」

「それなら、大したことはないな」


 あっさりとしたアヤトの返答に、さしもの王も驚きを隠せない。アヤトは余裕を取り戻した顔ですっと立ち上がると、地面に横たわる少女の亡骸に向かって手を掲げた。


「あ」

 や。

 ば。

 い。


「待て、待てそれだけはーーーーーーーーーっ!!」



 観客席から叫んだテセラの制止も聞かず、アヤトは少女に向かって手を伸ばす。その手を中心に、アヤトの手のひらに幾何学的な模様が浮かび上がった

 そして少女は。

 光に包まれながら、文字通り息を吹き返した。


「………え?」


 ぱちり、と少女は自然な動作で目を開く。クロレラは血だらけになった自身の体に仰天し、動揺に包まれる会場を見回した。


「どういう、ことだ…わた、しは…死んだはずでは……これは、一体…」


 それを見ていた少しは魔法に知識のあるものが、生き返ったクロレラに驚愕の声を上げた。


「バカな………魂を呼び戻して再生しただと!?」

「な、なんだと!?ソンナワケガナイダロウ!」

「いや、しかしそれ以外でどうして死んだ王女が蘇る!?幻術でもなかったぞ。あの光……間違いない!」

「そんなことが出来る人間が…この世に存在していいのか…?」


 そんな時代が変わるような世紀の大事件の最中にも、首謀者かつ渦中のこの男は平常運転だった。


「あれっ?俺なんかヤバいことしちゃった?」


 テセラはギギギ、とブリキのように軋んだ音を立てながら、ぽかんと口を開く貴族の方を振り返った。


「ねえ、一つ聞きたいんだけど。あの宙にいくつも浮いてる赤い宝石みたいなのって…」


 そう言って、テセラは先程から空を取り巻くようにして空いていた、赤い何かを指差した。

 貴族は、答えた。


「…世界、放送のための魔具だ」

「せかい…ほう………………そ………う………」


 テセラはパタリと倒れた。









 その後、コロシアムにいた人間全員の記憶を消去したのと、世界放送の魔具が壊れていたというミラクル奇跡のおかげで、なんとか世界を敵に回す自体は免れた。

 アヤトとクロレラの、あまりに人知を超え戦いに、魔具が耐えきれず都合よくショートしてぶっ壊れたらしい。

 代わりに私は三日三晩寝込んで魘された。

 そして、はっきり言おう。

 そもそもアヤトがクロレラを倒さなければ、クロレラは死ななかったのだ。

 アヤトが余計なちょっかい掛けなければ、クロレラの術式も発動しなかった。

 アヤトこそが一級戦犯だ。

 つまり、これは感動劇でも感激する話でもなんでも無い。

 全てはアヤトが蒔いて育ててにょきにょき生やした種である。

 もっとも、めでたくアヤト教団に入団したクロレラが、女の中でも話が比較的に通じるやつだったから良かったものの。

 リッドもリッドで、よりにもよって食あたりなんかにやられやがって、あとでメガトンパンチしてやる。私はキレながら拠点に戻った。



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