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19.(コロシアム8)


 会場の隅から隅まで届くほどの、アヤトの声に、お偉方は鳥のさえずりのように喧しい騒音を奏でて半立ちになった。


「どういうことだ!?クロレラ様が、負けただと!」

「なんだあの男は、聞いていた話と違うではないか!」

「勇者は所詮小物職業では無かったのか!?」

「それにあの力は………」

「一体どういうことだ、王女様を仲間に、だと!?」


 中でも将軍らしき豪奢な鎧を決める男が立ち上がると、腰を浮かせた兵士たちに一声した。


「早くあの勇者を今すぐ捕まえろ!王女様はすぐに保護をしろ、試合は中止だーー!!」


 テセラはスッと無表情で立ち上がると、つかつかとキャスリーンに歩み寄った。

 口を開ける彼女の胸ぐらを、問答無用で掴み上げる。


「ねえ、合ってたでしょ?大正解だったでしょ!?」


 燃え上がり、全身を焼き焦がすほどの激情に駆動されて、茫然とする彼女を乱暴に揺さぶる。かなり乱暴な行為だったが、負けた女にくれてやる慈悲は無い。


「あの男は無駄に仲間増やして食い扶持減らす疫病神なのよ!!これが現実、あいつの本性よ!ろくに稼ぎもせず厄介ごとばかりのごみくずなのよ!」

「え、いや、えーと、その…ほんとにテセラって、アヤトのことなんでもわかっているよね……」


 キャスリーンから手を離し、テセラはギリギリと爪を割らんばかりに噛みながら、未だ少女に手をやるアヤトの方を振り返る。

 今にも駆け寄ってアッパーカットをかましたかったが、私まで勇者の仲間とみなされて、追いかけ回されるわけにはいかない。火消し役は己と相場が決まっているのだから。

 またもや起きてしまった悲劇に、そろそろ心労で胃に穴が開きそうだ。

 でもひとつだけ、たったひとつだけ、私がまだすがり付ける事実がある。テセラが一番懸念していた事態は、まだ起きていない。

 まだ最後の砦は壊されてはいないのだ。

 というのも、アヤトの古代魔法ーーー超究極術である『世界の書き換え』は使われてはいないためだ。

 回数制限があると言えど、あの魔法はとんでもないもの、この世の中のことわりを壊すろくでもないものだ。

 こんな反則レベルの魔法が使えるのは、後にも前にも、アヤトーーー立花綾人と、100000000000000000年前に存在したとされる、伝説の勇者であるエルトフールだけ。あんなものをこんな大衆の前で、それも世界中から注目されている中使えば、それこそ世界中から狙われることになる。

 そうなれば、テセラの望む彼との安寧など、一生手の届かぬものとなるだろう。



* * *



 そしてアヤトは。


「仲間になれ、だと?貴様、自分の言葉の意味がわかっているのか?」

「なんだ、嫌なのか?違うだろ?よし、じゃあ一緒に行こう!」

「はあ!?待て待て、いきなりそんなことを言い出して、き、貴様は一体なんなのだ…!なぜ……」

「そんなことってなあ。それに外の世界はくだらないとか、もう拘りないとか意味不明なこと言うくせに、外に出たそうにしてたしさ。俺、勝ったじゃん。いうこと聞いてくれるっていうことは、お前を仲間にしてもいいってことじゃんっ!!だから俺はお前を倒した!そしてお前は自由になる!監禁されることもなくなるし、外に出放題!えっへん、どうだ凄いだろう!」

「ふざけるのも大概にしたまえ!先ほども言った通り、このコロシアムは、私の強すぎる力を恐れた父が、私を閉じ込めて利用するために作り上げたものだ。負ければ幽閉されるとも。つまりここから流せば、お前は追われる身となる。それでも、お前は私を連れて行くというのか!言っておくが父の力は、あの人は強大だ!これは過言でも過大評価でも何も無い、あの人は強すぎる!いくら勇者と言えども…!」

「だって説得力に欠けるんだよなぁ。俺にかすり傷どころか攻撃を当てることも出来なかったやつになあ、恐ろしい力どうのこうのって脅されても…」


 クロレラはグッと悔しげに歯を噛み締め、消えかけの悲鳴を紡ぎ出した。


「わ…私のために、そこまでしなくてもいい…早くここから逃げるんだ。私のために、お前を巻き込むなど…」

「あのなあ、いい加減に気づけよ。お前頭良さそうな顔して、鈍いんだな」


 お前がいうな、と言いたくなる言葉を吐き、アヤトは力を込めて少女に指と言葉を突きつける。


「つまり、俺が守ってやるってことだよ。俺が外の世界に、お前を出してやる!」


 少女は初めて泣きそうな顔を浮かべた。それは確かに、絶望だらけの少女の道を照らす道しるべだった。

 形作っていた強がりという仮面がはがれ落ち、ただのありふれた、年相応の少女の表情が顔を覗かせる。


「なんだ、お前もそんな顔出来るんだな」

「なぜそんな…そこまでする価値が私に、あるとは…」


 アヤトは空を見上げ、口元に淡い笑みを刻んだ。


「バーカ、仲間に入れたい奴に、価値も無価値も無えよ。俺が仲間に入れたいから、入れるんだ」


 クロレラはハッと肩を震わせる。

 恐る恐る覗き見た勇者は、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 ーー胸の中に、温かいものが広がった。

 クロレラは、勇者に意を述べようと口を開きーーーーパン、と何かが破裂する音が場内に響いた。

 大砲とはまた違う、果実が弾けるような奇音。

 それが会場内に不気味に反響し、人々に疑念の種を蒔いた。


「なんだ…?」


 フッと顔を上げ、空を怪訝そうに見上げるアヤト。

 そして少女に手を伸ばそうとして、少女は、

 ーーーーーードサリ、と赤い飛沫を盛大にまき散らしながら、硬い地面に倒れこんだ。


「は、あ?」


 目を見開くアヤトの視線の先に、みるみるうちに真っ赤に染まった花が咲く。倒れた少女を中心に、じわじわと広がるそれが血だと気づいた時、場は観客達の悲鳴と大絶叫に包まれた。



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